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2016年11月21日(月) 17時48分46秒

押し入れの手紙

テーマ:エッセイ
手紙
 
このブログを読み始めた皆様に、一つ聞きたい事がある。
 
今までにもらった手紙類は、どうされているのか?
 
ゴミ箱に捨てるのか? それともどこかで保管しておくのか?
 
手紙や年賀状、絵や写真、僕は人が直に書いた、又は描いたものを捨てられない。
 
昔からである。手書きでないものは、いとも簡単に捨てれるのだが、
 
手書きとなると捨てられずに、かと言ってそれを読み返す事も滅多にない。
 
滅多にないけど、今までで1、2回はあった。
 
年賀状、祖父母からの手紙、自分が海外にいる時に日本からくれた友達の手紙、
 
思春期の頃のラブレター、成人になった時にもらった両親からの手紙、等など。
 
手書きのものには、感情があり、背景があり、雰囲気があり、愛がある。
 
きっと僕はそれを無意識に感じ取っていたので、
 
捨てることなんて到底できなかったのだ。
 
 
しかしそれは同時にお荷物にもなってしまう。
 
捨てられない手紙は、押し入れに、文字通り押し込まれ、
 
段ボール箱となって占拠する。
 
しかも今後も捨てる事ができないのならば増える一方で、
 
居住スペースは減る一方である。
 
本当にみなさんは、どうしているのですか??
 
