七つの海をバタフライ -吉川晃司ブログ-

異彩を放ちまくりながらも逞しく泳ぎ続ける吉川晃司。
全てのロックレジスタンスどもへ バーボンを傾けながら・・・。


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桜井和寿

『アナ雪』(アナと雪の女王)が人気だ。

劇場でも「Let Go」を大合唱する客がいるなど、みんなで声に出して歌う事で同じ空間を共有する。
まさに音楽の力にヒットの要因がある。


90年代に全盛期を誇ったカラオケは当時の青少年レジャー白書を参考にすると大きな支出割合を占めていた。
今でも飲み会の後の二次会やデートでカラオケを利用する人は多い。

そして恐らくカラオケでも全年齢的に抜群な人気を誇るアーティストがMr.Chldren(以下、ミスチル)だ。
DAMやJOYSOUNDランキングにも常連としてランクインしている。


ミスチルの曲は「15秒で頭に残るサビをまず作る」と言う。
大サビへの盛り上がりがはっきりした曲構成はぐうの音も出ない程に耳に心地よく、声を出して歌えば誰でもカタルシスを味わえる作りになっている。
ライブ中に客席の大合唱が起こるのが定番化している曲も多い。

加えて、良く散見するミスチル評に「歌詞が良い」と言うものがある。
三十代を迎えたのちの桜井は、家庭人でもあり、愛する家族や子供と歳を重ねて行く事を恐れずに生きて行く事の多幸感を前面に押し出している。


若者は甘酸っぱい青春のラブソングに、中高年層は親として子に対して、また夫として妻に対してと言った愛の歌に共感を覚える。
全世代対応のポップバンド、これは強い。

デビューから20年を越えても邦楽トップランカーであるのは、この誰にでも分かりやすいように料理された音楽と言葉にある「大衆性」なのではないか。
(とはいえ筆者も初めて買ったシングルは「Tomorrow never knows」であったり、ミスチル作品を総て持っているくらい好きなバンドではある。)


今夏のW杯日本代表公式応援ソングとして発表されたGAKU-MCとのコラボ。
ウカスカジー「勝利の笑みを 君と」も大勢の観客と歌おうという作風なのはありありと見える。

■ウカスカジー『勝利の笑みを 君と』


メッセージをこの上なく分かりやすくストレートで投げる、この強度がミスチルをトップたらしめている要因なのだ。


対して、誰にでも分かりやすいように料理されていない音楽がある。
吉川晃司である。

何せ「奴らに喰いつけアハンハン」「アナコンダ巻いてマンゴジャンゴー」だ。
『TARZAN』のディスコサウンドも現代風ではあったが今様かといえばそうではないし、『SAMURAI ROCK』などもはやここまで無骨にロックに徹する潔さに脱帽してしまう。

だが、それがいい。

分かりやすさとは=インスタントでもある。
音楽にも言葉にも生き様やアイデンティティが刻まれていなければ、埋もれてしまうのが世の常だ。
何せ芸事のサイクルの早さは異常。

吉川は吉川として唯一無二であり、流行り廃りや大衆性に媚びへつらう時代はとうに過ぎた。
本人の言葉を借りれば「その糸を断ち切るのに10年かかった。」


それでも2012年には桜井和寿とプロデューサー小林武史がホストを務める「ap bank fes」に出演。
吉川本人は「場違い枠」と自己紹介していたが、本人が認める「場違いさ」とは、ミスチル(出演はbank bandとして)ならびにap fesに来るお客さんが求めている"ビール片手に芝生で聴くロックミュージック"と、吉川晃司が突き詰めてきた"ロックンロール/ロックサウンド"の差異に他ならない。

それはロックフェスティバルであるサマーソニックにミスチルが出演する時代と、まだ80年代に日本にロックが根付いてない時代の温度差でもある。
もはや吉川のロックンロールスタイルはオールドロックに分類されてしまうのかもしれない。
それくらいロックミュージックは普通の音楽ジャンルになってしまった。

