山本ユキHP エネルギーの学校

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 トウキョウ 死者の書10まではこちら👇

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「ここでは自在に動くことができるんだがな、自らの想念が柔軟じゃないと難しいんだよ、動くことが」

 

なるほど。

 

 

「人間が神と呼ぶ存在は多種多様だけどな。ここでは存在しないんだよ。大いなる根源にあるのエネルギーが、さまざまな様相のエネルギーを生かしながら融合しているんだ。そしてある特定の色合いを担った存在意識を人間が神と呼んでいるんだと思うんだよ。より精妙なところに行けば行くほどに、個の括りはなくなっていくんだよ。そこから鑑みるに、崇高であればあるほどに、個を主張することはありえなんじゃないかな。個は存在し得ないんだからな。もしも、その存在が個を主張すれば、その括りから抜けられず、その存在自体が身動きできなくなってしまうよ。居場所は個を扱うところだけになってしまうと思うよ。常に人間の世界にある神は、その存在自体それに甘んじていればその場所から動けない。想念の世界の中で生きることになるんだろうよ。括りを手放せば手放すほどに自由に至福を味わえるのに、だよ」

 

じゃあ、最後の一人が悟るまで人間界で存在する言われている

菩薩行をしている人たちはどうなの?

 

「そうだな、しかしもし仮にそれが本当の菩薩行だったとしたら、

その正体を現すことはないだろうと思うよ。

強制的に信じさせるのではダメだよ。

その下にある抑えている感情が見えないのは、この世界だけだから、

すぐに行き詰まっちゃうさ。

要するに洗脳された神の小羊ではダメって事さ。

それに、崇められ始めたら、どうしたって想念の世界が作られ始めてしまうんだから、

仕事をするのは難しくなるんじゃないかな。

本当に見守るのであれば、ひっそりとすることが賢明だと思うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

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