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2017-05-19 21:18:31

ジヴェルニーに初夏がきた。

テーマ:旅行

オトコもくすぐる花園。

 

4月から今年の公開がはじまった

ジヴェルニー・モネの家と庭

を訪れました。

 

 

「早春の温かな時期に、植物たちの発育が早かったのですが、

4月半ばに霜が降りたりしたこともあって、

花が長持ちする傾向があります」

 

とは、モネの家の庭師主任ジルベール・ヴァエの言葉。

 

 

5月は、春の花から夏の花へと庭が変化を遂げるとき。

 

チューリップや藤が少し盛りをすぎて、

そのかわりにパンジーやアヤメの青や紫が鮮やかになってきてるようです。

 

 

温室で作られた花園ではなく、

寒さや雨にさらされて、

それでも可憐に花を咲かせている

少し野性味のある

ジヴェルニーの風景がオトコごころをそそります。

 

 

庭もまた作品のひとつである、と語り、

自らも園芸家とともに庭づくりにいそしんだというモネ。

 

作品づくりの旅行中にも

家にいる妻のアリスに

寒さや雹から花を守るようにと、

手紙を出したりしていたほど。

 

モネの想いは専属の庭師たちによって

受け継がれています。

 

この季節は、キンギョソウ、

紫や白のハナダイコン、

ツツジがきれい。

 

 

 

 

水の庭では

早くも睡蓮がほんのちょっと花を咲かせていたり。

 

 

橋の上にモネ?いやいや

 

 

「日本の橋」では、盛りを過ぎた紫の藤にかわって、

白い藤が「私が頑張ります!」とばかりに最盛期。

 

 

家の玄関の前には

太陽に向けて首をかしげたチューリップたち。

 

 

家の中では浮世絵や絵画に目をとられて忘れがちですが、

窓から見る庭の景色がすごくきれい。

 

 

 

ようやく初夏らしい陽射しが目立ってきた北フランス。

 

これから10月いっぱいまで、

モネが愛した花たちが、

世界中からやってくる

ビジターを迎えてくれます。

 

 

 

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2017-05-11 23:04:30

週刊オトコ、フランスで強盗未遂に遭う。

テーマ:フランス生活

「日刊オトコのパリ」が、

新しく生まれかわります。

 

その名も、

 

 

「なんだよ」とお嘆きの皆様・・・ごもっともです。

 

 

3年前に日刊化を目指し、最初の月こそ「ほぼ日刊」を達成したものの

その後は仕事が忙しいといえば休み、日本に一時帰国するといえば休み、

という、極めて人間らしい怠惰さを繰り返し、

いまや「月刊ですか?」と思わせる更新ぶり。

 

そんな自分を改めて奮い立たせる意味での

「週刊」化宣言。

 

ライターとして、そしてパリアート界を駆け回るオーガナイザーとしての

オトコの珍道記?を改めてお届けします。

 

 

さて、週刊化第1回目は「強盗未遂事件に遭遇」の話題。

 

ヨーロッパの他の大都市と変わらず、スリ、ひったくりの絶えないパリ。

特に観光客の多い中心部は、それなりの気持ちのひきしめが必要です。

 

 

事件はマレ地区、サン・ポール駅前の銀行で起きました。

 

 

どうしても現金が必要で、銀行前のATMを使おうとしたところ、

どれもカードの入口にカードが入りません。

これは何かトラブルがあって機械がブロックされているということ。

 

嫌な予感を抱えながら、銀行の店内にあるATMを使おうと中に入りました。

ここはカードを入れたあとすぐに暗証番号を押すタイプの機械。

暗証番号を押した途端、何者かに取り囲まれ、腕をつかまれました。

見るとロマの移民系とおぼしき少年達の集団。

 

「あ、しまった!」

と思った瞬間、カードを奪おうとする奴らと揉み合いになり、

抵抗しながら叫んで助けを求めていると、

銀行スタッフが何人か出てきて、さらにひと騒動。

3人のうち2人が逃げましたが、子供のような少年が1人、ものすごい形相で機械にしがみつき、

銀行員が抱えて無理矢理引き離そうとしても離れません。

なんとか捕まえましたが、なぜか銀行員の誰かが「離しなさい!」の一言。

同僚も離して逃がしてしまいます。なぜ?

