岡本的、勝手に劇作論 その3

テーマ:
はい、更に続きです。

その1 必然性
その2 メッセージ性

ときて、その3は「タイトル」

ですね。

まずタイトルに関して、確実に必要な事は、

・タイトルは必ず作家がつける
・観ている人が、タイトルが頭に浮かぶ瞬間が劇作内にある

ということです。

タイトルという奴は、諸説あるとは思いますし、もっと良いタイトルが浮かぶ人がいるのならそれはそれで良いと思います。

しかし、作品の事を隅々まで知っていて、どこのシーンをタイトルにしたいか、誰の物語をタイトルにしたいか、どこまでタイトルで解らせたいか、など、作家以上に理解してタイトルをつけるのは、なかなか至難の業ですね。

ですので、タイトルは必ず、僕の作品ならば、有無を言わせず僕が候補を出して、僕がつけます。

例えば、台本が書き上がっていなくて、でも情報解禁が近づいていて、そんななか、作家以外がつけるタイトルに、意味が有るように思えなく無いですかww

そして、二点目。

・タイトルが浮かぶ瞬間がある
ですが、

お客様は必ず、タイトルを思い浮かべながら、と言うと大げさなので、タイトルを頭の片隅に置いたまま、観劇をしています。

それは、
「ああ、だからこのタイトルなのか」
「タイトルの意味が解った……」
と言う、いわば、
「タイトル」という伏線を回収する気持ちで観ているからです。

ですので、
最も重要なシーンで出てくる台詞がタイトルでも良いし、安易なタイトルで逆に裏切るでも良いし、王道につけても良いと思いますが、

「これ以外タイトル無いよな」
というタイトルを、作家がつける

これが、大事なことです。


ここまで、三回に渡って、

岡本的、勝手に劇作論

をお送りしてきました。


次は何を書こうかな。
書きたくなったものをお届けします。
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岡本的、勝手に劇作論 その2

テーマ:
はい。続きです。

では、CR岡本物語が、脚本を書くときに気を付ける事その2。

「メッセージ性」

これも大事です。

この芝居に伝えたいメッセージ性があるのと、無いのとでは、作品のクオリティーが段違いに変わってきます。


メッセージ性の無い芝居は、ストーリーを追うだけで、そこに起こる出来事に一貫性が無かったり、ドラマを描いていても、なんか、表層的だったりしてくる、と僕は思っております。

作家のメッセージ性がちゃんとしていれば、その1で言った「必然性」という物が登場キャラクターや、台詞に乗っかって来るので、いらない役が出てこない訳です。

だって、
「伝えたい事がこれなのに、このキャラクターはその役にたってない」
ってことにすぐ気づきますから。

正に、役が「役にたってない」訳です。

メッセージ性が無いと、必要の無い脱線や、必然性のないコントが増えてきがちになるので、注意しなきゃですね。

でも、メッセージ性は、あくまでも、脚本に対する自分の深層部分で触れていれば良くて(根っこで解っていれば、軸がぶれないので大丈夫)
「このお芝居はこう言うことを皆さんに伝えたいのでーす!!」
「俺の込めたメッセージを受けとれ!」
とドーン!とやってしまうと、寒くなったり、浅く見えたりするので、これまた、間違わないようにです。

「桜花と風の追憶」のメッセージ性は
「伝えられなかった思い」ですね。
茜と千尋
桜花とふう
スカリーとのどか
そして、ミコトとエドワードの生涯

に至るまで、全てこのメッセージ性に集約しております。全員のドラマが、一つのメッセージ(それぞれ形は違えど)に集約していくので、最後のシーンで、気持ち良く感動出来る訳です。

次回公演の「ノスタルジアの贖罪」は、複数のメッセージ性を持たせて少し複雑にしてあります。

ただ、「贖罪」という、とてもストレートな、含ませられない語彙のある単語を「敢えて」使う事が、今回のメッセージ性に絡んでいます。

では、タイトルの話が出たところで、次回は、
岡本的、勝手に劇作論 その3
「タイトルについて」

をお送りします。
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岡本的、勝手に劇作論 その1

テーマ:
あまり更新しないのだけれど
(Twitterがメインになっちゃったからね)

徒然に、俳優、劇作、演出など、自分が思ったことを勝手に書いていこうかな。

もちろんここに書かれている全ては岡本の自戒の持論であり、他に強要するものではありません。

【劇作について】
俳優としての認識が強くて、なかなか、脚本、CR岡本物語、っていう部分にピント来ない方が多いのだけれど、実は今までに結構な数、他劇団さんに提供したり、雇われ脚本・演出したりしておりますです。

