GTブログでお世話になったみなさま、ご迷惑とご不便をお掛けしてます。

はじめまして…の方、ようこそいらっしゃいました。紗夏(すずか)と言います。


ぽつぽつとオリジナル小説を、あっちこっちに書き散らかしてる無責任ブロガーです。



とりあえず生息地


裏通り地下2階 別館


小説家になろう


アルファポリス




ほぼNL、たまにBL。どっちかっていうと、過激な話が多いのか…な?


興味を持った方は、良かったら上のURLに飛んでみてください。


  • 03 Aug
    • last note 17

          だが哲雄はそんな陽向を見て、くっくっと笑い出した。 「すまない、いきなり驚かせたみたいで…失礼ながら君のことは調べさせてもらった――苦労しているみたいだね」 陽向の言葉に哲雄は言葉を被せてくる。同情とも侮蔑とも受け取れる言葉に、かっと頭に血が上った。 「大したことじゃありません」 「僕は君みたいな青年は好ましいと思ってる。きっと妻もだ。 けどね、何かあった時――例えば、こういう席で臆さずに、堂々と食事が出来るのも、1つのスキルだと思う。付き合ってるうちは、何とも思わない『差』が、結婚っていう枠に縛られることで、急に大きく見えてくるんだ。 それを乗り越える自信はある?」 「……」 そんなの知らない。大人の事情じゃないか。 陽向は詩信が好きで、詩信は陽向を、やっと好きになってくれたんだ。 触れるだけで震えていたのが、キスしても怯えなくなった。陽向に過去のトラウマを重ね合わせて、傷つくようなこともなくなった。 やっと、これから…って時なのに。 大体詩信はどうなんだろう。自分以外の男と、夫婦になれるんだろうか。 ――俺で慣れれば、他の男でも平気なのか…? 普通のカップルが3か月1か月でやってしまうことを、陽向は辛抱強く詩信の気持ちが解けるのを待ちながら、3年近くかけてやってきたのだ。 それを横から掠める男がいるとしたら…想像しただけで、嫉妬に狂いそうになる。 恐らく一生のうちで一番贅沢な晩餐だったが、殆ど味はわからず、そのあとは無言で陽向は食事を終えた。 帰り際、哲雄はタクシーで陽向を渡辺家の近くまで送ってくれた。 「また遊びにおいで」 哲雄はそう言ったが、さっきの言葉は陽向の胸の中で、飛び散った絵具みたいにこびりついてる。簡単には消えそうもない。 キッチンで冷たい水を一気に飲んだ。 「はーあ…」 盛大にため息をつくのを、十年来の親友が見逃すわけもなかった。 「どうした? どうだった? 羽田の家族と会って」 「うん。交際はしてもいいけど、結婚はNG的な?」 包み隠さず、月征には言うものの、何処かおどけてしまう。 本気の恋愛相談とか、培ってきた年月が絆が長いだけに、余計に面映ゆいのだ。 けれど、本音を隠した陽向の言葉でも、月征は的確に読み取ってくれる。 「…これからじゃないの? 陽向。まだ俺ら二十歳そこそこの若造だぜ?」 月征の励ましもありがたいけれど、今の自分に受け止める容量は少なそうだった。 月征に『お休み』とだけ言うと、陽向はベッドにもぐりこんだ。 何も考えたくなかった。詩信のことも、これからのことも何も。  

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  • 30 Jul
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          哲雄が連れてきてくれたのは、居酒屋なんかじゃなくて、本格的なフレンチフルコースの店だった。   窓には港の風景が見えた。ぐるりと円形の店内は、テーブル毎に白いクロスが掛けられて、銀の食器が並べられている。 ワインもメニューも陽向には何のことだかさっぱりわからない。全部哲雄に任せることにした。 ブルゴーニュ産の何年物だとかいうありがたそうな講釈のついたワインで、乾杯してから、哲雄はゆっくりと話し始めた。 「娘に置きた悲劇を、君は知ってるんだろう?」 「…詩信さんから聞きました」 「詩信はもちろんだが、妻も見ていられないくらい苦しんだ。学校を変え、カウンセラーの先生も何人も変えた」 「……」 想像を絶する苦しみなのだろう。陽向は黙って哲雄の話に耳を傾けた。 「まさか、詩信が男性と付き合うなんて思いもしなかった――だから君にはとても感謝している。私も妻もだ」 真っ直ぐに感謝を告げられ、陽向は居心地が悪くなる。ただでさえ、陽向には敷居の高い店なのに。 それに何だろう。ただ感謝を伝えたいだけならば、哲雄は「一緒に来たい」という詩信の誘いを断らなかったように思う。何故陽向だけに――。嫌な予感が陽向を蝕んだ。 「…そんなことは…」 「だが、出来たら詩信の夫には、うちの会社を任せられるような男になってもらいたいと思っている」 冷静に哲雄が放った言葉に、目の前が真っ暗になりそうだった。 余りに違う育ちの違いに、愕然としたのは事実だが、初対面の今日、そんなことをいきなり言われるとは思わなかった。 「……僕と詩信さんでは釣り合いが取れない――ということですか?」 悔しさを、煽ったワインで喉に流し込んでから、陽向は哲雄に尋ねる。 言われなくたって、釣り合いが取れないなんてことは、わかっている。 でもそれでも、好きで、詩信の持っている傷ごと癒していきたいと思っていた。けれど、今、彼女の父親と対峙して、そんな決意も自己満足に過ぎないのかと無力感に苛まれた――。  

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  • 27 Jul
  • 26 Jul
    • last note 15

