こえをかける

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一年前、ある場所に次のような文章を書いた。


『一週間前に、旧友の奥さんの葬儀に参列した。彼らが転居してすでに20年以上経っていて、それ以降は数回しか故人と言葉を交わしたことはなかった。町中の斎場で無宗教式の告別式だったが、故人の友人の弔辞も故人の夫である私の友人の挨拶も、心に染みとおるものだった。霊柩車を見送る列の後ろに立って、一声クラクションが鳴るのを聴いたとき、また人と別れた、と思った。強い言葉を吐く激しい気性の人だったが、心は優しく、いつも夢を追い続ける理性の人でもあった。』


その半年後に彼女のお墓参りをした。そのことはここ に書いた。


昨日、その友人から、「千の風になって」という本が届いた。

「人好きでさびしがり屋の妻の気持ちをよくあらわしている本がありましたので送らせていただきます。妻が“風になって”あなたのところに現れましたら、一言お声をかけていただければ幸いです」と書いてあった。

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悲しい知らせ

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友人に久しぶりに電話をした。少し頼みたい用事もあって電話したのだが、「多分十分な協力はできない」という返事だった。少しがっかりして「忙しいのか」と訊ねたら、「もう2ヶ月以上女房の意識がないんだ。医者はなにもできないといっている。」ということだった。

知らなかった。

いうべき言葉もなく、形ばかりの見舞いを言って電話をきった。

若い頃、一緒にあちこちでかけるので迎えに行くと顔を出して元気な挨拶をくれていた奥さんだった。家族ぐるみの付合いではなかったから、めったに話すことはなかったが、電話では何度も声を聞いた方だったが。


時間がたつと、信じがたいことがいっぱい起きる。

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夫婦とか家族とか(2)

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妻が母親の介護に行っていた三日間のこと。(続き)

三日目。妻の帰ってくる日に夜にこの間二度東京で映画を見た女性と、帰省にあわせて地元で会うことになっていた。「帰ってくる日に夜家を空けてもいいか」と聞くと妻は東京で私たちが会っていることを知らないので、「久しぶりなのだから何かご馳走してあげなさいよ」と前から言っていたことを繰り返した。

それで、地元で彼女と会うときはいつもファミレスに陣取って5時間も6時間も粘るのが常だったが、私の行きつけの小料理屋で夕飯を食べながら飲むことにした。

魚が食べたいというので、魚を頼んでおいた。刺身や焼き物や煮物が出て、結構おいしかった。面白い話をし合って飲んで食べて楽しかった。いつもの家族談義にはなかなか話しが行かなかった。

座敷をあまり長く占拠できないので3時間ほどいて店を出た。もう少し話したいねということになり、おととい行ったばかりのスナックに行った。

ママはほかの客と話していたので、私たちはボックス席で話し込んだ。

いつものようにダンナとダンナの家族と自分の父親と自分のしたいことと。

悩みは同じ場所からなかなか抜け出せない。しかし、少しずつ本を読み、私がいつか言ったことなども驚くほどよく覚えていて、彼女は歩き出そうとしている。

ずいぶん飲んだけど、私も彼女も結構まじめにしんみりとゆっくりと話しをしていた。いつか見つかるかもしれない答えを一緒に探している連帯感のようなものを持っていた。

気がつくと店の中にほかの客はいなくなり、ママはカウンターの端で聞くともなく話を聞いていた。

時計を見ると、もうすぐ12時だった。タクシーを2台呼んでと私がいい、勘定を済ませた。

すぐにタクシーが来て、店を出るときにママが言った。

「壬生さん、大もてね。一昨日はスナックのままに恋愛相談されて、今日は若い女性に結婚生活の相談されて」

「何の役にも立てないけどね。」


店を出たところにタクシーが待っていて、タクシーに乗り込むとき私たちは別れた。

「ご馳走様でした。奥様によろしく」と彼女が言った。今日の食事は妻の提案によるものだと、以前打ち合わせたときに言ってあったから。


この三日間、ずっと家族とか夫婦とかのことを考え続けていた。でも何も見つからない。

老父母のことを心配する妻と自立した息子と自立を目ざしながら呻吟する娘と。

夫と別れて二人の子どもを育て今また恋をしたいと考えている女性と、結婚したけれど自分の居場所を見つけかねて迷っている女性と。


家族を作るとはどういうことだろう。

家族を壊すとはどういうことだろう。

私は家族生活という点では何をしてきて、いまさら何をしたいのだろう。


そんなことを考えた三日間だった。


帰ってきた妻は今日一日、ひどく疲れて半病人みたいだった。

私は朝と昼と晩のご飯をとりあえず作った。夜になって、「おかげでだいぶ元気になったわ」と妻が言った。

家族とはそんなものかもしれない。

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夫婦とか家族とか(1)

