テレビは火事がお好き

ニール ポストマン, Neil Postman, 田口 恵美子
TVニュース 七つの大罪―なぜ、見れば見るほど罠にはまるのか

この本(邦訳)は12年も前に出たものだが、今日でも、十分に役にたつ。要は、テレビに騙されないための心得を書いた手引書だ。それだけ、テレビをめぐる状況は変わっていないか、あるいは、もっと悪くなっていることの証左だろう。


ところで、テレビは、どうして火事が大好きなのか?


同書は、こう答える。


――答えは簡単だ。視聴者は火事を見たがっているからだ。そのうえ、死傷者が出たりすれば、ドラマだ。今まさに、非常事態が起こっているという事実が、視聴者を興奮させる。もし、この火事が放火魔の仕業だとしたら、このニュースの意味はさらに深まる。もし、これが神の仕業であったら、人間の生活が壊れやすく予測不可能な出来事の連続だということを露呈する。テレビには、うってつけだ。――


この言葉は、テレビがまさに煽情装置であることを図らずもほのめかしている。テレビ映像にさらされる側も(たとえ同一の人間であっても、例えば、文字といった記号を読むときほど)、能動的ではなく、知的活動も活発でなく、情緒にダイレクトに流し込まれがちな精神状態にあるのが普通だろう。


毎日、朝な夕な、この放射を受けていたら、おそらくそうそう理性的ではおられまい。いよいよ構えをして臨まなければならない、危険なおもちゃなのである。



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どうでもいいけど、おもろいから

パオロ・マッツァリーノ
つっこみ力 ちくま新書 645



この本は、今年出た本。この本にも、一昨年の“郵政選挙”の結果を生んだ因につき分析している個所がある。


――私の見立てでは、たぶんほとんどの日本人は、郵政民営化など、どうでもいいと思っていたはずです。なのに、民営化を強く主張する自民党が選挙で大勝利を収めたのは、なぜでしょうか。
 
それは、庶民がおもしろさで動いたからです。正しい正しくないとは無関係に、公務員とか公社員みたいな、親方日の丸で身分の保障されている人たちが特権を剥奪され、―損をするかどうかも実際やってみないとわからないし、どうせ割を食うのは下っ端の職員で、上の連中は甘い汁を吸い続けるような気がするんですが―ともあれ、損をするように見えた。それが、おおかたの庶民にとっては、おもしろかったんです。
 あのときも、識者なんて人たちが寄ってたかって持論を闘わせていましたが、誰も真剣に耳を傾けようとはしませんでした。正しさをめぐる議論や批判なんてつまらないもんには、一般人は興味がないのです。人は、正しさでは動かないのです。――


なるほど、これもかなり納得できる。大衆の投票行動には、こうしたことも大きな要因になることは大いに考えら得るところだ。


ただし、この本は、この投票を行動を別段、批判的に評しているものでもなく、また、テーマは全く別なところにあるので、念のため。



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郵便屋をやっちまえ!

香山 リカ
テレビの罠―コイズミ現象を読みとく (ちくま新書)


本書の中で、著者は、田中康夫氏が連載中の雑誌記事の中で、浅田彰氏とのかつての対談を伝えているところを引用している。


それによれば、浅田氏いわく、


――「「負け組」の弱者達は、「勝ち組」に抵抗するどころか、小泉に与する事で自分も「勝ち組」に乗ったかの様な錯覚を覚えてる。結局は自分で自分の首を絞める事にしかならないのに」、真の「強者」に抵抗するんじゃなくて、自分達よりちょっと上の連中に嫉妬して引き下ろそうとする」。「高級官僚や六本木ヒルズ族を妬む以上に、雇用の安定した郵便局員なんかを妬んで、小泉の郵政民営化を支持した」。――


田中氏がこれに応じて、


――「もやもやした気持が有るんだけど、本当に強い柘手には刃向かえない、だから、自分とほぼ等身大の所で、ちょっと良い思いをしているように思える奴を叩きたい。で、郵政公社の配達してる人をやっちまえみたいなリンチをね」――