 

別のスタッフが札束を差し出して「これあなたのでしょう?」。

「いやしかし金額のボタンを押してないし」というと、

「いいえ、彼らが押してたと思うわ」

・・・まったく気づきませんでした。あぶない・・・

 

その札束がほんとうに自分のものか、押された金額がその札束の金額と合うかどうかを

確かめるために自分の銀行に電話で問い合わせますが、誰も出ず。

 

そうこうしているうちに、銀行が呼んだのか警察官がやってきました。

銀行スタッフは「面倒かもしれないけど、被害届を出したほうがいい」と勧めてくれます。

どうも襲った集団は、このエリアに時々出没するという話。

このまま外に出ると大金をもっているのを知っている彼らがまた私を襲ってくるかも・・・

ということで、警察官と一緒に署に行って、そこで被害届を出すことにしました。

 

というわけで

はじめてフランスのパトカーに乗車。(日本でもまだ乗ったことないですが)

 

wikipedia 

 

こんなときに不謹慎ですが、

実はいま我が家は、フランスの刑事物TVドラマ『Profilage』

ハマっている最中で、

この警察官には内緒ですが、はじめてのパトカー乗車にちょっとだけワクワク。

 

 

この『Profilage』は、いわゆる犯罪心理捜査官もので、

2009年から始まり、すでに7シーズンを数える人気ドラマ。

今さらながらDVDを買って見ているわけですが、

主にパリが舞台ということもあって、つい撮影現場にまで足を運ぶファンぶり。

 

ここが警察署として使われたロケ地、ノートルダム大聖堂の見えるセーヌ河岸。

 

 

それはともかく、

バスティーユにあるパリ4区の警察署に行き、

事の顛末をすべて話して被害届を提出。

次の日に、自分の銀行に確認して金銭的な被害がなかったことも確認。

怪我もなく、とりあえずひと安心です。

 

それにしても、久しぶりに身震いするような出来事で、

その後数日はお金を下ろすのがためらわれたほど。

みなさんもお気をつけください。

 

 

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2017-05-09 17:54:14

サンジェルマンの展覧会

テーマ:アート

パリの現代アートの殿堂「パレ・ド・トーキョー」

2月3日から開催されていた

泉太郎展「PAN」も、5月8日でとうとう終了。

 

 

1月、毎日のようにパレ・ド・トーキョーに通い、

チームで進めた怒濤の製作・準備も、今やどこか夢の中の出来事のよう。

日仏の仕事の進め方とそのスピードの違いなど、

いろいろな課題を抱えつつも、展覧会自体は好評を博し、

最終日まで世界中から多くの観客が足を運びました。

 

 

今日から3日間にわたる撤収。8,000㎡ものスペースを埋める展覧会は

その撤収もハンパではありません。

 

 

さてその間、

現代美術家・泉太郎さんが所属するギャラリー

Galerie Georges Philippe & Nathalie Valloisでは、

このパレ・ド・トーキョーに合わせた展覧会を企画。

約1ヶ月間をかけて、またまた怒濤の製作が行われました。

私はここでギャラリーとアーティストのコミュニケーションと製作運営、

その他もろもろを担当。製作チームが結成されて準備にかかります。

 

泉太郎の持ち味は、その唯一無二な発想力にあります。

自らの体験やそこで起こっていること、徘徊して見つけた誰も気づかない何か、

そのエレメントが彼の頭脳の中で結びつきあって、

我々が想像したこともないようなイメージが作られます。

 

多くの場合、彼の作品はインスタレーションとそれにまつわる映像。

今回のギャラリー展示で、彼は「昼と夜」に焦点をあてました。

映像作家としてパリの街を歩く、そこで彼は昼と夜で見えてくるものが違うと感じた、というのです。

昼間は主役だったものが、夜には影を潜め、背景だったものが光って妙に目立っていたりする。

夜は背景と主体の差が曖昧になったり、逆転したりする。

 

背景になっているものに焦点をあてて、それを前面に押し出してみようとする。

これはパレ・ド・トーキョーの作品でも見られた傾向です。

 

 

