不明を恥じる、朔旦冬至

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ここには何度も父のことを書いているが、先ほど、これまで全く欠けていた視点に気がついた。

それは、父の無念だ。

これまで、私は、父を亡くした小学生の頃の気持ちのまま、父に生きていて欲しかった、悲しかった、と嘆いてきた。手にした幸せはいつか消える、という信念に支配されていることを、父のせいにして、嘆いてきた。
ある意味、父の早逝を、責めていた。

父のことを思いやるとすれば、
せいぜい、父の享年より上になったことで、父も、きっともっと生きていたかっただろう、母や私たちのことを遺すのは心配だっただろう、と感慨に更けった程度だ。

人の親ではない私には、その程度しか父に共感できないし、それで足りると思っていた。

ところが、ふと、弟になぞらえて考えてみたら、全く違うものが見えた。

もし、弟が妻子を遺して死ぬことになったら。
彼は、ありとあらゆる使いうる手段(私も含めて)全てを使って抵抗を示し、生き抜く努力をするだろう。
それは、家族のためはもちろんのこと、彼自身の人生のために。

彼自身の人生のために…?

それは当然だ。
客観的に見て、大人に、その人自身の人生があるのは当たり前。
主観的にも、私は、彼の家族のこと以外にも、彼の人生があることを、当然のこととして、受け止めている。弟とは、仕事や友人の話もするからだ。


しかし、父は違った。

私から見て、父は、あくまでも、私達兄弟を母と共に守り育ててくれる父親でしかなかった。仕事や趣味や友人を持っている一人の男性ではなかったのだ。
そこが、私が大人になってからも一緒にいた母とは違う。母は、母親であり、同性の先輩・友人でもあった。

父も一人の男性であることを知るには、父と私の今生の別れは、早すぎた。
対父という観点からは、私は、いつまで経っても、10歳で時が止まっていた。
だから、いつまでも、心の奥底で、泣いていた。パパ、どうして私を置いて死んじゃったの、苦しいよ、幸せだった分悲しいよ、と。表層意識では悲しみを忘れていたかったため、抑圧していたから、余計に深層の悲しみは増していた。

つい先ほど、父を弟になぞらえて捉え直してみることで、やっと、父も一人の男性であったことが、心底腑に落ちた。
やっと、だ。30年以上もかかった。

そうすると、本当に、心から、父が気の毒になった。
37歳の若さで、この世を去らねばならなかったなんて。
家族を遺して心残りだっただろうことはもちろん、それも含めて、父は、父の人生は、まだまだこれからだったじゃないか。
もっと長生きできていたなら、大好きな車も買えただろうし、仕事で出世したかもしれない。母ともっと美味しいものを食べられただろうし、私達兄弟が社会人になって、結婚するところも見れただろう(私は離婚したが)。

そんな父の気持ちを、これまでずっと理解せずにいて、本当に、申し訳ないと思った。

私は、自分の喪失にばかり焦点を当てて、父の喪失に、全く目を向けようとしなかった(正確には目を向けるフリだけしてた)。

この不明を、心から恥じる。

でも、遅くとも、今、気が付くことができて良かった。

もう、私は、父の無念に共感して、痛みを分かち合うことができるくらい、大人なのだ。
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受け流す

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先月から、忙しかったり風邪を何度も引いて寝込んでいたりしたため、ブログを放置しっぱなしでした。

正確に言うと、ここ2日間も、熱で寝込んでいたのですが。
今年は風邪の当たり年らしく、参ってしまう。

ただ、体調面の不調はともかくとして、精神的には、非常に穏やかで楽しい日々でした。
一見嫌な出来事にも、経験を積ませてもらった、自分の常識が全てではないと気づかせてもらえた、と感謝できるくらい、安定していました。

私について、いろんな人が、いろんなこと(ネガティブなことも含めて)を思い、時には、ネガティブな思いを何人かで共有しているんだろうなあ、と感じることもありましたが、まあいいか、という感じ。

仕事のことではないし、
プライベートなことでも、後ろ暗いことはないし。

もちろん、プライベートなことを、自分のいない場所でネタにされて、頭に来ないはずがありません。

でも、仕方がないのです。
他人を変えることはできない。

それに、このタイミングで何か反論などをして、果たして、自分が死ぬときにどう思うのか。
きっと、ああ、ムダなことをした、もっと有意義なことに時間とエネルギーを注げば良かった、と思うことでしょう。

だから、

相手を批難したい自分も、狭量だなと自責する自分も、相手を小バカにしたくなる意地の悪い自分も、小さなことに傷ついてる小さな自分も、 いったん抱き締めて、手放してあげよう。

そして、関わらないでいよう。

できれば、そういう相手にも、本物の優しさを差し出すことができるようになりたい。罪悪感を抱かせて支配するための優しさではなく。
難しそうだけど。
       
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見返りを求めることは

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人に何かをした場合、見返りを要求する。
人に何かをすることを選んだのは自分なのだから、見返りは要求しない。

どちらが正しいんだろう。

子どもの頃、私は自分が損をすること(対価を得られなかったり、不公平な扱いを受けること)に敏感だったため、よく、「私ばっかり(損してる)」と、口癖のように言っていた。
今にして思えば、そんな口癖がついたのは、弟が生まれたことで親の関心を自分一人が独占できなくなり、その上「お姉ちゃんなんだからしっかりして」とプレッシャーをかけられて、苦しんでいるところに、弟が甘やかされているのを見て、嫉妬し、母に「もっと私を見てよ」と要求したかったからだと思う。

母は、私の「また私ばっかり」を聞くとイライラしたらしく、私の口癖を止めさせようと、かなり厳しく私を叱った。
怒る理由について、母は、①損得勘定ばかりするような人間は嫌い、②そういう人間は大人になって周りの人にも嫌われ苦労する、と言っていた。

