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    2011-12-31 21:38:59

    青江好祐・自叙伝2011と年明けのライブ

    テーマ:日常
    あと数時間で2011年が終わります。

    今年もたくさんの人にお世話になりました。
    来年もたくさんの人にお世話になったり、少しでも力になれたらよいと思います。頑張ります。

    とりあえず新年1発めのライブは

    2012.1.14 下北沢ガレージ
    松浦たく企画
    『ドリってカムする!? vol.5』~決意編~

    出演:たくBAND
       零式
       青江好祐と女たち
       O.A 松浦たく弾き語り

    18:30open/19:00start
    前売り\2500/当日\2800

    でございます。よいスタートを切れるように楽しいライブにしたいっすね。
    チケット予約はaoesongs@yahoo.co.jpやツイッター、コメント等でお気軽に!



    では毎年恒例に使用としている、有名人自叙伝風振り返りブログ。
    今年はジャズ界で「帝王」と呼ばれる、マイルス・デイビス自叙伝風にしてみました。
    文章中で敬称略なのはご了承下さいませ。だってマイルスはさん付けしないんだもの、帝王だから。

    マイルスに比べたら底辺にちかいミュージシャンの僕が
    さも何かを成し遂げたように書いてみました(笑)

    お楽しみくださいませ。


    ではでは、皆様、今年も本当にお世話になりました。
    来年もよろしくお願いします!!


    青江好祐









    まあ聞いてくれ


    2010年末は30日には実家に帰ってゆっくりした。
    オレにとって全てを立て直す年だったからな、くたびれ果てていたんだ。
    久々に音楽の事を考えない時間を過ごした。オレにしては珍しいことだろ?
    オフクロの作るうまい料理をたらふく食べたり、オヤジと語らったりして新年を迎えた。


    そして年が明けて数日して、実家のピアノを触ったんだ。
    バレンタイン用にMMZ4∞の新曲を書かなくちゃけなかったからな。
    頭の中ではビートルズとキャンディーズのサウンドが鳴っていた。わかるだろう?
    黒っぽいサウンドさ。それを歌詞とメロディーで甘くコーティングするんだ。
    「バレバレ!バレンタイン!」を書き終えたオレは、すぐに、自分の曲も書いてみた。
    それがライブでもやっている「ロリータ」だ。

    東京に戻ってからも、相変わらず忙しい日々が続いた。
    主にベーシストとしてだがな。サヨナラプラネットにむさしのこまち。
    もちろんソロでも忙しかったぜ。
    後ろの女たちも相変わらず、頼もしい演奏をしていたしな。新しい風がようやく吹き始めたんだ。


    1月の終わり頃、そんな中でまたチン青江とアッパーカッツをやることになった。
    しかも2ヶ月連続のイベントだぜ、クソッ!
    だが挑戦をやめないのがオレであり、チン青江だ。
    2回のイベントを歌謡曲のコピーと洋楽のコピーでわける事にした。

    2月の歌謡曲のほうはいつもの女たちのメンバー中心だが、
    ベースのヤシコバが、別の仕事で参加出来ないと抜かしやがる。
    だいぶ粘ったんだが、ギャラの問題もありヤツは参加しない事になった。
    まあヤツのベースには今までも助けられてきたからな、オレは今回は諦める事にして
    別のベースをさがした。
    それがトヨキさ。ベースだけではなくサウンド全体を見て支えられる、イカした野郎だ。

    だが問題は3月の洋楽の方だ。ギターのタケやコーラスの2人、トヨキはそのままだが
    今度はドラムのウツミが別の仕事で参加出来ないときてる。
    ドラムはトヨキと同じバンドのクミチョーに頼むとして、問題はギターさ。

    洋楽はキーボード抜きでやる事になってたから、どうしても、ツインギターのサウンドが欲しかった。
    そうすると片方が、和声を支えている間にもう片方がソロをとったり、
    空間の上を高い音で埋めたりできるからな。

    オレの頭に浮かんだのは一人だけ、そう、前に一緒にバンドをやっていたコンドーだ。
    タケもかなりリズムや低音の隙間を縫うようにリックをキメるからな、生半可なヤツじゃ
    その場で何が起きているか理解出来ず、置いていかれて笑い者になるのがオチだ。
    オレはコンドーならイケると考えた。実際その通りだったがな。

    フレディ・マーキュリーをやる事になっていたから、短めのマイクスタンドが必要だった。
    だがそんなもの何処にも売ってない。
    諦めて最初のリハに行った時だ。コンドーが例のマイクスタンドを持ってきて
    「アオエ、これが必要なんだろ?」
    とニヤ付いてやがる。まったく、まいったぜ。


    3月5日の洋楽コピーを終えて、一息つこうとしたのもつかの間、そう、大震災だ。
    チクショー、揺れだけならまだしも、津波が色んなものをさらっていきやがった。
    人の命や家、他にも価値観までもが揺れでひっくり返ってしまったようだった。
    ゾッとしたぜ。幸いオレ自身や近しい人間は皆無事だったがな。

    あちこちでチャリティーライブが行われた。
    オレはそういった類いのものには懐疑的なんだ。チャリティーにじゃない、ミュージシャンが
    それをやることに関してだ。
    しかも俺のような、知名度もない人間が、チャリティーだって?バイトをした方が金が集まるだろう?

