またまた

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明日から2泊3日の小旅行。旅先から書けたら書きます。
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夜更かし

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大学時代に、外が白むまで三畳一間で夜を過ごして、ようやく眠りにつく日が何ヶ月もいや何年も続いた。本も読まず文字も書かず、ラジオの音楽やおしゃべりによりすがって、じっと臆病な小動物のように身を潜めていた。

力を矯めているのだと自分に言い聞かせ、あてもなく空を飛ぶ日を夢見ていた。


明日の仕事が気になるようになり次第に夜更かしをしなくなって、体力の衰えを感じてからはさらにナーバスに夜を恐れていた。


今夜、おやすみなさいといってから、まだ起きている。

夜の次の朝を投げやりな気持ちで待っているわけではないけど、なんだかのんびりしてしまった。

こんな時間まで起きていたことが、最近だって全くなかったわけじゃないけど、今の気持ちはまた一入だ。

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天気

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空いていますかという数日前のメールに呼び出されて、おなじみの女性と4時間ゆったりとおしゃべりをした。一二ヶ月に一度実家に帰ってくる彼女との話も、少しずつ変わってきている。

何ヶ月か前までは、夫とその家族の話が多くて、どちらかといえばなだめたり励ましたりしていたのだが、ここ数回は、小説や映画の話が中心だ。

彼女が読んだという本を追いかけて私が読むという場合もでてきた。

先日見た「フライトプラン」の話をした。

メールで、この映画を見たということを知らせてあった。内容を聞きたいという。あれは見る気がないから筋を全部話して、というのでネタバレを気にせず全部話した。


11時になったので終わりにして、ファミレスの駐車場で別れた。待ち合わせた時にはどんより曇っていた天気は穏やかな春の雨になっていた。


そのまま帰宅せず、行きつけのスナックに廻った。看板の電気はついているのに、ドアを引いたら鍵がかかっていた。帰ろうとしたらママが顔を出した。

「ああ壬生さん」「閉めるところだったんでしょ?」「違うの、あまり眠くてちょっとうとうとしてしまって。」

しばらく盛況で、定休日の日曜日の夜まで、頼まれて開けたのだという。

つけっぱなしのテレビを見ながら、ボツボツ話をした。


先日の恋愛話の続きになって、少し話に熱が入った頃12時がきたので、タクシーを呼んでもらった。

雨は上がっていたが、走り出したら、運転手が「すごい雨でしたね」といった。驚いて聞き返したら、つい先ほどまで突風のような風が吹いてどっと雨が降ったという。

その話にあわせるように、道端に開いたまま骨の折れた傘が転がっていた。

知らなかったよ、などといっているうちに家に着いた。

タクシーを帰して見上げたら、晴天の夜空に春の星座が大きく広がっていた。


しばらくパソコンの前に座ってから風呂に入って寝た。

今朝、新聞を取りに外に出たら、玄関前から道路にかけて、たったいま雨が上がったばかりのように濡れている。

もう一度降ったらしい。

庭のハタンキョウの白い花が風の具合でぐるりと家を廻って、反対側にある玄関先のたたきに吹き寄せられていた。

青空に白い雲がきらきら光ってまぶしかった。


「春の夜の嵐」という言葉を思い出した。




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穏やかな一日

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振り返ってみると、穏やかな一日だった。

夕食を食べた後、居間にいてじっとしていた。静かで一人きりだった。いずれこんな時間が毎日続くようになるのかと思った。


午前中は、妻が留守の日の常で、洗濯をし、朝食を食べ、録画したHDの整理をし、書斎に入った。少しネットを見たりブログの読み書きをしていたら、昼が来た。昼食を食べて少しのんびりテレビを見て、それから仕事をしようとしていたら娘から電話があった。長い電話でいろいろ話したが、前回の電話とは逆に、私がいくつかの「指導」を受けてしまった。妻へのいたわりの言葉をどのようにかけるべきかを彼女は繰り返し私に諭した。私は少しむかついたが、結局、「分かったよ。できるだけそうする」と答えさせられた。


夕方、いつものスナックのママが昼間別のところで開いている喫茶店に行った。産直販店に付属した店で、5時には閉めるので、4時頃行くと片付け物をしながら暇な感じで四方山話になる。