「大衆性」よりも拘りぬいた「品質」を貫くのは、今の時代には天の邪鬼なのかもしれない。
しかしだ、ワインやウィスキーのようにオールドの旨さも分かる奴には分かる。

一見派手なシンバルキックをライブで繰り返す為にどのくらいの自己鍛練を必要とするかに想いを巡らせられるようになった時、僕等はオールドの・・・大人の味わいを知る。
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北方謙三

「男の生き様とは何か?」

吉川が「三国志」の世界へ没入する中で出会い、作品を超えて、個人としても影響を与えたられた人物である小説家・北方謙三。
北方の小説は、ハードボイルドでも歴史小説でも、常に男の生き様・死に様について描いてきた。

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■北方謙三

1947年生まれの67歳。

中央大学在学中は学生運動に傾倒しつつ、1970年に処女作『明るい街へ』でデビュー。
1981年に刊行された『弔鐘はるかなり』や『眠りなき夜』『渇きの街』など肉体性に主眼を置いた作風で「ハードボイルドの新生」として人気を博す。
1989年『武王の門』を著し、歴史小説の分野へと挑戦。
北方的解釈で描かれたドラマティックな人間性にフォーカスを置いた『三国志』『水滸伝』の2作の長編により、中国歴史小説の金字塔を打ち立てた。

趣味は車、クルージング、旅、写真、シガー、女性、と多岐に渡り、作風と通ずる豪胆なライフスタイルについてのエッセイやインタビューでのメディア出演も多数。
その豪胆さの代表的なイメージが、週刊プレイボーイ誌面で連載していた人生相談コラムでの、
「ソープに行け」
発言であろう。

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●北方版「三国志」の魅力


吉川が北方と出会う縁となった「三国志」。
北方版「三国志」には、いくつかの特徴がある。


1)「演義」ではなく「正史」

吉川英治、横山光輝、李學仁/王欣太、本宮ひろ志etc
多くの日本の作家が挑んだ三国志のベースなったのは、三国志「演義」であった。
口述で伝えられ、時に奇想天外なファンタジー成分も含まれ作品化された「演義」の系譜として、多くの作家が独自の三国志感を生み出した。

一方、北方は「演義」ではなく「正史」を軸とした作品づくりを行った。
物語性が削ぎ落とされた、歴史書・記録書としての「正史」の中に生きた男たち(女たち)のリアリズムを拾い上げる作風で自らの世界を構築した。



2)多様な男の生き様・死に様

三国志「演義」を基礎とした作品では、蜀を建国する劉備玄徳や魏の皇帝・曹操孟徳を主役に据える場合が多い。
北方版では三国志の歴史の中で、数々の光輝く男たちが多様に描かれる。
誰かが主役ではない。
誰もが主役でもある。
時に傷付き、時に裏切り、それでも己の生を全うする男たちの物語が交錯するのが、北方版「三国志」だ。



3)強さと優しさ-張飛益徳

数多いる北方版「三国志」の武将たちの中でも、張飛益徳は今までの「三国志」作品には無かった描かれ方をしている。

他の多くの作品では、劉備の義兄弟として物語序盤から登場し、戦場で勇猛に戦い一騎当千の活躍をするが、知性と人望に欠け、粗暴な振る舞いで「やんちゃ」「暴れん坊」のイメージが強い。
だが、北方はそんな今までの張飛のイメージを一転した。
一見粗暴に見える振る舞いも、義兄弟である劉備と関羽の人徳を守るために、あえて悪役の立場を自ら引き受ける思慮からとしたり、妻への底無しの愛情や、部下たちへの熱い想い・関係性があったりと、激しさの根底にある「優しさ」が溢れている。

北方版「三国志」ではオリジナルのキャラクターが多く登場するが、張飛の部下である2人(王安、陳礼)は作品全体を包む「信義」と「優しさ」を張飛との関係性で示している。
我が子のように苦楽を共にした部下を失った時の憤慨、そして同じ思いをしたくないからと人を遠ざけてしまう優し過ぎるほどの脆さを見せる一面、部下たちに生死ギリギリの訓練を行う鬼軍曹の心の根底には、「戦場で命を落とさないため」に日々の修練がある事を最も肌で感じているからこそ、の優しさから発せられるものだ。

