安価な社会が事故を招く

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埼玉のほうの市営プールで、少女が吸水口に吸い込まれて死亡するという事故が起きた。マスコミが大騒ぎするのも、これは当然だろう。人身事故であり、また、それなりの大事故であるのだから。


こういうことが起きると、必ず「安全」「人命」ということが問題にされ、これまた声高に論じられる。ここまでも、やはり当然だろう。しかし、では、普段からこの社会はその「安全」ということを最重要な価値として認識し、尊重し、追求しているだろうか? ここが問題なのだ。


この事件の第一報を聞いた友人が自分に伝えるとき、「一体、市は安全管理をどのようにやっていたのかしら?」と言った。自分は答えて、「どうせ、民間委託、丸投げだろう」と言った。果たして、そのとおり、民間委託の丸投げだった。しかも、元請業者もまた孫請けに丸投げしたような形だった。現場の監視員などは、ほとんど高校生などアルバイトでずぶの素人だったようである。泳げない者もいたり。


民営、民間委託、いまや時代のトレンドだ。そして、“安上がり”こそ、現代社会の最重要課題としてマスコミを先頭にこの社会が毎日追求してきたところではないのか。もしも仮に、ある自治体が直営でしっかり責任を持って管理に当たっていたとするなら、それには人件費・教育費等相当のコストがかかることであろう。また、同じ民間委託ではあっても、「安全」ということを最優先ポイントにして、最も信頼できる業者、管理技術の高い業者、従業員の訓練や指導をきちんと行っているところという視点で選定したとしたならば、それもまた費用は高めにつくであろう。


マスコミは、役所がこれだけ高い金を使っているということはよく槍玉に上げて、特番なんか組んだりしているが、きちんとした業務委託を行政、自治体が行っているか、安全最重視の施策をとっているかなどということは、普段あまり言っているのを聞かない。言うのは、何かが起きてからだ。つまり、結果論である。


やはり、銭に関わる問題、価格で表わされることを話すのが一番ウケがよく、理解されやすいのである。すなわち、どれだけ安上がりか、ということだ。大事故が起きた直後の今(これからしばらく)ならともかく、普段、ある自治体が前述のように「安全」を最優先して、それに沿う管理体制を作っていたとしたら、そして、他の自治体に比べてかなりコストが高くついていたとしたなら、果たして、マスコミは、住民は、納得していたであろうか。まだ事故が起きていないときに。


そう言えば、先ごろ人身事故や相次ぐトラブルで問題になった、シンドラー社製のエレベーターを自治体、行政機関が多く採用するのも、最も安いからが理由だというではないか。安いものを使っていれば、マスコミや住民の理解は一番得やすい。


もう10年、あるいはもっと前だったか、航空会社が客室乗務員をパートに替えて安価にかたづけようとしたとき、時の運輸大臣が横車を押した。「航空機の客室乗務員のように多くの人命を預かる任務の者をパートに替えて安上がりにしようとする安易な考えはいけない。いざというとき、自分のことを後回しにしてまで乗客の人命と安全を守り通そうとするのは、それなりに十分な職業意識、使命感を持ち、高度な訓練を継続的に受けたプロでしかできないことだ」。まあ、大体こんな論旨で反対の意向を表明していたと記憶する。


そのときの運輸大臣とは、亀井静香である。小泉のインチキ改革に反乱したかどで、自民党を追い出された人物だ。もとより、自分は選挙区も遠くかけ離れているし、この人の支持者でも後援者でもなんでもない。せいぜい、小泉よりは考え方も精神状態もまだまともだと思っている程度である。ただ、この一言は、十数年も経た今でもかなり強烈な印象として残っている。それは、結果論ではなく、こういうことを何もない普段に言う人というのは意外に少ないせいだろう。


行政の丸投げばかりではなく、どの企業でも正社員をますます追い出し、ことごとくパートやアルバイト、派遣社員に替えようとする。安上がり追求、これこそ現代社会の求めるところではなかったのか。かくして、この世から、「プロ」というものは、相次いで姿を消している。いずれ、“絶滅危惧瀕種”になるのではあるまいか。


航空機とまで行かなくとも、プールだって危険がいっぱい。本来、プールの構造にも十分な知識を持ち、救命法くらいの心得もあるプロでもなけりゃ、万全の安全管理などできるはずもないであろう。時給いくら(か知らないが)のアルバイトなどに重責を担わすことはとてもできない。現に、今回も、はずされた吸水口の覆いが招く危険をよく理解できていなかったというような指摘もあった。


「安全」も、決して只(ただ)ではない。当然、コストがかかるものだ。それを社会がどこまで理解し、受け入れるのかが問題である。今回の事故も、現代の社会のありようが反映したものに思えて仕方がない。

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