心理カウンセラーの魔法の子育て

心理カウンセラーから見た子育てのポイントと、ただの日記。NLPやコーチング、潜在意識など、最新の心理学理論を子育てに活用しましょう。


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一週間の東京出張を終えて大阪の家に帰ると、22時過ぎ。

 

起きて僕の帰りを待とうと頑張っていたのだろう…。

 

 

 

 

めっちゃ気持ちが伝わってくるわ…(笑)

 

もうちょっとやったんやろな。

 

ありがとうな。

 

上の子は上の子で、

 

別にととのこと待ってたわけじゃないで。たまたま宿題が終わらへんかっただけやで。的な態度でしれっとしてるけど、嬉しさがキラキラにじみ出てもうてるで…。

 

ありがとうな。

 

お父さんも嬉しいわ。

 

 

 

 

 

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みなさん、こんにちは。カウンセラーの佐原です。

 

本格的な紅葉シーズンになって参りましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

 

私は今は東京に来ていて、この一週間はカウンセリングの日々です。

 

東京の公園にも大きなカサカサの葉っぱが落ちていて、かろうじて秋を確認できています。

 

 

さて、今日は子育ての代表的なお悩みと、その解決イメージについてお話ししたいと思います。

 

 

子育てのご相談を受けていて、一番多いのがこのテーマ。

 

 

それは

 

 

・子供を強く叱ってしまう。

 

 

と、その結果の、

 

 

・子供がビクビクして人の顔色を伺うようになってしまった…。

 

 

というものです。

 

 

優しくしようと思ってもどうしても叱ってしまう。

 

そして、それによってお子さんが萎縮したり表情が曇ったりしているのを見るのは、親としてとてもつらいものですよね。

 

 

このままでは、この子をダメにしてしまうのではないか?と不安になります。

 

 

ですが、もちろん改善は可能です。

 

まずは、頂いたカウンセリングのご感想からお読み下さい。

 

 

********

 

 

9月にはお世話になりました。

 

年長の娘、その後も色々ありましたが、夏前から数ヶ月の公園に行かない時期を経て、今、公園で寒い中薄着で暗くなっても駆けずり回っています。 

 

遊んでいる姿をみると嬉しくて嬉しくて泣けてきます。

 

おしゃれして幼稚園にも毎日行っています。

 

特定のお友達以外にも、話しかけられると答えられるようになりました。

 

先日の保育参観では、並ぶときにいつものようにお友達に押しのけられて結局最後になりましたが、最後から二番目の席をめぐって奪い合いが出来ていて感激しました。

 

歯がかなりすり減る程の歯ぎしりが落ち着き、毎日だった夜尿が出ない日も増えました。

 

私も人間関係そのままに外れたかったlineグループを抜けたり、用事がなくてもママ友からの依頼を断ることなどが出来ていて、引き受けすぎていたときよりも逆に関係が深まったと感じています。

 

人付き合いがとても楽しくなりました。

 

生きていて良かったと改めて思います。

 

娘は4月から小学生です。

 

これからも色々あるでしょうが、母の私が大丈夫だという得体の知れない自信を持っているので、大丈夫だと思っています。

 

本では挫折した七つの習慣のメルマガにもとても助けられています。

ありがとうございます。

 

 

********

 

Kさんご感想ありがとうございました。

メールを頂いて私もとてもうれしくなりました。

 

元気よく走り回ったり遠慮せず友達と奪い合いをしているお子さんを見て嬉しくなるお母さんのお気持ち、とてもよく分かりますね。

 

 

公園にも行けなかったお子さんが元気に変わりました。

 

 

でも、このカウンセリングを受けたのはお子さんではなく、お母さんのみです。

 

お母さんが変わり、お母さんの気持ちがゆるむと、お子さんはのびのびして元気を取り戻すのですね。

 

 

親子の心は思っている以上につながっています。

 

 

「あれしちゃダメ! こうすべき!」とお母さんがキリキリした緊張状態にいると、お子さんの心も緊張したままとなり、

 

そんな状態では、幼稚園に行っても周りののびのびしたお友達と波長を合わせることができなくなってしまいます。

 

 

先生から「自由に遊びましょう!」と言われても、その子の無意識は「ダメ」と「すべき!」で一杯で、身体は固まってしまっています。

 

 

友達と合わせられないので、どうしていいのかわからずオロオロして孤立していってしまう。

 

そうなるとその子にとって幼稚園に行くこと自体がストレスになってしまう。

 

そして、それがその子の「社会」というものとの関係の雛形になってしまう。

 

それは避けたいですね。

 

なんとかしてあげたい。

 

 

でも、頭では分かっているのに、どうしてもっとのびのび受け止めてあげられないのだろう。

 

どうして叱ってしまうのだろう。

 

そう悩みます。

 

 

この原因はとてもシンプルで、

 

子供が何かをする度に、お母さんの心の中に「ダメ!」「こうすべき!」という声がして、

 

「叱る」という反応が自動的に発動しています。

 

 

そして、よく感じてみると、その「ダメ!」や「すべき!」は恐怖とともに発動しています。

 

 

つまり叱っているのは「怒り」ではなく、その奥で原動力となっているのは「恐怖」です。

 

 

その恐怖を解消しなければ、「叱る」を自分の意思で止めることはできません。

(仮に自分の意思で我慢したとしても、非言語の空気感としてお母さんの感情が子供に伝わるので、ほとんど違いは生み出せません)

 

 

では、そのお母さんの中で発動する「ダメ!」や「こうすべき!」という心の声は、いったい誰の声でしょうか?