妻・董香とは、義兄弟唯一の恋愛結婚であり相思相愛の歴史が描かれ、そしてその妻が暗殺により先立ってしまったことで、生きながらの死を迎えるほどの愛情・関係が描かれる。

多くの行動・言動で読者を魅了する北方版・張飛。
命絶える最期の瞬間に発せられた一言のロマンティックさは格別だ。
こんな張飛像が描かれた三国志は、日本だけでなく本国・中国を含めて、世界初であろう。

ハードボイルド(強さ)でありながらロマンティック(優しさ)である男の魅力が北方版・張飛というキャラクターには溢れている。



●「王道」との葛藤

ここで、過去の吉川のインタビューで北方氏との関係に触れているものを引用しよう。

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自分がカッコいいと思ったものは世の中には支持されない。中国古典が縁で付き合いの深まった北方謙三氏にも叱られた。

「意地悪く言うんですよ、あのオヤジ(笑)。『おまえ、アルバムの中にいつもオナニーの曲が3つぐらいあるよな。あれがいいと思ってるだろ?』。
確かにそうなんです。『ああいうのを入れてる間はガキだな。普遍性がいかに大事か考えろ。ハイ、ザンネーン!』。これ、凄く正しい」

「時間はかかりましたよ。でも、手遅れってことはない。いろんな経験や挫折が愚かさを削っていってくれる」

普遍性との葛藤は、つくり手の永遠のテーマ。それに背を向けて痛い目にもあった。ただ、それでも「カッコつけようぜ!」と見得を切る。


■プレジデントオンライン 吉川晃司—25年間追い続けた「路地裏の美学」
http://president.jp/articles/-/218

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吉川とは親子ほども歳の離れた北方は、なんとも子供っぽい表現だが、吉川のこだわりを「オナニー」と指摘する。「ハイ、ザンネーン!」とまで付けて。

だが、この言葉に詰まった愛情は微笑ましい。

吉川晃司という男は、決して王道ではない。
王道であり続けたかもしれない素材を持ちながら、反発し流転することで歪に磨かれたデコボコダイヤモンドだ。
綺麗にカットされた宝石にはなれない。だが歪だからこそ、不器用だからこそ発することができる光もある。

「ハイ、ザンネーン!」という言葉は茶化しながらも、そんな王道や普遍性だけに留まらない吉川晃司への最大の賛美であろう。



●ライブは生き様

常に吉川は自らのライブを「生き様」の場であると発してきた。
そこは戦場であり、自己研鑽の場であり、同志たちと心を通わせる場でもある。
私たちは、いつだって燃え尽きそうなまでに強さと優しさを表現する吉川のライブ(生き様)に、これからも魅了されるだろう。


「あなたの三国志のような熱い世界を現実に感じるにはどこに行けば良いか?」
と相談したとしたら、北方氏はこう言ってくれるだろう。

「吉川晃司のライブへ行け」
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大黒摩季

画像検索した彼女の写真に、何故「風俗では鼻から下を隠すのか」の真理をみた。

90年代中盤から後半を青春期として過ごした人には馴染みが深い人物だろう。
ZARD坂井泉水と共にBeing全盛期を支えた一人だ。
しかしだ。Beingを離れてからの彼女を知る人間はかなり少ない。

何故なのか?それは彼女の人気とインパクトがZARDと並んでBeing戦略そのものを象徴しているからだ。90年代のタイアップ主義とも言える。
長戸大幸が提唱してきたタイアップに特化したサビの印象度の高い楽曲と、それを作成する職業演奏家チームによるポップスの量産工場がヒルズではなくBeingの強みであった。

「いやいや、大黒摩季は作詞作曲もしているじゃない?」
との声は2001年Beingから発売されたベストアルバムでの作詞クレジット問題でも見て取れる。
おそらく我々が見聞きしていた時代の大黒摩季は何%かは本人の手によって生み出されたものではないのだろう。
少なくとも多分に手を加えられていたのは明白。「ダンサブル中島みゆき」が長戸によって明確化されたコンセプトだったのだから。

