七つの海をバタフライ -吉川晃司ブログ-

異彩を放ちまくりながらも逞しく泳ぎ続ける吉川晃司。
全てのロックレジスタンスどもへ バーボンを傾けながら・・・。


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K2 今年2月1日の武道館ライブを最後に活動を中止していた吉川晃司。

長い沈黙を破り、東京・日比谷野外音楽堂で一夜限りの復活ライブ決定!

休養期間中、様々な音楽に触れてスケールアップした男の姿がそこにはあるはず。

またライブの前々日は吉川晃司の40回目のバースデーということもあり、盛り上がることは間違いなし。昨年に引き続いてのサプライズ企画も!?

KIKKAWA KOJI 2005 “LIVE With xxx EXTRA”
2005年8月20日(土)日比谷野外大音楽堂
OPEN17:15/START18:00
指定/立見¥6,500(TAX IN )
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kiyo

その独特なラ行巻き舌ヴォーカリゼーションと、敵しか作らない発言で好き嫌いの分かれる男『清春』。

90年代後期の一代ムーブメントであったヴィジュアル系バンドの中でも絶大な人気・影響力を誇る、名古屋シーンのカリスマボーカリスト。でも出身は岐阜。

99年に『黒夢』の無期限活動停止を宣言、事実上の解散。

同年、『SADS』にて再デビュー。
「途切れた黒い夢に・・・」と歌った『TOKYO』でシーンにカムバック。

その後、度重なるメンバーチェンジを経るもバンドは停止後、03年に『清春』として三度目のデビュー。インディーズ時代からソロでのスカウトを頻繁に受けていた男がやっと重い腰を上げた。

バンド時代から黒夢、SADSの魅力は=清春と言ってほぼ間違いなく、その音楽性・ファッション・言動において同時代のいかなるバンドマンよりも不良性の高いロッカーだった。

ヴィジュアル系とは、ややもすると耽美志向で外見重視で女子供を騙す産業ロックのようにしか認知されていないという悲しい現実。

その中にあって清春の目指したものは「とにかくその時やりたいカッコイイ音楽をやる」という身も蓋もないほどに無節操限りない初期衝動全開のものだった。

初期の黒夢はゴス、耽美なアングラ志向が中期になるとポップ色に極まり、後期はパンクへと変遷。

SADSではハードロック、グラムやハードコアを基調にしていくも、最終的にはメロウな『ALICE IN CHAINS』『BAUHOUS』などを思わせるダークかつヘヴィ志向に変わる。

これほど、急速に音楽性を変化させたバンド(活動)は類を見ない、音楽性という意味では彼は捉えられない。

また、彼ほど雑誌などでのインタビューが不可解なアーティストも珍しい。


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「タイアップで売れても仕方ない」
→深夜のドラマタイアップでバカ売れ

「もうバンドをやる気は無い(黒夢・活動停止に関して)」
→同年、SADSデビュー

「このメンバー4人でやる意味がある」
→2年後、メンバーチェンジ

「楽器はやらない。だからこそ生まれるメロディーがある」
→ギター習得

「この4人でやれるのが楽しい」
→ツアーで怪我したドラマーをクビ

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と、事あるごとに自己責任を持たない、ジェットコースター並にスリリングな発言。

だが、それすらも「カリスマ」で済ませられることが出来る稀有な存在、それが『清春』。

ソロ活動に関しての彼のテーマは『一人でカッコイイ』であるという。

バンドでステージに立つ、ジャケットを飾るというの分担作業が可能になる。集団だとなんとなく決まって見えるものだ。それこそルックスは3割り増しになる。

バンドとは佇まいであり、全体でのシルエットであると考えれば、ヴィジュアルは2の次である。

が、一人ではそうはいかない。

画面を1人で構成するのは、複数で構成する以上に負担がデカイ。

それもそのはず、バンドでは選択的にメンバーを見ていたものがソロではその一人に視線が注がれる。

その際に彼が目指すお手本の一人が吉川晃司だ。

共に『デビット・ボウイ』『沢田研二』を敬愛する二人だが、根底に流れる「男が惚れる男のカッコよさ」の追求という意味では何かしらの共通項があるのかもしれない。

20年経っても「モニカ」を歌う吉川。
10年経っても「少年」を歌う清春。

ともに多様な音楽の変遷を経てきたカメレオン的な二人だが、まだ具体的なコラボレーションは『漂流街』(OP/EDはSADS。吉川は出演。清春にも出演のオファーがあったらしいが・・・)のみ。

