アマリリス名曲大全集

テーマ:

現在更新が進まない「20年前の日記」ブログ


20年前当時の私は大学生で大阪の大学へ通ってたのですが、

日記にもよく登場する先輩のUさんに1980年代の関西におけるインディーズシーン

を色々教えていただいた


インディーズを主に扱う音楽雑誌「FoolsMate」「Doll」は高校時代から

愛読していたので、「非常階段」「ハナタラシ」くらいは知っていたのですが

「赤痢」「ボアダムス」と教えて頂きながら聴くうちに名前が出てきたのが「アマリリス」

当時バンド名しか知らなかったので、解散してアリスセイラー名義で活躍

されてたのがわからず、しかもアマリリスだけは思うような音源が手に入らずだった


そのまま何年かが過ぎた、いや、15年は経っただろう

インターネットで検索が当たり前になってしまった時代にふと入力したのが「アマリリス」

驚くほど当たり前なワードしかヒットしなかった、断片的に見つけた情報から

アリスセイラーさんのブログなどは見つける事が出来た

やはり欲しいのはアマリリス時代の音源、ボアダムスが国際的バンドになり

非常階段が再評価される中、アマリリスが再評価されないのはどうしたもんだと

…ここで又3年くらい経つわけだが(笑)


Twitterを通してアマリリスの音源が12月15日にCD化される事を知った

(去年暮れからTwitterの盛り上がりや使い勝手はものすごく変化していて

スマートフォンを使い始めてからTwitterがますます手放せなくなりつつあるワタシ)


現在でも再発という形でリマスタリングされた音源を、紙ジャケで懐かしい音源や

レア盤が身近になる動きは続いているが、同じように

過去の音源をリマスタリングしてベストや編集盤が作られていたのは

1990年代がピークだったように思う。

当時はジャズやロックを中心だったが

2000年代に入ってアマリリスが「名曲大全集」という形でCDでリリースされるのは

とても嬉しいし、何よりご本人が一番楽しまれたのではないだろうか

CDが届くのが楽しみだ(実はネットで今日注文した)


私が嬉しいのはこの「アマリリス 名曲大全集」のCD発売日である今日(15日)、

なんとアリスセイラーご本人からのTwitterのリプライ(返信)があった事だ

@alicesailor : 来年再発するかも!アマリリスが売れたら!

RT @toru69 このアリスセイラーさまの「SUBHUMAN」(1990)

ってアルバムは今でも本気で欲しい一枚、

一曲目の「RUN D.S.M」(ドナ・サマー・メドレーの略w)から期待大」



ちなみに最近携帯インタビューも行われてるので、アマリリスやアリスセイラーに関しては

これで全てわかると思います↓ これからも頑張っていただきたいし

もっと過去の音源が再発される事を祈ります


アマリリス再発!アリスセイラーさん携帯インタヴュー
孤高の存在、アマリリスの音源が『アマリリス名曲大全集』としてリマスタリングで12月15日に復刻リリース! アリスセイラーさんが語るアマリリス時代から現在に至る秘密のお話。





AD

波の数だけ抱きしめて ~ラジオ編

テーマ:

この映画の大好きなところはオープニングの白黒からカラーに変わるとこ

現在→過去の映像の逆転、「トンネル」が「タイムトンネル」になり

ラストでは運命の「トンネル」となる、それは専売公社オエライさんが聞いてはイケナイ放送を聞いてしまった

トンネル明けであり、田中(ミポリン)に聞いて欲しかったメッセージが届かなかった

つまり、小杉(織田)のラジオを通しての告白は田中の車がトンネルに入ったとこだった

・・・そう、ラジオってトンネルでは受信出来ないんですよね

(最近では受信できるとこもあるけどね)

そこんとこの「トンネル」技がとっても好きなのです、さてラジオといえば


ついこの前の1982年当時の現役目線で思い出すと、ラジオでは深夜放送が人気だった

僕はニッポン放送の「夜のドラマハウス」や「コッキーポップ」「青春キャンパス」

「オールナイトニッポン」などが大好きだった

1981年頃にさかぼれば、小学生にもかかわらず、友人から

「スネークマンショー」のカセットを聞かせてもらい、それは衝撃を(笑劇?)受けたものだ

(最近スネークマンショーのCD見つけてこっそり家族内緒で聞いています)

で、厨房になれば「FMレコパル」だの「サウンドレコパル」だので、お勉強をしてたものだ


そのレコパル広告でワタシが切り抜いて壁に貼ってたのが、1982年に開局した

グアムから短波放送を使ってロックを放送してた「KYOI」の開局広告

(どこかにあるのだが見つからないのでネットから拝借)
Swinging Years
おや、似てる・・・そう、「波の数だけ抱きしめて」の「KIKI」のキャラ、キウィ君(ウソ)に似てる・・・