一見、もっともな理由だと思う。
確かに、今の私は、損得勘定ばかりする人は嫌いだし、そういう人を見ると、もっと鷹揚に構えた方が人に好かれて結局は得なのにね、と思う。
ただ、あの母の怒り方をみると、理由はそれだけでなく、きっと、心の中で感じていた罪悪感(弟のことで精一杯で姉の私まで面倒を見たくてもできない、といういっぱいいっぱいな状況)がそうさせたんじゃないかと思う。

だが、子どもの私にそのような母の心情まで理解できる筈もなく、私は、ただひたすら、口癖を止めることに精一杯だった。
そして、損得勘定は悪いこと、という強い刷り込みができてしまい、そこから派生して、人に見返りを求めることも良くないことのように感じるようになった。

一方で、人に何か利益となることをして、見返りを求めることは、本当にいけないことなのだろうか、という疑問も、常にあった。
見返り=対価を否定するようでは、ビジネスなど成り立たなくなってしまうからだ。

この葛藤は、今の仕事を始めて、より顕著になった。

私の仕事の商品は、モノではなくて自分に投資をして努力して得た専門知識や経験値といったサービスだ。
たとえ身内や友人からのお金にならない「ちょっと教えて」という質問でも、プロとして答えている以上は、有料の法律相談と同じレベルの回答をする。それがプロの責任だから。

無料で答えたことについては、私自身が、その人との関係性や恩義に答えたい気持ちや助けになりたい気持ち等を考慮して、長い目で見れば自分にとって得(経済的利益に限らない)だと判断した上での行動だ。
つまり、お金の見返りは求めない、と自分が決めたことだ。
これ以上は無料でサービスはできない、というときは、その旨きちんと話す。

それでも、私は、感謝をして欲しい、と思ってしまう。
お金を要求しない代わりに、気持ちを要求してしまう。

こういう風に考えることも、見返りを求めることになるんだろう。


見返り云々については、長い間、私の課題だった。
だが、なかなか、これという答えが出ない。気持ちがしっくり落ち着いて、かつ、納得できる理屈も立つところまで至らない。

身体の声に従おう

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本当に、風邪が長引いている。

熱→治りかけ→熱→胃腸→鼻→喉、
と来ていて、
未だに食欲不振だし、微熱があるし、咳も出る。

これは、無理するな、という身体の声に違いない。

無理せず。
今日も無事に1日を過ごせたことを感謝しながら。

日々を過ごそう。

見方を変える

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ここ最近立て続けに、ほんの少しモノの見方を変えるだけで全く印象が違う、ということを体験した。

一つは、自分が苦手意識を持っていて、嫌われていると思っていた人に、悪気がなかったんだな、と気がついたこと。
被害妄想はほどほどに。
自分をもっと信じよう。

もう一つは、過去を水に流したがっているんだな、と思っていた人が、もっと大人になっていたこと。
人を見下すのもほどほどに。
大人になったのは自分だけじゃない。


人はやっぱり、鏡だなあ。

自分に優しく

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ここ最近、年下女子から恋愛(失恋)相談をされている。

正直、私よりもっと適任者がいるんじゃないの??と思わないでもないが、何故か私に白羽の矢が立ったので、話を聞いて、時にはアドバイスを偉そうにしている。

その一連の相談で言ったこと。
「自分に優しくしてあげて」

ただでさえ、別れたことで心に大きな傷が出来てしまっている。
余りに大きな傷だから、たった2、3ヶ月で癒えるはずがない。
だから、自分に優しくして欲しい。

あの時こうすれば良かった、などと過去の自分を責めるのでもなく。
あんな人、別れて良かったんだ、などと相手を悪く思う自分を、嫌な人間だ、と責めるのでもなく。
そういう風に後悔したり相手を悪く思ったりすることは、自然なことだ。
怒っていいし、泣いていい。

新しい関係

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引っ越して、主な勤務場所が変わったから、当然といえば当然なのだけれど、新しい友達が増えた。

この歳になって、友達ができるとはあまり思っていなかった。

でも、この歳だからこそ、人それぞれの生き方と自分の生き方の両方を尊重し合える、良いお付き合いができるのかもしれない。

嬉しいことだ。

デパート

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お祝い品を買いに、銀座のデパートへ行った。

免税効果か、外国人観光客が多かった。

寝具コーナーで、目当ての品を買った。

少し、ブラブラした。
催し物会場でイタリア食品フェアをやっているのを見て、ジェラートを食べたり、
洋服や財布を見たり。

思いの外、ものすごく、楽しかった。
ワクワクしながらデパートに行った子どもの頃や若い頃を思い出して、じんわりと涙が出そうになるほど。

もう何年も、こんな風に目的なくデパートをブラブラしたことはなかったように思えた。

たぶん、何年も、というのは大げさなのだが、
確かに、近年は、目的の品を買ったらさっさと次の目的地に行くことの方が多くなった。

インターネット技術の発展により、いつでもどこでも、自由に買い物ができ、人と連絡を取り合うことができ、だからこそ時間を「目的」に合わせて切り取って使い「無駄」を省く、そんな世の中になったからこそ、
実際に、色々な角度から見て、触れて肌触りを感じ、香りを味わって、贈る相手を思ってモノを選び、包装を待つことや、
空いた時間にフラリと思いもかけない寄り道をすることが、
とても贅沢に思えたのだった。


デパートは、やっぱり、キラキラした夢の箱だった。
客層や商品が時代によって変遷しても、大食堂のお子様ランチの時代から、私にとっての輝きは変わらない。