国のために用意はいいか? | 鳥肌音楽 Chicken Skin Music

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先週、図書館から借りてきた萩原健太氏の「ボブ・ディランは何を歌ってきたか」を読みながらBGMとしてスマホに入っているディランのアルバムを聴いていました。「風に吹かれて」や「激しい雨が降る」なんかを聴きながら「反戦歌」か、時節柄ブログのネタに取り上げてみようかな、なんて思ったときに真っ先に思い出したのがニール・ヤングの「戦いの歌」でした。

Neil Young Graham Nash - War Song (1972).


朝 君の目が覚めると
空を飛ぶ飛行機の中にいた
投下される爆弾が
君の瞳の中のすべての嘘を
粉々にしていく

私は戦争を終わりに出来る
そんなことをいう男がいる


ジャケットがニールのギター弾き語りの写真なのでニールのソロと記憶していましたが、クレジットはニール・ヤングとグラハム・ナッシュですね。このシングルの録音は1972年の5月22日、アメリカでの発売は6月24日となっています。邦題は「戦いの歌」という曖昧なものになっていますが原題はそのものズバリの「War Song」=「戦争の歌」というものです。5月8日当時の大統領ニクソンは泥沼化し先の見えないベトナム戦争を終結させようと北ベトナムへの爆撃を再開することを決めます。北爆の再会はベトコン兵士だけでなく一般市民の多くも犠牲者となることを意味します。録音は5月22日、歌詞を読んでいただければニクソンに対する強い抗議の歌であることは明らかです。当然その反戦的な歌詞にはチェックが入り放送自粛対象曲となってしまい、ラジオでほとんどかかることもなくあっという間に生産中止となり市場から消えてしまったようです。



その後はワーナー系の歌手のサンプラー・アルバム「LOSS LEADERS #17: Hard Goods (1974) 」(日本では普通に市販された『ホット・メニュー』のようなやつでワーナーの輸入盤の内袋によく印刷されてたやつ)に一度収録されただけで、2009年の『アーカイヴBOX』が発売されるまでアルバムなどに収録されることがありませんでした。日本盤もおそらくファースト・プレスだけで消えてしまったと思われ、幻のシングルになっていました。僕は幸運にも学生時代に中古を安価(たぶん500円しなかった)でゲットして個人的なお宝の一枚となっています。




アメリカ盤のシングルのジャケなのですが、なんとも味気ないものですね。あれっと思ったのですが、よく見るとB面曲は「ダメージ・ダンThe Needle and the Damage Done」になっています。日本盤のB面は「国のために用意はいいか?Are You Ready For The country」だったんです。



スリップ・アンド・スライディンごっこをしたり
ドミノ倒しを楽しんだり
左にいったかと思えば 今度は右
べつに罪をおかしてはいないけど
出発の時が来る前に
自分の人生をはっきりさせなきゃな ボーイ
出発の時が来たんだ
国のために用意はいいか?

牧師と話をした
神は僕のそばにいるそうだ
それから 死刑執行人に出会う
彼は言った 「死ぬ時だよ」
自分の人生をはっきりさせなきゃな ボーイ
理由は分かってるはずだ


歌の冒頭に”Slippin' and Slidin'”っていうリトル・リチャードの歌としても有名な一節がでてきます。そのまま訳したら”滑って、滑って”となるのかな。
ネットで調べるとアメリカにはそういう名前の遊びがあるようです。芝生に長いビニール・シートを敷き、中性洗剤のようなものを溶かした水をまんべんなくまき、その上を滑って遊ぶというもののようです。よくプロ野球の途中で雨が降り出すとダイアモンドにブルーシートが敷いて試合が中断になることがあります。中断が長引き退屈しだしたお客さん和ませるために助っ人外国人の選手がグランドをダッシュしてブルーシートにヘッドスライディングで思いっきり滑っていき拍手喝采を浴びるというシーンがありますが、ああいうのを想像すればいいのかと。
そこからの連想でベトナムの湿地帯で泥に足を取られ思いっきり滑って転んでしているアメリカ兵の姿も思い起こされます。
後、ヴァン・モリソンの「ブラウン・アイド・ガール」の中にも”Slippin' and Slidin'”という歌詞が出てきますが、どうやらヘロインの静脈注射のメタファーのようですね。「ブラウン・シュガー」でもお馴染みのようにブラウンもヘロインのメタファーということでヴァンのこの歌もドラッグ・ソングという解釈もあるようです。ベトナムでもアメリカ兵がドラッグを使っていたなんてのは映画なんかでもよく見るシーンです。

そして「ドミノ倒し」、ドミノといえばアメリカがベトナム戦争にのめり込む原因となった「ドミノ理論」を思い出してしまいます。

「一国が共産主義化すると,ドミノ倒しのように近隣諸国が次々に共産主義化するという主張。冷戦時代にアメリカが共産主義勢力の拡大を阻止するために唱えた。」by大辞林

つまりベトナムが共産化すると周りの東南アジア諸国も次々と共産国となり、資本主義国家であるアメリカの存在に対して大きな脅威となってしまいます。だから、それを阻止するため=アメリカを守るためには海の向こうのベトナムに出兵し共産主義者たち(ベトコン)を抹殺しなければならない。そしてこれは資本主義国家を守るための、やむをえない(集団的)自衛のための戦争であるという論理です。

まぁそういう理論の元、太平洋の彼方に250万の若者を送り込み30万人以上の負傷者と6万人近い死者を生み結局勝利できないというまさに「不毛」で「泥沼」の戦いを10年以上つづけることになります。

「国のために用意はいいか?」は1972年2月発売の『ハーヴェスト』に収録されていますが録音時期は1971年の前半。アメリカ軍がベトナムだけではなくカンボジアやラオスへも兵を進めていた時期にあたります。そのへんのことを踏まえて「出発の時が来た、国ために(不毛な戦いの)用意はいいか?」という強い皮肉を込めた歌詞をニール・ヤングは書いたのだと思います。


ところで、ドミノ理論ではありませんが、国家の存立危機が訪れると判断されれば海の向こうの国にまで「自衛」のために出かけるという構図って、なんかに似てますよね。




今の日本、「国のために用意はいいか?」と歌うミュージシャンはいないのでしょうか?




PS.元春は2004年のアルバムでこう歌っていました。

佐野元春 and the hobo king band 「国のための準備」


その30年ほど前に泉谷はこう歌っていました。

国旗はためく下に 1985.05.02 芝郵便貯金ホール。泉谷しげる(vo)、布袋寅泰(g)、吉田健(b)、友田真吾(ds)



今の言葉で歌うミュージシャンは・・・