今日車で聴く用に、何の気なく部屋のCDの棚を漁っていたら、1枚のCDが出てきた。
そのCDは、ある人のソロアルバムで、そのある人との思い出が走馬灯のようによみがえり、ぼくは思わずそれを手に取り車に乗り込んだ。
ぼくが大学の2回生で、もう直ぐ20歳を迎えようとしていた頃、当時お世話になっていた楽器屋さんの紹介で、「よっさん」という人に出会った。
よっさんは何でもぼくに楽器を教えてくれるという。
1回2、000円で。
ぼくは学生で、本当にお金がなかったが、よっさんのあまりに凄いテクニックと、ジャズのフレーズを巧みに入れたメロディで見事ぼくを騙し切り、気が付くと入門してしまっていた。
その様にして半ばドサクサでよっさんのスクールが始まったわけだが、そのせいで当時のぼくには信じられないことが次々と押し寄せてきた。
まず指定されたよっさんの家に行くと、若い女の人が出てきた。
見た感じ同じ大学生だろう。
奥からよっさんが「おーきたなー」とか言って悠長に手なんか振っている。
どうもよっさんはその大学生の家に住まわせてもらっており、よっさんの今の収入は、ライブと今から始まるぼくのレッスン料のみということだった。
まあ俗に言う「ヒモ」である。
ちなみによっさんは当時40前で、前の奥さんとの間に出来た子供の養育費を払わず逃げ回っていた。
あと、よっさんはご飯を食べない。
食べてもつまみ程度だ。
ご飯は食べず、常にビールを飲んでいる。
稀にビールを飲んでいない時は、コーラを飲んでいる。
一緒にラーメン屋に行った時は、よっさんはビールと餃子を注文し、半分しか食べてないのに、ぼくに「もうやるわ」と言ってまたビールを飲んでいた。
よっさんはそんな風に、ぼくの今までの人生観を叩きのめすような破天荒な行動を取っていたのだが、肝心の楽器は本当に上手かった。
よっさんの弾いている曲を聴いているだけでも、レッスンに行っている甲斐があった。
しかし、肝心のレッスンの内容は、
「楽器は顔で弾け!難しそうな顔で弾いたら上手く見える」
「間違えても間違えた顔をするな!わざとやったかのように渋い顔をしろ!」
など、精神論なのかなんなのか当時はまったく解らなかった。
他にも曲やフレーズも教えてもらったが、ぼくには難しすぎ、ぼくの授業料で買ったPHSを見せびらかされた瞬間、何かがプツンと切れ、やめようと決意した。
それからもたまに顔をあわせる機会もあったが、いきなり家に押しかけられたり、一晩中電話で精神論を語られたりする危険性もある為(被害者が実際出ていた)だんだんと疎遠になり、風の噂を聞く程度となっていった。
その噂も、最初は大学生の彼女に愛想を付かされた位だったのが、だんだんプロバンドに入ったが遅刻が多すぎて首になったとか、最近手が震えて弾けないらしいとかエスカレートして行き、とうとう手の震えが止まらず最悪な顔色な友達が見かねて病院に引っ張って連れて行ったらしい。
よっさんは「アル中は精神病棟に連れて行かれるから嫌だ!」とずいぶん嫌がったらしい。
診断は「アル中」でなく「栄養失調」だったようだ。
いまどき信じられないような結果に皆、よっさんらしいと変に納得しつつ安心した。
その後よっさんは順調に回復し、弟の店を手伝ったりして何とか生きているらしい。
そんなよっさんの事を思い出しつつ聞いたCDは、本当に素晴しかった。
よっさんの演奏は本当に「繊細」かつ「上品」で、一音一音に込めた思いが伝わってくるようだった。
ぼくが当時理解できなかった、よっさんの言っていた話も今は少しは理解できることもいっぱいあった。
ぼくが特に感じたのは、よっさんは正真正銘の「プロ」だったんだということだ。
先ほどの「顔で弾け!」って話も、プロならお客さんに納得してもらうための、当然の心構えだったのだろう。
まだ駆け出しのぼくにはそれが理解できず、よっさんの駄目人間ぶりが気になってしまったんだと思う。
エリック・クラプトンでも、女の人にだらしなく離婚を繰り返したりなど、人として・社会人としては、まるで駄目なんだと思うが、音楽に人生を極限まで捧げる彼の演奏は本当に人の心を打つ。
それを才能と呼ぶならば、よっさんにもそういう才能があったんだろう。
よっさんをぼくは「アーティスト」と呼ぶことに何の抵抗も無い。
もう売っていないCDを聞きながら、人生を音楽の女神に捧げ過ぎてしまった男の一音一音から、その男の伝えたかったメッセージに思いを馳せる日がしばらく続きそうだ。