まぁ「KIWI」も「KYOI」も似てるんだけどね・・・意識したのは間違いないでしょ


1970年代は深夜放送の時代であったと同時にBCLの全盛期だった

この映画でもソニーのスカイセンサーなど古きよきBCLラジオが登場するが

この頃はAMだのSWだの時代で、FMはまだ早かったんじゃないかな

でも、NHK以外の民放FM局が開局したのは丁度この頃が全盛だし

皮肉にもこの映画公開当時のバブルな1991年も、東京&大阪で第2、第3の民放FM局の

開局ラッシュだったのはとっても興味深いです


この映画の音楽使いはよい、「AOR」と言いながらしっかりカラパナなどの

サーファー音楽をうまく使っています

あと、映画の中でしばしば見えるKiwi局のチャートボード、

これが又面白いのでストップしちゃぁ、チョイチョイ見てるんだけど

とりあえずよく出来ててツッコミまでいかなかったので今回は詳しい音楽解説は省きます

(そうそう、タワレコでTOTOのアルバム「Ⅳ」(邦題は「聖なる剣」)を買って

ビニールの封を爪で切って(よくケガしてた)匂いをかぐシーン、細かいけど好き、さらに細かく

ツッコめば、レコ屋の棚にスティーリー・ダンのガウチョ(1980)が見えたのもニヤリ・・・)


AMだと人気だった英語放送は「FEN」だ、現「AFN」、その昔は「WVTR」

最近1975年に東京で放送された「FEN30周年記念番組」ってのを聞く機会があったのだが

貴重な開局当時の放送記録、後に有名になった局職員、過去に存在したFEN局の数々など

驚くくらい細かく調べられた番組で、締めくくりには当時人気のウルフマンジャックショーの

音声も聞けた、ウルフマン、懐かしいです、70年代後半からのこれらのラジオ時代は

本当によかった、今でもアメリカでは70’sのエアチェックサイトが人気です


そういうわけでこの限定ブログも終わりですが、1982年とはいえ、まだまだ70年代の香りがする

世界、サーファーブーム、湘南、ユーミン、ラジオ、車、ポパイ、全ては70年代から

始まったと言えるブーム、実はワタシは本当の80年代は1982年に終わってると思っています

「シャイニング」(1980)で始まり「ブレードランナー」(1982)で終わっているのです

あとはビデオデッキのポーズボタン片手に「2つでじゅうぶんですよ」が何だったのか

繰り返すのみが残りの80年代なのです・・・(よくわからない締めくくり、でも本音)


ではまたいつか、ワタシは子育てに戻りますので・・・

AD

波の数だけ抱きしめて ~「ポパイ」編

テーマ:

「波の数だけ抱きしめて」には少なくとも2冊の実在する雑誌「ポパイ」が映画の中で

小物の一つとして使われています



Swinging Years
↑デノンのタンテ上に注目、レコードの曲アタマに目印をつける為に

右下の雑誌「ポパイ」の表紙をちぎって使っています

このポパイは実在する「ポパイの」1982年3月25日号


この映画は1982年の5月から7月までを描いてるので、全然間違いなく

上手に小物を使ってるところはさすがホイチョイ!


で次はわかりやすいシーン、このミニFMを紹介する記事を持ってくるとこで


Swinging Years
↑これは調べやすかったです、古雑誌のサイトで表紙さがしがカンタンだし

高画質だと「6月25日号」が見えますね「270円」安っ!

雑誌「ポパイ」の1982年6月25日号

しかしここで問題なのが中身です


Swinging Years
↑よく出来てます、ちなみに左側の「恋のムーンサルト 夏だからア・ナ・タ」は

実在の記事です、言葉の意味が理解できないところがいい


で、さらに記事を広げるシーンでは・・・


Swinging Years
↑(「集収」ってのが当時っぽいか、今では変換すらしない・・・)

虫眼鏡片手に文章を下記に再現しました(××は判読不能、句読点などはそのままですが

間違いがあればご勘弁を、指摘等あれば「コメント」にて)

