数秘術家 阿部としみのブログ★ 数秘サロンTSUKIYOMI(ツキヨミ)

数秘術家 阿部としみの日々の気づきと数秘術で読み解く毎日のメッセージを綴っています。


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小池一夫先生がしびれることをあげておられた。

 

以下

 

言葉は、自分の中にあるものにだけ反応することが出来る。

 

だから、反応した言葉が、今の自分のレベルなのだ。

 

届く人には届くし、届かない人に無理に届かなくても良い。

 

届いて欲しいと願う人はいるけれど。

 

そして、届いた言葉も、自分が発したままではなくて、受け取り手によって変化する。それで良い

 

 

 

 

まさに。

 

 

まるで言葉という生き物が存在しているかの気分にさせられる。

 

それは自在に自分と他者を行き交う。

 

しかし自分の中にあるものだけに反応するというのだ。

 

 

 

私たちが感銘を受ける言葉。

 

それは同じバイブレーションが私たちのなかにあるに違いない。

 

 

また、

 

同じことを言われてもスルーできる場合とできない場合がある。

 

これはそのひっかかりの元が今の自分にあるということ。

 

 

 

スルーできないことがダメなのではなく、

 

それは自分を見つめるいい機会が与えられたとも考えられる。

 

 

 

 

言葉は神から授かった最大の贈り物のひとつ。

 

どう使うか、だ。

 

小池先生がおっしゃるように、

 

よかれと思って放ってもそれが届かぬ場合はいたしかたない。

 

必要なときに、

 

必要なひとにだけ、

 

必要なぶんだけ届いてほしいと願って

 

言葉を伝えるようにしている。

 

このようなブログもしかり。

 

講演・講座などもしかり。

 

セッションとて同じこと。

 

 

 

 

同じ言葉を読み聞いても

 

どこに反応するか、

 

反応した言葉が今の自分のレベルだということ。

 

それはSNSなどで、誰かの記事に向けてのコメントなどで

 

よくわかる。

 

そうとるのか、と驚く場合もある。

 

 

 

そして、

 

特に本においてはそれが顕著だろう。

 

 

私はもう十何年来、繰り返し読み返している本がある。

 

それは「アミ小さな宇宙人」3部作。

 

これまでたくさんの人におせっかいにもすすめてきた。

 

おそらく無人島に持っていくとなったら迷わず選ぶ本。

 

 

 

しかしここに書かれている言葉も

 

読むたびに気になるところや深く感銘を受ける場所が異なるものだ。

 

まさにそのときの自分レベルに反応しているわけだ。

 

 

 

 

かつて引いた傍線の箇所を読むと

 

そのころの自分が思い出されるときもある。

 

また、それまでは気がつかなかった箇所が妙に心を打つこともある。

 

そこがいまの私なのだろう。

 

速読などでたくさんの本を読むのもいいかもしれないが、

 

私はこのようにこれだと惚れ込んだ本を

 

精読することが好きだ。

 

自分の反応をたしかめていたのかもしれない。

 

 

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サロンに咲いた小さな小さな胡蝶蘭。

 

彼らにも言葉は伝える。

 

きっと届いているんじゃないかな。

 

花には愛があるから。

 

 

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