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妻が母親の介護に行っていた三日間のこと。

一日目。昼は仕事。夜はいつものスナックへ。最近は時々休みのことがあるので、夕方電話を入れて8時半に店に行った。誰もいない店でぼんやりママと話していたら一人二人となじみの客。そんなときはほとんど私は黙ってテレビかカラオケの画面の見つめている。

やがてずっと昔、彼女の昼の仕事で私が知り合っていた女性がお客と登場。ほかのスナックにカラオケがなくてそこのマスターがよろしくと回してきた。

「壬生さんじゃないですか?」「そうですけど、えーっと?」「**です、わからないかな」「ああ、変わっていたから。お元気ですか。」「バリバリよ。今度居酒屋開いたからきてください。」名刺をもらって、再会を約束。昔の仕事をやめた後いろいろあって、今日の連れは、一時期やっていたコンパニオン時代のなじみらしい。

彼女はお客とひとしきり騒いで、帰っていった。スナックは再び静まり返った。残っていた一人の男客が私に「お客さんはまだ帰んないんですか?」と声を掛けてから、帰っていった。

少し飲んでから、さて、と思ったら気配を感じたように、ママがママが言った。「壬生さん、ね。」「ハイ?」「私、ちょっと好きになった人が出来ちゃったんだけど」「おお。」「奥さんがいるけど、もうずっと家庭内別居みたいらしくて」。

しばらく話を聞いた。どこかの島に観光旅行に誘われたという。でもことわったのだそうだ。「怖がっているのならやめなさい。誰かを好きになれば、自分も相手も誰かもきっと傷つくけど、それは覚悟の上じゃなきゃあね。」

二日目。朝から東京へ。一月前に昔のクライアントが相談をかけてきて、私よりも息子が話したほうがいい話だったので、時間が割けるか息子に聞いたら、2月22日なら午後に2時間ほど時間を空けられるという。それにあわせてクライアントを呼び、私も東京に出たのだ。

午前中の時間を使って「単騎、千里を走る」を観た。父と息子の断絶と再会がテーマ。何度か涙がにじんだ。

午後大手町で息子と会う。正月以来だが外で会うのはもっと久しぶり。「仕事はどうだ。」「まあまあだね」「今日は悪かったね」「いや別に。」

お決まりの会話だ。

クライアントが走ってきた。引き合わせて近くの喫茶店へ。

息子が鞄から資料を出してきた。「父から聞いた用件にあわせて、ネットに出ていないものだけ少しそろえました」

クライアントが聞きたいことを整理していくつか質問すると、「じゃあそのことを含めて少しまとめて話をしましょう」

30分ほどのレクチャーの後、ふたりの話が続く。

私は1時間半ほどの間ほとんど口をきかず二人の話を聞いていた。しかし全く退屈しなかった。

私は、息子が熱心に仕事の話をする時間に立ち合う機会を作ってくれた私のクライアントに感謝した。息子がこんな風に仕事の話をするのを聞くのはこれが最初だったし、多分最後だろう。

クライアントが礼を言って自分の場所へ帰っていった後、私と息子は小さなレストランでビールを飲み簡単な夕食を取った。「仕事を面白がってやっていることがわかってよかった」よというと、「そうだね。いまはとても面白いよ。父さんの話があったときも、以前ならことわったと思うけど、いまは皆に自分の仕事のことを話したい気分なんだ」と息子は応えた。

「今日は有難う」と私がいい、「母さんによろしく」と息子が言った。

代金を息子が払おうとしたが、私は、今日のお礼だからと支払いをした。「ご馳走様」と息子は言った。

ついこの間娘と会ったばかりだった。娘とはあんなにぶしつけにいろんなことを言い合うのに、私と息子は礼儀正しい社会人の男同士だ。

私は夜のバスに乗って、真夜中に真っ暗な我が家に着いた。一日、妻とは連絡を取らなかったが、帰ってきたら私がする息子の話しを喜んで聞くだろうと思った。

三日目。午後妻を途中まで迎えに行く予定だったが、私の仕事の配分が変わってだめになった。このことは一日目の夜に電話で伝えてあるが、昨夜連絡が取れなかったので朝のうちに電話をし、可能な限り最寄の駅まで出向くから実家を出るときに電話をするように妻に言った。午後の会議が早く終わったので連絡を取ろうとしたが、携帯電話が通じなかった。夕方、もう家につきましたと連絡が入った。

