菅沼天虎の紙屑談義

交通機関を利用する為の切符・・・一般の方々にとっては使い終わってしまえばタダの紙屑で、最後は係員に渡して終わりになるモノです。
そんな紙屑に夢中になってしまった大馬鹿モノの戯言にお付き合い下されば幸いです。

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昭和53年に信越本線新潟駅のマルス端末で発行されました、「トキ号」の「ヒカ゛シサンシ゛ョウ→タカサキ」の乗車券・特急券です。

 

 

N型マルス端末で発行された券となります。

 

N型マルス端末では、駅名、列車名、発行箇所などのカタカナ印字部分の濁点の文字の表記は、かつてのタイプライター等と同様に「゛」の活字棒を用いて印字していたため、濁点の文字は「゛」を含めて2文字分のスペースを必要としていました。

 

この券の発駅・乗車駅の「東三条」は、カタカナ表記で「ヒガシサンジョウ」と8文字ですが、N型マルスでは濁点「゛」部分に2文字使われるために、最低でも10文字分のスペースが必要となり、「東三条」の場合は「ヒカ゛シ」と「サンシ゛ョウ」の間に1文字分のスペースが開けられているため、結果として11文字分のスペースが使われています。

 

N型マルス端末の駅名欄には、一行に何文字まで印字出来たのかは調べておりませんが、長い駅名の存在する現在では、例えば「長野原草津口」ならばN型マルスの表記では「ナカ゛ノハラクサツク゛チ」と12文字分のスペースが必要になり、もしN型マルス端末が健在であったならば、駅名欄のスペースにはギリギリ収まったのでしょうか?

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今年も毎年恒例の「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」の開催時期が近づき、7月20日から「茨城交通水戸駅前案内所」で勝田駅発と水戸駅発のシャトルバス乗車券の前売りが開始されましたので、早速購入してまいりました。

 

◆勝田駅⇔国営ひたち海浜公園

 

 

今年はIbaraki Kotsu地紋券となります。

 

昨年から毎年開催年ごとにデザインの変わる、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」のロゴが印刷されるようになり、こちらも昨年からですが開催日が記載されるようになっています。

 

 

 

 

 

◆水戸駅⇔国営ひたち海浜公園

 

券を見る前に、窓口嬢から「水戸駅発は去年より券が大きい」と言われましたので、2013年までのような大型の軟券に戻ったのかな?と思いましたが、出された券を見てビックリ・・・

 

 

Ibaraki Kotsu地紋券となります。

 

昨年は地紋色は違えども、勝田駅発の券と同じ様式とサイズであったのに、今年は横方向の寸法は同じでも縦方向の寸法が長く、C型硬券よりはサイズの小さい、初めて見るサイズの券となりました。

 

券のサイズが大きくなっても券面記載事項は、開催日と社名の記載位置が右側に移動した程度ですが、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2017」の別バージョンのロゴが、下部に大きく記載されています。

 

 

 

 

 

裏面です。

 

 

 

裏面の記載事項は双方の券とも同じで、昨年の券と変わりありません。

 

 

2014年の開催から、勝田駅発と水戸駅発の券は同一のサイズとなりましたが、今年から水戸駅発の券のみサイズが変更された事由は不明で、シャトルバス乗車時に券を回収する際に、勝田駅発と見分けやすくしたものでしょうか??

 

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昭和63年に成田線下総橘駅の乗車券類簡易委託発売所で発行されました、「[東] ○ム下総橘から 鶴見ゆき」の常備片道乗車券です。

 

 

東京印刷調製のJRE青地紋券となります。

 

下総橘から酒々井・東海道線経由での運賃は、大井町~鶴見間が同額となりますので、着駅は「大井町 鶴見 間ゆき」と共通着駅表記となっても良さそうなものですが、「鶴見ゆき」の単独着駅表記となっています。

 