と、言ったということだ。


自分は、その対談の原典を見ていないが、少なくとも、双方のこの対話の部分は妙に納得できる。実際、世上、B層によく見られがちな思考、行動様式だからだ。


「息子はいつまでたっても就職できねえし、オレも不景気でリストラにいつあうかわかりゃしねえ。女房はパートを長くやってるが、いつまでたっても正社員にしちゃもらえねえしな。オマケに、娘ときたら、志望校落っこって補欠入学だから、寄付金たんまり取られるし…」


「そういや、ウチに毎日手紙持ってくる郵便屋、奴ら、いいな。組合に守られて。失業の心配ないなんて、許せねえ。そうだ、小泉サンの郵政改革で、とっちめてもらわにゃ」


こうなって、おかしくない。そう言えば、自分の知り合いのB層も、一昨年の“郵政解散”、総選挙の前後、それと似たようなことを言っていた。


かくて、堀江貴文には憧憬の念をもって惜しみない喝采を送り、一方で、やり場のない自らの不遇に対する怒りの矛先は、とめどなく郵便屋さんに向かうのである。




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お医者さんがコイズミ病を診断す

香山 リカ
テレビの罠―コイズミ現象を読みとく (ちくま新書)


史上、コイズミの次くらいにくだらない男がやめちまった。こっちは、その在任中も、コイズミのような狂乱を生み出すことは、ついぞなかった。


それに先立つ、コイズミ現象。あの狂騒の5年間はなんだったのか? かねて、自分は、あれは政治学のテーマではなく、社会心理学、あるいは、精神病理学あたりの管轄だろうと言っていた。そこで、最近、精神科医の手になる、コイズミ現象の考察本が出されたので、それだけで興味深く、買ってみる価値はあると思った。



どうせ、ろくな奴じゃないから…

西部 邁, 渡辺 一弘, 新野 哲也, 東谷 暁
日本人の嘘―政治改革からマスコミ世論まで

もうだいぶ前(1993)に出された本だが、今に十分つながる議論がなされている。

本書中、西部邁さんのこの発言がなかなか面白い。

――マスコミにかぎらず世論そのものが一般的にそうなのですが、彼らはマスコミ迎合的な権力者、世論迎合的な権力者に対しては、かならずその人間に撃って かかることをします。というのも、マスコミも世論も実は裏ではなかなか利口であって、俺たちは何の信念も持たずにやっているのだということを分かってい る。マスコミも世論も、自分など信じていない自己不信者の群れなのです。したがって、こんな自己不信者の群れにすぎないわれわれに迎合してくるやつは、必 ずろくでなしであることを知っている。そして、チャンスがあればその人間を叩くわけです。厄介な仕組みだというのは、迎合したやつを叩くだけでなく、迎合 しないやつも排除するというところにあります。どっちに転んでも地獄しか用意されていないのが(笑)、マスコミによって誘導される世論支配の状況下にある 権力者の顛末ですね。――

(下線、青字、いずれも引用者が施す)

思わず、失笑してしまう。そして、こんな面白い話を聞いたときは笑えることを、自分の感受性がまだ正常に働いていることの証左として、つい喜んでしまう。そして、めったにないことだが、思わず、傍線を引いたり、付箋を貼り付けたりしてしまうのである。



「捨てる」ために本を買った

マリリン・ポール, 堀 千恵子
だから片づかない。なのに時間がない。「だらしない自分」を変える7つのステップ
ハリエット シェクター, Harriet Schechter, 早野 依子
いつか片づけようと思いながらなかなかできないあなたへ
リズ・ダベンポート, 平石 律子
気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ
野口 悠紀雄
「超」整理法〈3〉
諏訪 邦夫
情報を捨てる技術―あふれる情報のどれをどう捨てるか
カレン・キングストン, 田村 明子

ガラクタ捨てれば自分が見える―風水整理術入門

捨て方技術研究会
今すぐできる「捨て方」速攻トレーニング

川北 義則
モノの捨て方で人生が変わる―“心のバブル”はこうして解きなさい
飯田 久恵
「捨てる!」快適生活―部屋スッキリの法則

辰巳 渚
もう一度「捨てる!」技術
ミシェル パソフ, Michelle Passoff, 羽生 真
「困ったガラクタ」とのつきあい方―ミラクル生活整理法
板垣 康子
「捨てる!」決心―「捨てる!技術」だけでは捨てられない
板垣 康子
モノを大事にする人は捨て方がうまい

■「捨てる」ためにこれだけ買った!