(つづく)

いつもいつも

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またひとつ、時々お邪魔していたブログが閉じられていた。


私がブログを見始めた早い頃からお邪魔して、コメントも一つ二つは書いたことがあって、結局コメントを交換するようにはならなかったけど、とても気になるブログだった。

書き換えもそれほど頻繁ではなかったけど、妙にいろんな人から集中的な批判を受ける時期などがあって、それでも元気なのだと思っていたのに。

最近少しご無沙汰していて、ほかのある方の記事を見てもしかしたらと思って立ち寄ってみたらなくなっていた。偶然かもしれないし、私の推察どおり、同じブログのことを考えているのかもしれない。


なんだか小さな世間で行き来しているのかなとも思う。


とにかくさびしい気持ちになっている。

チャン・イー・モウ監督の「単騎、千里を走る」を観た。

高倉健演じる寡黙で一途な男が、言葉も通じない中国の地方で、その一途さゆえに人々の心をつかんでゆく様が、暖かく描かれていた。


人と人が分かり合うことの難しさと易しさ。


やくざ映画の時代から高倉健の演技は何度も見てきたが、彼が涙を流す場面を観たのはきっと初めてだと思う。


父親と息子の映画。

私の好きな恋も性愛もまったくない映画だったけれど、私の心は豊かになった。


観かかって止まっている「父、帰る」もみよう。


知らない言葉2

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ところで、恋愛ブログというブログの性格上、この方は記事の中ではめったに自分の生活場所の位置についてはお書きにならないのですが、「知らない言葉」で引用した文章から、たぶんこの記事を書いた方が西日本の方だと推定できます。

お分かりでしょうか。

引用文は原文をそのままコピーしました。

知らない言葉

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ブログでは、本を読んでいるよりもずっとたくさんの知らない言葉に出会う。それも、管理者や書き込みをした人が日常的に使っている言葉が多いから、その言葉を知らないということのショックは、本で出会ったときよりかえって大きい。


今日はある方の記事の書き出し。


   彼の部屋には、おしゃれなラグがひいてある。


ラグってなんだと思った。


   rug  n. じゅうたん ((部分敷)); 〔英〕 ひざ掛け;


なるほど。ぜんぜん知らなかった。

うちの居間のテーブルの下にも、テーブルをかった家具屋がサービスにくれた、テーブルの上の台と同じくらいの面積の敷物がしいてある。

猫がいつも寝床にしているあれは、ラグというものだったのだと、はじめて知った。


こんなことって、昔から常識だったのだろうか。

人に会う旅

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今度の旅は、いくつかのきっかけと動機が重なり合って私が思いついたもので、だから妻にはいつもの気まぐれとしか理解しようがないものだったらしい。

思いついたときにそのまま一人旅に出たいという夢は、私の気力が衰えかつ妻が定職を辞めてからはほとんど実現性がなくなってしまった。それでもいいと思っていたが、娘が余ったパソコンが一台あると言ったので、私はそれをとりにいくという用事を思いついた。

しかしそのときすでに私は、小さな出会いを計画していた。


久しぶりに東名を走って、好きなときに好きなSAに止まって気持ちのいいドライブだった。

娘との用事は二度の食事とパソコンの受け渡し、そして将来のことについての不確かなアドバイスで完了した。


人との出会いは、短い時間でてさらりとしていたけれど、とても印象的なものになった。


一人で旅に出たいとか、娘の今の住居には私は一度の行っていないので見ておきたいとか、パソコンを受け取るとかいろいろあったけれど、その人と会えることになってからはそれがこの旅の本当の目的になっていた。


一度だけの、出会うことそれ自体が目的の待ち合わせのために、計画を立て連絡を取り合い、そして人と会った。

コーヒーを飲み、公園を歩き、小さな花を写し、ドライブをして、握手をした。


また会えるといいですね。そのときも、私の旅はまた一人旅。


画像は、帰路の天気がよく、しかもあまりにも見事だったので時速120キロの運転席から携帯でとった、富士山。雲と紛らわしいが、画面右端に写っている。


富士

小さな旅に

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今朝から、2泊の一人旅に出ます。

昨夜ちょっと買い物に出かけて、帰宅したら、「いいわねえ声なんか弾ませちゃって」と妻に言われました。

雨が降っています。

静かで穏やかでほんのりと暖かい、春の雨です。

戻り寒の日もまだ何度もあるでしょうが、確実に春が近づいていると、改めて思いました。