※映像は某放送からの録画版です、ブルーレイ盤だともすこし綺麗に見えたかな


ボクらはミニFM局KIWIで湘南情報を集収する

湘南を走った日からFM湘南「KIWI」がボクらの一番頼りになるステーション。

これで交通渋滞も楽し楽しなのだ。


L. A. 感覚のノンストップミュージックが新しい

KIWIラジオとショップ合せて5人前後のこの局のスタッフも全員が学生。

だから××定められた時間にローカル・ニュースがあるわけ

××放送(最初の字が「海」に見えるので「海賊」?)を聴いていて、

非常に腹の立つことがある。人が真剣に聴いているのに、

DJがヘタだったり、レコードの選曲がダメだったり・・・

とにかくリスナーのことなんか少しも考えないのだから。

その点、このKIWIは、テンポのいいDJ、ノンストップで気持ちのイイ音楽が聞ける。

局内に6(「5」にも見える)人いるラジオのDJのうち、一番若い女の子、田中真理子さんは、

昨年の6月にアナウンサー養成学校を卒業したばかり。まだ20歳ぐらいかしら、

写真を撮ろうとしたらキャッキャッ言って逃げ回っていた。

放送の仕事が好きなKIWIの若い人にとっては、KIWIもひとつの放送局にすぎないのだ。

事実、KIWIの放送はまったくプロフェッショナル、

しかもFM KIWIはライブ、ドキュメントと多様な放送を(も?) している。


FM KIWIの発信基地はサーフショップ「サンデービーチ」。

ここのチーフ・アナウンサーである田中真理子さんは毎日2時間のDJをしている。

「『クロック・ウォッチャー』という番組でね、おしゃべりしながら自分でレコードを回して、

ミキシングもするんですよ。たしかにスタッフが少なくてハードですけど、

このステーションは3つの放送を持つユニークな局です。おもしろいですよ」

放送局というのはどんなに大きくても小さくても基本的な仕組みは全く同じなんだ。

放送局において最も大切な部分は、音の入口であるマイクロフォンと

多くの音を混ぜ合わせて一つにするミキサー、そして電波を飛ばす発信機(?)

すなわちトランスミッターだ。この3つを「×イ」(ポパイ?)では三種の神器(?)と呼ん×××(以下不明)


これだけで目がショボショボになりましたが、この記事によると、このKiwi局には6人のDJがおり

そのうち一番若いのが20歳の田中真理子(ミポリン)という事になってる

しかもチーフアナウンサーなんですね、1日2時間のショーを持ってることになってる

・・・じゃあ、他の時間を担当する5人って、どこにいたんでしょうか???

映画では全然でてきませぬ、高橋裕子(松下由樹)がミポリンのお手伝いをする

シーンがありますが、しゃべってるような雰囲気はないですね

やっぱり丸正魚店のオヤジが演歌流してるんでしょうか・・・

ま、映画ですから想像は勝手ですが、それにしてもちょっと嬉しい再発見でありましたね

こういう作業は「ブレードランナー」をブルーレイ盤で「再生」「一時停止」で慣れてます、ハイ

ひとり再発見祭りというやつです


・・・でもちょっとだけオカシイですね、ショップとラジオがスタッフ合わせて5人なのに

DJは6人なんて・・・DJが5人だとしても、映画には4人しか見えない・・・

ナゾだ・・・まるで「ブレードランナー」のレプリカントの数のようだ・・・(強引)




ちなみに、この当時の「ポパイ」で、ワタシは10月号を大切に保存しています

当時手に入れて大切に大切に持ってるものですが、その中にこんな記事が


Swinging Years
↑左ページの上はヘレン笹野(いまどこへ?)、下は村上里佳子(現RIKACO)

右ページでは手塚理美に加来千賀子などです、若いっ・・・でもお気づきでしょうか

前々回紹介した湘南の1982年の女の子とは全然雰囲気違いますね

同じ1982年の女の子なのですがどこか垢抜けてる雰囲気です



さて、この1982年当時の「ポパイ」のコラムでなんといっても面白かったのが泉麻人の文章

1982年10月号では昭和30年代の平凡を引っ張り出して

独自のツッコミを今と変わらぬ文章で楽しませてくれていますが、

実は映画「波の数だけ抱きしめて」の時代考証が泉麻人その人なのです

だからここまで力いれて精巧に再現できたんだね、納得


明日はラジオ局としての「波の数だけ抱きしめて」です

AD

波の数だけ抱きしめて ~車両編

テーマ:

この映画、設定が1982年という事で当時車両がわりと出てくる

懐かしいホンダシティや、黄色いワーゲン・ビートル、アメ車ではグランドワゴニアなんてのも

主人公の小杉正明(織田裕二)が乗るのはダットサン(ニッサン)のピックアップトラック

海外旅行中のサーフィンショップの主人の持ち物と思われるロゴ入りの車が劇中走り回る、

車内は小物で飾られ、お約束のサーフィンブランドのステッカーがベタベタ貼られる


吉岡卓也(別所哲也)の黄色いビートルも映画では欠かせない存在だ

実は1982年の「別冊Fine サーファーズカタログ」ではこんなコーナーもある


Swinging Years
↑もう上の黄色いワーゲンなんてそのものですね、(カブリオレでなくサンルーフ)

