史跡へ行こう!ブログ

全国の史跡中心の紹介ブログです。
国宝,重文建造物や現存木造塔婆が多いですが、
一風変わった史跡や風景も掲載していければと思います。
写真撮影に関して気になることがあった場合
コメントしてます。


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瑠璃光寺。
山号は保寧山。曹洞宗の寺院。
創建は文明3年(1471年)、開山は大庵須益。
応仁の乱で戦死した陶弘房の夫人妙栄大姉が、
夫の菩提を弔うために山口の仁保に建立し
当初は安養寺と称した。
明応3年(1494年)、伽藍を隣山に移し瑠璃光寺と改めた。
その後元禄3年(1690年)に現在地へ移り今に至る。

その現在地には、応永2年(1395年)に大内氏25代義弘が
建立した香積寺という寺院あり、五重塔は香積寺の遺構。
応永6年(1399年)、応永の乱において義弘が戦死。
義弘の弟盛見が兄を弔うために五重塔建設を開始する。
盛見自身も永享3年(1442年)に戦死するが、
五重塔は嘉吉2年(1442年)に完成した。

その後慶長9年(1604年)、関ヶ原で敗れた毛利輝元が
居城を萩とした際に香積寺も萩に移し、
元禄3年(1690年)に仁保の瑠璃光寺が跡地へ移ってきた。

現在境内とその周辺は香山公園として整備されている。


$史跡へ行こう!ブログ-瑠璃光寺入口
瑠璃光寺の入口。


$史跡へ行こう!ブログ-瑠璃光寺五重塔01
庭園と五重塔。
五重塔は境内右手(北側)に見える。

$史跡へ行こう!ブログ-瑠璃光寺五重塔02
五重塔。
大体和様建築だがごく一部に禅宗様を取り入れる。
嘉吉2年(1442年)建立。
高さ31.2m。
国宝。

$史跡へ行こう!ブログ-瑠璃光寺五重塔03 $史跡へ行こう!ブログ-瑠璃光寺五重塔04
五重塔東側(左写真)と南側(右写真)。
2層目のみに高欄がある。
慶長4年の香積寺移転の際、五重塔も解体予定だったが
山口の人々の強い要望で跡地に残された。
内部には阿弥陀如来像、大内義弘のブロンズ像が
安置されている。

$史跡へ行こう!ブログ-瑠璃光寺山門
山門。
この先が本堂。


$史跡へ行こう!ブログ-瑠璃光寺石殿
石殿。
慶安3年(1650年)造立。
瑠璃光寺がまだ仁保にあった頃、
寺の鎮守として造られた。
今まで仁保の旧地に残っていたものを
移し祀っている。


$史跡へ行こう!ブログ-瑠璃光寺廻廊と鐘楼
廻廊と鐘楼。
梵鐘は市指定文化財。


$史跡へ行こう!ブログ-瑠璃光寺本堂
本堂。
本尊は薬師如来。


$史跡へ行こう!ブログ-瑠璃光寺資料館 $史跡へ行こう!ブログ-瑠璃光寺資料館02
瑠璃光寺資料館。
全国の塔の模型やパネルなどを展示している。


$史跡へ行こう!ブログ-鶯張りの石畳
うぐいす張りの石畳。
境内の南側に位置する。
このあたりで手を叩くなどすると、
美しい音が返ってくることからそうよばれる。
人為的に造ったわけではないらしい。


$史跡へ行こう!ブログ-毛利家墓所
香山墓所(萩藩主毛利家墓所)。
うぐいす張りの石畳の先にある。
13代毛利敬親などの墓がある。



所在地  山口県山口市香山町7-1
境内自由(資料館は 09時~17時 ¥300)
駐車場  有(無料 100台位)



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明王院。
山号は中道山。真言宗大覚寺派の寺院。
元は「常福寺」という寺院。
大同2年(807年)空海の開基と伝わる。
本尊の木造十一面観音立像も平安時代前期にさかのぼる作。
江戸時代に福山初代藩主水野勝成が福山城を築くと、
裏鬼門鎮守のため祈願所と定められ、3代藩主勝貞の時、
城下からこの地に明王院を移し現在に至る。