自分のさまざまな時間が持てるようになったので、手広く再開、という感じですかね。

「桜花と風の追憶」が終わって、「ノスタルジアの贖罪」がほぼ書き上がったので、「桜花」の時にどういう風に脚本を考えているのか、という意見をたくさん頂きましたので、いくつかのお答えになればと思い、ここに書きます。


岡本は、脚本を書くときに、とてもこだわっている事がいくつかあります。

その1
・必然性
その2
・メッセージ性
その3
・タイトル

今回はその1「必然性」

   必然性は、芝居に、というかドラマにおいて確実に必要なものだと思っております。
   良くわからない人のために書くと、、、例えば。

   「どうしてあの人はああいう口調なの?」
   「どうしてあの人はああいう歩き方なの?」
   「どうして、時代や場所の設定がこれなの?」
   「どうしてこういうセットなの?」
   「どうしてあそこでわざわざ差別用語を出したの?」

   などという疑問点に、劇作内で答えが有るかどうか、という事です。
   答えがないとか、質問に対して「意味は無いです」「面白いと思ったから」だと、冷めるので。つまり、これが必然性、というやつです。

   これはお客さんが結構気にすることなんです。では、どんなところからアプローチしていくのか
   まずはキャラクター。ここに必然が無いとかなり厳しいですよね。脚本として厳しいというより、その役をやらされるキャストが可哀想なんですよね。例えば具体的にどういうのがありがちか、というと、、、。

   ・作品に関係ない癖があるキャラ(動き・口癖など)
   ・作品に関係ない設定のキャラ(国籍・存在形態など)
   ・キャスト数を増やすためだけの「兄弟(姉妹)・友人・部下の増員」
   ・説明するだけでドラマのない(ドラマに影響を与えない)役

とかですかね。キャラクターの名前もその一つですが、キャラクターの名前にまで必然性を持たせられることは結構稀な事なので、比較的上手く行った時は気持ちいいものですね。

キャラクターに必然性がついたら、次は台詞ですね。

当然台詞にも必然性があるべき(と言うのが僕の考え)です。もちろん全ての台詞が必然性を持つことは不可能ですし、人間同士の会話は全て必然性で成り立ってはいないのですが、例えば、以下の点に気を付けて書いております。

   ・キャラクターの個性を出すための台詞(他のキャラクターだったら、違う台詞になると予測されるもの)を用いる。
   ・その場の笑いを取るためだけのボケ、突っ込みは、極力無くす。(伏線にしてしまう)
   ・観客が引っ掛かる台詞は、後半のドラマに絡める

この点を気を付けるだけで、かなりいい感じに仕上がってきます。

僕の場合、書いていて、最初(初稿)は笑えそうなボケやツッコミはめっちゃ書きますが、伏線にならない、その場の「コント感」の「ネタ」は全て削除します。上手く伏線になるものだけ日の目を見ると言うことです。

同じ作品の例ばかりで恐縮ですが「桜花」でミコトの「ターミネーターとジョンコナーとの関係のようなものだ」と言うところは、「仰々しい巫女神様がこんなこと言ったら笑えるでしょ??」しか意味の無い、一発ギャグで有れば当然「カット」ですが、それを「世界観の説明」「後半の回収」の二つの成果に繋がったので、無事残った台詞となったわけですね。

「必然性は観客の痒いところに手が届く孫の手である」

ですね。

さらには美術、照明などにも必然性の追求を行えば、もうバッチリです、、、が、これ以上は演出の領域なので。

次回はその2以降を書きたいと思います。
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メトロノウム終了

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ENGプロデュース
「メトロノウム」
無事、終了致しました!!

初日から9ステージは全てトリプルカーテンコール。

大体こう言うときって、嬉しいことなんですがファンの方や、推しの方の強烈なコールでなったりするのですが、、、

拍手がおさまらない感じ、
皆様の、終わりたくない! と言う勘定が沢山届いてきて、
こんなカーテンコールは、長い演劇人生ではじめてでした。

そして、大千秋楽では、クアドラプル(4回)カーテンコール!!!

もちろん、人生で初!



これもひとえに、演出家、福地慎太郎くんの力によるものが大きい。

・演出について
メトロノウムの演出家は、福地慎太郎くん。座組で唯一の同い年なので、くん。で呼んでしまうが、本当に素晴らしい演出家である。

俳優の呼吸の状態、重心、役の興味、役の内心、全てを言葉で説明出来て、演出できる。
逆に言えば、目標となるプランの生理状態が説明できるからこそ、逆算で役者を導く事ができる。

さらには殺陣の手と演出プランのすり合わせ、ダンスの振り付けと演出プランのすり合わせまで、細かく、完成図を示して、統括する。

なんというか、本当に尊敬します。




「台本通りに演出すれば、誰が演出してもまあ、そうなるよね」
と言うところからかけ離れた演出プランを提示する感じ。それこそが演出家の腕の見せ所。
そういう彼だからこそ、「想像出来ないキャラクター、演技プランを提示して、演出の想像を越えてやる!」と思えるのであるなあ、、、。