        よく住む世界が違う…なんて言い方をするけれど、本当にそういう格差っていうのは、あるんだと陽向は今、身を以て体感させられている。 真っ白い大理石が敷き詰められた玄関ホールは、吹き抜けになっていて、詩信が帰ってきたとわかり、螺旋の階段から降りてきた男は、一瞬だけ眼光鋭く陽向を睨み付けた。 白髪交じりの髪は、丁寧に整えられて、眉が太く目が大きい精悍な顔立ちが引き立たせている。 凄く似ているわけではないけれど、どことなく詩信の面影もある。彼が詩信の父親なんだと、何も言われずとも、すぐに推察できる。 詩信の母親は1階のリビングに繋がってると思しきドアから現れ、こちらはにこやかに娘と、その彼氏に対応する。 迷った挙句、陽向は彼女に持っていた手土産を渡した。 「ありがとう、陽向くん」 詩信の母親が受け取ったと同時に、父が降りてきて、陽向と詩信の前に立った。 「渡部陽向って言います。しーちゃ…詩信さんとは、学生の頃からお付き合いさせてもらってます」 高校野球の選手宣誓みたいな大声で、お辞儀の角度を90度にして、陽向は正々堂々と交際宣言をする。 「やだ、ひなちゃん、こんなとこで必死過ぎ」 隣にいた彼女の詩信が照れ笑いをしてしまうくらいに。 「ああ…。詩信から話は聞いている。一度、会ってみたかったんだ。娘の男性恐怖症を克服させた男にね」 バリトンボイスで、詩信の父親はそう言って、にこやかに笑い、陽向をリビングに誘った。 リビングも何処かの家具やのモデルルーム並の綺麗さと広さとセンスの良さだった。 (育ちが違うよな…) ソファのふかふかのクッションに身を沈めて、陽向は気後れしてる自分を知る。 けれど、陽向が身構えていたよりもずっと、詩信の両親との対面はにこやかいに、和やかに進んだ。 話題の殆どは、高校の時の部活の話だ。詩信の父、哲雄も昔、吹奏楽部でユーフォニュームを吹いていたという。 ユーフォニューム。トランペットやトロンボーンよりは大きく重たい。けれど、チューバ程の圧倒的な大きさはないので、抱えて吹くことが出来る。低いけれど、伸びのある音色は美しく、何気にソロ部分の見せ場も多い楽器だ。 「ユーフォですか」 「ああ。今も持っていて、時折吹いてるよ。今度、娘と3人で合奏でもするかね」 「いいですね!」 少しずつ話が弾むに従って、陽向の緊張感も解きほぐされる。 ――いいんじゃない? いい感じじゃない? うまく行ってると陽向が錯覚し始めた時、哲雄はやおら立ち上がった。 「お父さん、どうしたんですか?」 詩信が不思議そうに父を見上げる。 「良かったら飲みにいかないか、陽向くん」 誘われて、{NO」の答えなんて陽向にはありえなかった。 「だったら私も…」 心配そうな顔でついてくるという娘を、「陽向くんと二人で飲みたいから、お前は遠慮しなさい」と哲雄は退ける。 「構わないだろう? 陽向くん」 「はい、僕は別に…」  

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  • 25 Jul
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        仕事は順調に始まった。適応能力の高い陽向だ。新しい仕事はともかく、まず職場の人間関係は問題なく、受け入れてもらっている。 「まあ、お前のことだから、その辺は心配してなかったし」 月征はあっさり言って、缶ビールを一口飲んだ。 毎晩、月征と晩酌しながら、職場であったことなんかを語り合うのが日課になってしまった。まるで高校の時に戻ったみたいに楽しい。 「お前、そういえば直ちゃんとデートしてる? 俺に気を遣ってるんだったら…」 陽向がここに来て1週間。直の姿をこの家で見たことはないし、月征が極端に家に帰るのが遅くなったり、外泊したりもない。 「あー、お前の歓迎会の時以来会ってないかな? けどいつもそんなもんだぞ?」 聞けば、デートは多くても週1くらいらしい。お互い忙しくて、合わせるのが難しいらしい。 「うわ、月征先輩、つめたっ」 「…うるさいな。別にデート回数多かったら、仲いいってもんでもないだろ?」 …と言い切る月征は、何があっても自分たちは揺らがない、という自信があるのだろう。 ――それはそれで羨ましいけど、直ちゃん、可愛くなったからなあ。どうなっても知らねえぞ。 親友の恋の行方を、つい気にかけてしまう陽向だった。 「お前は?」 「は?」 「羽田と。ゆっくり会った?」 「いや…」 やっと明日初めての休みだ。遠距離が解消されたら、毎日のように会えるかと思ったが、やはりそうはいかない。陽向には仕事もあるし。 「明後日の日曜、家に来てほしいって言われてる」 「おー、家族に紹介する的な?」 「なのかなあ。なあ、お前、直ちゃんの家族に会ったことある?」 「…何度も」 あの直ちゃんを育てた親だからなあ。そりゃ真っ直ぐで裏表のない人たちなんだろうな。娘は絶対彼氏の愚痴なんて親にこぼしたりしてないだろうから、 月征が向うの両親から信頼得るのも、容易だろう。 「なあ。最初の時って緊張しなかった?」 「えー、いや、あいつ送っていったついでだったから、そうでもないかな」 「そっかあ」 月征の意見はあまり参考にならないと悟ったのか、陽向は言葉少なに相槌を打った。 「らしくねえ。緊張してるのか?」 「…するだろ」 母親には何度も会ってるが、詩信の話し方だと、今回は父親もいるようだ。 詩信の父親は大きな会社の重鎮だという。男性恐怖症の娘が付き合う男に対して、どんなことを言ってくるのか、想像もつかない。 「ま、最初の試練だ、頑張れよ」 「行きたくね~~~~~」 月征の前では、つい詩信には言わない本音も吐き出してしまう陽向だった。 日曜日、一応面接の時と同じスーツを着込んで、陽向は詩信との待ち合わせ場所に赴いた。 詩信は春っぽい薄いピンクのワンピースに、白いノーカラーのジャケットを羽織ってる。 いきなりお宅訪問は敷居が高すぎるため、詩信と待ち合わせて、一緒に詩信の家に行く予定だ。 「しーちゃんちに何かお土産買っていきたいんだけど、何がいいと思う?」 「え? うち?」 「うん」 手ぶらはないだろ、と月征に叩き込まれたのだ。それも陽向が勝手に買うよりも、詩信の家でよく買う菓子や果物の方が外さないとも――。 「お母さんは洋菓子なら何でも食べるけど…お父さんは甘いの食べないし」 「そうなんだ」 「うん。だからなんでもいいと思うよ」 いや、良くないって。結局詩信の家の最寄りの駅で、最近人気だというバームクーヘンを手土産に、いざ、陽向は詩信の家に向かった。 敵地に侵入する兵士みたいな緊張感だ。吹奏楽のコンクールの本番前だって、基本、緊張とは無縁の陽向なのに。 「…ひなちゃん、お母さんとは会ったことあるじゃん」 「うん…そうなんだけどさ…ラスボスとは…」 「ラスボスってお父さん?」 大袈裟な言い回しに、詩信はくすっと笑った。 「俺にとってはね」 「大丈夫。二人とも私には甘いから」 詩信の手が、ふわりと陽向の手に絡みつく。こんな風に詩信の方から、自然に触れてくれるようになったのも、すごく進歩してる。 関係は一気になんて詰められない。ちょっとずつ歩み寄って行くものだ。 詩信の小さな手に勇気を得て、陽向は詩信の家の立派な門をくぐった。  