いや、こんなものではない。一時は、もっともっと、あったはずだ。あまりに多いので、いつのまにかなくなってしまったものがあるのだ。


こういう本をこれだけ必要とする、病んだ自分の生活がここにある。そして、こういう本が売れる(たしか、この種の本の嚆矢である辰巳渚さんの本なんかベストセラーだった)ところに、現代の歪んだ文明の様相が透けて見える思いである。


今年もついに今日で終わり。これだけの文献を駆使して、大整理敢行。一月半がかりでようやく終わった。心の垢が洗い流せた。


来年は諸賢にとっても、よい年でありますよう。



■激動するシーズンに


お馴染みB県教育委員会の会議傍聴も、薫風の季節となった。この年のゴールデンウィークは「オウム事件」の余波で、物々しい警戒態勢のうちに過ぎた。日本中がテレビの前に釘付けになり、また、一方では、例年にも増して大勢が‘国外退避’を果たした。


そんな大型連休の余韻醒めやらぬ日、B県教育委員会の定例会議が開かれた。この日も1名の委員が欠席、委員長以下4名の委員と教育長にて会議が開かれる。他に、10名の理事者、および総務の2名の担当者が席に着いた。


午後3時、いつものように温和な委員長の宣言で幕が開く。本日のメインは、諸学校の教科書採択をめぐるもののようである。



■興味津々「教科書問題」と言いたいが、


冒頭、理事者の説明がある。「教科書選定審議会」なる機関より答申があった旨、報告される。これは聞いているだけではわかりにくいが、かくなる機関に諮問して、教科書選定についての答申を受ける。それを採択して、選定の原則を定めるという手続きらしい。説明は、10分そこそこで終了する。


委員長から「ご苦労さんでした」と、これまた恒例のねぎらいがある。同じく委員長より「平成8年度から全面改定になるのか」「本年度より週5日制が月2回に増加するが、その絡みがあるのか」との質問が発せられた。理事者は「そういう絡みでは、特に何も聞いていません」と答えたようだった。


任期の限られた委員たちであり、過去からの継続性もことごとく熟知しているわけではなかろうし、あまつさえ「レイマン(素人)」を標榜する教育委員会であれば、こうした質問が出るのもうなずけなくはない。しかし、形式的には、「答申」というのは行政庁たる当の教育委員会が審議会に諮問したからこそ出されたものではないのか。であれば、その当事者機関の長がこのような認識では、いささか心もとない気もしてくる。とまれ、この件は5分に満たない質疑の後、原案通り無事可決された。


続いて、同じく高等学校の教科書採択方針に関してである。同様にして、理事者の説明。くだんの審議会が作成する目録の内から選定せよとの趣旨らしい。説明は5分で終了。「調査委員会の役目は?」と、女性委員から「調査委員会」の名を知らされた。しかし、当の委員自身もやはりよくこの機関についての明確な認識を持たず、まっさらの状態で初歩の質問をしている様子だった。


また、他の委員より、かくなる方針に基づいて選定された教科書が教育委員会で否認され差し戻しとなった例はあるかという、いみじくも興味深い質問が出された。「ずっと以前に、1回だけその例があったと記憶しています」というのが、理事者の回答だった。


「複数の教科書を学校で選ぶことは可能か」「複数採択の意味は」「能力別のクラスを設けた場合、二元的な教科書の使用は可能か」などの質問が相次ぎ、「教科書政策業者の流す情報に選定当事者の判断が左右されることはないか」との注意も促された。かくして、これまた十数分のやり取りをもって、原案通り可決と相成った。


続いて、県立義務教育諸学校の、そして、盲学校・聾唖学校、養護学校の教科書採択方針についての議案が同様に処理される。ただし、「原案通り決定」の速度はますます可決し、新幹線のようなスピード感をもって快調にとばされていく。議案はことごとく、5分以内でかたづけられた。



■改めて、教育委員会って何だ?


