last note 17

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だが哲雄はそんな陽向を見て、くっくっと笑い出した。


「すまない、いきなり驚かせたみたいで…失礼ながら君のことは調べさせてもらった――苦労しているみたいだね」

陽向の言葉に哲雄は言葉を被せてくる。同情とも侮蔑とも受け取れる言葉に、かっと頭に血が上った。


「大したことじゃありません」
「僕は君みたいな青年は好ましいと思ってる。きっと妻もだ。
けどね、何かあった時――例えば、こういう席で臆さずに、堂々と食事が出来るのも、1つのスキルだと思う。付き合ってるうちは、何とも思わない『差』が、結婚っていう枠に縛られることで、急に大きく見えてくるんだ。
それを乗り越える自信はある?」
「……」

そんなの知らない。大人の事情じゃないか。
陽向は詩信が好きで、詩信は陽向を、やっと好きになってくれたんだ。

触れるだけで震えていたのが、キスしても怯えなくなった。陽向に過去のトラウマを重ね合わせて、傷つくようなこともなくなった。

やっと、これから…って時なのに。


大体詩信はどうなんだろう。自分以外の男と、夫婦になれるんだろうか。


――俺で慣れれば、他の男でも平気なのか…?


普通のカップルが3か月1か月でやってしまうことを、陽向は辛抱強く詩信の気持ちが解けるのを待ちながら、3年近くかけてやってきたのだ。
それを横から掠める男がいるとしたら…想像しただけで、嫉妬に狂いそうになる。


恐らく一生のうちで一番贅沢な晩餐だったが、殆ど味はわからず、そのあとは無言で陽向は食事を終えた。

帰り際、哲雄はタクシーで陽向を渡辺家の近くまで送ってくれた。


「また遊びにおいで」

哲雄はそう言ったが、さっきの言葉は陽向の胸の中で、飛び散った絵具みたいにこびりついてる。簡単には消えそうもない。


キッチンで冷たい水を一気に飲んだ。

「はーあ…」

盛大にため息をつくのを、十年来の親友が見逃すわけもなかった。


「どうした? どうだった? 羽田の家族と会って」
「うん。交際はしてもいいけど、結婚はNG的な?」

包み隠さず、月征には言うものの、何処かおどけてしまう。
本気の恋愛相談とか、培ってきた年月が絆が長いだけに、余計に面映ゆいのだ。

けれど、本音を隠した陽向の言葉でも、月征は的確に読み取ってくれる。


「…これからじゃないの? 陽向。まだ俺ら二十歳そこそこの若造だぜ?」

月征の励ましもありがたいけれど、今の自分に受け止める容量は少なそうだった。

月征に『お休み』とだけ言うと、陽向はベッドにもぐりこんだ。


何も考えたくなかった。詩信のことも、これからのことも何も。






 

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