写真 と 映画

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門司港ビエンナーレで、映画を。

 

「カメラになった男」を観た。

中平卓馬という60数才の写真家のドキュメンタリー?映画。

 

誰かも知らず、何かもしらず、、、

「カメラ」を「ガメラ」と読み違えて、、

怪獣ものかと思って行ってみた ものの、、、

 

写真について、無知。

なにがいいか、分からないが、、

 

考えるのに いい映画だった。

ある写真家の生き様に感動した。

映画後の監督トークがさらに理解と思考を深めてくれた。

 


中平卓馬は、60年代に気鋭で過激な写真家として、名を馳せ、

 その後すぐに、酒で記憶を失い、言語を失い、

 今、記憶を掘り起こしながらも、失い続けながら、

 写真を撮り続けている、らしい。

 

「博士の愛した数式」のように、タバコの箱に記憶を書き留める。

 かつて自分が書いた批評を読み、赤線を引き、自分の思想を再認識する。

 

「自意識を解体しろ」

様々な過激な自分の言葉どおり、誠実に、記憶を消去し、し続け、

変わってしまった世界と闘いつづけている。 

 

 

ヒゲの先生を思い出した、、、

闘いつづけることから、逃げた自分、、

闘いつづけてる人 

 

自分なりに、何と闘うか、崇高では無いにしても。

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雨  雨  雨  
 
ここは雨ーバー
 
などと、雨の日は 無駄なことしたくなる・・・
 
 
 
さてさて、雨について、一番に、印象的なのは、、、、
 
小津安二郎の 「浮き草」 という映画。
 
旅芸人一座のお話。
 
     
    
中年の男(座長)と女(芸者)が、恋のもめ事で、喧嘩をするシーン。
 
激しい雨が降りしきる、細い路地を隔てて、対峙している。
二人の関係を、象徴的に描いているシーン。
 
雨と、軒という空間に、建築心奪われました。
 
思い起こせば、あのとき、日本建築に、惚れ込みました。
 
他にも、映画のなかでは、建築的に感動するところが、多々ある。
 
有名な小津アングルから見た 日本建築の「間」。
路地空間。
 
路地から内部、そして奥庭へと ゆる~やか~に つながる人々の生活と空間。
境界の あいまいさ が描かれている。
 
小津さんの 日本の空間に対する、感覚は鋭い。
 
小津さんの映画のなかには、失われてしまった、日本の空間が描かれている。
それに、ぼくなどは、感動してしまい、映画見ながら、スケッチしている始末。
 
悲しいことに、もう、そのような、風景は見ることができない。
もし、形だけ、残っていても、生活の かたち は残っていないもんね。
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