 

 

そうですね。

 

それは、あなたのお母さんかお父さんの声です。

 

 

私たちは、自分の子供と柔らかい心で向き合うために、まずは自分の子供時代の両親と向き合わなければなりません。

 

 

お子さんを救うということは、ある意味で自分の心の中に住む「子供の自分」を救うことでもあります。

 

 

勇気を出してそれに取り組むと「ダメ!」という禁止を解除して、お子さんのみならず、自分自身も楽に、のびのびとしたの心を取り戻すことができます。

 

 

そして今目の前の可愛い我が子との日々を通じて、禁止が多かった自分の子供時代をのびのびと生き直し、朗らかの記憶へと上書きしていくことができます。

 

 

目の前の我が子と自分の内なる子供が、お互いに自由な心で遊ぶ。

 

それは子育ての楽しさであると同時に、『効用』でもあるのです。

 

 

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みなさん、こんにちは。

 

今日は「子供の万引き」をテーマに書きます。

 

全く必要のない方が大半だと思いますので、どうぞスルーしてくださいね。

 

 

お子さんの万引きに心を痛めている親御さんが、以前書いた万引きの記事に辿りついていらっしゃるようですので、

 

心理療法家として、もう少し専門的な観点も追加したいと思います。

 

以前↓こちらの記事に書きましたように、

 

 

『子供が万引きしたらどうしますか?』

http://ameblo.jp/surface2119/entry-11979438864.html

 

 

子供の出来心としての万引きは、あまりお気になさらないでください。

 

人は試してみる生き物です。

 

出来心で何かをして、失敗してそこから学びます。

 

ダメなものはダメと叱り、でも子供の性分に失望する必要もなく、

 

子供の起こしたその行動にリソース(才能・資源)を見出し、それを後見することで、経験を力に変えてあげることが親としてできる最良の選択です。

 

 

そして、念のために、友達関係に問題が無いかを注意して見てくださいね。

 

いじめられて誰かに強制されていないか。

 

あるいは、周りの友達も万引きをしていて、それに触発されていたり、

 

もしくは無意識的にですが、自分も万引きや悪さをしなければそのグループに所属できないような、集団の力学が働いていないか。

 

その辺りを注意深く探ってください。

 

 

そして、集団の力学によって起こした万引きである場合、友人関係を見直すように、本腰を入れて子供と向き合う必要があります。

 

この家族の一員として、何が価値なのかとことん話し合う必要があります。

 

 

これは大人である私達も、親として子供と向き合う覚悟を試される場面だと思います。

 

「親」という役柄も、試練を超えて勝ち取るものなのかもしれません。

 

 

【普通ではない万引き】

 

 

そして、今日お伝えしたかった「万引き」は、そういった例ではなく、もう少し特殊な例になります。

 

それは、

 

「叱っても反省させても、子供が万引きを繰り返してしまう」

 

というケースについてです。

 

 

この場合は親御さんとしても、先に書いたような対処法では上手く行かないような、

 

何か根本的に次元が違うような違和感を感じていらっしゃることと思います。

 

 

そのような止められない「万引き」は「盗癖(とうへき)」と呼ばれるものです。

 

 

厳しく叱っても本人が反省しても、ついつい癖のように万引きをしてしまう。

 

だからと言って、盗んだ商品に対して強い欲望があるようにも見えないケースもあります。

 

特に商品に執着が無いのに、いくら叱っても万引きを止められない。

 

それはどうにも出来心とは言い難い。

 

 

現在はこういったケースは先天的なものとして、発達障害が疑われることとなります。

 

その可能性はありますが、そうではなくて心理的な原因から来ているケースもあります。

 

 

その場合は、正しく原因を解消すれば盗癖が改善する可能性が残されています。

 

 

心理的な原因から来る盗癖かどうかは、以下の文章を読んで頂いて、心当たりがあるかどうかチェックしてみてください。

 

 

【本当は何を盗んでいるのか?】

 

 

止まらない万引きは、一体何が原因なのか?

 

なぜ欲しくも無いものを盗むのか?

 

 

心理学的には、その子が無意識に盗みを働くことで本当に手に入れようとしているのは「愛情」だと言われています。

 

 

盗癖とは愛を盗む病なのです。

 

 

ただ、盗んで怒られることで親の気を引こうとしているとか、そういったレベルの話ではありません。

 

 

家族や家系のエネルギーの流れに何かが起こり、その子の心に埋めがたい穴が空いていて、

 

無意識はそれを埋めたい強い衝動から、盗みという行動を選んでしまっています。

 

その穴とは何か?

