※こちらの作品は友人に招待され先日足を運んで来たアートイベント会場に展示してあった作品。
最近、語学学校に通うのが楽しい。もしかしたら、最初の学校以来かもしれない。5年前に
学校に行き始めた時はクラスメートが多国籍、という事実が新鮮だった。そういう意味でその経験を楽しんでいた。
そして、滞在年数が長くなるにつれ、なんとなく語学学校もなあなあになって来る。ほとんどの人達がやはり他の事を目的にこちらに学生として来ている人が多いので学校にできるだけ通いたくない(とはいえ、行かなければいけないんだけど)人が多い。ということで、楽しむもただ、嫌々行くのも全ては自分次第と言える。
私も最初この学校に来始めた頃は学校が嫌いだった。学校にスタッフも生徒も含めて日本人がたった3人程度(私含め)完全なるアウェイでの環境だった。ニューヨークは日本人と離れるのがとっても難しい環境。意識的にやらないとかなり難しい。最初の頃はとくに言葉の問題があるので、どうしたって日本人同士でつるみやすいのは事実。しかも、やはり同じ文化で育ったということで言葉を越えて通じ合える部分があるのも事実。
ということで、こんな感じの環境は撮影現場を除いて初めてだった。今振り返ると最初はあまりにもなんだかカッテが違って戸惑ったのかもしれない。
そして自分自身が自分の固定観念で判断していただけだなって。
そしてそれを変えてくれたのが、同じく学校に途中から入って来た友人Yumiちゃんの存在だった。彼女はヘアスタイリストさん。同じく、O1ビザ取得目標にせっせと頑張りながら学校へ通っていた。2セメスター目から彼女とよく過ごすようになった。彼女は、、、、とっても学校を楽しんでいた。最初から。彼女の良い影響を受けて、私も最初はあんなに嫌いだった学校が好きになった。いい影響を与えてくれたYumiちゃんに感謝。そんな彼女は私よりも先に先月学校を卒業していった。
今回のマンハッタンポルテージの広告の件を喜んでくれたのは、前からの友人達ばかりでない。
学校のクラスメート達も。クラス中のみんなに拍手をもらった。あまりに嬉しくて嬉しくて泣きそうになった。
日本に住んでいた頃から一つ、強く、今でもずっと信じている事がある。
「想いは言葉も、文化も、肩書きも、性別も、年齢も越える」ってこと。
大学2年生の時に初めて海外ホームステイをした。西海岸。その時も全く英語を話せない状態で1ヶ月ホストファミリーと過ごした。そして帰国して、いつか絶対に英語を話せるようになりたい、そうずっと思っていてまさかのニューヨーク単身渡米。きっかけは、映画「バベル」だった、あの映画は、一つの文化圏に住んでいたらきっと創れなかっただろう。そう思った。そしてああいう文化を越えた、人についての真実を語るような作品を海外のクリエーター達と創りたい、モデル、女優というパフォーマーとして、または制作側として。そういう想いから5年前にこの地を踏んだ。その時も、英語が話せなかった。でも芝居をやりたかったので、必死で頑張った。そして少しずつ、少しずつ上達していった。やっと日常会話が問題ないくらいになって、、、
度々コミュニケーションの難しさで悩んだ。もっと英語が流暢だったらよかったのに。そうしたらもっと自分を伝えられるのにって。確かに、全く話せないよりも少しは話せた方が、そしてより多くの言語を話せた方がより、彼らの言葉で自分を表現できる。理解してもらいやすいかもしれない。英語が上達したことによって、確かに自分にさらに自信が持てるようになった。
だけど、もっと大事な事は言葉が話せようが話せまいが、どんな時もどんな場所にいても、自分自身で堂々としている事。だと、途中で気付いた。英語が流暢でないからって、それは彼らと比べて引け目に感じる理由はどこにもない。むしろ、自分を誇りに思うべきだと。だって、海を越えて文化も言葉も全く異なるところで一人で挑戦している。だけどそれでもそう思えなかった自分がずっといて、だけど少しずつ、自分に自信が持てるようになって。いろんなひと達と会話ができるようになった。
例えばcasting callで一緒になった子達とも気軽に話すようになった。以前よりも。
そしてなんといっても、クラスメート達と。25人くらいいて、みんな国籍ばらばら。私日本人一人。でも、行けばお互いにお互いをケアし合う。1日休んだりしたら「昨日どうしたの?」と声を掛けてくれる。特に最近よく話すのは、インド人の22歳のSummy.インドの文化はよく知らなかったけど、とてもスピリチュアルで彼の話を聞いていると本当に学ぶところが多い。もう一人いたインド人の男の子(クラス最年少の18歳)はつい先週、大学から通知がきた、といってさよならしていった。
学生であるという立場は確かに、好ましいものではない。時間もどんどん過ぎていて、私もいい加減VISAを申請しないとという感じ。なのだけど、良かった事をあげるとすれば、5年目になってようやく、自分が信じていた事を確信できた事だ。
想いは言葉、文化、性別、年齢、肩書きを越える。想いは通じる。
口がうまい人が多い、特にこの国。自分をアピールするのがうまい人が多い。まあ、そういう風な文化だから。議論のクラスがあったりする。日本では考えられない事だ。常にいろんなトピックに対して、どう思う?なぜ?と。そういう意味では自分を知ってないと、いろんな事について自発的でいないと決して中に入って行けない社会。
でも、だからこそ、言葉に想いがのってないか、のってるかというのがすごく明らかにわかる。
なんとなくうんちく垂れていてもすぐにわかってしまう。
それで思う。下手でもいいから、想いを伝えたいなと。いろんな人に等身大の自分を知ってもらいたい。言葉は大事なツールだけど、そのツールをどう使うかは自分次第だ。
私は言葉が大好きだ。だから外国語を勉強するのも好き。今度はフランス語にも挑戦したいなと思っていたりする。英語でももっと正確に自分の想いを忠実に伝えられるようになりたいと、切実に想う今日このごろだ。
新しい世界へ旅立ち始めた。