たとえば、今回のギャラリー展示のメインになったベッドと4つの映像作品『night lie』。

 

 

昼間の風景の空に、夜空が映っています。しかしその夜空がもぞもぞと動いている。

実はこの撮影には2台のカメラが使われていて、1台は風景を、

もう1台は風景の中におかれた裸婦の半身にペイントされた夜空を写しているのです。

 

 

それを昼の空に合成して、昼と夜がまざりあった不思議なパリの風景を創りあげています。

 

裸婦が寝転んでいるのは、パリの路上で見る石畳と鉄の格子が表面になったベッド。

泉さんがパリで気づいたのは、歩道に寝転ぶ路上生活者の姿でした。

そこに、フランス近代絵画でよく見る豊満な「裸婦」の姿を重ね合わせる。

近代絵画の裸婦は、当然「主役」として描かれますが、ここでは夜空という「背景」が描かれて、

主客が逆転するような現象が起きています。

 

描かれている夜空は、パリの5月の夜空。

石畳は、パリ市役所道路課の石材集積所に足を運び、

実際に使われているものを入れました。

 

 

パレ・ド・トーキョーでは壮大な装置が構築されましたが、

ギャラリーではこぢんまり・・・とはいえ、実質2週間ほどの期間に

素材集めから製作、撮影、編集まで、というのは至難の業です。

 

そのほか8点の作品が置かれた展覧会『night lie』。

パリのアート業界の重鎮が率いるギャラリーヴァロワ、

サンジェルマン地区のギャラリー街、セーヌ通り36番地で5月27日まで開催中です。

 

 

 

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2017-04-03 01:46:05

パリからの小旅行:リスボン(2)

テーマ:旅行

リスボンがいちばん輝いていたのは、

やはりポルトガルの大航海時代。

 

今では静かな小国のポルトガルが、

なぜ、あの頃強大な大航海時代を築いたのか。

それには訳がありそうです。

 

立役者は、その名もまさに「エンリケ航海王子」と呼ばれる

1400年代のポルトガル王国の王子さま。

 

リスボンの西、ベレン地区にある『発見のモニュメント』の先頭にいるのがエンリケ航海王子

 

 

 

おぼろげに頭の中にある世界史の言葉をつなげていくと、

そのおおまかな歴史がわかります。

 

「ゲルマン民族の大移動」を経て生まれた「西ゴート王国」が、

現在スペインとポルトガルのあるイベリア半島にあって、

キリスト教カトリックを国教にしていましたが、

610年頃にイスラム教が生まれると、イスラム国家が急速に勢力を西へとのばし、

710年頃、つまり奈良時代頃にイスラム系のウマイヤ朝がこのエリアを征服します。

 

その失なわれた地を取り戻そうとキリスト教国が動いたのが

「レコンキスタ(国土回復運動)」でした。

 

長い時間の行きつ戻りつを繰り返しつつ、

1139年にキリスト教系の「ポルトガル王国」が誕生。

1200年代くらいにはキリスト教の「十字軍」の勢力も加わって

レコンキスタが本格化し、

最後は1492年の「グラナダ陥落」でイスラム勢力を追放し、

イベリア半島全体がカトリック勢力下になります。

この十字軍の中で大きな役割を果たした「テンプル騎士団」

その後継となった「キリスト騎士団」の1400年代における団長が、

実はこのエンリケ航海王子だったのです。

 

十字軍や騎士団の活動は、キリスト教の領土を守るという目的があったので、

他の国や貴族などからたくさんのお金が集まって、

キリスト騎士団には莫大な資産があったといいます。

 

エンリケ航海王子は、これを資金源にして、探検事業に乗り出します。

ヨーロッパではイスラム商人やベネチア商人などから

東洋の金や香辛料を手に入れていましたが、

もし海から別の航路で運べればさらに富を得られると、

勇敢なポルトガル人たちが航路開拓に乗り込んでいったわけです。

もちろん、カトリックの布教も大きなミッションです。

 

 

エンリケ航海王子は、その口火を切って冒険者たちを支えたポルトガルの偉人。

その流れを汲んだ最大の冒険家が、ヴァスコ・ダ・ガマ

ご存じの通り、彼はインド航路を開拓してインド支配を構築。

ポルトガルの黄金時代がはじまるのです。

 