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  • 06 Mar
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        結局その日は10時過ぎまで宴会だった。 みんなを帰らせて、詩信を最寄りの駅まで送って行って、 月征の家に戻ると、パーティーの残骸は、あらかた片付けてあった。 「…わりぃ、全部やらせて」 何もなくなったテーブルを拭いてる月征に声を掛ける。 「別にいいよ」 「手伝うことある?」 「いや」 キッチンのシンクの方も、食器はすべて片付いていた。 すぐにきっちりやってしまうとこが、いかにも月征らしい。 「風呂入ってきちゃえよ」 「先いいの?」 「入ってくれないと後がつかえて困る」 「…わかった」 ここで遠慮するのを好まない男だっていうのはわかってる。 陽向は月征の指示通りにすることにした。 金沢の家の古くて寒い風呂場とは違って、 渡辺家の風呂は新しくて綺麗で快適だった。 思わず鼻歌でも出そうな気分になる。 「ついに来ちゃったんだよな…」 未だに自分がここにいることが信じられない。 けれど現実だ。今、自分が足を伸ばしてる湯船の広さも、 さっき抱きしめた詩信の温もりも。 風呂を出て、自分の部屋で荷物の整理をしていたら、 隣の部屋の扉が開く音がした。 月征が風呂から戻ってきたらしい。 今日は殆どあいつと会話らしい会話していない。 陽向は急いで部屋を出て、彼の部屋をノックした。 「どうした?」 部屋の扉をあけながら、月征は首を傾げた。 「いや、その…」 「入れば?」 促されて、陽向は月征の部屋に入る。 無駄なもののない片付いた部屋に、陽向は月征らしくないものを見つける。 「あ、直ちゃんだ」 桜花の制服を来て、クラリネットを演奏してる直の写真。 望遠で撮ったんだろうが、けして画質は良くない。 「見るなよ」 恥ずかしそうに月征はぱたんと写真立てを伏せてしまう。 「なんだよ、いいじゃん、見たって。減るもんじゃないし」 飾っておくのが、自分に向けられた笑顔とかでなく、演奏中の写真というのが月征らしい。 「気分的に減るんだよ」 「意味わかんないし」 「わかんなくていいよ」 小学生か、みたいな不毛なやりとりをしてから、陽向ははっとなる。 そんな話をしにきたんじゃないのに。 「あのさ…」 「ん?」 「ありがとな」 面と向かって言うのも言われるのもこそばゆい。 そんな仲だとはわかっているが、敢えて陽向はそれを口にした。 「何だよ」 「いや、今回はホントにお前に世話になったから。 お前と家族の人と」 「今更…」   みずくせえよ、と月征は話を終わらせようとする。 「なるべく早くアパート見つけるから」 「急がなくてもいいよ。言っておくけど、俺も家族も、お前だから、手を貸したんだ」 「……」 「ガキの頃からずっと付き合ってて、気心も知れてるし、将来のことも案じてる。 うちの両親なりにだけど」 「いや、十二分にありがたいよ」 「いいんだよ。そう思わせる関係を築いてきたのは、お前自身だろ」   月征にそう言われても、陽向はやっぱり月征と渡辺家の厚意を、 当然の如く享受することなど出来ない。 「ありがとなっ」   月征に抱き着いて、陽向は言う。   「だからいい、つってんだろ。暑苦しいんだよ、お前の感謝は」 「あ、ひど、あんまり俺を邪険にすると、 お前の寝顔とか隠し撮って、直ちゃんに送っちゃうよ?」 「…別にそんなの珍しがらないと思うけど」 「……」   さらっと今、こいつすげーこと言わなかった? むーかつく。ずっと一緒だったのに、一人で大人の階段登りやがって。 「俺もう寝るわ。明日何時?」 「俺は6時には起きてるけど…お前のペースでいいよ」 6時。早っ。ちょっと自信ないかも。 「あ、陽向。それやる」 部屋を出た陽向を、月征はわざわざ呼び止めて、何か投げてきた。 何かと思って反射的にキャッチした箱を見ると、避妊具の入った箱だった…。 「お前なあ…っ」 「うちでやるのは厳禁な。お前の部屋にあるの、ねーちゃんのベッドだし。俺が殺される。 でも、近くにいるんだから、チャンスは倍増だろ? ま、頑張って」 したり顔で言われて、悔しさマックスだ。 「うるせーよ」 大体、前に月征と一緒に買って、半分つに分けたゴムでさえ、 未使用のまま、綺麗に残ってるって言うのに。 (今度こそ使うチャンス来るのかな…) いまいち自信の持てない陽向だった。  

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  • 02 Mar
    • last note 12