 
夏休み
 
9月に遅い夏休みをとった。3日間の石垣島旅行。
 
これは恒例になっているため、特別な事ではない。
 
石垣島で仲間とどんちゃん騒ぎをする夏最後の行事。
 
奇しくも日程的には僕の誕生日でもあった。
 
僕にとっては2年振りの石垣島であるが、
 
実は2年前に来たその時も、僕の誕生日だった。
 
居酒屋でのどんちゃん騒ぎカオスが忘れられない。
 
そして今年も僕は石垣島で38歳になった。
 
 
決心
 
この、夏休み誕生日石垣島旅行を迎えるにあたって、
 
僕は一つの決心をした。
 
押し入れの手紙を石垣島にて焚き火で燃やす
 
これを実行することにした。
 
それらは僕にとっては決してゴミではない。
 
なので、それらの行き先はゴミ箱であってはならない。
 
自らの手で、火の力を借りて、過去を昇華させ、心の内に消化する。
 
物質的には宙に消えるが、そのエネルギーは僕の内に残ることだろう。
 
話は変わるが、焚き火は大好きだ。
 
いつでもやりたいし、一晩中でもやっていたい。
 
だから、石垣島で焚き火ができて、しかも僕の過去のお荷物も減らせて、
 
しかも誕生日なので、心機一転みたいな心持ちにもなれて、
 
なんて素晴らしい事だろう! とホントに心からワクワクしながら、
 
出発前夜、あおった泡盛でほろ酔いながら押し入れをあさり、
 
あれもこれもと手当たり次第、袋に詰め込んだ。
 
そして翌朝夜明け前、石垣島へ向け出発した。
 
 
連れが、
 
『ゴミ袋を持たされた』
 
と、散々ぐちっていたが、何度も言うが、
 
これはゴミではないし、ゴミ袋でもない。笑
 
 
中には手紙類の他、アルバムに入りきれていない写真、
 
昔の通帳、会社員だった頃の給料明細、古いパスポート、
 
光熱費の伝票、飲食店で務めていた頃のレシピや書類、
 
などなど、いろんな物が入っていた。
 
僕が高校生の頃は、みんな常に使い捨てのカメラを持っていた。
 
まだ携帯やピッチにカメラの機能などついていないあの頃、
 
みんな使い捨てカメラで日常を撮っていた。
 
その頃の写真なんかもどっさりと出てきた。
 
 
台風
 
台風直撃の石垣島を初めて経験した。
 
僕ら仲間が石垣島で集合するのと、口裏を合わせたように台風もなぜかついてきた。
 
誘ってないのに。
 
まずは僕と連れの二人が午前中に到着。
 
その後、午後、夕方、次の日、と続々乗り込んでくるはずであった。
 
僕らは予定通り午前中に到着。
 
そのあとになんと仲間ではなく、台風が先に到着してしまい、
 
その後、台風が居続けたために仲間が乗るはずだった便は欠航、欠航に次ぐ欠航。
 
僕ら二人は、台風直撃の石垣島に閉じ込められることとなった。
 
 
僕の頭の中
 
焚き火ができない・・・
 
あの荷物また持って帰るのヤダな・・・
 
 
連れの頭の中
 
あのゴミ袋、どーすんだよ・・・
 
帰りはぜってー持たねーよ・・・
 
 
僕らの石垣島滞在最終日、
 
台風は通り過ぎ、飛行機達は無事にいつもの動きを取り戻した。
 
僕らが横須賀に戻る直前、仲間達が続々石垣島に乗り込んできた。
 
かろうじて顔を合わせる事ができたものの、
 
一緒に酒を飲めなかったことは寂しかった。
 
そしてあのゴミ袋、
 
いやいや、ゴミ袋ではない、手紙類はどうなったのか。
 
 
 
 
 
 
 
無事に昇華されました。
 
思い描いていた、夜中のキャンプファイヤー並みの焚き火はできなかったが、
 
ちょうどビーチにあるキャンプ場にかまどがあったので、
 
オリオンビールを飲みながら、プチ焚き火をやらせてもらいました。
 
感謝の気持ちを込めて。
 
メモリーディスクは自分の胸に。
 
 
 
これがクセになりそうで、まだ何か燃やせる物はないか と、
 
自宅に戻ってから、また押し入れを覗いた。
 
なんだろう、このすっきり感。
 
おそらくまたやるな、これは。
 
 
小学校の頃の日記帳、卒アル、卒業証書などなど、
 
全部いっちゃおうか! もう必要ないだろ! などと思っている、今日この頃。
 
年末を前に、夏の思い出を書いてみました。
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

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2016年10月30日(日) 22時46分26秒

古い携帯と2010年とハロウィン

テーマ:エッセイ

今日はハロウィンだ。

 

10月30日。 夜9時半を過ぎたところ。 しかも日曜日なので、

 

この週末は、街はどこもパーティーで盛り上がっている事でしょう。

 

僕は家でブログを書いてます。

 

今日の夕方ぐらいまでは、今夜は外に出ようかな と思っていたのですが、

 

ハロウィンのみんなの仮装の熱気に、自分のテンションがついて行けるか不安になり、

 

今夜は家でゆっくりしながら、久しぶりのブログ更新するか! とやる気になり、

 

温かい湯船に浸かりながら、何について書こうか、ずっと考えていた。

 

いろいろな出来事を思い出しながら、今に至っている。

 

色々な出来事を思い出す中で、もう明日から11月だなぁ とか、

 

一年早いなぁ とか、もう年末だなぁ とか 冬始まったなぁ とか、

 

今日ハロウィンだなぁ とか、いろんな想いが込み上げてきてしまったので、

 

このブログの始まりが、『今日はハロウィンだ。』 

 

になってしまったのだ。 話が最初に巡り廻った! 笑笑

 

 

 

僕が今使っている携帯が、かなり古い。

 

ずっと使い続けているわけではなくて、別のものを使って、またそれに戻した、

 

と言う感じなので、とりあえずデータが古い。

 

べつに今はカメラなど使わないし、インターネットもやらないので、

 

電話とショートメールさえできればいいと思って使っている。

 

なので画像のデータを見たりいじったりすることが無かったのだが、

 

この前何となく携帯をいじっていて、画像データをみたら、

 

おもしろくて意外にもくすっと笑ってしまった。

 

なかなかおもしろいことやってんじゃん! みたいな。

 

日付をみると2010年。

 

今日というこの日に、

 

なぜか僕が今、その古い携帯を使っているという事実と、

 

2010年の僕が起こした事実が、見事にリンクした。

 

これは一つの奇跡といっても良いのではないでしょうか。

 

みなさん、

 

ハッピーハロウィン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2016年10月02日(日) 05時17分52秒

レベルアップした日

テーマ:エッセイ
その日の朝、いつものように身支度を済ませ、車に乗り込んだ。
 
朝から夕方あたりまで重要な予定が詰まっていて、
 
それなりに気合いのいる一日になるはずであった。
 
車を発進させたところ、すぐに異変に気づいた。
 
動きがいつものようにスムーズじゃ無い事と、異音がしたためだった。
 
すぐに車から降り、タイヤを確認するとやはり、左前のタイヤがパンクしていた。
 
すぐに車を元の駐車場の位置に戻し、思考を始める。
 
まず、どうしよう? とりあえず電話か?
 
保険屋さんか、車のディーラーさんに相談か、
 
それとも今日の予定のキャンセルの謝罪の連絡が先か?
 
