BOXING MASTER/ボクシング マスター

輪島功一選手の試合に感動、16歳でプロボクサーを志し、ボクシング一筋40年。ボクシングマスター金元孝男が、最新情報から想い出の名勝負、名選手の軌跡、業界の歴史を伝える。夢と勇気と感動を与えるブログ。


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激闘を演じた金沢和良(アベ)選手との試合から2ヶ月足らず。世界バンタム級王者ルーベン・オリバレス(メキシコ)は、世界1位ヘスス・ピメンテル(メキシコ)を力でねじ伏せ11ラウンド終了TKOで王座防衛に成功。しかし、この試合は世界バンタム級王者として最後の勝ち名乗りとなる。


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"72オバレス・金沢 最高試合vs没落


72年3月19日。通算5度目の防衛戦相手に選ばれたのはラファエル・エレラ(メキシコ)。ボクシングキャリアは既に9年。途中3連敗も経験するなど、よく負けた。69年はチューチョ・カスティーヨに3回でKO負け。ラウル・クルス(柴田国明選手に初回KO負け)にも敗れた。


しかし、その後オクタビオ・ゴメス、ロドルフォ・マルチネスを撃破。エレラは負けを肥やしに苦労の末、世界のトップに躍り出てきた。ここまで13敗。まさにメキシコ版”雑草の男” である。

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「エレラじゃ勝てないだろう」


「いや、エレラは力をつけてきた。真面目な男だしチャンスはある」


メキシコシティ、エルトリオ闘牛場で行われたタイトルマッチはエレラの独壇場となる。


ボクシングスタイルは全く地味。派手なKOパンチもない。だが、エレラは最高にレベルの高いメキシコ・バンタム級戦線でもまれるうちに、体で覚えたテクニックを身に付けていた。中間距離から放たれる正確なパンチがオリバレスをことごとく捕らえる。


挑戦者のパンチで顔面を切り裂かれたチャンピオンの上半身は血だるま。


7ラウンドまでエレラのフルマークという一方的展開で迎えた第8ラウンド。エレラの見事な右ストレートがオリバレスを捕らえると、王者はそのままキャンバスへダイブ。血の海の中、キャリア初めてのテンカウントを聞いた。


ジョフレを越えるといわれた圧倒的強打は、練習不足ですっかりさび付いていた。


ミスターKO。怪物。天才強打者。スーパーアイドルが、地味な苦労人ボクサーエレラに、その王座を取って変わられたのは、なんとも皮肉な運命である。金沢選手が練習不足でなかったなら。ピメンテルがボクサー業だけに専念していたのなら・・・。


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メキシコのファンは27歳の新王者に大きな賛辞を送った。しかし、ボクシングは簡単にいかない。


エレラは初防衛戦であっさり王座を手放してしまう。9年かかって手に入れた王座を、たった4ヶ月で失うことになろうとは・・・。


パナマシティに出かけた王者は地元のエンリケ・ピンダーの挑戦を受けた。ピンダーは大場政夫(帝拳)選手に挑戦した”無冠の帝王”オーランド・アモレスのスパーリング・パートナーとして来日したばかり。


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試合は判定までもつれ込んだが、メキシコ人ジャッジも3ポイント挑戦者の勝ちとスコアし、最大11ポイント(10点法)差がつくエレラの完敗だった。


世の中、なかなかうまくいかない。しかし、これで落胆するエレラではない。雑草の男は、後日再びバンタム級王座に還ってくる。


新王者ピンダーは、WBCからロドルフォ・マルチネスとの対戦を義務つけられた。だが、ピンダーはこれを履行せずWBC王座は剥奪。ついにバンタム級王座はA、C分裂の時代を迎えることになる。  = 続 く =


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日本のボクシングファンは昔から、我らが英雄が打ち破られようとも、強い選手、一生懸命戦う外国人選手を応援してきた。フラッシュ・エロルデ(比)、チャチャイ・チオノイ(ラムフェーバー・タイ)等は、日本のリングでキャリアを積み世界王者となっている。


”無冠の帝王”ジョー・ メデル 日本人に愛された男


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ジョー・メデル(メキシコ)は、”ロープ際の魔術師”として日本のファンに恐れられ、そして愛された。ファイティング原田(笹崎)選手を初めてノックアウトに破った男の肩書きは、元世界バンタム級1位。キャリアの全盛期には、”黄金のバンタム”エデル・ジョフレ(ブラジル)が王座に君臨。


ジョフレを破った原田選手への挑戦がかなったときには、悲しいかな自らの全盛期は過ぎ去っていた。


「技術では私のボクサーは負けていない。原田の若さと、スタミナにテクニックを封じられた」


原田戦後のルペ・サンチェスマネジャーの言葉である。しかし、後年、原田選手をイメージして育てた元サッカー選手ペドロ・フローレス(メキシコ)が、V13王者具志堅用高(協栄)選手から世界王座を奪取。サンチェス氏はメデルの仇を討った。


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”67年1月、最後の世界挑戦に敗れたメデルは、目標を見失ったのか、勝てない選手に堕ちていく。36歳になったロープ際の魔術師”が、親日家のサンチェスマネと選んだラストファイトの地は日本だった。


1974年6月9日、後楽園ホールは2千人の観衆で埋まった。ミュンヘンオリンピック代表からプロ入り、以来9連勝8連続KO勝利を続ける”KO仕掛け人”ロイヤル小林(国際)vs元世界バンタム級1位メデル。リングの紳士メデルは日本で人気があった。


