11月28日、亡き家族の死の責任を問う裁判の判決がありました。

残念ながら、地裁は医師の責任を全面的に認めませんでした。
ほぼ10年近い歳月をこの問題に費やしてきた訳ですから、正直、非常に落胆しました。いろいろ、皆様からメッセージやメールを頂いておりましたが返答する気が起こらず失礼致しました。
結果については、他の裁判の状況からも期待はしていませんでしたが、予想以上の酷い内容に珍しく動揺してしまいました。
問題解決の閉塞状況を打開する一つの手段として裁判に一縷の期待をかけていましたが、残念ながら司法も含めた根本的な改革が必要だということを再確認する結果となりました。この社会の病根は何処までも深いという事です。判決文を読んで感じたのは、「医師」を何が何でも守ろうと言う姿勢です。この日本社会には医師の責任を問うシステムがぽっかり抜けています。これは致命的な欠陥です。

皆さんもお気づきかもしれませんが、私は今まで、訴訟相手の名前も協力医師の名前も公開してきませんでした。理由は、その人を裁こうと言うのではなく、あくまで「罪」を問うという姿勢を貫いてきたからです。しかし、この裁判では相手方は「私と家族」の人格攻撃に終始しました。裁判所はそれを認め、全ての責任は原告にあるとしたのです。これは屈辱以外のなにものでもありません。私の怒りはさらに増大しました。
ですが、これからも、あくまで正式な手順を踏んで戦うことは止めません。正義はこちらにあります。
判決が出たので、相手方の情報も公開します。
それだけの証言をしたのですから、それなりの責任を負って頂くためです。

一番の壁は、医療過誤裁判における専門家信仰でした。
原告である私は唯の市民であり、被告は医師であり、裁判官も医療専門と言いながら、結局は自分で学ぼうとはせず協力医の意見に従うだけです。判決は、結局、裁判所がどちらの医師を信じるかで決まるということです。

訴訟の初期において、私の弁護士が探してきた協力医や薬剤師の意見書は私の納得のいくものではありませんでした。
「多剤大量処方がダメな理由を示すのは難しい」何人もの専門家が口を揃えてそういうのです。
そして、やむを得ず、私は自分で薬のことを調べることにしたのです。
ほんの少しだけ薬理学の基礎を調べただけで、その「多剤大量処方がダメな理由を示すのは難しい」というのは、その専門家たちの唯の無知と医療界の慣習に基づく発言であることに気が付きました。

そこから、私の不毛な戦いが始まったのです。
最終的にわたしは多剤大量処方がダメな理由を薬理学の基本に沿って明確に陳述書にまとめることが出来たのですが、私の示す数々の証拠をみて、私の弁護士が言ったのは、これを証言してくれる医師が必要だというのです。陳述書はあくまで陳述書であって、<span style="color:#FF0000">専門家の</span>意見書ではないため証拠にはならないのです。
私がまとめたことはことは薬理学の基本中の基本であって決して難しい内容ではありません。医学部や薬学部ではないその辺の大学生が1日勉強すれば理解可能なレベルの内容です。
この証拠をこの裁判に関わった様々な専門家が、自分で理解できないことの方が異常です。
はからずも、このエピソードは、多くの医師がこうした薬理学の基本も知らないで薬の処方をしていることを再確認することになりました。それは何も私の訴訟相手の医師だけではなく、多くの有名大学の精神科の教授も、さらには薬学部の教授も同じであったこともお伝えしておきたい。
だからこそ、罪が問えないのです。赤信号もみんなで渡れば怖くないということです。
医療過誤裁判では、その行為が現在違法であったとしても、それが当時広く行われる標準的な治療であれば合法と判断されます。

薬理的な論争していくうちに、私が最終的に基本的な姿勢として司法に求めたいと思ったのは、医療過誤裁判という医療という土俵での医師の過失(ミス)を問うことではなく、一般的な社会の常識として、当たり前のことを当たり前に裁いて欲しいということです。

100人の一般人にこう質問したらどうでしょう?