この間から彼女はしきりと結婚をしたいといっている。

離婚をし、子どもも独り立ちしていて、今は寝るときだけ家に戻る娘はいるが、事実上一人暮らしのようなものだそうだ。ずっとこれではさびしいものね、と言う。


スナックの常連客で感じのいい人がいて、喫茶店の経営にも少し助言をくれたり手伝ってくれたりして、この間はじめて食事に誘われたのだという。


「面倒なことはもうたくさんなんだけど、たまには気のあった男性と食事もいいかなと思って行ったの。それだけだし、何にも起こってはいないのだけど、それに、これからどうするのとなれば、相手は家庭もあるし。」


だけど、だけどの話でいかにも煮え切らない。第一何のために私に話すのかという問題もある。

そこで、「いくつになっても人を好きになれるってすばらしいと思う。いろんな問題もあるだろうし、どうしろなんて言えないけど、そんな風に恥ずかしがったりすることだけは不要だと思うよ」と話しておいた。

うれしそうに「壬生さんに洗脳されちゃいそうだな」などといっている。


結局今日は娘に説教され、スナックのママの、まだ蕾のコイバナに助言を与えて終わった。

奇妙な一日だった。

一人で居間にじっとしながらそんなことを考えた。


くさや

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昼食はもち。多めの大根おろしに納豆を入れてかき混ぜ、焼いたもちを放り込んで食べた。

おかずは、くさやの干物。

先日の島への日帰り旅行で、真空パックされたものを買ってきた。

妻がいると嫌がるので、帰省中の今日中に食べなければいけない。昼に一枚、夜に一枚と考えた。

焼いていると、例によって腐敗臭。私はいやじゃないのだけれど、明日帰ってきて妻はあちこちに匂いがついているといって嫌がるだろうと思う。

でも、、さっとやいたものにそのままむしゃむしゃかぶりつたが、美味しかった。

夜は、お茶漬けにして食べよう。


朝食メニュー

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一人なので、朝食はチョー簡単に。


生ベーコンのブロックをスライスして、きゅうりに挟む。

菜の花はゆでる。

トマトはスライスする。

半熟卵は殻の頭を割ってスプーンですくう。

ベーコンの味が濃いので、その他のものの調味は全てクレイジーソルト、オンリー。ふりかけながら食べる。


トーストにはマーガリンと妻の手作りマーマレード。


食後にオレンジとコーヒー。


朝食メニュー


失踪

 母親の目の前から子どもが失踪する物語を続けて二つ読んだり観たりしたことになる。

 「柔らかい頬」と昨日観た「フライトプラン」


 実は、目の前で子どもが消える恐怖を私も味わったことがある。

 25年以上も前のこと。妻の実家に家族四人で泊まっていた時の話だ。朝食が終わって、私は、当時4・5歳の長男を連れて散歩に出た。少し先の住宅地の中の、何度も行ったことのある公園がお目当てで、路上に駐車して周辺の静かな道を歩いてから小じんまりした公園の中に入った。

 砂場で遊んでいる長男をベンチに座って眺めていると、同じ年頃の女の子がよって来て砂いじりを始め、やがて二人で会話を交わしながら遊び始めた。彼は遊びに夢中になっていて、私のことを見向きもしない感じだった。

 喫煙の習慣があった私は、ポケットの中にタバコがないことに気付いて、少し先にタバコ屋まで駆け足でタバコをかいに行くことにした。少女の保護者らしい人はよそから眺めているのか、少女のそばにはいなかったので、私は夢中で砂遊びをしている息子に「タバコを買ってくるから、ここで遊んでいるんだよ」と声を掛けて、後ろも振り向かず小走りに公園を出た。

 ほんの数分しかたっていないと思うのだが、歩きながらタバコに火をつけ一服すいながら公園に戻った私は、血の凍るような思いになった。ばらばらに何人かの子どもたちが遊んでいた砂場には一人の子どもの姿もなく、その周りで立ち話をしていた大人もいない。

 公園に走りこみ砂場に近づくと、道路からは見えなかったあたりに何人かの主婦が子どもを足元にまとわりつかせて立ち話をしていた。

「すみせん、たった今まで砂場で遊んでいた男の子を知りませんか」「あら、気がつかなかったけど」

 すぐ走って、場所を移して周りを見渡したら、公園の外の道を、息子と一緒だったとおぼしき少女が、母親らしい女性と手をつないで遠ざかるところだった。

 大きな声で呼びかけ、走りよって少女に「一緒にいた子はどうしたかな」ときいた。少女は少しおびえたように「知らない」といい、母親らしい人は「この子は一人だったわ」と言った。そんなはずはないと思ったけど議論しているときではないと思い、「どうも」と言って公園に駆け戻った