とにかくまあ、とりあえず自宅に戻り、
 
お茶でも飲んで、一瞬パニックになった頭を落ち着かせることにする。
 
 
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それからは電話のオンパレードであった。

 

まずはどうすればいいか、車に詳しい友達に連絡。その後、

 

保険屋さん、ディーラーさん、今日メンテに行く予定だった先方さん、

 

レッカー車の手配、パンク修理のお店の手配。

 

その間、自分で何とかならないものか と、

 

車に積んである説明書を読んでみたり、修理キットをいじってみたり。

 

このイレギュラーな事態に、いつもとは違う思考回路が刺激され、

 

脳自体は少し喜んでいるようでもあった。

 

なんならとことん楽しんでやれ と。

 

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意外にも、レッカー車はすぐに手配され、

 

そのあとの段取りも徐々に見えてきた。

 

午前中〜お昼の予定をつぶすぐらいで、午後からは当初の予定通りに行けそうだ。

 

レッカー車が自宅まで来るのは初めての事だったが、

 

運転してきた若いお兄さんが、テキパキを作業を進めてくれ、

 

愛車は無事に自宅を脱出することができた。

 

人の無知の部分を逆に得意とする、

 

こういう人達がいるから社会は成り立っているんだなぁ と、

 

妙に感心し、同時にとても感謝した。

 

 

若いお兄さんとは色々な話をし、今度横須賀で飲みましょう!

 

なんて言って別れた。

 

不測の事態に弱っていた僕の心を、お兄さんの優しさが癒してくれた。

 

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結局、車の修理屋さんでは、タイヤに釘が刺さっていた事が判明し、
 
応急処置で安く修理もできるが、
 
一層の事タイヤを交換してもらうことにした。
 
左前のパンクだが、前輪両方の交換になるため、一つ3万で両方で6万円。
 
レベルアップは足下からである。
 
秋分の日と自分の誕生日を目前に、意識はとにかくレベルアップに向いていた。
 
タイヤを新しい物に交換してもらっている間、
 
時間があったので近くの靴屋さんに寄り、自分の靴も新たに2足買った。
 
タイヤも二つなので、靴も二足。
 
車と共に自分もレベルアップ。 この機会を逃すな。
 

 

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ここで使っている水そーの写真は、このレベルアップした日の午後に、
 
メンテに行った時の画像である。

 

 

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さあ、10月だ。
 
足下を新たに、しっかりと大地を踏みしめ、
 
自分の道を歩んで行こう。

 

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2016年09月07日(水) 07時49分57秒

言葉のパワー

テーマ:エッセイ

 

自分の内にあるエネルギーを放出する

 

それは、何かを生み出すことであったり、

 

言葉を発することであったり、身体を使うことであったり、

 

お金を使うことであったり、愛することであったり、

 

人に気をつかうことであったり、様々な場面で人はエネルギーを放出している。

 

 

人が言葉を発するには、

 

身体の内でそれ相当のエネルギーを使っているだろうと思われ、

 

その消費されたエネルギーはそのまま言葉によって運ばれていると思われる。

 

言葉はパワーそのものなのだ。

 

言葉のパワーは僕たちの現実を次から次へと築き上げてゆく。

 

今僕らが経験しているこの現実は、僕らが発したきた言葉達の産物かもしれない。

 

そのことに気づいている者は、言葉の持つパワーをうまく利用して、

 

自分の好きな未来、現実を築いてゆくのだろうと思う。

 

 

 

大昔、地球上には2種類の人類がいたと言う。

 

現生人とネアンデルタール人。

 

現生人は生き残り、ネアンデルタール人は絶滅した。

 

ではその違いは何だったのか?

 

言葉でコミュニケーションを取れた現生人と、

 

言葉をしゃべれなかったネアンデルタール人。

 

そんな話を聞いた事がある。 真相のほどはわからないが、

 

もしこれが事実であれば、言葉のパワーがいかに絶大か。

 

絶滅か繁栄かを左右するほどの、極めて重要なもの なのであろう。

 

例えばの話、しゃべれなかったネアンデルタール人が、

 

言葉でコミュニケーションをとる現生人を初めて見たとき、と、

 

現代人が、テレパシーでコミュニケーションをとる宇宙人を初めて見るとき、

 

と、同じような、近い感覚があるんじゃないかと想像する。

 

コミュニケーションも2次元から3次元へ。 そして4次元へ。

 

 

 

作詞を、たまにする。

 

あんな事やこんな事を詩にして、日頃から書き貯めている。

 

このブログもそうだが、

 