$史跡へ行こう!ブログ-明王院十王堂
十王堂。
境内の入口付近に建つ。


$史跡へ行こう!ブログ-明王院山門01
山門へ続く階段。
本堂、五重塔はこの上。


$史跡へ行こう!ブログ-明王院山門02
山門。
慶長19年(1614年)建立。
県指定文化財。


$史跡へ行こう!ブログ-明王院本堂01
本堂。
東向きに建つ。
和様を基調とし禅宗様と大仏様を交えた折衷様。
元応3年(1321年)建立。
国宝。

$史跡へ行こう!ブログ-明王院本堂02
本堂内部の厨子に本尊十一面観音立像を納める。
本尊は秘仏(33年に1回開帳)で国重要文化財。
内部外陣の輪垂木天井は黄檗宗の寺院には見られるものの
中世のものでは珍しい手法らしい。
(黄檗宗は江戸時代に開かれた宗派。)


$史跡へ行こう!ブログ-明王院五重塔01
五重塔。
本堂左に東向きに建つ。
純和様。
貞和4年(1348年)建立。
高さ29.14m。
国宝。

$史跡へ行こう!ブログ-明王院五重塔02
初層内部は極彩色壁画と装飾文様で彩られている。
本尊大日如来坐像、脇侍不動明王坐像と愛染明王坐像を安置。


$史跡へ行こう!ブログ-明王院愛宕神社鳥居
五重塔脇からのびる愛宕神社の参道。

愛宕神社は明王院の鎮守社であったが、
明治の神仏分離により現在は明王院と隣接する
草戸稲荷神社に属しているらしい。


$史跡へ行こう!ブログ-明王院鐘楼
鐘楼。
正保4年(1647年)建立。
市指定文化財。


$史跡へ行こう!ブログ-明王院書院01 $史跡へ行こう!ブログ-明王院書院02
書院。
元和7年(1621年)建立。
県指定文化財。


$史跡へ行こう!ブログ-明王院庫裏
庫裏。
書院と同じく元和7年(1621年)建立。
県指定文化財。



所在地  広島県福山市草戸町1473
境内自由
駐車場  有(無料)





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宝福寺。正式には宝福禅寺。
山号は井山。臨済宗東福寺派の中本山。
創建年代は不明だが、天台宗の僧日輪が開山したとされる。
貞永元年(1232年)、当時の住職鈍庵和尚により臨済宗に改宗され、
この地に新しく伽藍を建立したと伝わる。
天正3年(1575年)、備中兵乱の際に三重塔とわずかの堂宇を残し焼失。
その後一時荒廃するが、江戸時代に入ると幕府などの援助もあり復興する。
雪舟が修行した寺院としても有名。


$史跡へ行こう!ブログ-宝福寺山門
山門。
明治時代後期の建立。


$史跡へ行こう!ブログ-宝福寺仏殿
仏殿。別名法堂。
江戸時代後期の建立。
ここに当山本尊虚空蔵菩薩が安置されている。

天井に描かれる「水飲み龍」と言う龍には、
里人が毎夜池に水を飲みに降りてくる龍を恐れて
目に釘を打ち封じたという伝説が残っている。


$史跡へ行こう!ブログ-宝福寺三重塔01
三重塔。
正面は東向き。
山門、仏殿、三重塔は一直線に配置している。
永和2年(1376年)建立。
県下では2番目に古い三重塔。
高さ18.47m。
国重要文化財。

$史跡へ行こう!ブログ-宝福寺三重塔02
三重塔内部には大日如来と
脇侍四天王を安置。


$史跡へ行こう!ブログ-宝福寺鐘楼
鐘楼。
梵鐘は応仁2年(1468年)に霊仙寺に寄進
されていたもの。
当寺に伝わったいきさつは不明。
梵鐘は県指定文化財。


$史跡へ行こう!ブログ-宝福寺方丈庫裡
方丈と庫裡。

$史跡へ行こう!ブログ-宝福寺庫裡
方丈。
江戸時代中期の建立。
方丈は雪舟が柱に涙で鼠の絵を
描いたという伝説のある場所だが、
当時の方丈は焼失しているので
現存はしていない。



所在地  岡山県総社市井尻野1968
境内自由
駐車場 有(無料 75台)



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如意寺。
山号は比金山。天台宗の寺院。
大化元年(645年)法道仙人の開基という。
仁寿元年(851年)には円仁が文殊堂を建立したとされ、
その後荒廃したものを、正歴年間(990~994年)に
願西上人により中興された。