たかが不眠症の治療に11種36錠もの睡眠薬や抗うつ薬が必要でしょうか?
さらに、常用量の10倍で中毒死する薬を、2種類、最大用量の倍以上の量を外来患者に処方することをどう思いますか?
(これだけの脳に強く作用する薬を患者自身が管理できますか?)
さらに、その処方が無診察処方であったならどうでしょう?

このように質問したら、誰もがおかしいと思うのではないでしょうか?

しかし、実際の判決内容は、
1.被告の処方は許容の範囲である。
2.死因は薬物中毒が推定されるが、それは患者が服薬コンプライアンスを守らず過量に飲んだからである。
3.被告は忙しい時には、待ち合い室に出て行って患者を診たのだから無診察ではない。
というものでした。
どうやら、これは医療の世界では容認される治療だそうです。
お医者様のやることなら間違いはないという専門家信仰が司法の場においても根強いということです。

1については、被告側の協力医である琉球大学の近藤(精神科)、植田(薬理)両教授がこの処方が安全だという陳述を行い、裁判所はその意見を採用しました。11種36錠の処方でも、同じ処方で4か月経過している(血中濃度が安定している)のだから安全だと主張。証人尋問で彼らに自分たちはこんな処方をするのかと質問したところ、自分たちはやらないと返答しました。

2については、他のクリニックでも薬を求めるというドクターショッピング的な行為がみられたのは事実です。残念ながら私の家族は処方薬の薬物依存症になっていたということです。しかし、被告は尋問のなかで、自分の処方(初診から半年でバルビツレート酸を含む多剤大量処方となった)によって薬物依存症にした事を認めています。判決はこの事実を完全に無視しました。
薬物依存症というのは、そもそも、どんどん薬を求めるものです。誤解の無いように補足しておくと、私の家族のケースは、解剖において胃には少量の薬しか残っておらず所謂オーバードーズではありません。

3にいたっては、重要証拠であるカルテには『次回は受診したい』など無診察であったことが記載されています。待ち合い室に出て行って診察したというのは何の証拠も無い被告の唯の主張に過ぎませんが、判決はそれを認めました。例えそうだとしても、それが診断でしょうか?それはただの立ち話でしょう。

最終的に、裁判所は、全ての責任は患者本人にあるという判決を下したのです。

実は、判決前に心配していたのは、主に1及び2の内容についてでした。3については想像だにしていなかったことです。
無診察を示す証拠(カルテ)があるにも関わらず、待ち合い室に出て行って診察をしたなどという稚拙なただの主張を認めるはずがないと思っていたのです。


訴訟を起こしたいという100人の医療事故の被害者が居るとします。
しかし、実際に訴訟を起こせるのは100人に1人でしょう。
実際に裁判で何らかの賠償金を得られるのは、その内10人に1人か2人。勝訴的な判決となると1人も居ないでしょう。

私は、この1000分の1の戦いに挑んで一旦破れました。

そしてまた、この裁判を通じて、この社会の理不尽さを徹底的に味わいました。
これ以上の怒りを感じることはもう無いでしょう。
正直に言うと判決からの2週間の間は、放心状態でした。このとてつもなく厚い壁に言いようのない無力感にさいなまれました。
私が勝てないなら、数十万のデタラメ処方の被害者は誰も勝てないと思ってもいました。
実際、これほどの悪質処方は滅多にないし、死因(因果関係)も解剖で薬物中毒と判明していて、戦える材料に恵まれていたのです。
しかし結局、その壁の厚さを再確認することとなってしまいました。

だが、一つの社会的意義もありました。
北見赤十字の判決同様、裁判所は、当時は多剤大量処方は多数の医師により行われていたもので、現在のように多剤大量処方が問題とはなっていなかったと述べました。つまり、これからは多剤大量処方は医師の責任を問われることになります。

これが、この判決での唯一の救いです。

「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。」
丁度テレビでこの吉田松陰の言葉を紹介していました。
これからも、この言葉を座右の銘として淡々と闘っていきます。
どんな仕打ちを受けようとも。

(もちろん、上級審に行きます。どなたか2004年当時荻窪にあった太田クリニックでの無診察処方を証言頂ける方は居ませんか?)
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