「おいおい何マキさんDisってるの?」と諸兄はお思いかもしれないが、批判をする為ではない。むしろ、彼女には称賛を送りたい。
たしかにBeingは90年代隆盛を誇った。しかし、能動的な音楽活動を続けるB'z以外は全盛期を越える事は出来ていないのも事実。

「イメージが大事な世界。それを壊すために10年かかった。」
吉川晃司はアイドルから始まりロックミュージシャンとなった。
出自はどうあれその生き様を貫く事でしか周囲を、ファンを、自分自身を納得させる事は出来ないと知っていたからだ。

大黒は2004年、武部聡志、土屋公平、真矢、恩田快人とロック界では相当な猛者とのツアーを敢行、自身の幅を広げるために新しい挑戦を続けている。

2010年には仮面ライダーオーズの楽曲を担当。
吉川は仮面ライダーWにて楽曲出演を担当したことからユニット「DaiKichi ~大吉~」(吉川×大黒によるユニット名と迫力あるPVはさながら男女版COMPLEXのようでもある)による「HEART∞BREAKER」を発表。

吉川を殿と慕う彼女にはいつしかロッカーの素養が目覚めていたのだろう。
ただ、残念なことに、この作品以降彼女は長期の病気療養治療のために姿を見せる事は極端に減ってしまった。
TVタイアップというもので一世を風靡した歌姫であるだけにTVの世界から一度身を潜めると「消えた」とされるのが悲しい世間の風潮である。
だが、我々は知っている。そうやって揶揄するような奴らは、本当に大事な物や思想のない流民である事を。

吉川晃司とて順風満帆なキャリアではない。レコード会社の移籍も個人事務所の運営も、その時々で難しい判断だったはずだ。
しかし、自分がやりたいようにやるという体制を作る事が…一音楽家、一表現者としては…ただTVに出る事、売れる事よりも時に大事な事だと吉川晃司も大黒摩季も象徴している。

彼女は今も治療とともに母校の校歌を作成するなど、出来る音楽活動を続けている。
売れた、という時代を経て彼女の中に芽生えたものはきっとそれ以上の価値なのだろう。

大吉
HEART∞BREAKER/大吉(http://v.youku.com/v_show/id_XMjI5Nzg5MDA0.html)

「迷うから正しい道を知る  負けるから負けない術を探す 完璧な人などどこにもいない」
Nobody's perfect
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ファジーコントロール

00年代ミクスチャーバンドであり、そのキャリアはもう10年近くになるグループである。
ボーカルギター、ベース、ドラムとスリーピースながらも抜群のバンドアンサンブルは業界内外でも定評があり、特にライブは圧巻の熱量を誇る。

誰?と思う方は「ボーカルがドリカム吉田美和の旦那」と言ったら分かるだろうか。
ワイドショー的には19歳下のツバメだとか言われるが、JUONこと、この鎌田樹音はりりィの息子にあたる。

りりィは70年代バイバイセッションバンドを率いた女傑であり、その中には吉田健や伊藤銀次、坂本龍一も名を連ねている。

その息子である樹音が10代でのソロ活動の後に組んだのがファジーコントロールであり、初期メンバーは現在RIZEとDRAGON ASHでベーシストを務めるkenken(金子賢輔はジョニー吉長と金子マリの次男)と、菅沼孝三の娘SATOKOである。
つまりこのバンド、音楽業界屈指の二世バンドなのだ。


だが、そこはやはり二世バンド。親の七光りと誹りを受けない為に凄まじい研鑽を重ねて居るのが分かる。

現在、B'zの稲葉浩志のソロ活動でも稲葉たっての要望でツアーやレコーディングに帯同する程のテクニシャンSATOKOだが、吉川との競演は

KIKKAWA KOJI LIVE 2008
25th Year's Eve

にて同バンドのベーシストJOEと共に。

Gt. 弥吉淳二
Gt. 菊地英昭
Ba. 小池ヒロミチ
Ba. JOE (FUZZY CONTROL)
Key. ホッピー神山
Drs. 青山純
Drs. SATOKO (FUZZY CONTROL)
Guest Gt. 原田喧太

