【読書日記】人は知らないところで責任を負っているもの-「MOMENT」
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「MOMENT」 本多孝好 集英社文庫
人が考えるのを止めるとき。
その瞬間は、どんな気持ちなのだろう?
きっとそれは、訪れるまで分からないのだと思います。
「死ぬ間際に自分が何を考えるのか。」(P11)
主人公は大学4年生。
病院で清掃員のバイトをしていました。
ひょんなきっかけで、彼は噂の人物となってしまいます。
必殺仕事人伝説。
死を間際にした患者の願い事を叶える掃除夫。
主人公は、まさに噂の仕事人でした。
さまざまな人の死に直面する間に、彼の考えも変化していきます。
もし自分が患者なら・・・
どんな願いをするのだろう??
全く想像ができませんでした。
キレイ事ではなく、本当に自分の死に際が想像できなくて・・・
もしかしたら、考える暇もなく存在は無くなるかもしれない。
苦しんで苦しんで、考える時間を与えられるかもしれない。
どっちがいいんだろう・・・
家族や周りの人にとっては、できるだけ長く生きてもらいたい。
というのが本音だと思う。
苦しんだり痛がったりしているのを見るのは、正直辛い。
でも、お別れもできずにいなくなってしまうのは、もっと辛い。
これはきっと、見送る側の勝手な感情。
だって患者の立場なら、不安じゃないはずはないし、怖くないはずもない。
そういう点に焦点を当てると、苦しまずにいなくなるほうがいいのかも・・・
病院の医師がこんなことを言います。
「生きていることと、死んでいくことは違う。
表面上は同じであっても、それは決定的に違う。
そう思わないか?」(P301)
確かに、どんな人にとっても1日は同じ24時間。
でも、感じる長さも、重さも、意味も、人によって違います。
ましてや死に直面しているとしたら・・・
恐怖と戦う1日というのは、どれだけ生を感じられるのだろう・・・
ただ、それでも多くの人は、苦しんででも生きることを望みます。
1日でも1分1秒でも。
もしかすると、こんな気持ちが潜在的に生じているからでは?
と思わせる文がありました。
「その人が生きていなければ、僕だってその人と知り合うこともなかったし、
その人と喋ることもなかったし、その人に好意的な感情を持つことも
なかった。生きていれば、自分の知らないところで、自分に対する
好意とか悪意とか善意とか害意とか、そういうものが生まれていく。
だったら、僕の好意的な感情について、その人が生きていたことにも
責任の一端はある。」(P319-320)
人間は、その存在を常に確かめるもの。
自分の存在を、他人に求めているのだと思います。
だったら、逆を言えば、自分が他人の存在を支えているもの。
他人に対して知らずのうちに、責任を背負っているのかもしれません。
結局のところ、死ぬ間際に何を考えるか、なんてわからないんです。
というか、わからなくていい。
「どうせ死ぬときになれば嫌でもわかるでしょう」(P324)
そう考えられると、不思議とほっとします。
人間というのは、どこかで死を意識していて、
だけど、普段はそれに触れないようにしている・・・
だって、死というのは遠いようで案外身近で、誰にだって平等に訪れる。
それはわかってるんだけど、意識したくない。
きっと誰もが、自分の死について考えたことがあって、
死ぬ間際に何を考えるのだろうか、という思考を巡らせたことがあると思います。
所詮、それは「死ぬときにわかる」ことで、それまでは妄想なんです。
それよりも、生きている今のことを考えることが大切で、生きていることで
誰かに与える影響に意識を向けることが重要だ。
ということに主人公は気付いたのではないでしょうか。
感動と勇気をもらえる1冊。
ぜひ読んでみて下さい!
皆さんの応援で元気が出ます(´∀`)♪
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