        詩信の手を握ったまま、陽向は奥の部屋のドアを開け、 無造作に荷物を置く。 その一連の動作の間も、詩信の手は離さずに。 これからもずっとこの手は繋いだままでいられる。 それはわかっているのだが、遠距離で積み重ねた年月が、 陽向を不安にさせているのかもしれない。 (…あー、俺、めちゃくちゃ余裕ないわ…) 「…しーちゃん」 両手が開いたところで、陽向は詩信の両手を取った。 「はい…っ」 「あーなんか俺、緊張してる。してるよね」 「…うん」 今のこの状況が嬉しくて、でもまだ信じられない。 詩信も同じ思いなのだろうか、声も表情も硬い。 何を話せばいいんだろう、時間はたっぷりある。 だからこそ、戸惑ってしまって、言葉が喉につかえて出てこない。 「…とりあえず、ハグしてもいい…?」   手を離して、ばっと広げると、詩信の方から陽向の胸にこつんとおでこを寄せてきた。 シャンプーの匂いか、香水か、詩信の身体からいつも漂う、 甘い香りが陽向の鼻を掠めた。 壊れモノを扱うみたいに、詩信の背中に腕を回す。 一瞬だけ詩信の背中に電流が走ったみたいに、 微かな震えが陽向の掌に伝わる。 それが詩信の躊躇いだというのは、よく理解してるつもりだ。 でも陽向が彼女の身体から腕を遠ざける前に、 詩信は陽向の背中に手を回して、自分の身体を密着させる。 「…これからずっと一緒にいられるね」   詩信の言葉が涙が出そうなくらい嬉しくて、 ごまかすように陽向は詩信の唇を奪った。 …2回、3回。唇を重ねるだけのキスをして、 陽向はゆっくり詩信から離れた。 本当はもっと二人だけで帰ってきた喜びに浸っていたいのだが。 (これ以上はやばい、いろいろやばい) むず痒くなってきた下半身を鎮めるように、陽向は詩信に言う。 「みんなのとこ、行こっか…」 「うん」 詩信は一旦頷いてから、思い出したように言った。 「あ、そうだ、ひなちゃん、あのね」 「おう」 「…ひなちゃんのこと、パパに話したの」 「…え」 「今度ね、うちに連れてきなさい、って」   『付き合ってる人がいるから、会ってほしい』的なアレ? 陽向のうちはオープンだったから、詩信を遊びに来させたこともあるが、 詩信は母には陽向とのことを打ち明けていたが、 父親には内緒にしていたようなのだ。   (それがいよいよ親公認?) つい顔がにやけてしまう。 「わかった。じゃあ、仕事の休みわかったら、 お父さんに伝えてくれる?」 「…うん。でもひなちゃん、忙しかったら無理しないでいいよ」 「いや平気平気。ていうか、無理しても行かなきゃダメだろ、それ」   行こうぜ、と詩信を伴って階段を下りる。 主役の登場をみんな拍手で出迎えてくれて、 やっとパーティーが始まった。    

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  • 24 Feb
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          新幹線と在来線で2時間。 早くなったなあ…と感動しながら、陽向は元いた街に戻ってきた。 月征の家に行く前に、寄り道をして、工場に立ち寄ってみる。 手放してしまったが、事業は引き継がれていて、今も稼働している。 働いているのは、陽向とは縁もゆかりもない人達だが、それでも父が必死に守ってきた場所が、 今もあるのは嬉しい。   ぐるりと工場の周囲をめぐって、戻ると、見慣れた人影があった。 「月征…」 「やっぱり、ここにいると思った」 陽向の姿を認めて、月征は勝ち誇ったように笑う。 「い、いいじゃん、別に」 「いいよ? 別に」 「じゃあ、わざわざ迎えに来るなよ」 「それも俺の自由だし」 持つよ、と月征は陽向が手土産に買った紙袋の柄を握った。 「なんか懐かしくてさ」 「俺もこっちは久しぶりに来たよ」 「そっか」 駅と月征の家からはルートが逸れるし、 月征自身も、この場所にはいろんな思い出が詰まり過ぎて、 1人では足を運びにくいのかもしれない。 (そーいえば、こいつにキスされたのって、ここだったしな…) した方もされた方も、 今なら「黒歴史」って、笑い飛ばせるような過去だけれど。 「そうそう、せっかくだから…」 「ああ」 「お前の帰郷パーティー企画しておいた」 「はあ?」 月征のキャラと全くそぐってない単語が飛び出して、 陽向は口をあんぐり開けて驚いてしまう。 パーティーって、コンクール後の部内の打ち上げすら、 いやいや参加だった奴が、何言ってんの? 「多分そろそろ来る頃だと思う」 ブルーの文字盤の時計をチラ見して、月征が呟く。 来るって誰が? 愚問かな。そう思ったから、月征の家までの5分間、 無言のままで歩く。 そして月征の家に帰った瞬間、 「おかえりなさい、陽向先輩」 真っ直ぐに衒いなく、陽向に言う直と、 彼女の横で恥ずかしそうに口ごもる詩信の姿があった。 「おう、ただいま~って言うか、お邪魔します。 ご厄介になります」 家中に響くような大声で言うと、「陽向くん、変わらないわねえ」と 月征の母親もキッチンから出てきた。 リビングに入るとさらに驚いた。 桜花の吹部のメンバーが、かなりの数集結してる。 中には麻子の姿まであった。 「一人に声掛けたら、うようよ集まってきた」 月征の言葉に「俺らゴキブリかよ」そんな反論が飛んで、 リビングが笑いに包まれる。 まるで桜花の音楽室に戻ってきたみたいだ。 これはこれで楽しい。 けど…。 「俺、荷物置きに行きたい。月征俺の部屋何処?」 「二階の突き当り」 何度も来た事ある月征の家だ。それだけ言われれば、 階段の場所も間取りもわかってる。 「OK」 頷くと陽向はリビングを飛び出した。 荷物と詩信の手を取って。  

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      テーマ:
  • 03 Feb
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        持ち出す荷物は最小限にした。 月征の姉はもう家を出ていて、その部屋を渡辺家では開けてくれることになっている。 ベッドもクローゼットも、パソコンデスクも。 必要なものは大概揃ってる。カーテンは、今掛かってるのがピンクのガーリーな奴だから、 新しいの買えば? 月征の話はありがたいことだらけだった。 高校時代から愛用しているボストンに、服やケータイなどを詰め込んで、 陽向は母の元に行く。 「もう行くの?」 身支度を整えた陽向に、美晴は寂しそうに言う。 「ああ。電車来ちゃうし。 見送りいらないよ? 母さん泣き虫だから、めんどくさい」 「…嫌な子だね」 拗ねながらも、美晴自身にも泣き出す予感があるのだろう。 たって行くとは言わなかった。 「新藤さんによろしく」 「ああ」 「いつ入籍すんの?」 「まだ決めてないよ」 「幸せにしてもらってよ?」 「わかってるよ」 いつもぶっきらぼうな母の口調だけど、今日はことに乱暴だ。 「陽向も…元気でね」 そう言った美晴の目には、もう息子の姿は滲んで映っていないだろう。 「あーもう、だから言ったのに」 泣き出した母に、陽向はすかさずティッシュとハンカチを渡した。 「いいんだよ、気にしないで。5分もすりゃ、ケロッとしてるんだから。 あんたはもう行きな」 盛大に鼻をかみながら、美晴は陽向の背中をばんと押す。 どうせ名残は尽きない。だったら、母の気遣いと新幹線のチケットは無駄にしたくない。 急いで父の仏壇に手だけ合わせると、陽向は立ち上がる。 見事にばらばらになっちまったなあ。でも、離れてたって家族は家族だ。 家という明確な居場所がなくなったたとしても、それは変わらない。 「じゃあな」 高々と手を振って、陽向は家を出た。  