成田線下総橘駅は、駅が所在する東庄町が受託する成田線では唯一の簡易委託駅でしたが、今年の3月31日をもって乗車券類の発売を終了し、4月1日からは簡易委託が廃止されて完全な無人駅となってしまいました。

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昭和44年3月に関西汽船の別府港で発行されました、「別府港から 東京都区内ゆき」の乗車券です。

 

 

かんさいきせん青地紋券となります。

 

神戸港~神戸駅接続の国鉄線連絡乗車券で、当時の関西汽船は国鉄線との連絡運輸を広範に行っており、関西汽船航路を介した本州~四国・九州間の通過連絡運輸や、四国周遊券や九州周遊券の途中経路の選択肢にも含まれておりました。

 

この券の発駅の「別府港」は九州は大分県の別府港となりますが、当時は兵庫県の別府鉄道にも「別府港駅」が存在し、こちらは表記は同じであっても読みは「べふこう」と異なっていたのですが、別府鉄道も国鉄線との連絡運輸を行っておりましたから、当時は国鉄線との連絡運輸取扱駅に「別府港」と表記する駅が2つ存在しておりました。

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昭和46年7月に中央本線新宿駅で発行されました、「はつかり51号」の特急券です。

 

 

東京印刷調製のA型券で、列車名の「はつかり51号」と乗車駅の「上野」は印刷されています。

 

お盆の多客期の臨時発売券で、当時はお盆と年末年始の多客期には、東京駅、上野駅、新宿駅に帰省客用の臨時窓口が設けられ、当時は特急券や指定席券類の前売り発売は、原則として乗車日の1週間前からでしたが、臨時窓口では乗車日の1ヶ月前から発売されました。

 

 

 

 

 

当時の時刻表の案内の抜粋です。

 

 

この記載の下に、臨時窓口で発売する対象列車の列車名と区間が方面別に記載されており、臨時窓口では発売対象列車以外は発売しなかったものと考えられますが、発売対象列車については、今回ご紹介いたしました「はつかり51号」のような臨時列車に対しても、列車名が印刷された券が設備されていたようです。

 

現在ならば全券種?を趣味購入する猛者が現れたかも知れませんが、当時は下に記載のあるように「発売制限」が設けられ、臨時発売は長距離の利用者に限られており、実際に乗車する旅客が優先され、当時は複数の券を趣味購入したいと申し出ても、間違いなく断られた事でしょう。

 

 

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関鉄グリーンバスが運行を受託する、「小美玉市コミュニティバス回数券」です。

 

 

地紋は小美玉市の市章が緑色で印刷されています。

 

1~7の券片には、小美玉市のマスコットキャラクターの「おみたん」のイラストが描かれ、全てのイラストが異なっており、1~6の券片は小美玉市の特産品を手にしたイラストとなっています。

 

 

 

 

 

こちらは裏面です。

 

 

裏面はモノクロ印刷となっています。

 

裏面は全ての券片に「おみたん」のイラストが印刷されておりますが、1~5の券片のイラストが6~10の券片に同じ順で印刷され、11の券片のみが異なるイラストとなっています。

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昭和54年に土讃本線高知駅で発行されました、「高知から 今治」の準常備式片道乗車券です。

 

 

高松印刷調製の券となります。

 

経由は「土・予土経由」と記載されており、この券は多度津経由では無く、窪川から予土線を経由して予讃本線へ抜ける券となりますが、予土線や「伊予吉田」、「卯之町」など予讃本線西部の着駅はともかく、「松山」へは当時は高知~松山間に国鉄バス「松山高知急行線」が運行されており、「今治」へは多度津経由の方が最短ルートで、優等列車の運転されていない予土線を遠回りして今治へ向かう旅客は、宇和島方面にも所要のあった旅客と考えられますが、このような経路であっても準常備式とは言え硬券での設備があった事に驚きます。

 

