七つの海をバタフライ -吉川晃司ブログ-

異彩を放ちまくりながらも逞しく泳ぎ続ける吉川晃司。
全てのロックレジスタンスどもへ バーボンを傾けながら・・・。


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sophia

90年代に爆発的なムーブメントとなったヴィジュアル系(以下、V系)。

なかでも、早い段階で「脱・ビジュアル」を打ち出しカジュアル化していったソフト・ビジュアル系の代表格、それが『SOPHIA』だ。

90年代後半、まさに百花繚乱だった同期のV系バンドたちがほぼ壊滅に近い状態の中、生き馬の目を抜くこの芸能界でサバイヴしてる姿は、素直に「頑張ってる。」といえる。

かつて、某おかまのファッションコーディネーターが、「何でピンでやっていかないの?」と言った。

フロントマンである松岡充は、それほどまでに「華」のある端整な顔立ちであったために、彼らがアイドル的な見方をされる原因の1つだった。

また、そのトリッキーなまでの音楽性に代表されるこのバンドは「ブレイクの予感No.1」と数年に渡って紹介させるなど、とにかく周囲の評価は高かった。

しかし、そのあまりにコウモリ的アマノジャク的な実験精神が強すぎて、爆発的なセールスには直結せずに、早くもデビュー10年以上の中堅バンドになってしまった。

松岡充とキーボードの都啓一がメインコンポーザーとして曲を作ってはいるものの、このバンドの面白さはジャンルでいう括りにあまりに無節操な所にある。

特に世間的認知が上がってきた際に発表された一連のシングル群は、ファンクありパンクありAORありと、かなり渾然とした印象を否めない。

だが、フロントマン松岡は言う。
「それこそがロックである」と。

ロックとはロックミュージックではない。
どんな音楽でも精神性がロックであればいいという事だ。

これには異論もあるだろうが、同じような内容の言葉は古今東西さまざまなアーティストが口にしている。

もちろん、吉川晃司もその一人だ。

定型であることが常ならば、その進化は歩を止める。
それは、ロックではない。転がり続けてこそのロックである。

松岡にとって吉川はきらびやかな芸能界、音楽界で第一線を張ってきた憧れの『王子様』だという。

アルバム『PANDORA』ではコーラスでの参加があったり、プライベートで食事に行ったりと交流を深めている。

そんな吉川からの影響もあってか、松岡は近年、映画やテレビドラマなどへも精力的に出演し、故・黒澤明の愛孫と結婚するなど非常に芸能の色が濃くなっているのが興味深い。

「この街はサーカスみたいなもの」と敢えて道化師を演じる吉川晃司。

その姿は、道化師の悲哀ととともに吉川晃司の芸能の世界での20年を総括するに相応しいものだ。

芸能界とは「マリオネットな世界。まともな神経じゃ生きていけない」とは吉川の弁だが、今また松岡充は芸能の世界での生き残りを懸けた挑戦を続けている。

そこにどんなANSWERがあるのかは知らないが、SOPHIAはこの小さなサーカスのようなで今も歌いつづけている。
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sano

"雑誌『ロッキンオン・ジャパン』が選ぶ日本のロックレジェンド"
なんて企画があったなら、TOP3ランクインは間違いない。

佐野元春は四半世紀に渡り、「ニッポンノロック」を牽引してきた生き伝説である。

ロックが日本に輸入されて以来、「はっぴいえんど」「サディスティック・ミカ・バンド」など多くのミュージシャンが模倣から脱皮しようと、もがき続けた。

「ニッポンノロック」のオリジナリティを追求し続けるために。

だが、その前には大きな壁が立ちはだかっていた。
「ニッポンノロック」最大の問題点でもある、『ロックビートに日本語を乗せて歌う』という方法論。

幾人ものミュージシャンが挑戦し続け、永遠に悩み続けてるであろう壁。

しかし、佐野元春は、その壁を軽々と飛び越えた。
1980年、世に発表されたデビューSg『アンジェリーナ』は、80年代の幕開けを飾るとともに、ニッポンノロックの新たな扉を開いたのだ。