 

それは人それぞれに異なります。

 

例えばシンプルに、両親からの愛情や注意が不足しているのかもしれません。

 

 

あるいは夫婦喧嘩や離婚により、その子は心理的に片方の親を喪失しているのかもしれません。

 

 

あるいは、家系の中の祖父母や会ったこともない血縁の誰かの心の傷。

 

流産や中絶。

 

そういった自分ではない家系の誰かの痛みが家族の集合的無意識を通じて、その子に現れているのかもしれません。(不思議な話ですが、そういう例が多くあります)

 

 

いずれにせよ何か埋めなければならない穴や、解かなければならないねじれあって、

 

それがその子を通じて症状として現れている可能性があります。

 

 

それを改善するにはその子自身ではなく、家族に何が起こっているのかを見る必要があるのです。

 

 

問題は子供にあるのではなく、家族というエネルギー場にあり、

 

子どもはただ、その素直さゆえに家族の問題を症状として映し出しているに過ぎないのかもしれません。

 

 

でも、だからといって「親の私が悪いんだ…。」と責めないでくださいね。

 

親であるあなたもまた、自分が生まれ育った家族という場の影響を受けています。

 

そして人は必ずその状況の中で最善を尽くしています。

 

 

心理療法で家系を紐解くと、誰が加害者で誰が被害者という考え方は当てはまらないことが良くわかります。

 

 

誰もが過酷な運命の中で最善を尽くしていたのだということが分かってきます。

 

 

以上の文章を読んでいただいて、何かピンとくる方は、一度お母さん(お父さん)自身がカウンセリングを受けてみてください。

 

 

何が起こっているのかを紐解き、誰がどのような心理療法を進めれば良いのか、

 

あるいはアドバイスと行動を変えるだけで良いのか、何かしらの糸口が見えてくることと思います。

 

 

※先に上げた原因となる出来事があると、全てのお子さんが盗癖やその他の問題を生じさせる訳ではありませんので、ご安心ください。

 

 

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久しぶりに家族全員で日曜日の夕食を囲んでいると、上の娘が唐突に、

 

「あああ〜。嬉しくなってきた〜!(・∀・)」と言い出しました。

 

「ん? どうした?」と聞くと。

 

「明日から学校やー(・∀・)」と来ました。

 

 

明日から学校が始まると思うと、喜びがこみ上げて来たのだとか。

 

そういえば娘は夏休みや、祝日が多い9月に、ブーブーと文句を言っていました。

 

「早く夏休み終わらへんかな…。」とか。

 

それって、凄くないですか?

 

逆サザエさん症候群ですよ…。

 

 

「お父さんなんか幼稚園に行くのすら憂鬱やったわ!」って返しておきましたが(笑) 凄いですよね。

 

学校に行くのが喜び。

 

それがそのまま、仕事に行くのが喜びとなれば、そんな在り方をもし維持できるとしたら、人生はもう彼女のものだ。

 

時代は変わったのでしょうか。

 

人間の集合的無意識の中に溜め込まれていた被害者意識のようなものが浄化されて来ているということでしょうか。

 

新しいなぁ。

 

ニュータイプだな。

 

あんまり勉強はせえへんけど、凄いなぁ。

 

私達大人の方こそが、彼女たちから新しいメンタルモデルを学ばないといけないのかもしれません。

 

私もちょっと想像してやってみた。

 

 

「しゃー。やっと休み終わったー! 明日から仕事や〜!\(^o^)/」

 

 

うん。

 

心がついて来ない…(笑)

 

 

 

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先日、心理療法家としての私のキャリアの中で、最年少となるクライアントのセッションを行いました。

 

なんと、小学生6年生。

 

うちの娘と同い年です。

 

通常、この年齢のお子さんに現れる症状は、家族の問題を表しているに過ぎないので、

 

両親のセラピーを行った方が、その子にも良い変化を期待できるものです。

 

ですが、その子の場合は、本人の身体に残ってしまっている残留エネルギーを開放する必要があったため、小学生本人のセラピーを行うことになりました。

 

 

小学生の高学年というのは、面白い年齢ですね。

 

無邪気さや幼さが残る表情の中に、その子本来が持つ大人の魅力が垣間見えたりする。

 

変な自意識に汚染されていない分、その魅力が赤裸々なまま現れていて、はっとすることもある。

 

 

それと向き合っていると、子供であることを忘れ、その子に現れているものの大きさ、偉大さ、魅力に対して、無意識に敬意を払っている自分に気づく。

 

それは不思議な感覚です。

 

子供と話しているのに、偉人にインタビューしているような気もしている。

 

41歳の私が敬意を払っているもの。

 

それは何でしょうか?

 

その子が生きた10年足らずの歴史の深みでしょうか?

 

もちろん、そうではありません。

 

 

私が見ているのは、その子の生きた歴史以上の何かです。

 

その子が存在の中に宿していて、そして立ち現れようとしている何かです。

 

それは心理学者のユングの言うアーキタイプ(原型)

 

プラトンの言うイデア。

 

スピリチュアリストの言うところの魂。

 

一般的に言うところの才能。魅力。

 

 

私は嬉しくなります。

 

この世に出てこようとしている才能に貢献できることに、自分の内側がウキウキして喜んでいます。

 

 

人間としてこれまで生きた年齢や、大人や子供という概念も超えて、

 

そこに立ち現れる原型的な存在に敬意を払い、影響し合えることが、貢献できることが、私の魂は嬉しくて仕方が無いようでした。

 

 

私は人間の才能というものを信じています。

 

努力よりも才能を信じています。

 

 

努力はもちろん必要ですが、人間の能力や才能が、努力次第でどのようにもなるものとは考えていません。

 