文章を作るのは、わりと好きだ。 難しいけど面白い。

 

なるべく短く、簡潔にしたい という癖が僕にはあるらしい。

 

もちろん文章の上にも、言葉のパワーは宿っていると思っている。

 

そうこうしているうちに、僕がこれまで書き貯めてきた詩の何曲かが、

 

もうすでに次の人の手に渡り、次の行程の作業が進んでいる。 作曲である。

 

そのうちに最初の一曲が完成し、

 

つい先日、お披露目する機会に恵まれた。

 

わざわざその曲のために、若い男女二人組のユニットが組まれ、

 

男ギター、女ボーカルの編成で取り組んで行く運びとなった。

 

それで先日、お客さんの前ではじめて、

 

出来上がったばかりの曲を披露したんです。

 

それがとても大盛況で、アンコールまでもらい、

 

すごい今後が楽しみな展開になったと、嬉しく思い、心の内でほくそ笑んでいる。

 

渾身のデビュー曲 

 

『愛のままにわがままに 私のおっぱいをもみほぐして』

 

 

散々偉そうに、言葉のパワーの話をしておいて、下ネタかいっ!

 

って、自分でつっこみを入れてしまいました・・・

 

てなわけで、・・・

 

B'zの名曲 あいのままに・・・ 

 

のカバーとか替え歌とかではありませんよ。ちゃんとしたオリジナルです。

 

てなわけで、その後も数曲、

 

世に出るのはまだか?まだか と控えているので、

 

出来上がりを楽しみにしているところだ。

 

そしてこの曲は、世界的な名曲 になる予定なので、

 

英語バージョンも準備しておこうと思っている。

 

(言葉のパワーを使ってみました。笑)

 

 

さて、くっそ暑かった日々がいつの間にか通り過ぎ、

 

なんだか心地よい、風も温度も見える景色も、

 

穏やかな空気に包まれているような、気持ちよい季節を迎えた。

 

特に最近は空がきれいで、夕日のグラデーションであったり、

 

虹が見えたり、白と青のコントラストが印象的だったりと、

 

毎日、美しさの変化に飽きがこない。

 

空に、ありがとう と言葉で伝える。

 

解き放たれた僕の言葉は、

 

振動となって大きな大きな空に吸い込まれてゆく。

 

 

 

 

 

 

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2016年08月01日(月) 18時13分48秒

脇腹痛めました

テーマ:エッセイ

久しぶりのブログ更新です。

前回のチョウザメ水そー制作のブログが五月の終わりだったので、

その後、6月、7月、があっという間に過ぎ、

今日から8月に入りました。

あっという間に と、一言でくくってしまってもアレなんで、

前回のブログの時期から今日までの出来事を、

ブログのネタついでに振り返ってみようかな と、

思ったら、去年も同じような事書いてるな という事に気づきました。

ガラパゴス携帯のスケジュールカレンダーを見て振り返ってみましょう。





六月前半、リトルアムステルダムのアニバーサリー

ドブ板で従兄弟がやってるお店のアニバーサリー企画、

今までは、毎年この日だけは24時間営業をしていた。

24時間お店を開けているわけだから、それは数々の伝説的ワンシーンを生んだが、

一方で体力的な面で、かなりのダメージも受けていた。

なので今年は、もう身体に良くない事はやめましょう と。

で、今年は何をやりましょう???

あれ? 何やったっけ?

いや、 何もやってない・・・

気づいたら過ぎていた・・・

リトルアムステルダム、何周年?? おめでとうございます。






7月 Rega 横須賀初登場 初ライブ

そう、アムスのアニバーサリー企画に力を入れなかったのも、

水面下でこのライブの準備に取りかかっていたからでもある。

幾どなく店を訪れ、仲間と打ち合わせを重ねていった。

6月と、7月前半は、ほぼこれに心と頭を捧げていたような感じであったと思う。

とにかく毎日何かしらやっていて、本当に あっ という間に日々は過ぎて行った。

その間も、僕の中では徐々に興奮が高まっていくのを感じていた。


そして迎えた当日、僕の中では興奮が頂点に達していた。

そしてその夜は、僕の中では最高に刺激に溢れた、伝説的な夜となった。

興奮が冷めるまで、数日間を要した。





7月後半 小夏休み

小夏休み をとった。

仕事のことは考えない時間。

やりたい事や、試してみたい事をやる時間。

を僕の小夏休みと定義し、

時間は丸々二日間、 タイミング的にはレガのライブが無事に終わって、

とりあえず諸々一段落 というまさに休むには絶好のタイミングでもあった。

普段と違う場所、普段と違う行動、普段と違う思考。

こういうのが心身のリフレッシュになって良いと思う。

ちなみに僕は、ドリーを観に行きました。

3Dで見たかったので川崎まで行きました。





8月1日 今日

今朝、そこそこ重いガラスの水槽を、

変な体勢で持ったら、脇腹痛めました。

体勢変えると痛いです。

車の運転がちょっと辛いです。 黙視すると痛みます。

今日は安静にします。





おやすみなさい
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2016年05月30日(月) 09時13分07秒