スタンダードなロックビートに対して佐野は、日本語を日本語としての音感にこだわることをやめ、一音に乗せる文字数を増やし、早口にも聞こえる「日本語えいご的歌唱法」で歌うことで問題を解消したのだ。

彼の歌唱法は、まったく新しいスタイルとしてロックシーンだけでなく、ポップシーンにも影響が波及していく。

吉川はデビュー前のレッスン時に、よく佐野の楽曲を歌ったという。

そして、矢継ぎ早に繰り出されるビート感溢れる歌唱スタイルを磨き込み、『モニカ』という先進的なポップロックを見事に自己消化させた。

また、1st ALで『I'M IN BLUE』、後に『すべてはこの夜に』(沢田研二への提供曲)をカバー。近年のライブでも度々披露されることからも、吉川自身佐野の楽曲・ビートとの相性の良さを感じているようだ。

歌唱法だけでなく、都会に住む若者の萎えた気だるさと、世界へのシニカルな視線、そこに宿る熱い魂を伝える、佐野の歌の世界観は、泥臭くなりがちだった「ニッポンノロック」を、洗練された都会のカルチャーへ進展させた。


<初期三部作>
『バック・トゥ・ザ・ストリート』
『ハートビート』
『サムデイ』


以上のALは、80年代幕開けの時代の象徴として、ニッポンノロックの歴史に燦然と輝いている。

佐野元春が四半世紀に渡り、音楽界の一線で活躍し、リスペクトされる理由とは?

異論もあるだろうが、私は『継続は力なり』。
この言葉に尽きると思う。

ニッポンノロック新天地を開いた歌唱法や、先進の音楽スタイルを積極的に導入していく感性。そして、それを「続けている」事実が、多くのミュージシャン・アーティストに尊ばれるのだ。

定期的なアルバムのリリースとライブツアー。

”CDの初回プレスは、前回作品売り上げの60%から”が基準である現在のミュージック・ビジネスの世界で、一定のスタンスで・一定の期間に作品を発表しツアーを行い続ける”ことが可能なアーティストは、ほんの一握りだ。

自らの商品価値を維持し、創作意欲を枯らさず、ファンの期待に応え続ける。佐野元春は、まさしくアーティストの鑑である。

現在の吉川を取り巻く状況は、決して順風満帆とは言えないだろう。
CDの売上もライブの動員も、一時期に比べれば、苦戦しているのは否めない。

だが、そんな数値化できる基準よりも大切な、創作・表現意欲はデビュー20年を超えた今でも、枯れることなく咲き誇っている。

『地上最後のロケンロー』と歌い。
『愛・夢・希望、そしてキスとベイビー』をあと30年歌い続けると語り。

吉川はロックし続ける道を選んだ。
進み続ける者にしか辿り着けない”SOMEDAY”に向かって。
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kaisan どんなバンドにもいつかは訪れるターニングポイントである。

