本日のBGM 2012/7/31

テーマ:


喧嘩したくなった。
思いっきり殴りたくなった。

頭の中で流れるのはこのアルバム以外、ない。
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イベント終了

テーマ:
イベント終了。

知的イベント終了。

多分、日本で名だたる審査員の集まるイベント、終了。

いいんだ、このイベントを主体的にこなしただけで、今日は満足だ。

眠いから、あとは寝るだけ。

そんなもんでしょ。
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でた。アンブッシュ。

テーマ:
昨日、アンブッシュについて書いたら。。。

早速本日、某媒体にて「アンブッシュじゃねぇの、これ・・・」という広告を発見。

早速その媒体に取材するも、よくわからない言い訳じみた説明で、どうやらアンブッシュではないらしい。

・・・てか、よくわかった。
自分のところに出てれば、カネになるからアンブッシュじゃないってことなんだよね。

よそに出てると、自分のところに出てない(売上がない)僻みからか、やたらと「アンブッシュだ!」と強訴するって寸法だ。

うーん、、、こんなのでいいのか、日本社会。
そしてマスコミ。

お前ら、ほんとに自分のことしか考えてないんだろ。


辟易だな、辟易。

世の中には、「昭和のようなお互いを思いやる精神を」とか言ってるけど、お前らが一番情けないと思うぞ、俺は。

なんていう愚痴をこぼして今日はおしまい。


ごりんごりんピックピク

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ロンドン五輪、開幕。

マスコミは高い放映権料や記者パス代金を払ってるだけあって、前日辺りから「これでもかっ!」と盛り上げモードだが、世間様はそれほどまでに盛り上がっているんだろうか?

私の業界的には年々「アンブッシュマーケティング禁止」という風潮からか、広告をやっても刺される可能性が多くて、いったい盛り上がるのか盛り下がるのか、大変に辟易した気分である。

簡単に言うと、JOCスポンサーやIOCスポンサー、大会スポンサーなどの公式スポンサー以外が「頑張れ!ニッポン」とか「なでしこキャンペーン」などのキャッチコピーを広告内に使ったり、五輪代表選手が出ているCMを公式スポンサー以外が流すことは、法律で禁止されている。
例えば、目から光線出ている某警備会社のCMも、五輪期間中は差し替えられている。

これは、「五輪を想起させる」表現もアウトである。

極端な話、近所の八百屋のオヤジが目をこすりながら深夜まで競技を観戦し、ようやく日本選手がメダルをとったことに感動し、翌日から「金メダルおめでとう!きゅうりつかみ取りセール」を実施することも法に触れることになる。
その場合は、3年以下の懲役ないし罰金500万以下が課されることになるのである。

その、法に触れる基準とは何かといえば、公式スポンサーが権利侵害を訴えるか否か、だけである。一般的に、こういう「スレスレの広告」を「アンブッシュ広告」という。

$Swing-Zzja-swinG

簡単に言うと、アンブッシュ=セクハラと同じ、であって、権利侵害をされたと権利者が言えば、それは「アンブッシュ」に当たるわけで、そんな交通事故以上に日常茶飯事にあふれる危険を犯してまで広告に五輪を使おうなんて広告主は皆無である。ただし、自分は覗いていなくても、女の子が「いまスカート覗いたでしょ」といえば、セクハラとなるわけで。
広告主にその意識がなくても、権利者が「アンブッシュだ」といえば、アンブッシュは成立してしまう。

そんな風潮の中、マスコミ各社は鼻息荒く「五輪買い切り」などといって枠を押し付け、執拗にセールスを行うよう脅迫する。
マスコミは便乗でCMやらなんやら、この8月の閑散期のカンフル剤として五輪をダシに期待しているわけである。

まったくもって、ほこたて、である。

文句はJOCとかにいえ。そんな危なすぎるセクハラ広告枠、売れるわけねぇだろ。


なんてことを書きつつ、開会式はちょっと感動した。

聖火台の演出、とても良かった。

最後にポール・マッカートニーが出てきて「ヘイ・ジュード」歌うって、イギリスにしかできない「大ネタ」見せられちゃ、良かったとしか言いようがない。

世知辛い世の中になると、予め想定された感動には涙腺が動きにくくなる。
だから、盛り上がりを期待したイベントには盛り下がる。
世知辛くしているのは、社会でも、世間でも、そういう目に見えない抽象的な方々ではないぞ。

おそらく自分が世知辛くしている要因の一つであるということを、理解してもらいたいと思う。

なんつうか、ピックピクだね。痙攣してる感じ。


時間割

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本日、唐突に打ち合わせてんこ盛り。

14:00~18:00、一時間刻みでところ変え話題変え打ち合わせ。

大概の打ち合わせは「小一時間」=45分くらいで終わるので、次までの合間に喫煙とメールチェック、電話チェック。

まるで高校の時間割みたいな一日だった。

打ち合わせ、ってのはとにかく、無益になることが多い。
結局、結論とか課題とか、お互いに言い合って、なんとなく「時間切れ」とか「お互い考えておきましょう」みたいな、お見合い状態のまま終わって何も決まらず、結果的に「あの打ち合わせは何だったんだろう」となることが多い。

だから、俺は最近、極力打ち合わせをしないことにしてる。

打ち合わせる必要性を感じるまでは、ひたすら個人の作業、アイデアづくりや資料制作に時間を費やすことにしている。

自分の考えや方針がまとまる前に打ち合わせに出るのはあまりに無防備だ。
コテンパンに打ち負かされることがほとんどだと思う。


$Swing-Zzja-swinG-将棋


大概の打ち合わせってのは将棋の対局と同じなので、人数がいっぱいいてもいなくても主体的なのは2人に限定されている。その他は「棋譜読み」(単なる事実の確認者)、「時間読み」(スケジュールをなぞるだけ)、傍観(任せときゃいいや、的な人)、解説者(本筋じゃないけど言いたいことだけ言って何も産まない)、に大別できると思う。

この場合、当然ながら主役は対局している棋士二人、なわけで、その棋士役でないのであれば、打ち合わせなど殆ど出ても無意味だと思う。

今日はそういった意味で、4人と一時間一本勝負で将棋を打ったような形なので、非常に充実しつつ、大まか結果も見据えられたのでよし、と思う。

今日のような効率的な業務を実施するためにも、会社に「時間割」の概念を導入したらいいんじゃないか?とふと思った。


倦怠感と不信感と

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本日、バンド練習。

正直、今日ほど気合の入らなかったバンド練習はない。

多分みんな(俺も含めて)心ここにあらず、だったんだろう。

ライブという目標は朧気ながら見えた。
だが、レパートリーは一向に増えない。

原因ははっきりしているのだ。
メンバー全員が個人練習不足なのだ。

これでは「グルーヴ」とかそういう領域に到達するのはいつになるやわからない。

もしかしたら、もしかしたらだが、そろそろ別の道も模索すべき時なのかもしれない。

皆、己の研鑽を怠るなかれ(俺含む)、と自戒の意味をこめてここに書き留めておく。


ちなみに、最近はペラッペラの薄いピックを使うのが好きだ。
柔らかい音が出てよい。

ピックを変えたがごとく、河岸も変えるか、そろそろ。