LINKS 10:佐野元春
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”雑誌『ロッキンオン・ジャパン』が選ぶ日本のロックレジェンド”
なんて企画があったなら、TOP3ランクインは間違いない。
佐野元春は四半世紀に渡り、「ニッポンノロック」を牽引してきた生き伝説である。
ロックが日本に輸入されて以来、「はっぴいえんど」「サディスティック・ミカ・バンド」など多くのミュージシャンが模倣から脱皮しようと、もがき続けた。
「ニッポンノロック」のオリジナリティを追求し続けるために。
だが、その前には大きな壁が立ちはだかっていた。
「ニッポンノロック」最大の問題点でもある、『ロックビートに日本語を乗せて歌う』という方法論。
幾人ものミュージシャンが挑戦し続け、永遠に悩み続けてるであろう壁。
しかし、佐野元春は、その壁を軽々と飛び越えた。
1980年、世に発表されたデビューSg『アンジェリーナ』は、80年代の幕開けを飾るとともに、ニッポンノロックの新たな扉を開いたのだ。
スタンダードなロックビートに対して佐野は、日本語を日本語としての音感にこだわることをやめ、一音に乗せる文字数を増やし、早口にも聞こえる「日本語えいご的歌唱法」で歌うことで問題を解消したのだ。
彼の歌唱法は、まったく新しいスタイルとしてロックシーンだけでなく、ポップシーンにも影響が波及していく。
吉川はデビュー前のレッスン時に、よく佐野の楽曲を歌ったという。
そして、矢継ぎ早に繰り出されるビート感溢れる歌唱スタイルを磨き込み、『モニカ』という先進的なポップロックを見事に自己消化させた。
また、1st ALで『I'M IN BLUE』、後に『すべてはこの夜に』(沢田研二への提供曲)をカバー。近年のライブでも度々披露されることからも、吉川自身佐野の楽曲・ビートとの相性の良さを感じているようだ。
歌唱法だけでなく、都会に住む若者の萎えた気だるさと、世界へのシニカルな視線、そこに宿る熱い魂を伝える、佐野の歌の世界観は、泥臭くなりがちだった「ニッポンノロック」を、洗練された都会のカルチャーへ進展させた。
<初期三部作>
『バック・トゥ・ザ・ストリート』
『ハートビート』
『サムデイ』
以上のALは、80年代幕開けの時代の象徴として、ニッポンノロックの歴史に燦然と輝いている。
佐野元春が四半世紀に渡り、音楽界の一線で活躍し、リスペクトされる理由とは?
異論もあるだろうが、私は『継続は力なり』。
この言葉に尽きると思う。
ニッポンノロック新天地を開いた歌唱法や、先進の音楽スタイルを積極的に導入していく感性。そして、それを「続けている」事実が、多くのミュージシャン・アーティストに尊ばれるのだ。
定期的なアルバムのリリースとライブツアー。
”CDの初回プレスは、前回作品売り上げの60%から”が基準である現在のミュージック・ビジネスの世界で、一定のスタンスで・一定の期間に作品を発表しツアーを行い続ける”ことが可能なアーティストは、ほんの一握りだ。
自らの商品価値を維持し、創作意欲を枯らさず、ファンの期待に応え続ける。佐野元春は、まさしくアーティストの鑑である。
現在の吉川を取り巻く状況は、決して順風満帆とは言えないだろう。
CDの売上もライブの動員も、一時期に比べれば、苦戦しているのは否めない。
だが、そんな数値化できる基準よりも大切な、創作・表現意欲はデビュー20年を超えた今でも、枯れることなく咲き誇っている。
『地上最後のロケンロー』と歌い。
『愛・夢・希望、そしてキスとベイビー』をあと30年歌い続けると語り。
吉川はロックし続ける道を選んだ。
進み続ける者にしか辿り着けない”SOMEDAY”に向かって。







1 ■TBありがとうございます
すごい・・・。
佐野元春かぁ~(’-’*
聴いてみようかな(^ー^!
吉川はこないだCD借りたんでよく
聴いてます~♪
また見にきますね~!