 

ポルトガルとスペインは競争でアジアの開拓に乗り出し、

1541年にポルトガル船がはじめて

日本の豊後(今の大分)に到達しました。

 

 

パリ、モンマルトルの丘で

「イエズス会」という、真面目すぎるカトリック精鋭部隊を創設した

フランシスコ・ザビエルは、ここリスボンからまずはインドのゴアに移り、

そこからさらに東へ向かい、1549年日本にキリスト教を伝えるのです。

 

 

 

さて、前置きがちょっと長くなりましたが、

リスボンには、こうして生まれた大航海時代のモニュメントがずらり。

 

リスボン中心部からトラム15番に乗って、「ベレン」と呼ばれる歴史地区へ。

 

Belem-Jeronimosの停車場でトラムを降りて、

まずはエンリケ航海王子の偉業を称えたジェロニモス修道院へ。

 

 

細やかな装飾の外観があまりに美しいので、一気に盛り上がります。

それが、中に入ろうとすると10ユーロの入場料がかかるので、

あきらめる人もいるのですが、それはあまりに残念。

 

 

だってここは、中も凄いんです。

 

1502年、大航海時代の莫大な富が潤した絶頂期の

ポルトガル国王マヌエル1世が建設に着手。

なんと300年もかけて造った修道院。

 

フランスで見る修道院とはまったく違うスタイル。

植物や動物、海にちなんだ珊瑚や海藻、貝などの文様にびっしりと包まれた

回廊の装飾が見事です。柱は一本一本モチーフが違うという念の入れよう。

 

マヌエル様式の最高傑作と称されるこの修道院は、

1983年、世界遺産に登録されました。

 

 

ここに併設された教会も壮観。

 

 

写真で表現しきれないのが残念ですが、

スペイン、バルセロナのサグラダ・ファミリアを思い起こさせる

上方にのびて天井で広がる巨大な柱。

同じキリスト教でも、その世界観というのは地域によって

大きく違うものだと知らされます。

 

そしてリスボンの彫刻の特徴はもうひとつ。

 

大丈夫ですか?と声をかけたくなるような、

トボけた顔の動物や人が多いのです。

まるで「ゆるキャラ」の元祖。

 

 

 

ずっと見ていたくなる修道院をあとにして、水際の史跡へ。

 

先ほどのエンリケ航海王子がいた「発見のモニュメント」もここ。

 

 

大航海時代を支えた30人の彫像が連なります。

王子のほか、ヴァスコ・ダ・ガマやフランシスコ・ザビエルもここに。

 

モニュメントの脇の石畳には世界地図が描かれ、

ポルトガル人たちが辿りついた地が年号とともに記されています。

 

 

 

夏のような陽射しの中をさらに歩くと、

ジェロニモス修道院と共に世界遺産に登録されている

「ベレンの塔」があります。

 

テージョ川を出入りする船を見つめた監視塔。

司馬遼太郎が「テージョの公女」と呼んだ、美しい建築です。

 

 

ここまで来ると、大西洋はもうすぐ。

船乗り達は、星空以外に指標のない大海原へと乗り出していったのです。

 

 

さて、このベレン歴史地区から発祥し、

リスボンの名物になったお菓子があります。

 

もともとはジェロニモス修道院で作られていたらしいのですが、

今では「Pasteis de Belem パステイス・ド・ベレン」

がその伝統を受け継ぐ本家のパティスリー。1837年開業の老舗です。

 

多くの女性が並んでも買いたい名物はこれ!

 

エッグタルトの原型といわれる「ナタ」

ただの焼き菓子とあなどることなかれ。

ここのエッグタルトはハンパなく美味しいです。

 

休憩もかねて来た我々は、

奥にたっぷりとあるテーブル席でナタを食したあと、

勢いあまって思わず「おかわり」

 

リスボンの中心部でもいくつかナタ屋があって、いろいろ試しましたが、

ここはクリームの味のレベルと表面の焼き具合が違います。

 

 

歴史と味を探訪して、すっかり満足のベレン地区。

夕暮れのリスボン中心部を見ようと帰路へ。

 