能力の差は努力の差。努力と環境によってその人が作られる。

 

そのように考える時、人は人間というものを空っぽのバケツのように捉えています。

 

空っぽのバケツに知識や理論や練習を注ぎ込めば、それなりの人間になるのだと。

 

その注いだものがその人なのだと。

 

 

そう考える時、人はバケツの外にある多くのリソースを見落としています。

 

 

大人が子供を空っぽのバケツのように見る時、子供たちもまた自分をバケツの中だけの存在のように感じてしまいます。

 

 

努力してバケツに注いだ分しか使えないのだと、自分を小さく見積もります。

 

そうなると、たかだか10年の人生です。

 

そして多くの子供はそんなに熱心に努力を注いでいないので、

 

大して何も入っていない空っぽの頼り無さを自分だと思い込みます。

 

そのようにして、私達大人が通俗的に信じている通り、「子供」という概念を生きることになります。

 

 

 

心の世界は物質の世界と違って、意識すればそのようになります。

 

自分を空っぽのバケツだと思えば、自分がバケツに注いだものしか使えなくなります。

 

 

でも、本当はそのバケツには底が無くて、その奥は広大な海とつながっています。

 

 

無限のリソース(知恵、能力、魅力、技能、素材)の海です。

 

 

私はその豊かで広大な海から、その子のバケツの中に流れ込んできているものの性質を見ています。

 

その子の声の質、表情、立ち振舞、発している雰囲気には、10年の歴史を超える普遍性を持った力が流れ込んできていて、

 

幼さを残すその子を通じて立ち現れようとしていました。

 

 

小学生の男の子が思慮深く賢者のような表情をして言葉を丁寧に選びながら、話している。

 

その振る舞いの美しさ。

 

それは私達が良く知っているもの。

 

 

私はその立ち現れようとしている性質に注目し、支持し、言葉を与え、名前を付け、本人に認識させ、それがこの世で形になるように導きます。

 

 

そのために必要なものとして、その子の個人的な「努力」があるでしょう。

 

 

流れ出ようとする才能を現実世界に引き出し、それをある水準以上に定着させるためには圧倒的な量の鍛錬が必要になります。

 

でもそれはバケツを満たすための努力ではなく、表れ出ようとする才能を刺激し、開き、定着させるための努力です。

 

 

バケツに入れるための努力は単に積み重ねるものですが、

 

才能は刺激して栄養を与え、開くものです。

 

それは大人の私達自身にも同じことが言えます。

 

私たちは子供を持ち、家族を持つことで、自分の内側から父なるもの、母なるものが立ち現われる経験をします。

 

 

「母親になる自身が無いんです…。」

 

 

それは自分をバケツのように扱っています。

 

母なるものは関係性を通じて、あなたの底から立ち現れます。

 

 

カウンセリングをしていると、私は時おり自分でも思っていないことを喋って、自分で自分の言った言葉に学ぶことがあります。

 

クライアントとの関係が私をカウンセラーとして存在させ、カウンセラーという原型エネルギー(老賢者のアーキタイプ)が立ち現われるのです。

 

今のような文章を書く時もそうです。自分が思っていたものと違った広がりを見せて、思いもしないメッセージが出てきて驚くことがあります。

 

 

「自分のインプットした知識以外は使えない」という制限を、私はそれほど信じていないのです。

 

 

私が仕入れた知識を通じて、何が立ち現れようとしているのか、私はそれを邪魔せずに、出てきたものは止めずに人に与えるという点にだけ忠誠を誓っているわけです。

 

これが、人の能力を開く際の人間理解であり、人間の見方です。

 

 

みなさんはいかがでしょうか?

 

 

ご自分のお子さんを、自分が育ててきた数年の歴史としてしか見ないことは、とても勿体無いことです。

 

お子さんの存在の奥底につながった広大な海を見るようにしてみてください。

 

そして、そこから何が立ち現れようとしているのか、その性質を見てください。そしてそれに敬意を払いましょう。

 

 

例えお子さん自身が、自分の底を見ていたとしても、親である私たちは、その向こうにあるものの大きさを見ていましょう。

 

人間は、とてつもなく面白い生きものです。

 

 

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先日、娘達に、「勉強することを通じて、自分をどう動かすか。セルフマネジメント能力を磨いて欲しい。」という話をしていたのだけど。

 

テレビの密着取材を受けている気分で、「今から勉強ですね。いつもこんな感じでやってます。」とか言いながら勉強すると捗ることに気付いたとか。

 

情熱大陸勉強法…だとか。

 

確かに良さそうやわ(笑)

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小学校の運動会が終わって、久しぶりに日光に当たったからか、見るだけだった親の方が疲れ果ててベッドに横になっていると、

 

4年生になる娘が近づいて来て言う。

 

「ととー。10分マッサージするから20円ちょうだい。」

 

え!? 