蝶の海底ひろば

テーマ:エッセイ
うぅ~ん、と考え込んでしまった。

それは難問だった。

チョウザメを飼育している水槽のレイアウトである。

見栄え良く、かっこ良く、美しく、そしてチョウザメの存在感も失う事なく、

水槽を魅せるものにするのが、今回の課題だ。

しかし、チョウザメとは大きくなる魚。

大人になれば2mを超す巨大魚だ。

今回のチョウザメはまだ10㎝そこそこの幼魚だが、なるべく泳げるスペースを確保したい。

水槽の大きさは60㎝と限りがある。

そこにレイアウト用の造形物を入れれば、その分泳ぐスペースが失われる。

まして、チョウザメは止まる事を知らず、常に泳ぎ回っている魚。

そこに何か障害物があれば、いとも簡単にストレスを感じてしまうだろうと予測出来る。

ゆえに、今回の『チョウザメ水槽のレイアウト』という課題は、

僕にとってスーパー難問なのであった。

うぅ~んと考え込んでしまった僕は、とにかく一度現場を見てみようと決め、

どうせ考えてもうぅ~んとなるばかりなのだから、現場を見るまでは何も考えないことに決めた。





蝶のひろば という博物館のようなスペースがある。

博物館のような、と書いたのは、そこはれっきとした会社のオフィスだからだ。

今回の件は、この会社の社長からの依頼である。

株式会社サガミの本社、2階に 蝶のひろば がある。

蝶や昆虫などの標本がずらっと並び、そこに水槽もある。

一般開放もされていて、ガス、電気、水などを扱うサガミはまさに市民の味方なのだ。

まずは蝶のひろばに足を運んで、水槽を見せてもらう。

人間で言えばまだ幼稚園児ぐらいだろうか、

子供のチョウザメ2匹が元気そうに泳いでいた。

そして何かの参考にと思い、蝶や昆虫の標本を一通り見せてもらった。

プレポナ、モルフォチョウ、トリバネアゲハ、アグリアスなど、

印象に残ったものを携帯のメモに残し、後でインターネットで調べる事にした。

依然として、レイアウトの難問は難問のままであった。







突破口が見えたのは、ある一つの事に気づいた時だった。

のひろばにチョウザメがいる 

という、駄洒落のような、些細な偶然がそこにあった。

それに気づいた次の瞬間、宇宙の始まりのビッグバンのように、

イメージが頭の中で広がっていった。

難問がするすると解け始めていた。



蝶のひろばの水の中にチョウザメがいる。 だから僕は逆に、

チョウザメがいる水の中に蝶のひろばを創れないか? と考えた。



レイアウトの問題は解決した。

背面に世界観を作る事で、遊泳の妨げになるような造形物は使わずに済んだ。

そして白い砂を使う事で、水槽の中と背面の世界観に繋がりを持たせ、

あたかも水槽の中がずっと海の向こうまで続いているような奥行き感をとにかく意識した。



蝶々は海の色合いで、青の光沢がきれいなモルフォチョウにした。

インターネットで蝶について調べたことがこんなところで役に立った。

トリバネアゲハなども綺麗な色をしているのだが、今回は青が優先だった。

そしてもう一つこだわったのが、背面の世界と水槽の中の世界を繋げるために、

どうしても蝶のおもちゃを一つ、水槽の中に入れたかった。

遊泳の邪魔にならない大きさの、糸で吊るせるような、ガラスやプラスチック製の、

そんなものをどこかで売ってないか、いろいろ探していたのだが、

そんな都合のいい時に、そんな都合のいい物に出会うわけもなく・・・

そしたら昔僕が買った、庭に置くソーラーの製品で、

日光があたると蝶々がくるくると回る という商品がもう使われない形で放置されていた。

あっ、これはっ!?