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  • 30 Jan
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        「ごめんっ」 両手を合わせて、まるで直を拝むように、月征は謝ってきた。 周囲の人が何事かと、直と月征にちらちらと視線を送る。 「えーっと…」 謝ってもらうようなことなのかな。 直の方が困ってしまって、ほっぺの辺りをぽりぽり掻いた。 月征の話はこうだった。 陽向がこっちに帰ってくることになり、就職先も決まった。 一旦、金沢に帰った陽向が、再び神奈川を訪れ、 住居を決める前に、転職先の会社が、早く陽向を欲しがり、転職が当初の予定より早まってしまった。 そこで、陽向の家が決まるまで、月征の家で下宿することになったのだ。 そんな経緯を話し終えたところで、月征は急に頭を下げてきたのだ。 「部屋は違うし、俺、今は直だけだから」 必死になって、直が怒ってもいないのに、言い訳と弁解を繰り返す月征が 可愛らしく思えて、直は思わず微笑んでしまう。 「陽向先輩、お仕事決まって良かったですね」 直のセリフに、月征は驚いて顔を上げる。 「…うん、まあ、あいつは…要領だけで、世の中渡っていけそうな奴だから」 確かにそうかも。 そして、明るくて屈託のない友人を、月征がどれほど憧れて、大事にしてるか、きっと直がいちばんよく知っている。 (張り合うところじゃないもんな…) そして月征の大事にしてる人を、直も大事にしたい。そう思う。 「陽向先輩の就職祝い、買いに行きます?」 「え、いーよ、そんなん。 それより直の服、見に行こ? 春物、ほしいって言ってたじゃん」 「つ、月征と?」 「なんで。俺が一緒だとダメ?」 「ダメって言うか…」 単純に月征に自分の買い物見られるとか、恥ずかしい。 「ダメじゃないならいいじゃん。決まり」 断言すると、月征は立ち上がってしまう。直は慌てて、彼を追いかけた。 「直が絶対選ばなそうなの、買ってあげる」 「…い、要らないです」  

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  • 25 Jan
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        「俺が帰ってきたら嬉しい?」 …ひなちゃんが帰ってくる。 嬉しいけど、ちょっと怖い。 あたし、どうしたらいいんだろ。 凄く唐突な話のようで、まだまだ先のことかと思っていたのに、 陽向はやはり行動的なのだろう。 ネットで企業の合同説明会の日程を調べ、その日に合わせて、上京。 いくつかコンタクトを取った会社のうち、2社から別の日に改めて面接をしたいと申し出があり、 うちひとつから、内定を勝ち取った。 「しーちゃん、俺仕事決まった! 直接会って話したいんだけど、ごめん! もう新幹線乗らないといけないんだ」 早口の興奮気味の電話はおそらく、東京駅から掛けてきている。 発着の案内のアナウンスが、ひっきりなしに詩信の耳にも届いた。 「また家探しに来るから! そん時は会おうね」 あわただしくて、切ない。会った瞬間から、常にあと何時間一緒にいられるか、 カウントダウンが始まってるような、そんな遠距離恋愛がもうすぐ終わる…? 「陽向先輩、こっち戻ってくるんだってね」 詩信が直に打ち明ける前に、直は既にそのことを知っていた。 「直ちゃん、どうして…」 つい、疑問を口にしてしまって、すぐに愚問だったと思い知る。 直の情報源なんて、あそこしかない。 未だに何処となく苦手な眼鏡の奥の冷たい瞳を思い出す。 相変わらず、男同士、情報共有してるらしい。 「よかったね、詩信」 詩信の手を取って、直は自分のことのように、喜んでる。 「うん。嬉しいんだけど…」 「けど、何?」 「そろそろ、ひなちゃんと……しなきゃダメだよね?」 肝心な箇所をぼかしたから、直は意味がわからないらしく、  ぽかんとして首を傾げる。 陽向に相当の我慢を強いてるのは、わかってる。 詩信だって、乗り越えたい。過去のトラウマを。 去年のクリスマス、一度チャレンジしてみたが、 あの時は恐怖が勝ってしまい、結局添い寝するだけで終わってしまった。 けれど、陽向がこっちに来るのなら…。 (チャンスはいくらでもあるってことだよね?) 「直ちゃん、初めての時、その…い、痛かった?」 真っ赤になりながら、詩信が尋ねて、直は初めて、 詩信の質問の意図を理解したらしい。 詩信に負けず劣らず、顔を一気に赤く染めた。 「は、は、初めての時ね」 「副部長さん、怖いからわざと痛くしそう」 「そ、そんなことないよ! 月征優しいよ。 い、痛かった…けど。でも、夢中だったから、よく覚えてない…」 直の体験談は、あまり実用的はなかったけれど、 詩信のガチガチに固まった緊張を解すのには、ピッタリだった。 「直ちゃん、可愛い」 「詩信っ」 大学に入って、直はナチュラルだけど、 メイクをするようになった。 背が高いから…と、以前は頑として履かなかったヒールも 服に合わせて履いている。 女の子らしくないから。 と、敢えて彼女が避けてたものを、受け入れるようになったのは、 彼女の抱いてたコンプレックスが無くなったからだろう。 そして、そのコンプレックスを直から取り去ったのは、 月征なのだ。詩信には、面白くないけれど。 恋は人を変える。 (だから、あたしも今度こそ、ひなちゃんと…) 密かに決意を固める詩信だった。  

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  • 20 Jan
    • last note 7