 

20円!! 安っ!!!(*´艸`*)

 

って思ったがそこは黙って、

 

「ええでー。」と応える(笑)

 

 

「やったー(・∀・)」と娘は喜ぶ。

 

そして肩をもんでもらったり、背中を踏んでもらったり。

 

ちょうどよい重さと小さな手が気持ち良い。

 

やがて、10分が終わり、約束の20円を手渡すと、

 

娘は溢れんばかりの笑みを浮かべ、「ありがとう」と言って、誇らしげに20円を握りしめました。

 

 

自分で何かしらの価値を提供し、その対価としてお金を得る。

 

その交換にある喜びの純粋さを目の当たりにして、なんだか少し感動した。

 

 

カウンセリングで人の心を観察していて思うのですが、

 

私たちはどうやら、交換していなければ淀んで重くなってしまう生き物のようです。

 

 

「与える」と「受け取る」が心地よく循環をしている時、人の心はご機嫌に弾んでいられます。

 

 

子供は持って生まれた身体の愛らしさ、笑顔、言葉、を使って親に喜びを与え、そして愛やサポートを受け取る。

 

その循環がスムーズであるため、流れて淀みがないため、邪気が溜まらない。

 

つまり「無」邪気なのです。

 

 

でも、思春期に入り、自我を形成していく段になると苦しい時期が訪れます。

 

親から離れて自分を確立しなければならない。そのために親を喜ばす可愛いだけの子供ではいられなくなる。

 

自分の姿かたちも愛玩動物のような愛らしいものではなくなってくる。

 

つまり親に与えて喜んでもらえるものが無くなってしまう。

 

でも、それでも自分は扶養され、食事も学費も出してもらっている。

 

受け取るだけで与えることができない存在。

 

 

流れが淀み、下手をするとそこに邪気が溜り、こじれます。

 

 

中学生や高校生、大学生の子供達と話していると、感じます。

 

時おり表情に現れる苛立ち。

 

不満のような、恥のようなもの。

 

自分を一生懸命、粗末にするような、自分への軽蔑。

 

その奥に「ただ受け取るだけの存在であることの、やりきれない苦しみ」が見えます。

 

(本人は何に苦しんでいるのかも分かっていないのですが)

 

 

そしてそんな彼らは、その後、就職すれば与える立場に回れるかといえば、それがなかなか難しく。

 

供給過多の今の時代。

 

就職活動においても「与える」のではなく、企業に雇って「もらう」という立場になっていたり、

 

就職できても、労働力与えて喜んでもらうのではなく、「搾取される(奪われる)」というような経験をしたり、

 

 

なかなか「純粋な交換の喜び」には行き着かなかったりします。

 

 

大きな意味で私たちはこれから、この「純粋な交換の喜び」へと、経済活動を癒やしていく必要があるのかもしれません。

 

歴史を見れば分かる通り、経済活動を通じて私達人類の集合的無意識は大いに傷付いています。

 

それを癒やしていく段階に来ているように思います。

 

 

でも、まずは小さな所からですね。

 

まずは個人の心から。

 

夫婦や親子、友人、などの人間関係から。

 

身近な関係が「純粋な交換の喜び」となっているか、

 

そこに出し惜しみの淀みがないか、

 

受け取り損ねているものがないか、

 

与えすぎて搾取されたような恨みになっていないか、

 

与えることで自分もまた力を得ているか、

 

そんな視点で人間関係を見直して調節してみましょう。

 

きっと日常の幸せや喜びについて、新たな可能性が見えてくると思います。

 

 

そして、その先には仕事、経済活動における交換を癒やすということにつながっていくのではないかと、希望を込めて私はそんな未来を見ています。

 

 

20円を握りしめて誇らしげにしている娘の屈託の無い笑顔に、その原点を見た気がしました。

 

 

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皆さん、こんにちは。

 

すっかり秋らしくなってきましたね。いかがお過ごしでしょうか。

 

私の家の前は小学校なのですが、最近は運動会の練習の声が聞こえて来て、それに秋を感じています。

 

 

さて、今日は子育ての効用についてです。

 

子供達に何を与えるかではなく、親である私達が子育てから何を受け取るか?というお話です。

 

 

まずワタクシ事から入りますが、最近、ふとした瞬間に思うんです。

 

 

あぁ、自分は大人になったんだなぁ…って(笑)

 

 

41歳ですから大人なのは当たり前で、改めてそう思うのも変な話なのですが、ふとそう思うんです。

 

あぁ、大人になったんだな…って。

 

ここ一年で自分の中で何かが変わってしまった。

 

 

1年前にワクワクできていたことが、今はほとんどワクワクできなくなった。

 

 

去年の夏は田舎に帰省したら、夜の山にカブトムシを捕りに行っていたのに、今年は山には気持ちが向かなかった。

 

 

子供が古いおもちゃに見向きもしなくなるみたいに、何が面白かったのかさえ分からなくなってしまった。

 

 

そして、その代わりに仕事がどんどん面白くなってきて、全身全霊で社会に貢献したいと思えるようになった。

 

 

去年の自分とは随分違うなぁと、しみじみ思うのです。

 

 

そして、今日、ふと、玄関に立っている6年生になる娘の姿を見て、

 

そのシャツに襟元にサングラスがひっかけてあるのを見て気付いたのです。

 

 

あぁ。なるほど…と。

 

 

僕は子育てを通じて自分の中に住む、娘達と同じ年齢の子供を生きてたんだなと。

 

 

そういえばカブトムシを捕ることに熱中しだしたのも、娘が小学1年生から5年生の間だ。

 

 

それ以前は、そんなことはしていなかった。

 

 