と思い、蝶々の部分だけ切り取り、水に入れて大丈夫なのかを実際に入れて確かめてみた。

素材は水に入れても全然大丈夫で、しかも浮く。

これには糸を付けて底面に吸盤を付けて、糸の長さを調節すれば、

空中でふわふわ浮いているようになるぞ!



あえてタイトルをつけるとすれば、

蝶の海底ひろば だろう。

蝶のひろばの中にチョウザメがいて、チョウザメの水槽の中に蝶の海底ひろばがある。

些細な偶然から生まれた小さな世界観。

これを創るために、持てるパワーを使い果たした。

期待と不安と興奮とでアドレナリンが出過ぎて寝付けない夜もあった。

水槽を設置した夜も寝付けなかった。

魂を込めた分、そのあとは抜け殻のようにぐったりとした。

最近は水槽を一本作ると、もうぐったりである。

それはそれで、一つに集中できていると言うか、

魂を込められていると言うか、気持ちのいい疲労感でもある。

またはそれを充実感と言い換える事もできるのかもしれない。

そんな時は必ず、心の底から感謝の気持ちが沸き上がってくる。



この機会を与えてくれた社長に感謝。

この水槽を見守ってくれている社員の皆様に感謝。

そしてチョウザメや、蝶々など多くの地球の生き物に感謝。

そして何より命の源、水に感謝。

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2016年04月18日(月) 18時13分47秒

宇宙とメダカとカメと花

テーマ:エッセイ

メダカに熱くなりつつある。


あの日本古来の魚、あのお馴染みのメダカである。

飼育は簡単で、稚魚もよく殖える。

ただ昔のメダカと現代のメダカでは決定的な違いがある。それは、

今のメダカはとてもきれいな体色をまとっている

ということである。



背中からきらっと光を発しているものや、

光がラメ状になっているものもいる。




それを見た時、宇宙好きの僕の頭がまたもや宇宙空間を連想してしまった。

ミユキラメは銀河、スーパーミユキは流れ星のイメージ。

宇宙とメダカ。 おっ!

まさに僕が今、熱くなっているもの同士が、偶然にも融合している!?

僕ならではの世界観ですな。




オレンジを濃くしたきれいなメダカもいる。

色の濃い、黄色と黒の二色のメダカだけを集めて入れている。

つい先日増設した睡蓮鉢だ。

今日は卵をぶらさげたメスを見かけた。

毎朝、餌をあげるのが楽しみである。

稚魚達の顔を見るのがもっと楽しみである。




メダカ達に餌をあげていると、となりでごそっと音がした。



プンちゃんだ!

最近は暖かいので、食欲も上がってきたみたいだ。

雑草をバリバリ食べている。

最近野菜をあげてなかった事を思い出し、

早速なにか食料を調達してあげようと思った。



冷蔵庫には何も野菜がなかったので、

庭に出て何かいい草はないか探してみた。

そしたらきれいな花がたくさん咲いていたので、

いろんな所からちょっとづつ、花を拝借して、

もちろん、ありがとう と気持ちを込めて摘ませて頂き、

それをプンちゃんのもとへ運んだ。



ものすごいがっついて食べていた。



甘くて美味しいだろうな~

今日のは御馳走だな~


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2016年03月23日(水) 17時17分17秒

デジタルな春

テーマ:エッセイ



昨夜の桜は、ちょっと心をくすぐられた。

自宅の近所にあるお気に入りの桜の木。

大きい一本の木に、無数のつぼみを付けているが、たった一つだけ開いていた。

静の中に動を感じ、また動の中に静を感じた。

まさに今、一斉に動き出すこの瞬間。

バネが一番縮こまっているときであり、また、反発で飛び跳ねるその瞬間である。

そのきわどい状態の桜を前に、思わず歩を止めてしまった。

桜越しに見えた満月がとてもきれいだった。



桜と満月に見とれたその直後、

車が行き来する車道を、絶妙なタイミングで何かがさっと横切った!

あれはタヌキだ!

一瞬で薄暗い路地裏へ消えて行った。



今朝、近所を歩いていると、車道の頭上で何かが揺れた。

リスが器用に電線から電線へ、そして木に飛び移り、

何か木の実みたいなものを食べた後、山へ消えて行った。




三月中旬、ついにヤツが目覚めた。

庭で放し飼いのロシアリクガメのプンちゃん。

去年の11月にはもう土の中に潜っていたから、実に5ヶ月ぶりの再会である。

まだまだ動きはスロー。

もうちょっと温かくなれば、野菜もガンガン食べて活発になるであろう。

プンちゃん、おはよう!