・キャラクターについて
CR岡本物語はハンプティダンプティをやらせて貰いました。

アリスの記憶を封じられた4体の特殊フィギュア。

喜怒哀楽で表されており、一つ封印が解かれる(ハンプティが破壊される)ごとにアリスの記憶が戻っていく。

メトロノウムの生け贄にされたアリスの記憶が戻ることは、生前「私はあなたの思い通りにはならない」と言っていた通り、ヒイ総市長にとっては都合の悪いことになる。

だからこそ、シュクガのメトロノウムでは、「ハンプティダンプティに近づくものは、不幸が訪れる!会うだけで祟りにあって死ぬのです(ジャック)」という設定にされていたのですね。

今回はもっぱらパートナーはジャバウォッカの澤田圭佑

全員とアクションで渡り合い、ハンプティダンプティを守り続ける怪物。



衣装の裾を持って、ヒヨコのようにくっついて回るプランは、とても皆さんに好かれ、良い形になりました。
ジャバウォッカの愛、ジャバウォッカへの信頼が表現出来なければ、ただの破壊というゴールにしかなりませんからね。

ジャバウォッカ、ハンプティのコンビに沢山感情を寄せてくれてありがとうございました!

・コメディリリーフ
今回は、前半は大先輩の夢麻呂さんが、全力で、情けないジャックという小悪党を演じ、座組を一身に引っ張ってくれます。
夢麻呂さんが、汗だくで、息も絶え絶えで楽屋に入ってくる(その時、ハンプティ、ジャバウォッカ、チェシャはまだ未登場なのでスタンバイ中)と、勢いを引き継ごう!
という気持ちにさせてくれます。



そんなジャックとの初対面がハンプティの登場シーン。
「荒ぶるテリブルな神だ!」
と前フリがあるのに、泣き虫な子供として現れるハンプティ。

ジャックの顔を見ると「ギャー!」と泣きわめく「顔が怖い」設定は楽しく出来ました。

ハンプティの登場からは、アンツも活動を活発化し、話がシリアスに進む中、唯一コメディーリリーフでの戦いでした。

たまに打ち込まれてくる、こちらも大先輩の石部さん(ダイナ・RK)の笑いの援護射撃がとても頼りになりました。



初舞台の人、多くのベテラン勢が入り交じっての、「メトロノウム」全日程満席、全日程トリプルカーテンコールでの終了、本当にありがとうございました。

そして、いつも様々な形で起用してくださるプロデューサーの佐藤修幸さん

舞台を支えてくださった、スタッフの皆様

ここで触れられなかった、キャストのみんな

全日程に一度でもお越しくださったすべてのお客さま


本当にありがとうございました(^o^)
また、どうせ、いつか、会いましょう!


ハンプティダンプティ役
空想嬉劇団イナヅマコネコ代表
CR岡本物語

ちょっとした応援

テーマ:
なんか、「俺は応援してるぞ!!」みたいなアピールになるのも、嫌だし、色々言う人もいると思うので、発言告知もせずに、ひっそりと、、、。

役者仲間の加藤くんが、クラウドファンディングで資金を集めております。

僕自身、前日、一から劇団を旗揚げし、プロデュースから全てに責任をもち、事務所に借金をし、公演を敢行しました。

もしも大失敗したら、100万近くの借金を負うわけです。

皆様のお力添えで、「桜花と風の追憶」は何とか成功することができましたが、次回公演に資金を持ち越せるほどのプラスに転じたわけではありません。

つまり次回公演も再び、お金を借りての公演となります。

もしも本番当日に大地震が来たら、、、
巨大台風が直撃したら、、、。

それで、誰かが何十万円もの負債を背負います。

恐怖ですよね。

日々生きていくのがやっとの人間にとっては。

それでも運良くプラスを重ね続け、大きい公演が打てる位の資金を貯めることができたら、劇場が大きくできる訳です。

それで、人生の3~5年を費やしてしまうこともあります。

「もしも。見たいと思ってくれる人がいるなら」

これを前提に、もっと先に進んだところからスタート出来る。

これは劇団、プロデュースする側にとっては、本当に良いことだと思います。

その、新しい形にチャレンジした事、応援する気持ちしか無いですね。

本当に大変なんです。
一からお芝居を企画して作るって。
何回も立って寝てしまうくらい。
プレッシャーでゲロ吐くくらい。
でも、そこに足を踏み入れなければ生きていけない人間なんです。


僕も、これから色々なチャレンジをしていきたいと思っております。

是非とも、俳優や団体の新たなチャレンジ、、、

そういったものを見かけた方は、是非応援してください、、、とは言いません。

暖かく見守ってくれればと思います。