その後、日程第二として「その他」というプログラムが設けられているが、これについては一同発言なし。そして、開議後50分くらいを過ぎようかというころ、以後の議案は人事関連となり、恒例の「秘密会」宣言がなされた。


そして、その秘密会への出席者は本日出席の全職員と指定される。ようするに、傍聴者だけ退席せよとの謂いだが、これをお役所的に持って回った言い方にすれば、かくなる表現となる次第である。そして、すかさず、「恐れ入りますが、傍聴者の方にはご退出を願います」と、今度は標準語に翻訳された退場命令が委員長より言い渡される。


この日の会議は、諸学校における教科書採択をめぐるもので、教育上重要な論題となりうるものであろう。しかし、諸委員から今さら出される質問は問題のイロハに関わるような初歩的なものであり、基本的認識が一般住民から大きくかけ離れるものではないことをうかがわせる。しかも、手持ちの材料も不足しているため、おのずと討論も発展しない。これをもって、教育行政は事務方ペースで基本的に推進されており、(狭義の)教育委員会(これこそが行政庁で、法的にも最高権限を持つであろうはず)は‘追認機関’の役割を演じているものであるとの感をますます強める結果となった。


もちろん、それぞれ委員諸氏も健闘しているであろうし、その労苦に対して終始冷淡なまなざしを向けることは控えたい。また、我らレイマン(素人)を代表して、実に初歩的な疑問を委員が理事者にぶつけてくれることも、それはそれで大いに意義のなることではある。しかし、それならば、もう一度徹底して、この行政庁の性格なり、制度の根本を見直す必要があるのではないか。傍聴をすればするほど、そんな思いが募ってくる。


例えば、教育庁(つまり、広義の教育委員会)という執行機関を監視する機能を強化するとか、チェック機関としてのみ機能するよう任務を純化するといったことなどである。どうせ政策立案、構想提案、制度構築を主体的に行なう力量を持ち得ない現状であるなら、そこからは切り離して、むしろ、執行機関たる広義の教育委員会と対峙する形にしたらどうかということだ。


さらに極論すれば、教育行政は首長部局に任せてしまって、制度的にも、法的地位も第三者機関に改組してしまうといった議論さえありだろう。


いずれにしても、今のままでは、教育委員会は首長(知事や市長)の代行機関のようでもあり、追認機関のようでもあり、監視者のように時に見えなくもなく、それでいて半ば当事者のようでもあり、見ていてその立場が不鮮明、中途半端きわまる。


それがため、委員個々人の努力や誠意とは裏腹に、この‘ヌエ的’な性格の行政機関が教育行政を、ひいては公教育をよりわかりにくいものとし、住民の目を覆ってしまう。責任の所在を不明瞭にする。こうした有害無益な効果を発揮しているのではないか。もっとも、これこそ、権力側の狙いかもしれないが。だとすれば、教育委員会は‘見事’な政治的作品だと言える。


 《今回は、ここまで》

■教育周辺が論じられ


前日のA市教育委員会傍聴に続いて、‘連チャン’の傍聴となった。時節は、弥生。この日はいつになく、午前10時と早い開会。向うは、いつもの雑居ビル5階、県教育委員会会議室だ。開議時刻間際に着いたが、やはり、この日も他に傍聴者などいない。


手続きを終え、開会前ながら担当者の計らいで中に通される。この日も、傍聴者用の4席がつつましく並んでいる。ほどなく、関係理事者、委員一同参集。委員の1名は今回も欠席、理事者11名、総務担当者2名が着席する。


手元の時計では予定時刻を少し過ぎた10時3分、委員長より開会の宣言。前日のA市教委と同じく、規則の一部改正に関する審議が続く。理事者説明、質問、討論、採決のコースで進むが、ほとんどの事案に、質問、討論はなく、ことごとく原案通り可決。能率よく片付いていく。


一体、市教委の場合もそうであるのだが、教育委員会の会議という場で論じられる議題というのは、おしなべて、規則の文言をどう変えるか、学校で使う食器や体育館の用具がどうであるとか、付属機関の委員を誰に委嘱するかといったものが実に多い。さもなければ、‘非行教師’の懲罰評定だ。教育行政全般に責任を持つ行政庁であることを思えば、これらも等閑に付せない重要時であることを否定はしない。しかし、一般が考える「教育」のテーマとは、どうも少し違うのである。言わば、‘教育周辺’の問題である