3月中旬、確定申告で僕は深刻な状況だった。

確定申告のため丸一日スケジュールを取り、朝から数字との格闘が始まった。

一体俺はこんな所で、数字にまみれて何をしているんだろう・・・

などと、税務署内の長蛇の列に並びながら思ったりしたのは、

やりたくもないことをやらされている、と言うストレスのせいである。

そしてそのストレスを感じることが嫌になった僕は、

ぼーっとただ突っ立って、何も考えず、ただぼーっと会場を眺めていた。

天井から下界を見るような、そんな感覚で、ただぼーっと眺めていた。

そして突然、ある重大な事に気づいてしまった。

それは・・・

俺たちは数字に支配されている 

年収、時間、生年月日、身長、体重、そして新たに導入されるマイナンバー。

個人ですら数字なのだ。車も家も街も物も全てに数字が付いている。

長さ、重さ、量、この世の物全てにだ。

思えば、この世の全ては数式で表せる と言う話も聞いた事がある。

物理学の素粒子の研究なんかは、そんな小さいものは肉眼で見えるわけないので、

ほとんど数式の中の話らしい。

そして、この気づきの結論はこうだ。

僕たちの住む世界は数字で成り立っているのではないか?

つまりデジタルの世界と言う事ではないか?

つまりパソコンの中なのではないか?


それからと言うもの、この、デジタル感覚を、

どうやって水槽の中に落とし込もうかと永遠と考えている、春の日々である。



一つだけ、この世に数字で表せないものがある。

それは感情だとか、愛だとかという、人の心の部分だ。

もしこの現実がパソコンの中のような仮想現実であるならば、

人の心までは操作できないということだ。

世界を変えるのは、心しかない。

5次元に移行するための鍵は、人間一人一人が既に持っている、心なのかもしれない。



経済社会はもう古い。 とっくに終わっている。

お金ではなく、心でやりとりする時代が、すぐそこまで来ている。

なぁんてね。 春だなぁ


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2016年03月01日(火) 23時24分57秒

不増不減

テーマ:エッセイ
車に乗っていると、ガソリン価格の表示が気になる。

スタンドの前を通れば、表示の数字に必ず目が行ってしまう。

皆さんはどうだろうか? きっと価格が気になるのは僕だけではないだろうと思う。


そしてその数字に一喜一憂する自分がいる。




ついこの間、レギュラー105円の表示を見て、

ちっ! 上がりやがった。

と瞬間的に、というか、無意識的に不快に感じた。

そのスタンドではちょっと前までは101円と表示していた。

そこでふと、自分自身に一つの疑問が湧いた。

105と言う数字を見て、今僕は不快に感じた。

それは101から105に値上がったからだ。

しかしよく考えてみると、数ヶ月前にはガソリン価格は140円の時もあった。

その頃に比べると大幅に値下がっている。

消費者にとっては大変喜ばしいことである。

同じ105という数字にもかかわらず、

なぜ僕は、不快だったり、嬉しかったりするのだろうか?

そのことがとても不思議に思えたのである。

そしてしばらく考えた結果、

僕は過去を引きずって生きているから

という結論に辿り着いた。

105円という価格を前に、101円と言う過去を引きずって生きているから嫌に思う。

105円という価格を前に、140円と言う過去を引きずって生きているから嬉しく思う。

どっちの思考で生きるかは、その人の自由だ。

そしてどちらかの思考ではなく、

過去を引きずらないで、今この瞬間の105円だけを見れば、感情に左右されることは無い。

それもまた自由だ。





自分の収入を明かす気はないので、例えばの金額で記す。

自営業である僕の収入は毎月違う。

例えば今月の収入が20万円だとする。

先月は30万円だったのにぃ とがっくり肩を落とす。

しかし、収入0円だった、水そー屋さんを始めた当初のことを思えば、

なんて有り難い毎日だろうと思う。

長くは記さないが、言いたいことはガソリン価格の話と全く同じである。





ある朝、本を読んでいると、こんな言葉に出会った。

不増不減 フゾウフゲン

解説にはこんな事が書いてあった。

日本酒がビンに半分だけ残っていた時、
酒好きの人は『半分しか残っていない』と悲しむときもあれば、
『半分も残っている』と喜ぶときもあります。
日本酒の量は同じですから、その増減にこだわっているのはその人の心です。
そんな無用なこだわりを捨てるのが、『空(クウ)』の考え方です。