まるで迷路のようなアルファマ地区、

時々、思いがけず、海へとひらけた美しい景観に出会えます。

 

次回はヨーロッパ最西端のロカ岬へ向かいます。

 

 

 

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2017-03-19 08:26:46

パリからの小旅行:リスボン

テーマ:旅行

 

先日、なんと数ヶ月ぶりにブログを更新したのですが、

これには訳が・・・

仕事で日本に帰っていたのもそうですが、

パリのパレ・ド・トーキョーで2月3日から始まった

日本人美術家、泉太郎さんの展覧会準備にかかりきり。

 

Exposition "PAN" Taro Izumi, Palais de Tokyo (5月8日まで開催中) 

 

 

ようやくここへきて少し時間ができて、

週末のリスボンに出かけました。

 

はじめての、ポルトガル。

 

あまりゆっくりと旅の事前調査はできず、

予備知識といえば、最近読んだ小説家・山本兼一さんの

1500年代に日本に来たポルトガル人の話と、

1980年代にかかれた司馬遼太郎さんの『街道をゆく〜南蛮のみち』。

 

つまり頭の中にあるのは、

ザビエル、バラッタ、天正少年使節を導いたヴァリニャーノなど

勇敢な宣教師や船乗りが闊歩していた

400年以上前の大航海時代のリスボンです。

 

 

パリからリスボンは、Air France、Easyjetなど

いくつかの航空会社が就航していますが、

いちばん本数が多いのは、ポルトガル航空TAP。

1日に5本ほどあるので昼前の便でゆっくり行こうと思っていたのですが・・・

 

なんと前夜にその便がキャンセルに!

 

理由も聞かされず、たった1本のメールで、17時の便に変更になったと

まさに「寝耳に水」の通知が。

こちらはもう、着いてからリスボンの市内をひとしきり観光して、

ヨーロッパ最西端のロカ岬で夕陽を見る算段までしているのに、です。

 

負けてはならんと夜中の電話攻勢。

しかし、かけてもかけても悠長なラテン音楽のBGMと

「しばらくお待ちください。順番におつなぎします」と

お気楽な嘘のメッセージが繰り返されるばかり。

 

緊急の家族会議が開かれ、ともかく朝一番に行って直接交渉しようと

翌日6時にパリ・オルリー空港へ。

 

 

カウンターに行くと朝便のチェックインを待つ長蛇の列。

 

列をさばくデキそうなお兄さんに

「11時の便なんだけどキャンセルになったって聞いて」というと、

目の色が変わり「ちょっとこっち来てください」と

開いてないカウンターを開けて、なにやら画面操作。

「なるほど17時になってるね・・・」と2分もしないうちに、

「7時の便にしましたのですぐ搭乗口へどうぞ」

とウィンクを添えてチケット2枚を手渡してくれました。

向こうも謝らなければ、こちらがクレームを言う暇もありません。

 

 

ともかく、夜に着く最悪の事態は回避。

 

どんより曇ったパリから2時間半で、快晴のリスボンに到着です。

 

 

リスボン空港から空港バスに乗って、コメルシオ広場に到着。

この広場を横切れば、大航海時代のポルトガル船が旅立った

まるで大きな湾のようなテージョ川の河口が広がります。

 

はやる気持ちを抑えきれずに、

ホテルにも向かわず、まずはともかく川へ。

 

 

たどりつきました。

 

 

ここから、我々の祖国「ジパング」へ、

信念をもった宣教師や、野望を抱いた船乗りたちが

命を懸けて出航したのかと思うと、不意に涙がこぼれます。

 

私など、ここからちょっと先の大西洋に舟を出すのも、怖くてはばかられるほど。

それを、GPSもレーダーもない時代、

野蛮人怪物が襲ってくるかもしれない大海原に繰り出すなんて。

 

 

ひとしきり感慨にひたってから、ホテルに向かいますが・・・

 

コメルシオ広場付近は、交通の要所。

リスボン名物のかわいいトラムが早くも行ったりきたり。

なかなかその場を離れられません。

 

 

 

しかし、トラムはこれからのリスボン巡りでさんざんお世話になるはず。

乗りたい気持ちはひとまず抑えて、ホテルにチェックインします。

 

 

 

 

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