学童・生徒に、当県(あるいは、当市)としてはどのような教育を施すのがよいのか、今、初等教育、中等教育に求められるものは何なのか、どうすればイジメ問題を軽減できるのか、その他諸々、教育の原点、あるいは、教育行政の根幹に関わるような議題は驚くほどめったに登場しない場であることがわかる。では、そうしたことは、どの場で、誰が、どのように論じているのだろうか、との疑問も湧く。



■少しは教育論議もあったが


しかし、間もなく、県立高等学校の管理運営規則の改正に関する問題で、県立農業高校の全寮制廃止に伴う規則改正の問題が論じられた。


ここで、女性の一委員より質問が発せられる。同委員は、冒頭に、この学校の存在を知らなかったと率直に告白した上で質疑する。そのような寄宿生学校が持つ意義や、廃止に至った理由など、しばらく質疑応答が続く。いくぶん、教育論議の様相を呈してきた。しかし、それも束の間、10分ほどで幕となる。


さて、上の議案がまたもや原案通り可決となり、いよいよ秘密会。これは、前もって電話で事務局に照会した際に告げられており、既知のことだった。


「これより先、人事案件につき」と、委員長の口上で「秘密会」の決を採り可決。すでに事務局が把握していて前もって当方に伝えている秘密会。しかし、ここで委員長が始めて採決するのは、やはり、欠かせぬセレモニーと言えようか。


秘密会への出席者に当会議出席の全職員が指定された。すかさず、「恐縮ですが、傍聴の方には語退席をお願いいたします」と、委員長から丁重に所払いされた。会議が始まってから30分足らずの、午前10時31分であった。



 《今回は、ここまで》

■一番、センター、教育長か?


A市教育委員会の会議傍聴は、今回で3回目。会議時刻午後3時の少し前、いつものとおり、事務局に顔を出すが、会議に出る総務担当者すでに議場に行った模様で、いない。他の職員に断り、当方も会議室に向う。


この日の議場は、いつもの部屋のお隣である。扉の開いた会議室を覗くと、中にいた担当者が早速この‘常連’の顔を見つけ、戸口まで歩み寄る。例によって廊下の椅子を勧められ、しばらくしたら入室。所定の手続き。いつものコースだ。


ほどなく、委員長が議場に到着。担当者が傍聴許諾の可否を尋ねる通例どおり、「はい」の一言、委員長は傍聴承諾。この日もまた、傍聴者は我1人。外から見たら、さぞかし奇異な風景だろう。


この日の会議室はいつものと広さは変わらないが、レイアウトが若干異なり、傍聴席も6席でいつもより3席少ない。不要な机と椅子が室内後方にまとめて寄せられている。小学校時代、学芸会の際に学習机を寄せて築いたあの急造ステージを思い出す。いずれにしても、‘貸切’だ。


午後3時、定刻どおり開幕、ではない開議だ。早速、委員長殿、本日の「秘密会」の可否を問う。「総員挙手」と総務の朗誦、あっさり決まる。当日も議案のいくつかが人事案件に当たるため、秘密会を設けるらしい。


第一の儀式、「会議録署名人の指名」。これには、教育長が指名される。トップバッターは、イチローのごとくいつも教育長だ。さっそく、その教育長報告。これは、前回会合以降本日までの事務処理の報告であり、かなり迅速に進められる。逐一メモすることはなかなか困難。ただ、この日の教育長報告では、折から開会中の市議会においての教育行政に関する質疑の概要がおおざぱニ伝えられた。教育委員会からは、教育長が市議会に出席したものだろう。


続いて、この季節の風物詩である「卒業式」が私立の小・中学校、高校でそれぞれ挙行されたこと、教育賞受賞者の選考が行われたこと、市内で「成人駅伝」が開催されたこと、素人名人の将棋大会があったこと、などなどが報告され、5分ほどで終了。質問もなく、議事に入る。