ブームというのもあったんだろけど、サーフィンにビートルが似合うというのは

雑誌「ポパイ」の影響が大きいと思う、「湘南→サーフィン」というイメージも

元は70年代後半に創刊し、その頃から特集していた効果であるともいえる


さらに次のページでは


Swinging Years
↑いい感じです、更に小物やアクセサリー、ミニカーやモデルも紹介されており

これ、ホントに女の子向け?と思ってしまうマニアックな記事となってた


で、ツッコミたいところが、じゃあ、サーフィンもした事ない”東京もん”の吉岡卓也(別所哲也)に

ビートル乗せるよりも、国産の小型乗用車に乗ってる田中真理子(ミポリン)に乗せたほうが

似合ってるじゃん!って・・・僕も、”東京もん”こそ、ホンダ・シティに乗せたほうが

ハマってるんじゃないかと思いました


さらにこの「サーファーズガイド」の1981年版にはこんな特集もありました


Swinging Years
↑いい波を待つサーファーにピッタリの車両がズラリです、しかもよく見ると

どの車も「昭和40年代」の車ばかり、ハイエースだのヴァモスだの

独特のフェイスの個性車を独自の改造で楽しんでる当時の様子が

手に取るように伝わります、工夫や細工がユニークとされた時代の象徴かも


これは映画でも採用してほしかったですね、FM局の映画だから仕方ないのかもしれないけど

サーフィンやサーファー、それらのカルチャーがちと弱かったように思います

夕日や夜はバツグンに綺麗だったけど、眩しい日差しってのがなかったし

・・・でも名作ですよ、恋の甘酸っぱさがここまでリアルに感じられた映画は他にないかも

明日は雑誌「ポパイ」とこの映画の関係を



波の数だけ抱きしめて ~ファッション編

テーマ:

我家には80年代の雑誌などいくつか保存しているのですが、こんなのもあります

「サーファーズカタログ’81、’82」 (サイトはもうひとつのブログよりデス)

この本を元に映画が製作されたのではないかというくらい当時の細かなスタイルが紹介されている

昨日も紹介したこの本の82年版からいくつか紹介、スキャナー使う余裕なくデジカメ画像はご勘弁を


この本は「Fine」という女の子向け雑誌の別冊です

(90年代のスニーカーブーム時は男子も楽しめるような雑誌だった)

現在でも「湘南」「サーフィン」の文字が耐える事のない記事内容でちょっと安心

1982年当時、別冊で力が入ってるのが女子のメイク

ハワイ系、バリ系など細か~く分析されています

映画「波の数だけ抱きしめて」における田中真理子(ミポリンですな)はハワイ系といえるでしょう
Swinging Years
↑映画のまんまですね、映画でも特に女子のメイクは実に細かく再現されていました

でも、改めて映画を高画質で見ると一部シーンで日焼けによるガングロさが不自然で

そこが少しガッカリでした(特に松下由樹、あるシーンでは顔だけ黒く肩が白かったり・・・)


Swinging Years
↑こういうファッションも映画のままの世界、まさに1982年、サーファーや湘南の事は

よくわかりませんが、この本を見ていると、サーフィンスポットのある国から影響を受けてる

部分をすごく感じました、ここでは「ナウ」な雰囲気で紹介されていますが

サーフィンをしにそこの国から持ち帰ったモノやカルチャーが

湘南を中心に広がっていったのではないかと思えるのも興味深いです

ほとんどはハワイや米西海岸ですが、当時人気サーフスポットのひとつ

バリ島の影響も見られるのが面白いと思いました


上の女の子もどこか、70年代っぽさが残ってるとこは東京との温度差ではなくて

湘南の雰囲気がこうだったといえる写真の1枚ではないだろうか、この70’sのこだわりは

これからもいくつか出てくるのでちょっと気にしといてくださいませ


Swinging Years
↑とにかく当時はサーファー系のブランドが人気でした、現在でも人気のブランドが多く

映画でもこの中のブランドやステッカーが効果的に使われていました

こういうブランドは湘南を中心にしたブランドや、海外のブランド、大阪のブランドもあったようです


映画では吉岡卓也(別所哲也)のアイビー寄りなファッションも印象的です

紺ブレやレジメンタルタイ、ポロシャツ、いかにも”東京もん”な雰囲気をうまく出しています


しかし少々ツッコミたいのが映画での車両使い、ここでの吉岡は黄色のワーゲンビートルの

カブリオレに乗っています、映画では当時のマツダ・ファミリアやホンダ・シティが

(けっこうしつこく)何度か登場しますが、実は最もサーファー寄りな車がビートルで

私としては”東京もん”にはホンダ・シティに乗って欲しかった・・・


というわけで明日はこの本からサーファーに人気の車両を紹介します

(ダイジョブかな・・・)