これを読んだ時、

なぁんかどっかで似たようなことを感じたなぁ なぁんかあったなぁ

と、しばらくう~んと考えて、ガソリン価格での件を思い出した。




上記の『こだわりを捨てる』を、僕の『過去を引きずらない』に当てはめると、

なんと話がぴったりとマッチしてしまうではないか。

般若心経の教えと僕の生活のワンシーンが完全にリンクした出来事であった。

大事な事は、今を生きると言う事。

今この瞬間を生き、この瞬間に全力を尽くす。

未来は、今この瞬間の、積み重ねの結果である。

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2016年02月01日(月) 21時24分58秒

ハリセンボン

テーマ:エッセイ
我が家で暮らすことになったハリセンボン。




正式な名前はまだないが、勝手にフグオとか、フグタとか呼んでいる。



水槽

バーに設置されていた60cmの海水水槽。

お店の改装の際に、僕の自宅に移動したもので、

もう5年以上は維持されている。

その間、色々なさかな達がこの水槽の中で、時を過ごしてきた。

この水槽に長いこといたニモやフグは、

毎日ごはんをくれるお店のスタッフ達のことや、

お店のカウンターに座る常連客のことや、

たまに現われて、古くなった水を交換してくれる僕のことなどを、

どうなふうに思っていたのだろう。

『人間も色々たいへんだなぁ』

なんて実は思われていたかもしれない。

そんな歴史のある水槽が、今は我が家の玄関に飾ってある。





ルリスズメ


アメリカに引っ越すので、水槽を引き取ってほしい、と連絡を受けた。

水槽は引き取れないので、生態だけを授かることになった。

ルリスズメという、2匹の青い、まるで宝石のような魚が我が家にやってきた。

光沢のあるブルーの、一瞬きらっと光る感じが、

ショーケースの中でうまくライトアップされて、

きらっと光っている宝石の感じに似ている。

我が家の玄関に飾られている歴史ある水そーに、

二匹の動く宝石を招くことにし、また新たな歴史の1ページが幕を開けた。





クラゲ

これを本物と見間違う人は多い。よくできている。 

水流の強さで動きを調節出来て、

微妙に動いているか、ぐらいの感じで調整できると、なかなか面白い。 

一時期このクラゲにはまって、自分が管理している水そーほとんどに導入した。

そして今回、クラブハウスの水そーのレイアウトチェンジの際に持ち帰って来たのである。

長いことそのクラブハウスで頑張って頂いたので、いよいよ勇退である。

持ち帰って、次の出番までしまっておこうと思っていたが、

よく見ると、そのクラゲにウメボシイソギンチャクがついていた。

おまえまだいたんだー!

そういうことなら水に入れないと可哀想なので、

うちの玄関の歴史ある水そーに入れてあげることにした。




ハリセンボン

よくお世話になっている先輩が突然、ハリセンボンをくれる、と言い出した。

な、な、なんと、ハリセンボン??

有り難く頂戴することにした。

その日のうちに先輩の自宅まで、そのハリセンボンを迎えに行った。

突然我が家にやってきたハリセンボン。

玄関の歴史ある水そーもレイアウトを変え、

ハリセンボンが動きやすいようにきれいさっぱりと余計な飾り石を除いた。

ルリスズメとの相性はどうなのか?と、心配もしたこともあったが、

これが逆に相性は最高のものとなった。

餌は最初はイカやアサリなどの生ものからあげ始めた。

最初の数日、まだ僕が餌をくれる人だとも知らないし、

どんなタイミングで餌をくれるのかも解ってないので、

何をあげても食べなかった。

その後、ちょっとずつ僕の顔にも慣れて来た頃、イカを食べ始めたのである。

しかしまぁ、行儀が悪いと言うか何と言うか、食べ方が異様に汚い。

これはフグ全般に言えることなので、しょうがないのだけれども、

食べ散らかしがハンパない。

ところが、この散らかしたカスを、ルリスズメがよく食べてくれる。

先ほど相性がいいと言ったのは、この部分が理由の中のほとんどを占める。

他には、身体のサイズ感に対しての魚の引数だったり、

泳ぐスピードだったり、色々とバランスが良い。

今は毎日、朝晩、乾燥エビを食べている。

もう今は僕にも慣れ、僕を見ると寄ってくるようになった。





こうして、全く別の場所から、全く別の素材が、我が家の玄関に集結し、

なんとなぁく一つにまとまった。

縁とは本当に不思議なものだと、この水そーを前にして思うのである。
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