『解散』『活動中止』『終幕』

その名はさまざまであるが、とどのつまりは「もう、バンド活動はおわり」である。

複数の才能や野心・思惑が集結し、バンドというものを形づくる以上、 歩む速度が少しづつズレていくのは仕方ない。

よく「音楽性の違い」といわれるが、音楽の原体験が個々では違う以上、その言葉は方便でしかない。

そして、バンド後の活動として大多数が選び取るのがソロ活動だ。
そこではいかに「バンド」のテイストを「ソロ」に引き継ぐかが焦点とされる。

大規模な転換は古参のファンに「昔は良かった」と揶揄されてしまうし、あまりにも極端な変貌も然りだ。

だが、そこでは間違い無くリセットボタンを押すことができる。
かつて吉田拓郎はチューリップの解散に際して、「俺も吉田拓郎を解散 したいよ。」と語った。

ソロで世に出た人間にとっては、最初のイメージを塗り替えるのは至難の技である。
個人のパブリックイメージが固定されればなおのことだ。

音楽を愛さない人には今もって吉川が、「あぁ。モニカの人でしょ?」と言われるように。

そんな中、吉川はアイドルとしてデビューしながらもCOMPLEXでの活動を挟むことで「ロックミュージシャン」としてのアイデンティティーを見事獲得したのだ。

そしてそれ以上にすばらしいのが、アイドル時代の楽曲たちも安易に切り捨てたりはしない事だ。

アニバーサリーアルバム『Thank you』での「モニカ」以下の楽曲群は、「過去も含めて全肯定」という素晴らしいポジティビティーを我々に見せ付けてくれ た。

ソロ活動には終わりがない。
だが、同時に限りなく自由である。

ゆえに吉川晃司は吉川晃司であり続けるだろう。
真のロックスターとして永遠に「解散」することなく。
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ミッチー


『スター』の称号を有するための資格とは何であろうか?

『ミッチー』こと『及川光博』は、現代の数少ない『スター』の一人である。

1996年、Sg『モラリティー』でデビュー。

プリンス・岡村靖幸直系のファンクイズムに、きらびやかな80年代邦楽歌謡テイストをMIXした音楽性。
自己欲求や自己矛盾に対する苦悩や、二律背反性を歌う歌詞世界。

自身の敬愛するニーチェや美輪明宏、三島由紀夫などから影響された思想・言語感覚で、『哲学しながら踊りなさい』伝える世界感は、唯一無二のスタイルである。

また、その類い稀無き容姿を活かし、数多くのドラマや映画に出演。

吉川とは、三池崇史監督作品・映画『漂流街』にて初共演を果たす。
作品内では、吉川演じる日本ヤクザ『伏見』の敵役として、台湾マフィアのボスを演じた。


映画共演以来、両者は互いのライブに足を運ぶ等、親交を深めている。

及川光博と吉川晃司。
現在の芸能の世界において、数少ない『スター』の輝きを持つ。

・ミッチー=王子様
・吉川=サングラス・肩パット・ダンスetc

二人のパブリックイメージは、好き嫌いに関わらず、観る者・触れる者全てが感じる、他の表現者とは異なる異質感としての個性である。

両者は、世間の過剰なまでにカテゴライズされた視線を憂うことなく、自身のスタイルを追求する姿勢を崩さない。

いつだって、吉川はサングラスをかけて吉川ダンスを舞い、ミッチーはベイベー(ファン)に愛される王子様を自己プロデュースし続ける。

世間の表層的なイメージすらも受け入れて、『求められる自分』と『求める自分』を両立させ、芸能の世界を泳ぎ続けることは、並大抵の実力と覚悟無しでは成し遂げられないことだ。

『スター』という個性は、先天的なものではない。

異質の感性と綿密な計算、なによりストイックな姿勢を貫く『覚悟』を胸にした者だけにしか、女神は微笑まないのだ。

吉川は、無理で無茶で無謀なロックンロールを。
ミッチーは、哲学しながら踊り続けるファンクを。

SHOW MUST GO ON.
『覚悟』を背負い、今日もスターはステージに舞う。
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20050820

いつも、夢を見ていた。
K2ミュージックを背に、ジャック・ダニエル飲む自分の姿を。

そんな空間は夢だと思っていた。
世界で一つのK2-BAR。

念ずるから、花開くのだと感じた。

大阪梅田にある「Common Bar SINGLES」にて開催されたイベント『モニカだけじゃない!!吉川晃司ナイト☆』

一夜限りのBARには、吉川晃司に魅了された者達が集まった。

「ロックは死んだ」と誰かが言った。
しかし、僕らは信じていた。

ロックは死んでも、K2ファンは決して絶えないことを。

なかには、四国や岡山からはるばる足を運ばせて来店してくれた、情熱溢れる人もいた。

世代も、出身地も違う、普通に生活をしていたら出会うはずのない方々と出会うことができた。

吉川晃司という一人のアーティストを通じて・・・。

ご来店頂いた方々と過ごした時間は決して忘れない。
そして、近いうちにこのような時間を持ちたいと考えている。

その時はぜひまた来店していただきたい。
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