    震災直後の14日、前から渋谷HOMEで弾き語りが決まっていたんだが、それも急遽
    投げ銭制のチャリティーになった。

    だからオレはツイッターで
    「不謹慎だと思うヤツはオレに小銭を投げつけろ、オレが全部拾って寄付する」
    と言ったんだ。
    なにか力にはなりたかったが、ど真ん中で被災した人間や、
    身内を失った人間の痛みがわかったようなフリはしたくなかった。
    チクショー、まるで赤ん坊みたいになす術が無かったんだ。

    まだ余震も続いていたからな、当日は馴染みの皆も不安げな顔だった。
    だから、オレは「宮益坂」を歌ったんだ。
    「渋谷HOMEであなたを待つわ 素敵な歌が聞こえる場所」
    というサビの、アイドルに書いたヤツだ。
    最後にはミヤザキナオコと一緒に、「We Are The World」をやった。もちろんモノマネ付きでな。
    あの時期には相当不謹慎かもしれなかったが、オレに出来る、精一杯だった。

    灯りも暗いまま、しかも生音での演奏だったが、終わった後にPAのヤヒロックが、オレの手を取って
    「ありがとう」
    と言ったんだ。それが全てだ。募金もかなり集まったようだぜ。


    その後も1週間で5本くらいチャリティーをやった。このロクデナシのオレがだぜ。皮肉な話だ。
    渋谷HOMEのイガラシと一緒にやったところもあった。
    しかも半分以上がドレスを着て和田アキ子なんかをやったんだ。
    クソッ、我ながら不謹慎な話だぜ。まあ何処へ行っても拍手喝采で、皆は笑顔になったがな。


    その後も節電で照明や音響が100%使えないままで
    ベースのサポートや大喜利の司会も含めてアチコチを駆け回った。


    4月に入ってから、普段よく出演しているプラネットKで、イベントの話が持ち上がった。
    最初はハコと共同企画にしようという話だったが、フタを開けてみれば
    いつの間にか、オレの主催イベントみたいになってやがったんだ。チクショー。

    まあでも見に来る客からしたら関係ない。最高のショーを見せるだけだ。
    しかたがないから何か特典を用意しなくては、という話になって
    オレは途中まで進めてたレコーディングに再び着手した。今になって考えればいいきっかけだった。

    「アニバーサリー」と「別冊マーガレット」、それに「ティーチャー!ティーチャー!!」が
    モノになりそうだったから、それを先に仕上げて物販に置く事にした。

    出演してくれた、はいからさんと何曲かセッションをしたり
    イベントは大盛況だった。
    女たちのサウンドにまだまだ発展の余地はあったが、それはオレがもっとまとめあげるべき事で、
    彼女達はベストを尽くしてくれている。

    シングル盤を作った事で、次はいよいよアルバムの制作に本腰を入れる事にした。
    もちろん夏の間に、色々とライブが続いていたが、オレは録音の事で焦っていた。

    これはかなりやっかいな作業だった。最初にドラムやピアノを録音してから、1年が経とうとしていた。
    あらかじめスタジオで録音したリズム隊に合わせて、一人でギターや歌を入れていくんだ。
    だがこれがやっかいなシロモノで、夜中に録音して最高の気分で帰るだろ
    そして朝になって聴き返すと、どうしようもない、ゴミみたいな歌ががそこにあるってわけさ、 チクショー。
    夏の間にハコを押さえて、レコ発も11月3日に決まった。
    今回はキチンと、プレスの工場に出すつもりでいたから、どう考えても10月の頭には
    仕上げてなくちゃいけなかった。
    ほとんど録音とミックスの作業を平行してやっていた感じだが、なんせ数が多い。
    女たちのバンド演奏のものに加えて、オレ一人で全ての楽器を演奏したもの、
    さらにはアイドルに書いた打ち込みの楽曲まで入ってたからな。
    ミックスをしてくれたエンジニアも混乱してたぜ。

    しかし家族や女たち、スタッフ、全員が根気よくオレに付き合ってくれた。
    だからこの途方もない作業を続けられたんだ。


    その夏の間だ、何年かぶりにオレの師匠に会った。
    バンドをやってた頃に、プロデューサーをしていた人で、そりゃあ世話になったもんだった。
    彼の元を離れたあとでも、なにかにつけてオレの音楽的判断の基準になっていた。
    オレにとってあまりに偉大すぎて、今のオレでは合わせる顔がないと思っていたくらいだ。
    このオレが、だ。

    渋谷でライブがあったんだ。オレは胸を高鳴らせながら会場に着き、彼を見つけた。
    オレに気づいた彼はこうだ
    「誰だっけ?」
    まったく、笑ったぜ。


    10月に入って、オレはギリギリでアルバムをものにした。
    誕生日に渋谷HOMEがハコを空けてくれてたので、爆音で試聴会をやった。
    皆が自分の事のように喜んでくれてな、うまい酒を飲んだってわけだ。