名だたる吉川バンド経験者の中でも一歩も引けを取らない迫力のステージであった。


なお、SATOKOは2011年9月30日の『僕らの音楽』でも競演。

M1「LA VIE EN ROSE」
作詞:売野雅勇/作曲:大澤誉志幸
オリジナル:吉川晃司(1984)
Vo:吉川晃司
Vo:大澤誉志幸
Guitar:EMMA/Guitar&Chorus:伊藤可久
Bass:小池ヒロミチ/Drum:SATOKO
Keybord:矢代恒彦

M2「RAIN-DANCEがきこえる」
作詞:安藤秀樹/作曲:佐藤健
オリジナル:吉川晃司(1985)
Vo:吉川晃司
Bass:後藤次利
Guitar:EMMA/Guitar&Chorus:伊藤可久
Drum:SATOKO/Keybord:矢代恒彦

M3「あの夏を忘れない」
作詞:夢配達人プロジェクト(府中町立府中小)の子どもたち、
松井五郎、吉川晃司/ 作曲:吉川晃司
オリジナル:吉川晃司(2010)
Vo:吉川晃司
Vo:杉並児童合唱団
Guitar:EMMA/Guitar&Chorus:伊藤可久
Bass:小池ヒロミチ/Drum:SATOKO
Keybord:矢代恒彦/Strings:後藤勇一郎ストリングス


こちらでも、吉川バンド常連とも難なく渡りあっている。種類の全く異なる三曲を難なくこなすあたり、さすが「手数王」と異名を取る父を持つだけはある。今後また何処かのステージでの競演が楽しみなミュージシャンである。

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$七つの海をバタフライ -吉川晃司--小笠原道大

日本の野球界に侍と呼ばれる男がいる。
その男の名は球界の盟主、読売ジャイアンツ所属の小笠原道大。

対峙した投手を睨むように洞察し、高々とバットを掲げる壮大な構え。
そして一瞬にして獲物を捉えるかのようなスイングから放たれる鋭い打球。
まさに侍の呼び名に相応しい男である。

彼は一打席に己の全てを捧げる。
一球たりとも無駄にせず、常に己の力を全て出し切る。

しかし、スポーツにおいては全力を出すことと最大のパフォーマンスを発揮するということは必ずしも比例するとは限らない。

ただ走る、ただ泳ぐならそれは当てはまるかもしれない。
多くの場合、全力を出すための技術をいかに鍛錬するかが鍵となる。

小笠原はそれができる数少ない男だった。
自分のMAXを高次元でコントールして、最高の結果を導き出すことができる唯一の存在だった。

その姿を見ているといつも一人の男の姿がダブって見えていたのは私だけだろうか。

その男の名は吉川晃司。
日本のロックシーンにおいて小笠原と同じく侍と呼ばれる男だ。

吉川もまた常に全力を出し切ることで有名だ。
42.195㎞を全力疾走で駆け抜けてしまうといっても過言ではない。

ステージ上での吉川はまさにそれを体現していると言ってもいい。
一瞬たりとも気を抜くことなく、初めから終わりまでこれまでの最高の自分と戦い続ける。
己が培ってきたものをベースに全てを出し切る。それが例え畑違いの場所であったとしても。

怪我にも苦しみ二年続けて大不振に陥ったが、小笠原は来年も現役を続けることが先日報道された。
もう後はない次のシーズン。相当なプレッシャーの中でそれを過ごすことになることは間違いない。

だが、それでも彼は彼であり続けるであろう。
小笠原は自分で決めた道を決して踏み外すことはない。そのことはこれまでの歩みで証明されている。

日本から侍が滅びた今、その志は彼らが確実に引き継いでくれている。
これからも彼らの生き様を追い続けないといけない。
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