サリンジャーが逝ってしまった
2010年01月30日 テーマ:書評
初めて読んだのは大学の頃でした。
当時は大学生に人気がありました。
中でも『ライ麦畑でつかまえて』は定番の一つでした。
でも特にどうとは感じませんでした。
むしろ『されどわれらが日々』(柴田翔)や『青春の蹉跌』(石川達三)などの方がしっくりきたものです。
それからずっと後になってもう一度読んでみました。
まったく違う印象がありました。
ライ麦畑の中を子供が走り回っている。
でも、崖から落ちそうになったらつかまえてあげよう。
そんな人間になりたい。
自分も彷徨っているけど純粋なものを失わないようにしたい。
そんなことを言ってるようでした。
子供は守るべきものの象徴だったのかも知れません。
しかし彼にとってはそれ以上の存在だったように思います。
『ナインストーリーズ』でそれを強く感じました。
その中のどれかにこんな表現がありました。
主人公が列車に乗っている場面です。
食堂車だったかも知れない。
乗り合わせていた一人の子供が彼のまわりにやってきた。
どうやら彼に興味があるようだ。
だが彼は愛想を振りまくわけではない。
話しかけもしない。
子供はおかまいなしに相手にしてもらおうとしている。
そうしているうちに決定的な場面になる。
どんな場面でしょうか?
それはこうです。
子供は彼の靴の上に乗って彼に近づこうとしていたのです。
細かなことは忘れました。
でも要はそんなことです。
それだけ。
それがどうして決定的なのか?
いかにも子供らしい仕草が細かく書いてあります。
子供に対する深い愛情を感じます。
きっと作者は無愛想な人間だと想像します。
子供に対してもそうだと思います。
でも包み込むような目で子供たちを見ていたのだと思うのです。
そう感じさせたという意味で決定的な場面だったのです。
私は彼のこの姿に強く感じるものがあります。
これが何十年もの時間を経て今に至った私と彼とのストーリーです。
その彼、J.D.サリンジャーが昨日逝きました。
91歳だったと聞きます。
きっと静かに去ったのだろうと想像します。
同じテーマの最新記事
- クラッシュ・マーケティング 12月06日
- ホメオスタシス 10月28日
- 「変化に対応する」ことのシンクロニシテ… 10月24日