       目の前に置かれたので、陽向は中を開けてみる。中味は学資保険の証書と陽向名義の通帳だった。あー、この通帳覚えてる覚えてる。小学生の時に作ったお年玉とか入れてたやつ。月征とどっちが預金高多いか、比べっこしたりしたっけ。…今、思うと、なんてことやってんだか。いつの間にか、『お年玉を貯金』なんてこともしなくなり、社会人になってお年玉そのものももらえなくなり、こんな通帳の存在も忘れ去ってしまっていたが。「あれ?」懐かしがりながら、中を改めて、陽向は首をかしげる。残高が自分の記憶より明らかに多い。それも桁が2つも違う。「学資が満期になっていたからね、それを全部突っ込んでおいたんだよ」そんな押入れの片づけみたいな言い方しなくても。ぶっきらぼうな美晴の言い方だが、愛情は十二分に伝わってくる。「このお金だけは手をつけちゃいけないと思って、ずっと隠しておいたんだ。大学は行かせてあげられなかったけれど…それは、あんたの金なんだから、好きに使いな」思わぬ母からのプレゼントだった。いつかきっと。胸の内だけに秘めていた願いが、一気に手の届く現実になったように思えた。興奮を抑えられぬままに、陽向は詩信のもとに電話を掛ける。「ひなちゃん、無事そっち着いた?」夕方、東京駅のプラットホームで別れたばかりなのに、声を聞いただけで、もう会いたくなった。「…うん。無事についた」「なら、良かった」詩信の声が、耳に心地いい。ずっと聞いていたい。「そっち雪どう?」「うん。今は降ってないけど、正月とか降ったっぽい。側道に残ってる」「寒そうだね」うん、でも綺麗だよ。いつか雪化粧した兼六園も詩信と歩きたいと思っていたが、それより先に別の夢がかなってしまいそうだ。「うん、めちゃ寒い。しーちゃん、俺ね…」「うん」「そっち戻りたいと思ってる」「え…? そっち帰ったばっかりなのに?」陽向の意図を測りかねてか、詩信の声が不安定に揺れた。「いや、すぐってわけじゃないけど。しーちゃんさ、俺がそっちに行ったら、嬉しい?」「……」時間が止まったんじゃないかと思うほど、スマホの向こうの詩信の声がぴたっと止んだ。呼吸すらもしてないんじゃないかと危ぶむくらい、無音無反応。(あ、あれ? 電波切れた?)陽向が心配になって、スマホの画面を見ようと、耳から離した瞬間、詩信の声が響いた。「…そ、そんなことも、わざわざ聞かないといけない程、ひなちゃんはおばかさんなの?」驚いたことに、詩信の声は涙声だった。(え、しーちゃん泣いてる?)「嬉しいに決まってるじゃないですか~~~~」あ、やばい、俺も嬉しくて泣きそう。今のこの詩信の反応、生で見たかった…。そして泣いてる詩信を「よしよし」って抱きしめて、頭なでなでして~~~~。横浜と金沢。500キロを超える距離が、もうすぐゼロになる。  

      64
      7
      テーマ:
  • 18 Jan
    • last note 6

       「あー、ちょっとお茶こぼれてるこぼれてる」 慌てて陽向が布巾を手に、テーブルを拭くと、美晴はやっと我に返って、息子の顔をまじまじと見た。 「家出るって…、出てどこに行くつもりなの」「地元に帰る」 次は陽向ははっきり言い切った。「私はあんたを追い出すつもりはないんだよ」「わかってる、わかってるって」 狼狽する美晴の手を取って、陽向は彼女を安心させるように握る。子どもの頃は、陽向が泣くと、こうしてくれたのは、美晴だったし、その手ももっと大きくふっくらしていたのに。自分より小さく、ガサガサの手を取って、考えてしまう。子どもを庇う親。親を労わる子ども。その力関係が逆転してしまうのは、どの地点なんだろう。「母さんが新藤さんと幸せになる道を探すなら…、俺は俺で別の幸せになれる場所を探したい。そう思っただけなんだ」「ここじゃダメかい。あんた、さっきも『帰る』って言ったもんね。最後までこの街は、あんたになじまなかった?」 美晴は少し寂しそうに、陽向に尋ねる。 「この街が嫌いなわけじゃないよ?」 冬の月のように、凜と美しく、気位の高い街。観光として訪れたり、ちょっと住むのには、いいと思う。美晴のことがなくても、また来たいと思っている。 けれど、自分が生きていきたいと思うのは、やはり懐かしい人に囲まれたあの地なのだ。 「けど…」「月征くんもいるし、なんだっけ、あんたの彼女のやたら可愛い子」「…しーちゃん」「そう、詩信ちゃん。そうだよねえ、あんな可愛い子、放っておいたら、いつ誰にかっさらわれちゃうか、わかんないものねえ」「……」いやその心配はあんまりしてないけど。でも、母は詩信の事情を知らないから、陽向も美晴の言葉を笑って受け流した。「俺もすぐに出て行こうってわけじゃないから。仕事も住む場所も見つかったら…」「それじゃだいぶかかりそうだねえ」「しっつれいだなあ、そんなにかからねえよ」陽向の決心が固いと見て取ったのか、あるいはすぐに出て行くわけじゃないから、安心したのか、美晴の口調も軽快なものになる。「母さんこそ、新藤さんに愛想つかされないようにしろよ」「わかってるよ」 そう言ってから、美晴はやおら立ち上がって、仏壇の位牌の奥から、一通の封筒を出してきた。  

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      テーマ:
  • 17 Jan
    • last note 5