この愛すべき不良ロッカー達の対談を切望して止まない。

ただ、生タマネギ健康法を奨励する吉川と「タマネギはROCKじゃない」(ちなみに番組は『みなさんのおかげでした。』)と言った清春だけに、話は平行線かもしれないが・・・。
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ふみや

生年月日:1962年7月11日
現在御年:43歳

気が付けば、藤井フミヤも43歳である。

福岡県久留米市に生まれたフミヤは、「ちっちゃな頃からちっちゃくて、15で小2と呼ばれたよ」かどうか定かではないが、やんちゃな少年ナイフ時代を過ごした。

そして『THE CHECKERS』結成。

ロカビリーや初期のロックンロール、ドゥーワップの要素を混成させた音楽性で、地元一の人気バンドになる。

1983年『ギザギザハートの子守唄』でデビュー。
デビュー1発目のこの曲で、一気にアイドル・スターダムの階段を一気に駆け上がった。

『星屑のステージ』『涙のリクエスト』『NANA』『夜明けのブレス』...50's風味のノリの良いリズムやコーラスワーク、そこに伝統的歌謡曲エッセンスが交わり、極上のポップスとして昇華させた。

1992年の解散までの10年間、彼らはアイドルとして時代を牽引する存在だった

チェッカーズ解散後も、最も注目を集め、かつアイドルであることを求められたのもフミヤだった。

アコースティックなバラード、R&R、ハウス、テクノ、、、毎回異なるスタイルで常に斬新なサウンドを展開。

近年はCGアートやイベントプロデューサーでも引っ張り凧。
芸能生活は順風満帆である。

しかし、いくらアーティステックになろうとも、フミヤは、自身が大衆に求められる「アイドル」を脱ぎ去ることはなかった。

今でもフミヤのコンサートでは、アイドルコンサートの空気が満ちている。

■お決まりの振り付け、合いの手

■会場を埋め尽くすサイリウム(キラキラ棒)

■会場に満ちた香水の香り


「アイドル」と呼ばれることに反抗し、真っ向から立ち向かいロックの扉を開いた、吉川晃司。
「アイドル」であり続けることを背負い、大衆の欲求と自身の欲求にバランスを取り続ける、藤井フミヤ。

「ザ・ベストテン」時代を、やんちゃなアイドルとして共に駆け抜けた同世代の二人。

あれから20年、こうしてサヴァイヴしてきた二人の今の姿は黒柳徹子でも想定外の未来だったに違いない。
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氷室

『氷室京介』
人は彼を尊敬と親しみを込めて、「ヒムロック」と呼ぶ。

1982年、AL『MORAL』でBOOWYとしてデビュー。

3rd-AL『BOOWY』でブレイク後は、『ONLY YOU』『IMAGE DOWN』『わがままジュリエット』等の名曲を連発。

人気絶頂の1987年12月24日、渋谷公会堂にて解散宣言。1988年4月の東京ドームをもってバンドは幕を閉じる。

氷室のパンキッシュでありながらナルシスティックなボーカルスタイルと、意味を求めてはいけない独特のムービングは、現代の日本音楽界ボーカリストの原型とも言えるスタイルである。

ソロに転進してからは、ビートを追求するとともに、政治性や環境に関しての言及をするなど、バンド時代と異なるインテリジェンスの香りも漂わせる。

1993年発表の『KISS ME』は氷室印ど真ん中のビートロックが炸裂。最大のヒット曲となる。

90年代後半からはL.A.に移住し、数年に一度のAL制作とツアー、というマイペースな活動を行いながらも、未だにドームクラスの会場を満杯にするカリスマっぷり。

近作AL『Follow The Wind』では新スタイル「ヒムラップ」披露。貪欲に新たな世界を創造しつづける姿勢は変わらない。

『KING OF BEAT ROCK』の称号は、デビューから20年以上経った2005年の今も、眩く輝いている。


「吉川晃司と氷室京介」


本人達の思惑とはかけ離れた場所で、度々比較される両者である。

両者の付き合いは、かなり古い。

テレビ番組『Merry X'mas Show』での共演。
都庁用地での、雨の中のジョイントライブ。
BOOWY楽曲『1994 - rebel of complex』への吉川のコーラス参加。