僕は娘を育てることを通じて、僕の中にいる子供(インナーチャイルド)をも同時に生きていたのですね。

 

 

そして、娘達が大人になり、家族の外の人間関係を意識するようになるに従って、僕の中のインナーチャイルドも大人になり、社会性を持った意識に成長してきた。

 

 

面白いものですね。

 

 

子育てというものは、子供を通じてその時々の自分をもう一度生き直すことでもあるのですね。

 

ある意味で、子供を2回生きられるので、成長の密度も濃く揺るぎないものとすることができます。

 

 

そして、それと同時にこのメカニズムによって、問題が立ち現われることも多いものです。

 

 

これは心理療法の現場でもよく目にするもので、このブログを読んでセラピーを受けに来てくださるお母さん方の多くに起こっていることなのですが、

 

 

例えば、

 

 

・子供が小学校に行くとなぜか不安でしかたない。

 

・人見知りでおとなしい息子が不憫でしかたない。

 

・娘が学校で少し意地悪されたと聞いただけでつらくて胸が痛い。

 

 

このような訴えをもつ親御さんにセラピーをすると、

 

それは我が子の今の問題を通じて、

 

子供だった当時の自分自身の心の傷が痛んでいるのだとわかります。

 

 

つまり、本当は人見知りの息子が可哀想なのではなく、

 

自分の中に今も残っている子供の頃の孤独感、みじめさ、それが疼いているのです。

 

と同時に、それと同じ痛みを愛する我が子が味わっているのではないかと思うと苦しいのです。

 

 

つまり、それらはお母さん(お父さん)自身の問題であって、

 

お子さんの問題ではないのです。

 

 

そして、子ども時代の自分が、その問題を克服できなかったため、子供の問題もどうしても乗り越えられる気がしないのです。

 

お母さん自身が問題に圧倒されてしまい、つらくなるわけです。

 

 

子供のちょっとした痛みに過剰に反応してしまうのは、

 

親である私達の中に癒されていない子供の自分が住んでいるということです。

 

それは本当に切ない痛みを生み出します。

 

 

でも、その感情を癒やし、その問題から抜け出すことをセラピーの中で体験すると、

 

子供の問題も乗り越えられるものとして見ることができるようになります。

 

 

親である私達もやり残しを完了させ、ほんとうの意味で成長することができるのです。

 

 

そうなると、その後は子育てに起こる投影は豊かな遊びとなり、喜びとなります。

 

 

当時の自分にはできなかったことを、子供の感性に戻りながら生き直すことができるのです。

 

 

そういえば私は数年前、

 

 

子供の頃には捕まえることも育てることができなかった憧れのオオクワガタを、お金に物を言わせてヤフオクで買って育てたことで、

 

 

自分の中のインナーチャイルドのやり残しを完了することができた気がしました(笑)

 

 

こうして、私たちは子育てを通じて未完了に気づき、癒やし、完了させ、

 

子育てを通じて自分の中の子供をもう一度楽しませ、

 

二重に子供を生き直し、二重に大人になることができるのです。

 

 

立ち現れてくる問題にしっかりと向き合えば、子育ての中で現われる痛みも喜びも、どちらも恩恵とすることができるのです。

 

 

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みなさん、こんにちは。

 

今日は「子供が宿題をやらない…。」「勉強をしない…。」とお悩みのお母さんへ。

 

お子さんへの声がけのお話。

 

というのも、カウンセリングでお話していると、お子さんの勉強のことでお悩みのお母さんが多いようですね。

 

これまでにも幾つか、子供の勉強への働きかけについて記事を書いてきました。

 

 

『勉強しない子供の集中力を上げる4つのポイント』

http://ameblo.jp/surface2119/entry-12116470899.html

 

『宿題しない子供たちのために』

http://ameblo.jp/surface2119/entry-11798944361.html

 

 

でもこのテーマについては、1つのノウハウをマスターしたから完成!とか、

 

この声がけでいつも上手くいく!というようなものでは(残念ながら)なくてですね。

 

 

毎回手を変え品を変え、言葉巧みに子どもたちを刺激していく他ないものです。

 

親業とは忍耐のいるものですね。

 

 

1つの働きかけが上手く行ったからといって、翌日も同じ言葉を伝えてみたら上手く行かない…。

 

そんなものです。

 

うちの子は言うことをきかなくて…ということではなく、子供とはそもそもそういうものだと思っておきましょう。

 

 

何度も何度も、手を変え品を変え、角度を変え、言葉がけをする。

 

 

そうやっていると何かの瞬間にもすごくヒットして、「あの子が生まれ変わった!」なんて可能性も無きにしもあらず。

 

 

そんな日を若干夢見つつ、今日も明日もあれこれ言ってみましょう。

 

 

「宿題しなさい!」→「うるさいな~!!」

 

というワンパターンを今日も少しだけ超えてみましょう。

 

 

 

ちなみに

 

「宿題しなさい!」→「分かってる!」

 

「宿題したん?」→「今するとこ!」

 

のような会話は、親の意図とは裏腹に、子供達の宿題への意欲を削ぐための言葉がけです。

 

 

コミュニケーションというものは、発話する側の意図に関わらず、聞き手の反応によって評価されるべきものです。

 

 

いくら親である私達が「宿題をして欲しい」と思って「宿題しなさい!」と言ったとしても、

 