この券の着駅が「伊予吉田」や「卯之町」で切断されていたとしましたら、その下に「松山」や「今治」が着駅として記載されていたとは想像できず、「今治」は上から6段目の着駅となりますが、原型D型の準常備式ならばまだ着駅の記載スペースに余裕がありますから、「今治」の下にも着駅が記載されていた可能性が高く、もし着駅の記載が存在した場合は、高知からは多度津経由が最短ルートとなる駅であるハズですが、この券の最下段の着駅は何処であったのか気になります。

 

 

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昭和62年に発行されました、「知立⇔370円区間」の名鉄バス普通券です。

 

 

なごやてつどう青地紋券となります。

 

最下段の注記事項は「通用乗車1回限り」と記載されており、有効日数に関する記載は見られませんので、当時この券を購入しても乗車しなければ、購入した翌日以降に乗車しても通用したと言う事でしょうか?また、この券は「知立⇔370円区間」と矢印が「⇔」の両方向となりますが、例えばこの券を2枚購入して1枚は往路用として使用し、もう1枚を知立へ戻る復路用として使用しても差し支えなかったのかどうかも気になります。

 

 

 

 

 

裏面に記載された発行箇所は「名産知立出発行」となっています。

 

 

「名産」とは名古屋鉄道の子会社である「名鉄産業」を略記したものと推察され、当時の名鉄バスの知立での出札業務は「名鉄産業」に委託されていたものといたしますと、「名産知立出発行」は「名鉄産業知立出札発行」を略記したものと考えられます。

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昭和60年8月に根室本線東釧路駅で発行されました、「東釧路→国鉄線140円区間」の乗車券と「入場券」の併用券です。

 

 

札幌印刷調製の券となります。

 

国鉄札幌印刷場独特の硬券であった、普通乗車券と普通入場券の併用券は大人の普通入場料金が30円であった時代に登場し、昭和51年11月16日に普通入場料金が60円に改訂された直後には発売駅が多数存在いたしましたが、その後に普通入場料金が80円→100円→110円→120円→130円と改訂されてゆくごとに、駅の無人駅化と相まって発売駅が減ってゆき、昭和60年4月20日に普通入場料金が140円に改訂された時点では、併用券の発売駅は今回ご紹介いたしました根室本線の「東根室」と「新富士」、釧網本線の「藻琴」の、釧路鉄道管理局内の3駅のみとなってしまい、140円の併用券はこれら3駅でしか発売されておりません。

 

この時点で風前の灯火となった併用券ですが、140円の併用券を発売していた上記の3駅とも、昭和61年11月1日の国鉄最後のダイヤ改正で無人化される事になり、併用券の最後は発売駅の無人化で終焉を迎え、併用券はJRに引き継がれる事無く、国鉄時代に発売の歴史に終止符が打たれました。

 

最後まで併用券を発売していた3駅の無人化に際し、無地紋の普通入場券の専用券が復活発売され、当時はこちらを喜んだのですが、もしこの時に3駅のうちの1駅だけでも無人化を免れ、JRとなるまで窓口営業が継続されていたとしましたら、JR様式の併用券が登場していたかも知れません。

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昭和46年に東武鉄道野田線の柏駅で発行されました、「○北 柏から 千葉ゆき」の乗車券です。

 

 

TRC/とぶてつ青地紋券となります。

 

船橋接続の国鉄線連絡乗車券で、まだ当時は武蔵野線の新松戸~西船橋は開業しておらず、柏から県庁所在地である千葉へ国鉄線だけで行くには、東京の秋葉原か成田を回る必要がありましたから、常磐線と総武本線を短絡する東武鉄道野田線を経由するケースは現在よりも多く、国鉄線から東武鉄道野田線柏~船橋間を経由して国鉄線に至る通過連絡運輸も、比較的広範囲に設定されておりました。

 

この券には発駅の柏の左側と小児断片に「○北」の記号が記載されておりますが、「○北」は国鉄東京北鉄道管理局を現すもので、この乗車券は常磐線柏駅の国鉄窓口で発行された券となります。

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