       月征との電話を切ったあと、玄関の扉が開く音がした。階下に降りて確かめると、美晴がひとりで帰ってきたところだった。知らない間に、新藤を送るためにか、家を出ていたらしい。「…お帰り」 ぎこちなく言うと、美晴はふっと薄く笑う。 「ごめんね、帰ってきたばかりなのに、驚かして。あんたには、もっとじっくり話をしたかったんだけどね」「いや、俺の方こそびっくりしたから、大人げない態度取って…ごめん」「男の人はせっかちでいけないよね。お父さんも…生き急いで、あんなことになっちゃったし」 ふたりで同時に、居間に飾ってある父の遺影を見上げてしまった。そういえば、帰ってきてから、まだ線香も上げてない。「でも、お袋も新藤さん?だっけ。あの人とやっていきたい、って思ってんだろ?」 ずばりと聞くと、陽向の問いは美晴には意外だったようで、虚をつかれ、目を見開く。 「いいんだよ、無理しないで。あんたがやなら、一緒になんてならないよ。親の事情で、振り回してばかりで…これ以上、陽向には迷惑掛けられないから」「……」 美晴は本当に陽向に申し訳なさそうに言う。 きっと言葉通り、美晴は陽向が拒否すれば、新藤との生活も未来も諦めるのだろう。  確かに傍から見れば、陽向は父親の急逝で大学にも進学できず、母の実家に引っ越し、そして今また母の都合で岐路に立たされている。 けれど、3年前、陽向が石に噛り付いても、向うに残ろうと思えば、残ることは出来た。ひとつひとつの局面で、たとえどんなに選択の幅が狭かろうとも、それを選んできたのは、陽向自身だ。振り回されてる、なんて被害者面したつもりはない、一度も。「そんなこと思ってないよ」「そうかい?」線香をあげて、手を合わせて、陽向なりに父と向き合って、心の中で対話をする。親父はどう思ってんの? 親父のことだから、途中退場した自分が悪いと思って、反対なんかしないんだろ? それじゃ、誰も幸せになれないもんな。 「お袋」 線香が半分くらいの長さになる程、仏壇の前で座ってた陽向は、振り返って、美晴を見た。 「あんたずいぶん長いこと話してたけど…お父さんに、私の悪口でも言ってたのかい?」 陽向をからかいながら、美晴は急須からお茶をそそぐ。陽向の分と自分の分と。「違うよ。いろいろ報告してただけ」「何をだい?」「うん。お袋、俺…この家、出ようと思うんだ」 

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      2
      テーマ:
  • 12 Jan
    • last note 4

       唐突過ぎて、親友の言葉の真意を測りかねた。「こっちってどっち」「だからこっち」まるでコントだ。陽向が思ったことは、月征も思ったのだろう。くすっと笑ってから言う。「元々、永住するつもりで、そっちに行ったわけじゃなくてさ、おばさんが心配だっただけだろ?だったら、おばさんが再婚するなら、お前ももう一度自分の人生考え直してもいいんじゃないか?」「……」陽向のもやもやした気持ちに、風穴を開けてくれるような、月征の言葉だった。「ま、羽田以外に、向うに現地妻でもいるんだったら、別だけど」「いねーよ」逆に自慢するけど、まだ童貞だから。と、受話器口でがなると、「別にそんなこと聞いてない」とそっけなく流された。自分はいいよな、大学生になった彼女といつでもいちゃいちゃラブラブ出来て。この無表情無感情男が、どうやって彼女口説いてるんだから知らないけど。月征の彼女は、陽向の彼女の詩信の親友だ。詩信から、月征と直が卒業旅行の北海道に行ったことまで、ちゃんと陽向の耳に入ってる。「俺が戻ってきたらさ…しーちゃん、喜ぶかな」「しっぽ振って喜ぶようなキャラじゃないけどな」「まあね」態度と感情が直結しない詩信の性格は理解してる。けれど、陽向の気持ちは、月征に電話する前と、天と地ほども異なっている。もちろん、地元に帰るといったって、即実行になんて移せない。住むところも、職場も。一から、全部探さなきゃいけない。就職して3年になるが、陽向の貯金なんて、雀の涙だ。でも。母が新藤との暮らしを選ぶのなら、どっちみち自分はいずれ、ひとりになる。「簡単じゃないけどな」陽向の思考を読んだかのように、月征が口を挟む。うん、わかってる、簡単じゃない。けど、いつか。母の再婚話で子どもじみた反発を覚えていた自分に、前を向かせ、新たな目標を抱かせるには十分な指針だった。「俺はさ、いつでも待ってるよ、陽向」ばかやろう、泣かせるようなこと、言うな。 

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      テーマ:
    • last note 3

      「はあ? 親父死んでまだ3年だぜ? 再婚とか正気?」 まだ3年、もう3年。人によって受け止め方の違いはあるにせよ、陽向にとっては父の死はまだ昨日のことのように鮮明だ。 突然の父の死で、陽向の周囲は何もかもが変わった。高校こそ無事に卒業出来たものの、死ぬほど好きだと思った女の子も置いて、一生付き合っていけると信じている友人とも別れて、この地に来たのは、偏に母のためだ。彼女をひとりにしておけないと思い、生まれ育った土地を離れて、馴染みのない土地に来たのに、今、彼女は自分ではなく、他の男を優先順位の1位にしようとしている。陽向には、母の行為は裏切りに思えた。 美晴はきっともっと時間を掛けて、ゆっくり陽向の理解を得ようとしたのだろう。結婚の二文字を聞いて、逆上してしまった息子の言葉に、涙を滲ませる。 「…好きにすればいいじゃん」陽向もまた混乱の中で、そう吐き捨てるのが精いっぱいで、すぐに自室にこもり、そして、この感情の行き場を求めるように、親友に電話したのだ。   「結婚?」そして流石に陽向の話に、月征も絶句した。 「な? 驚くだろ? ビビるだろ?」「確かに自分の親が結婚て、ピンと来ないけど」 月征もうーんと唸ったまんま、しばし黙り込む。 母は本当にあの男と一緒になるつもりなのだろうか。裏表はなさそうな男ではあったが、収入やら住居の問題。 月征の沈黙の間に、陽向はさっきは驚き過ぎて思い至らなかったことを、あれこれ考える。問題は山積みのはずなのに、どうクリアするつもりなのだろう。 だが、月征は全く違うことを思案していたらしい。長い沈黙を破って、月征が言いだしたことは、陽向が全く思いもよらなかったことだった。  「お前さあ、こっちに戻ってくれば?」

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      2
      テーマ:
  • 11 Jan
    • last note 2