 

それによって子供の意欲が増えたのか減ったのかを冷静に観察してみて、

 

もし意欲が減っているとしたらそれは、「勉強するな!」というメッセージだったということです。

 

つまり、

 

 

「勉強しなさい!」=「勉強するな!」

 

ということ。

 

コミュニケーションとはそのように評価し、吟味されるべきものなのですね。

 

自分の感情ではなく子供の反応をよく見て、言葉を磨いて行きましょう。

 

 

時には(というより多くの場合)「勉強するな!」という禁止のメッセージを発した方が、子供達を勉強に向かわせるものです。

 

 

ですので、私はよく勉強の邪魔をします。

 

 

「勉強などそう簡単にさせるか!」くらいに思っています(笑)

 

 

「宿題なんか止めて、遊ぼうぜ!」と声がけすると「もー。うるさいな!ととあっち行っといて!」と返ってきます。

 

これを逆説的介入と言います。

 

 

 

では逆説的ではない、順接的介入(そんな言葉ありませんが)ではどんな言葉がけが可能でしょうか。

 

 

先日は娘にこんな声がけをしました。

 

 

リビングで宿題しているものの今ひとつ身が入っていない感じの娘に。

 

 

「のん。勉強面白いか?」

 

 

「いや。別に…。勉強嫌いや。だってこんなんやっても意味ないもん…。絶対使わへんやん。」

 

分数の計算に意味を見いだせていない様子。

 

 

「のん。算数とか、他の勉強もそうやけど、何のためにやってるか知ってるか?」

 

 

「え?」

 

 

「学校の勉強なんかほとんど使わへんやろ。でもやってる。何のためかわかるか?」

 

 

「知らん」

 

 

「集中力を鍛えてるねん。集中力というのは意識の密度のことや。ワンピースのルフィが覇気を使って敵を倒すやろ。

 

あれのことや。ほら見てみ。」

 

 

ペンを手に取り、ペン先をにらみ、意識を強烈に集めて見せる。

 

「ととの意識がギュッとここに集まってるのが分かるか。

 

集中というのは、どれだけ意識を圧縮して使えるかや。人生はその強さが大事なんや。」

 

 

「そうなん?」

 

 

「そうや。勉強を通じてその覇気を練り込んでるねん。

 

そのためにはただ勉強してても仕方ないぞ。時間を測って5分でどこまでできそうかを考えて、その中で周りの音も聞こえないくらいに集中するんや。

 

ひなが遊んでても、ちゃーちゃんがテレビ見てても、それすら聞こえないくらいに、圧倒的な覇気を生み出して自分だけの空間を作り出すんや。

 

そのためのトレーニングが勉強や。

 

その覇気の錬成(わざと難しい言葉を使っています)ができると、のんはいつでも他の人の影響を受けずに自分の場を作っていられるようになるし、自分の人生を好きなように作れるようになるぞ。

 

練り込むねん。」

 

 

「そうなんや…。」ちょっと目が輝き出す。

 

 

「そうや。それだけじゃないぞ。覇気が使えると自分の時間が3倍くらいに増えるんや。ととはそれが使えるからな。

 

ととの1時間は皆の3時間くらいや。

 

界王拳って知ってるか?」

 

 

「知らん…。」

 

 

「なんや。ドラゴンボール知らんのか?」

 

 

「あ。カメカメハのやつ?」

 

 

「かめはめ波な…。

 

そうや。ドラゴンボールの悟空は界王拳ってのを使えるねん。集中によって時間感覚まで変えられるねん。

 

のん。まだまだ知らんことがいっぱいあるな。

 

早よ身につけて、ととと普通に話ができるようになれよ。」

 

 

「うん。」

 

 

「ええか。どれだけ自分の集中力を高めて周りを消し去れるか。自分だけのフィールドを作り出せるか。それが勉強で鍛えたい力や。

 

それを何分維持できるか。

 

覇気は練りこめば確実に強くなるからな。ルフィーが修行したみたいにな。やるんや。」

 

 

「うん。のんはあんまりワンピース知らんけどな。」

 

 

「うん。なんとなく分かったらええ。ギュッと意識を凝縮して使うんや。」

 

 

そう言って、言葉に覇気を凝縮させて娘に送り込みました。

 

 

勉強をすることの意味は他にもいろいろとあるでしょうけど、実際に大人からそれを教えてもらうことはかなり少ないように思います。

 

 

子供達はいつも残酷なほどの素直さで「これをやる意味は?」と問いますね。

 

 

今回は子供の世界観(漫画ワンピース)に寄り添いながら、勉強というものをもっと魅力的なゲームとして再定義しました。

 

 

これも「あの手この手」の中の1つの手に過ぎませんが、人生のどんな局面においても「良い定義」は子供達への最高のプレゼントとなります。

 

 

・あなたは「勉強をする意味」をどのようにお子さんに伝えますか?

 

 

・今日はクリエイティブに発想してお子さんを誘惑してみましょう。

 

 

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みなさん、こんにちは。

 

少し秋の気配を感じられるようになってきましたね。

 

 

気付けば秋空です。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

多くのお母さんもそうだとは思いますが、今私が切実に願っていることは、一言で言い表しますと、

 

 

早よ夏休み終われや!!!