    その前日、メンバーのヨシミから夜を空けておくようにと連絡があった。
    誕生日だからメシでも奢ろうというわけだ。
    渋谷HOMEで鼻メガネを付けて歌う予定があったが、早めに切り上げて吉祥寺へ向かった。

    すると、そこにはヨシミだけではなく女たちメンバー全員とスタッフ、MMZのメンバーまで
    いるじゃないか。まんまとサプライズされたってわけだ。
    今まで、バンドのメンバーに憎まれた事はあっても、慕われた事はない。
    積み上げてきたものが確実に、しかもつよいチームワークとなって結ばれていった、それを
    感じた夜だった。

    それから女たちのスケジュールもうまく噛み合って、なんとか万全の体制で
    レコ発にこぎつけたというわけさ。

    11月3日はダンスパフォーマンスのアイハラミホ。が圧巻だった。
    渋谷のイベントで見かけて声をかけたんだが、ユーモラスな上に、品があるんだ。
    出演したのはオレを入れて3バンドだったが、その合間合間にステージで踊ってもらった。

    女たちのステージはもちろん素晴らしかった。素晴らし過ぎて、プラKの天井が抜けて
    しまうんじゃないかと思ったもんだ。
    客の数も、去年と比べたら増えていたからな。
    あまりにいい気分になったオレは、対バンのギタリストで、大学の後輩のナカザワを
    ステージに上げた。「ミソッジブルー」という曲だ。

    ヤツはなかなか才能のあるギタリストだが、東京に来てから、うまくバンドを組めずに埋もれていた。
    ソレカラというバンドに入ってから、めきめきと頭角を現し始めていたから、今ならできると思ったんだ。
    急にステージに呼ばれたヤツはかなり焦った様子で
    「ヘイ、アオエ…キーはいったい何なんだい!?」
    とオレに聞いてきたから
    「知るか」
    と言ってやった。
    トップが半音ずつ、GからEまで下降するが、基本的にはよくあるAのブルースだ。
    お手並み拝見といった感じで、オレは見守っていた。
    実際にヤツは素晴らしいソロを弾いたがな。
    あまりに素晴らし過ぎて
    「いつまで弾いてやがるんだ!」
    と呼び入れたオレがヤツの音をオフにしたくらいさ。まったく、大笑いだぜ。

    打ち上げも大いに盛り上がった。
    嬉しかったのは多くの友達のミュージシャンが来てくれた事だ。
    あまりに白タイツや司会の仕事が多いんで、回りからミュージシャンとして見てもらって
    いないと考えた時期もあったからな。
    とにかくオレは、自分の作品を持ってもう一度、シーンにカムバックしたんだ。


    レコ発を終えてからは、女たちが別にやっている2バンド、
    チャボ☆チョップとBITTER BOOTSの録音にかかりきりだった。

    どちらのバンドもメンバーが抜けたせいもあって、思うように活動ができてなかった。
    オレは今までの恩もあるから、手伝う事にした。
    おそらく来年春までにはどちらもモノになると思うが、素晴らしいものになるだろうよ。

    その間に寂しい出来事もあった。
    ずっとベースを手伝っていた、サヨナラプラネットが活動を休止したんだ。
    ベースは、夏頃からヤシコバに任せていたが、気にはかけていた。
    長く続けていると、何度もこういう場面に出くわすが、残念だがしかたがない。
    でもヤツらが考えて決めた事だ、オレらは何も言えない。そうだろう?

    ヌマタスは止まらずに音楽を続けていくらしいからな、応援するさ。

    その後も、なんだかんだで年末も慌ただしかった。
    来年の活動に向けての録音も進めつつ、2バンドのレコーディングもあった。
    その間にライブもやっていたからな、まったく、目が回るようだったぜ。


    振り返ると、オレの人生には、飛び抜けて創造的な時期が何度かあった。
    10代で、それまでと全く違った作曲の方法を学んだ頃、
    そして、バンドを組んで苦しみながら曲を書いていた頃。

    今は一人で、そして女たちと一緒に活動しながら、またその頃と似た感覚を感じている。
    少しずつのひらめきが、まるで奇跡のように、目の前でひとつになってく、あの感じだ。
    もう一度その感覚を掴むまで、ひたすら演奏して、曲を書き続けるだけだ。

    中途半端に長く続けてしまうと、どうしても新鮮な気持ちは失いがちなものだ。
    だがオレは違う、あのサウンドやメロディーが、いつだってあの頃と同じ気持ちにさせるんだ。
    あとは辿り着くまで、一歩一歩、一生懸命進んでいくだけだ。いままでも、これからもな。

    それじゃあ、またな。







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    2 ■Re:恒例の自叙伝風!

    >rushさん
    今年もよろしくお願いします!
    すんごい早くにコメント頂いてたのにお返事遅くてごめんなさい。
    今年も素敵な音源を作りたいので色々チャレンジしていきます!

    1 ■恒例の自叙伝風!

    師匠の
    「誰だっけ?」
    が想像できすぎて笑いました。

    2011年は、素敵な音源をありがとうございました。

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