       「あーいや、そりゃまたバッドタイミングだったな」電話の向こうの声も、陽向をどう慰め宥めようか、困惑に満ちていた。そりゃそうだ、びっくりだ。こっちだって、全く知らなかったんだから。こういう時に、陽向が縋り付く相手は、中学の時から変わっていない。  「けど、陽向のおじさん亡くなって3年経つんだし、おばさんも寂しかったんじゃないの?」 そしてその相手の反応も、中学時代と変わらないどころか、より的確に冷静になった。月征の淡々とした声を聞いて、少しずつ頭に昇った血が、すーっと冷めていく。陽向の母は46歳の若さで未亡人になった。そのことには同情するし、母だってまだ女でいたい気持ちはわからないではない。けれど、母親のキスシーンなんて、見たくはなかったし、それに…と、陽向は先ほどの続きの不愉快なやりとりを思い出していた。    「や、やあ、陽向くん…だっけ」陽向が名乗らぬうちから、男は陽向の名を読んで、笑いかけてきた。この北の地に似合わない褐色の肌、白い歯。陽向より背が高く、二の腕も太い。スーツよりつなぎが似合う。そんなタイプの男だ。「この人は?」と陽向は敢えて、男ではなく、母に尋ねた。「えっとね、この人は新藤保さん。お店の常連さんでね」母の美晴は今、地元の小料理屋で働いている。店の常連。媚びを含んだ笑みで酌をする母と、それを鼻の下を伸ばして受ける男。つぶさに想像してしまい、陽向はますます不愉快になる。「…ああ、そう」気のない相槌を打つくらいしか出来なかった。「君にはいずれ挨拶を…と思っていたんだが、遅くなってすまなかった」悪びれもしない態度で言って、新藤と名乗った男は、陽向の前にごつい右手を差し出した。「どうも」不愛想にその手を握り返す。握力全開にして、握りつぶしてやりたいくらいだったが、どう見ても向うの方が強そうなので、やめておいた。「いくつで、なにしてる人なの? その人」陽向は眼光鋭く、彼を観察しながら聞く。「建築関係の仕事してるの。年は45」「4つも下なの?」「まあまあ陽向くん。20代の4つと40代の4つは全然違うから」「結婚は?」「陽向、今日はあんた疲れてるだろうから、また日を改めて…ね?」「なんで? いいじゃないか。せっかくの機会なんだし」 美晴は明らかに、話題を打ち切ろうとしているのだが、新藤の方は話したくて仕方ないらしい。ちょっと酒も入ってるみたいだから、気持ちが高揚しているのかもしれない。 「実は今年中に、君のお母さんと結婚出来たらいいなと思ってる」新藤という男の既婚歴を知りたかっただけなのに、まさかの母との結婚宣言をされて、陽向の衝撃と怒りは更に大きくなった。 

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      2
      テーマ:
  • 10 Jan
    • last note 1

       正月休みは3日しかなかった。仕事納めの30日の夜、陽向は最終の東京行きの新幹線に乗り込んで、旧友の月征の家に転がり込む。年末の忙しい時の来客を、家族ぐるみで受け入れてもらい、31日はその月征と過ごし、元旦は月征と直、それに詩信も混ざっての初詣。このメンツで行くのも、すでに4回目、年中行事となりつつある。2日の夕方、涙目になっているのに、それでも「泣いてない」と言い張り、「恥ずかしいからやめて」と別れ際のキスさえ許してくれない詩信と別れて、この街に帰ってきた。新幹線の車内と違い、外は身震いする程寒い。コートのポケットに突っ込んだままになっていた手袋をはめ、脇に雪が寄せられて、狭くなった舗道をひとり歩く。まだ三が日の夜のせいか、すでにシャッターが降りている店が多く、人通りはほとんどない。冬が寒く、あったかい季節も雨が多い。陽向がこの街にきて、もう3年になる。慣れた…と言うほどではないが、こっちでの友人も出来たし、仕事も順調だ。新幹線が出来たことで、詩信との遠距離恋愛も、ちょっとだけ距離が縮まった。望んで来た街ではない。けれど、静かに――そして、ゆっくりとこの街に溶け込んでいる自分を、最近強く感じる。新幹線の窓から、見慣れた景色が見えた時、陽向は帰ってきたな…と、安堵感と懐かしさを覚えたのだから。 父が亡くなってから、身を寄せた母の実家は、古いが広い。駅からの帰ってくる時は、勝手口の方が近いため、陽向は裏から入って、そのドアを開ける。  「ただい…ま…」言った瞬間、陽向は固まって、次の句が継げなくなった。   3日ぶりに帰ってきた陽向が見たものは、キッチンのシンクに浅く腰掛けて、男の首に腕を絡め、その男の唇を受け止める母の姿だった。息子として、どう対応するのが適切だったのかはわからない。けれど、陽向にはそんなことを考える余裕すらなく、脊髄反射で出てきた言葉を、大声で叫ぶ。「な、なにやってんだよ、母さん」「あらやだ、陽向、お帰り」絡めあった唇を解き、バツが悪そうに息子の方を見て微笑んだ母の表情が、こんなにも醜く思えたのは初めてだった。 

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    • 仕事始め

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  • 02 Jan
    • \ 新年の書き初め /

        ​ 私の2017年の書き初め \ 2017年 / 書き初めメーカー 新年の書き初めをしよう  明けましておめでとうございます、御神籤引いたら×年ぶりに大吉だった紗夏です(*^-^*)元旦早々、福袋でタブレット購入なんて、衝動買いをしちゃいましたΣ(ノ°▽°)いや、だってもう…全然読み込んでくれないんだもん。2年頑張ろうと思ったけど、やっぱり無理だった。初simフリーです。Googleさえあれば、あとは何とかなるものだなあ、と。だから、紗夏はあいほんは無理てなわけで、新タブレットからの書き込みです。せっかくなんで、アメーバさんのネタいただきました(・∀・)相思相愛。あ、なんかいいかも。響きも意味も。けいちゃんと千帆が浮かんだけど、←自分自身じゃないのが、哀しい(T。T)まあ、実際、おんなじ分量で、愛して愛されるって、なかなかないよねー、とか思ったり。新年もばたばたしてて、なかなか更新出来なくてすみません。本年も不定期かもしれないですが、よろしくお願い致します。

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プロフィール

紗夏

自己紹介:
GTでブログ書いてた紗夏です。 ほそぼそとつらつらと創作小説書いてます。 まあ、適当に… ...

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