本堂は戦後に老朽化のため解体され現在は礎石を残すのみ。
本尊は地蔵菩薩。


$史跡へ行こう!ブログ-如意寺仁王門
仁王門。
その他の堂宇はここから少し先にある。
仁王像は県指定有形文化財。


$史跡へ行こう!ブログ-如意寺文殊堂01
文殊堂の背面。
伽藍南端の傾斜地に建つ。
享徳2年(1453年)建立。
懸造の高床式となっている。
国重要文化財。

$史跡へ行こう!ブログ-如意寺文殊堂02
文殊堂。
内部には厨子があり聖僧文殊を安置する。


$史跡へ行こう!ブログ-如意寺阿弥陀堂01
阿弥陀堂(常行堂)正面。
鎌倉時代初期の建立。
市内最古の建造物。
国重要文化財。

$史跡へ行こう!ブログ-如意寺阿弥陀堂02
阿弥陀堂。
応永13年(1406年)、寛文12年(1672年)に
大きな改修を受けているそうだ。
本尊は阿弥陀如来。

$史跡へ行こう!ブログ-如意寺三重塔01
三重塔正面。
阿弥陀堂と対面した高台に建つ。
正面は西向き。
至徳2年(1385年)建立。
高さ21.33m。
国重要文化財。

$史跡へ行こう!ブログ-如意寺三重塔02
三重塔。
三層各階に大日・釈迦・多宝如来を安置。



所在地  兵庫県神戸市西区櫨谷町谷口259
境内自由
駐車場  無(道路脇に駐車するしかなさそう。)




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甚目寺。
山号は鳳凰山。真言宗智山派の寺院。
尾張四観音の1つ。
創建は推古天皇5年(597年)。
伊勢甚目村(いせはだめむら)の漁夫龍麿が、入り江での漁中に得た聖観音像を
堂宇を建て納めたことが始まりと伝わる。

この聖観音像は、敏立天皇14年(585年)に物部守屋、中臣勝海によって
海中に投じられた3仏の内の1体と言われている。
他の2体も拾われ、阿弥陀如来は信州の善光寺に、
勢至菩薩は九州大宰府の安楽寺にあるという。

7世紀中頃には天智天皇より宝鏡を下賜され、
天武天皇7年(678年)天武天皇より鳳凰山の額を勅賜された。
その後一時盛衰するが、康和5年(1103年)に七堂伽藍が再興。
また天治元年(1124年)には大地震の被害を受けたが、
建仁元年(1201年)に聖観上人により再興された。
16世紀末以降になると豊臣秀吉、徳川家の保護を受け繁栄した。


$史跡へ行こう!ブログ-甚目寺南大門
南大門。
入母屋造、柿葺。
建久7年(1196年)の再建。
梶原景時の普請。
県内最古の楼門建築。
国重要文化財。

$史跡へ行こう!ブログ-甚目寺阿形 $史跡へ行こう!ブログ-甚目寺吽形
南大門の仁王像。
慶長2年(1597年)福島正則の寄進。
県指定文化財。
近年の解体修理までは運慶作ともいわれていた。


$史跡へ行こう!ブログ-甚目寺境内
甚目寺境内。


$史跡へ行こう!ブログ-甚目寺三重塔01
三重塔。
東向きに建つ。
名古屋両替商吉田半十郎政次の寄進。
寛永4年(1627年)の再建。
各層とも三間四方。高さ28m。
国重要文化財。


$史跡へ行こう!ブログ-甚目寺三重塔02
三重塔西側。
愛染明王坐像を安置。
近年この像の修理の際に、内部からカプセル状の容器に
収められた胎内仏(愛染明王坐像)が発見された。
像の高さは6.6cmほど。
この愛染明王坐像は県指定文化材。


$史跡へ行こう!ブログ-甚目寺鐘楼
鐘楼。
梵鐘は県指定文化財。


$史跡へ行こう!ブログ-甚目寺東大門
東門。
寛永11年(1634年)の再建。
国重要文化財。


$史跡へ行こう!ブログ-甚目寺本堂
本堂。
平成4年(1992年)の再建。
本尊聖観音は秘仏で、50年に1回開帳する。
前回は平成13年の開帳なので次のお目見えは当分先。



所在地  愛知県あま市甚目寺東門前24
境内自由
駐車場  有(無料)





$史跡へ行こう!ブログ-漆部神社
甚目寺に隣接する漆部神社。
かつては甚目寺の鎮守社であったが、
明治の神仏分離で境内を分けた。
三見宿禰命を祀る。
漆器や塗料に関する守護神。

所在地  愛知県あま市甚目寺東門前11




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