 

 

ということですね(笑)

 

家に2人の小学生がいるというのは、なんと嵩高いのでしょうか(笑)

 

ソファーや床でうねうねと変な形になっている娘達が早く学校に行ってくれる日を、指折り数える毎日です。

 

 

そしてリオ・オリンピックも残すところあと少しですね。

 

今回の女子レスリングはとてもドラマがありました。

 

金メダルを当然のように期待された吉田沙保里選手が敗れ、泣き崩れる姿は胸を打つものがありました。

 

おそらくこの敗戦は、実際に金メダルを取ること以上に多くの人の心に何かを残したと思います。

 

母に抱かれて泣きじゃくる吉田選手が口にした言葉は、

 

「お父さんに怒られる」

 

でした。

 

 

それは親というものが死してなおどのように子供の心の中に生きるものなのか。

 

子供はどれほどひたむきにその愛と絆を生きているのか。

 

それをむき出しにして見せてくれました。

 

その健気さに触れて、私も涙を禁じえませんでした。

 

 

4連覇を達成した伊調馨選手も、一昨年に亡くした母の言葉が紹介されていて、その言葉に驚きました。

 

「勝負というものは死んでも勝たないとダメなのよ」

 

それが母の口癖だったといいます。

 

凄い教えですね。

 

 

真っ直ぐに自分に愛を注いでくれる母がそのような強い言葉を真剣に伝えてくれたら、子供はどれほど心強いでしょうか。

 

どっぷりとレスリングにのめり込むことができたでしょう。

 

でも、この言葉は母の気質があって、それが言葉になっているということを理解しておく必要があります。

 

伊調選手の母は相当強い気質をお持ちだったと思います。

 

 

その気質が先の言葉を言わせているのであって、その気質を引き継いでいる伊調選手だからその強い言葉を受け取れたわけです。

 

そこが非常に大切です。

 

どういう言葉がけをしたらどういう子供に育つのか、という話ではないのです。

 

偉人の親の子育て法を読んで「こういう言葉がけが良いんだ!」と思って、そのまま言葉にしてもそのような子にはなりません。

 

言葉を言う前に母の気質があり、それを引き継いだ子供の気質があります。

 

それを尊重しなければなりません。

 

教育によって子供はどのようにもなる、という考え方は行き過ぎると親も子も苦しめます。

 

教育自体にそこまでの力があるわけではないのです。

 

 

母である自分に人を圧倒するような外向きの気質が無いのに、言葉として「勝負というものは死んでも勝たないとダメなのよ」と伝えると、

 

その言葉に従うことで、子供は母と共有している自分の本質から切り離されるので力を発揮にくい上に、母から離れる孤独を感じます。

 

そもそも、その子にはそのメッセージを受け取るだけの性質が備わっていないために、メッセージに応えられず、そんな自分に劣等感を感じるだけかもしれません。

 

あるいはもっと健全に、「何言ってんの?」と笑ってスルーするかもしれません。

 

言葉は本質ではないのです。

 

種がないところに水をやって期待してもダメなのです。

 

そうではなく、

 

「この子の中に眠っている種は何だろう」と見てみましょう。

 

それはつまり親である自分や夫(妻)にはどんな種(性質・気質)が備わっていて、そのどれがこの子に引き継がれているのだろう?

 

それが成長していくとどんな花を咲かせるのだろう? と想像力を使って子供を見ることです。

 

それを見て、自分にも子供にもあるその性質を明らかにし、

 

それに名前をつけて、

 

それを価値あるものとして言葉で伝えてあげる。

 

そうすると、子どもたちは自分の中にあるものを誇りに思い、信頼し、自分の中に力を感じます。

 

 

どれほど離れていようとも、やがて私達が亡くなろうとも、子ども達は自分の性質に親とのつながりを感じ、励まされ続けることでしょう。

 

吉田選手や伊調選手がそうであったように、努力して自分の性質を発揮することを通じて父に、母に、出会い続けます。

 

努力することを通じて父と母から離れる人もいれば、出会う人もいます。

 

勉強することを通じて、父と母に出会う人もいれば離れる人もいます。

 

幸せになることで、父と母に出会う人もいれば離れる人もいます。

 

 

だから父である私は娘にこう言います。

 

「なあ、ひな。

 

ひなはあんまりこだわりなくカラッと明るいところ。さっぱりしてるところええなぁ。

 

それってちゃーちゃん(お母さん)から引き継いだものやんな。それちゃーちゃんのええ所やで。

 

ちゃーちゃんとひなにあるものや。それひなのええ所やからな。大切にしーや。」

 

 

こうやって性質に名前を与え、親とのつながりを伝えることで、子供が持つ親への愛、

 

「クレイジー・ラブ」と呼ばれるほど強く狂おしいほどの親への愛を、

 

この子の自分への愛へ、この子の自尊感情へとつなげてあげることができます。

 

 

自分の中の「カラッとした明るさ」を発揮することを通じて、母の安心と温かさを身近に感じることができるのです。

 

素敵なギフトだと思いませんか?

 

私たち親は、それを子どもたちに与えることができます。

 

今日はそれをやってみましょう。

 

 

・親であるあなた中に流れていて、子供へと引き継がれた「力」とは何でしょうか。

 

 

・今日はそれに名前を付けてみましょう。

 

 

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