■結果はいつも満場一致


聞いていると、この日に通常会(つまり、秘密会でないもの)で行なわれる議事は、教育委員会諸規則の一部改正に関するものばかりのようだ。例えば、図書館の職員や学校教職員の勤務時間に関する規則中の改正や市立学校の文書取扱規則中のそれなどだ。


総務が議案を朗読、理事者説明。質問(たいがいの議案について質問なし)。委員長より「質疑打ち切り」の宣言。討論(たいがいの議案についてなし)。委員長より「討論省略」の宣言。そこで、採決。みごとなまでに「総員挙手」の満場一致。


ここで話し合われたことがどういうことかと言えば、学校の週休二日が月に1回から2回に変わった。当然、それに対応して、規則中の文言が変わってくる。その改正点を、ここで決裁しているようである。いずれにしても、見ていて少し行政に関心を持つ当方には感興惹かれるものがあるが、話の中味はすぐれて技術的な問題で、あまり‘市民向け’ではない。しかしながら、先方から招かれたわけではなく、こちらからの押しかけだから、ここは謹聴あるのみだ。


記憶するところでは、委員から理事者に質問が出されたのは第13号という議案で、「市立学校文書取扱規定中改正について」というものだった。平易な文書は押印が省略できるというくだりに関して、その判断基準はどこに求めるかというような質問だった。それに対し、総務課長は、総務のマニュアルに準拠してというような回答をしていた。


いずれにしても、30分そこそこで、つつがなくこれまでの議事は終了。これより先、またあの「秘密会」となる。この間、ざっと6件の議案がさばかれる。午後3時34分、関係理事者以外退室とのお達しが、委員長より下る。総務担当者がいち早く戸口に走り、退出する理事者たちを見送る。たった一人の傍聴者も、それに続く。残る理事者を数えると、4名ほどであった。



 《今回は、ここまで》


■あっさり決まる委員会


一通りの質問が済むと討論となるのだが、発言する委員がなく、討論は省略された。早速、採決となる。全委員が挙手。「総員挙手」と総務が口誦。これまた、お決まりのコースである。あっさり、原案通り可決となった。質問開始から50分弱である。

細かい問題、大きな問題、ないまぜとなって質問され、しかも、討論なくいきなり可決。教育行政を根本から制約する予算案の審議に際して、あまりにも形式的な手続きであると感じざるを得ない。

わずかこれだけの時間で、種種雑多、総花的に質問を呈し、それで深い議論が尽くせるはずもなく、とてもこの場だけで解決できる問題であるとは思えない。やはり、実質的な意思決定は他の場で行なわれ、‘ほぼ既定’の事実としてここに上げられ、追認される。そんな脚本で進んでいるとしか見えないのである。


第一、ここで白紙から議論を行なえば、根底から議案を覆すような発言を始める委員がいてもおかしくない―それだからこそ、会議を行なう意味があるのだが―、ならば、かくも整然と議事が常に進行するものではないだろう。もっとも、現行制度では首長に任命された委員だけだから、そんな反逆的な人物はいないか。それならば、会議など、意味もない。


ともあれ、本日のメイン・イベントはこれにて無事終了。これから、人事に関する案件に移る。冒頭の決定どおり、「以後、秘密会とする」旨を委員長が宣言、関係理事者以外の退室命令が下った。唯一の傍聴者とともに、理事者たちも大挙して会議室を出る。手元の時計で午後4時32分であった。




■やっぱり、すごい 教育委員会


この日の議事日程は、次のとおりである。


 ●開会宣言
 ●会議録署名人の指名
 ●教育長報告
 ●議事
  ◇平成6年度 一般会計補正予算教育委員会関係議案の提出について
  ◇平成7年度 一般会計予算教育委員会関係議案の提出について
  ◇私立高等学校および私立幼稚園の教育職員の給与等特別措置条例中改正議案の提出について
  ◇個人情報の一部開示処分に関わる異議申し立てに対する決定について
  ◇学校職員の人事の専決処分の承認について
  ◇某公民館運営審議会の委嘱について


これだけを、2時間でやってしまうのだから、すごいと言えばすごい。



 《今回は、ここまで》