 立っていた女性たちにもう一度聞いたが「気がつかなかった」という返事は同じだった。

 私は、私が戻ってきたタバコ屋の方角でも、少女を追いかけた方角でもない方向に走り出した。そちらには大人の足で五分も歩けば片側3車線の大きな国道があり、一歩道路に足を踏み出せば子どもは切れ目のない車の流れにあっという間に巻き込まれるだろう。その途中で数百メートルほど道路は郊外電車と並行し、一ヶ所踏切があって、そこから線路に入り込むことも出来る。

 走りながら行き違う人に、「小さい男の子を見ませんでした」かと訊ねた。何人目か忘れたが、「今向うに泣きながら走っていきましたよ」と答えた人がいた。次の人が、「あそこで抱きとめてくれた人がいますよ」と言った。

 私は全力で走った。二人の男性が立っていて、長男が泣きながら抱かれていた。。

「「お父さん、お父さん」て呼びながら泣いていたのだけど、このまま行くと国道だからとりあえず止めました。」

 私は、「有難うございました」と何度も頭を下げた。


 小さな子どもは、遊びながら一定の周期で親の姿を目で追い、確認するとまた安心して遊びを続けるという習性があることを知ったのはその直後だった。

 息子は私の姿が見えないと途端に不安になり、何もかも投げ出して動き出したのだ。


 私は、この経験を妻には話せなかった。自分のあまりな愚かさが許せなかったし、その数分間のパニックに似た感情も口にしたくなかったから。

 その日の午後、そっと妻の家を抜け出した私は、近所の店でケーキを買い、息子を抱きとめてくれた男性の家を訪れ、改めて礼を言った。彼は自分の家の前でたまたま隣人と立ち話をしていたのだ。


「柔らかい頬」を読んでいたときは、まだ思い出さなかったけれど、「フライトプラン」でジョディーフォスターの演じる母親の姿を見ていたら、その時の気分がまざまざと思い出された。


 現実の世界で、小さな子どもがさらわれ、時には殺される。あるいは事故に会い悲しい姿で発見される。

そんな話を見聞きするたびに、いまでも私は身震いするような気持ちになってしまう。

しるし

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たとえば、私のむこうずねにはよく見ると、2センチ四方くらいの大きさでうっすらと斑点みたいな跡がついている。これは、小学校の低学年のとき熱湯の入って小さな土瓶を倒してそのお湯でやけどをした痕だ。左手の親指の付け根、手のひらのしわにまぎれて、白い線が走っている。ナイフで木を削っていてざくりと切り込んでしまった痕だ。

体に刻み込まれたさまざまの痕跡。

そのほかに、その時々身体についてやがて跡形もなく消えてしまう痕跡も無数にあった。


今、私の左手の中指の爪の中に青い内出血の跡がある。先月の初めに名古屋で転んでついた跡だ。数日前に一緒に夕食をとった女性から、どうしたのと聞かれて改めて意識した。


この傷にもつながる思い出は、いくつもある。


仔細に調べれば身体にたくさんの痕跡は残っているが、その由来はほとんど思い出せない。

さまざまの思い出はあるが、その思い出が体に残した傷跡の大半は跡形もなく直って消えてしまった。


心に残るしるしと、身体に残るしるしと。


爪



行き交う

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昨夜、思いついて夜更けに出かけた。


いつもがらがらのスナックはあふれんばかりの混雑で、私はママに顔を見せないようにして開けたドアをそっと閉め、帰ろうとしたら、ママが外に追いかけてきて顔を見られてしまった。


中に入って一番奥の一つだけあいた丸いすに腰掛け、そこにいた顔見知りの男性と話をした。

彼らの会社の二組の部署の合同のお送別会。一度二次会で別れ、三次会でまた合流したという。

彼も送られる人。二年ここにいて、今度は山口県に行く。

ここは単身赴任だったし、明後日からの任地もそうだから、家のある立川にはしょっちゅう戻るけど、ここまではちょっと、ということだった。


一時間、二人でひたすらいろんなことを話して、「ではどこにいってもお元気で」といって私は立ち上がった。

何度かこの店で会って、最初のころは目礼だけして、その後二言三言、言葉をを交わしたこともあっただけなのに。


また人と行き交ったと思った。