80年代後期、BOOWYは新しいロックスタイルで、吉川はアイドルからの脱皮を図りながら、両者は日本音楽界に立ち向かう戦友であった。

90年代に入ると、COMPLEXでの活動を経た吉川は、自身のロックスタイルを確立。

「8ビートの美学を追求」
「ダークでデカダンな世界観」
「独特のフィジカル・ムービング」

氷室と吉川を比較するにあたり、非常に分かり易い特徴であった。

氷室の代表作が『KISS ME』
吉川の代表作が『KISSに撃たれて眠りたい』

両者とも「KISS」というキーワードを用い、なおかつ両作品とも作詞家が松井五郎氏であることは、不思議な因縁も感じずにはいられない。

共通点も多い両者だが、決定的に異なる点がある。
それは「狂気」。

近年、吉川が氷室について語った話で、興味深いものがある。

「僕とか背の高いオッチャン(布袋のこと)が、喧嘩っ早いとか、強そうだとかいうイメージで見られてますけど、ヒムロックと比べたら全然ですよ。彼は『路上のプロ』ですから(笑)」

吉川も一目置く氷室の「狂気」。
狂気の果てにある世界に光を追い求め、今日もKINGはSWINGし続ける。
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岡村ちゃん

「あぁ...やっぱり...」
彼を知る人達(特にファン)は一様に、哀しい納得感に包まれたに違いない。

2005/7/17
警視庁渋谷署が5月20日に覚せい剤取締法違反(使用)の疑いでミュージシャンの岡村靖幸容疑者(39)を逮捕していたことが16日、分かった
スポニチ・アネックスより


岡村のこの事態から、その昔、尾崎豊が逮捕された一件を連想した方も多いだろう。

ミュージシャンとドラッグ。
いつのころからか、二点は切り離せない哀しい因果で結ばれてしまった。

ビートルズが『LUCY IN THE SKY WITH DIAMONDS』で幻想的な世界を歌い、ボブ・マーリィは『ONE LOVE』とピースフルな世界への祈りを歌った。

神経中枢に刺激を与え、通常時をはるかに逸脱した発想力を引き起こすドラッグの効能は、音楽だけでなく多くのアーティストに影響を与え,新たな文化の創出を演出した。

しかし、今やドラッグはその効能を果たさない。

画一化され肥大した音楽ビジネス...
評価され続けるプレッシャー...

多くのアーティストが、ドラッグを自己防衛・逃避の道具として利用してしまう悲しい現実がある。

岡村靖幸の音楽はコンプレックス(劣等感)の塊だ。

モテたいヤリたい、でも踏み出せない。
ジメジメとした欲望と純粋過ぎる青春性。

そんな世界観を、「FUNK」というジャンルに歌謡曲テイストをMIXし、ポピュラリティを獲得した開祖であり、真の天才である。

いつまでもモラトリアム。
それが岡村の音楽・存在の魅力でもあった。

親友であり盟友であった尾崎豊・岡村靖幸・吉川晃司。
昔は3人でジャンケンをし、


尾崎が勝てば → ナンパ
岡村が勝てば → ディスコ
吉川が勝てば → ひたすら酒


と無邪気な遊びに興じていた想い出を、時折吉川は懐かしく語る。

三者三様の音楽性とキャラクター。
違うからこそ、友人で有り得たのかもしれない。


岡村は自身の楽曲の中で登場する、男として羨み憧れる存在としての、『アイツ』のモデルが吉川晃司である、と話していた。

岡村にとって吉川は友人でありながら、憧れの存在でもあったのだ。振り返ると、吉川はデビュー当時から、少年でありながら一本筋の通った「男」であった。

吉川にモラトリアム感は漂わない。
そこが、吉川と岡村の違いで、岡村が憧れた部分かもしれない。


岡村ちゃん
そろそろモラトリアムから抜け出てみないか?

一人の男でありながら、少年の瞳をした素敵な人を、君は知ってるじゃないか。
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