 関 光徳、坂本春夫、矢尾板貞夫、ファイティング原田、斉藤勝男、大木重良、金沢和良、・・・。61年8月の初来日で関選手を見事なカウンターブローで倒したのを初めとし、メデルは11人に渡る日本が誇るバンタム級スター達とグローブを合わせてきた。


日本で敗れたのは原田選手へ挑戦した世界戦と、キャリア晩年の金沢戦だけである。


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国際ジム高橋義徳会長が、両親に「私に3年間預けてください。必ず世界チャンピオンにさせますから」といって預かった小林選手は、プロテストで元日本王者で世界挑戦の経験もある岩田健二(金子)選手をダウンさせ、A級ライセンスを取得。 


大いに注目されたバロン熊沢選手とのデビュー戦こそ倒せなかったものの、以後順調に育っていた。


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井岡一翔デビューvs7連敗バロン熊沢の意地!


小林vsメデル戦はフェザー級契約。老雄は初回から小林選手の強打を浴び、早くもグラついた。3回には左目上をカットし苦しい展開。時折放たれるカウンターにも、往年の威力は消えうせていた。


そうした中で迎えた第3ラウンド。メデルは意地の一撃を見せた。


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グイグイ前進する小林選手の得意は左フック。


「サンドバック揺らせてさァ。あればっかりカシーン、カシーンって打ってたなァ」


メデルはその小林選手のお株を奪うような左フックを、”KO仕掛け人”にカウンターして見せた。大きく腰を落としたホープはキャンバスへ倒れこむ。しかし、小林選手は必死にメデルにしがみつき、二人はもつれ合うような形で一緒に倒れこんでしまった。


誰もが「ダウンか」と思ったシーンだったが、惜しいかな、裁定は「スリップ」。


メデルには”不運”という言葉も良く似合った。


以後、小林選手の若さに押されたメデルは、第6ラウンド日本で始めてキャンバスに落ち、カウントを聞かされた。傷もひどく、結局6ラウンド終了ストップで若きホープが順当に勝利。、貴重な経験をつんだ価値ある白星。


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メデルは日本のファンに接戦を詫びた。


政府の体育学校で後進を指導する他、食料雑貨店の経営も順調。しかし、気になるのは、「なぜ、ボクシングを続けていたんですか?」


「ボクシングが好きだからです」


「どうして日本を引退の花道に選んだのですか?」


「私の記憶には日本あまりにも懐かし過ぎるのです」


「全盛期の多くは日本で試合をしましたから」


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試合直後の後楽園ホールにテンカウントが鳴り響く。


19年間に渡るボクサー生活は、日本のリングでピリオドが打たれた。


最後を見届けたファンからは、惜しみない大きな拍手。


そして、メデルは泣いた。

生涯戦績112戦73勝(45KO)30敗9分。2001年1月31日没。


ラストファイトの相手、ロイヤル小林選手が世界王座を掴んだことも、”無冠の帝王”メデルの大きな誇りだろう。



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71年度の年間最高試合賞を獲得した世界バンタム級タイトルマッチから、僅か2ヶ月弱という信じられないインターバールで、”ミスターKO”ルーベン・オリバレスは世界1位ヘスス・ピメンテル(メキシコ)の挑戦を受ける為、イングルウッド・フォーラムのリングに立った。


「本当はもう少し休みたかった」は本音だろう。しかし、チャンピオンの自信はそんなことを許さない。


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1971年12月14日。フォーラムはバンタム級王者オリバレスと、ウェルター級王者ホセ・ナポレス(メキシコ)がそろい踏みのダブル世界タイトルマッチ。これは豪華な組み合わせだ。


ピメンテルは既に31歳。しかし、これが世界タイトル初挑戦である。思えばファイティング原田(笹崎)選手5度目の防衛戦の相手に決まりながら、直前でキャンセル。これを逃したばかりに、伏兵ライオネル・ローズ(豪)が原田選手から王座を奪取。


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ローズに目を付けたのが、ロスの大プロモーター、ジョージ・パーナサス氏。ローズはフォーラムで莫大なファイトマネーを得て、オリバレスに王座を譲った。その間、ピメンテルは連敗も経験し、69年3月には来日して金沢選手に9回TKO負け。既に最強の挑戦者の面影はない。


二線級を相手に勝ち続け、初のビッグチャンスを待ったピメンテル。試合前の予想は、3-1でオリバレス有利。金沢戦での14ラウンドに渡る激闘を、パーナサス氏はどのように考えていたのだろうか。


オリバレスにもダメージは相当あった。しかし、試合間隔を空ければまた怠け癖が出る。ナポレスとのWタイトル戦なら、チケットが売り切れること請け合いである。万が一ピメンテルが勝っても、それは自分の傘下の王者が変わるだけ。世界バンタム級王者のプロモート権は、パーナサス氏を離れない。


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これが84戦目となる遅すぎた挑戦者ピメンテルは初回から打って出た。しかし、これはオリバレスの思う壺。2回から激しい打ち合いとなった試合は、6回に王者がダウンを奪うとその後は一方的。


23歳のオリバレスは馬力に任せてピメンテルを滅多打ち。血まみれの挑戦者は良く持ちこたえたが、パワーの差はいかんともしがたく、11回が終わるとハリー・カバコフマネジャーが棄権を申し出て試合は終了。挑戦者は11年半に渡るリング生活と別れを告げた。


5人の弟子を持つピメンテルは、マネジャー業に転向するという。既に将来の設計がある挑戦者が勝つことは難しいタイトルマッチだった。しかし、勝者オリバレスの方も褒められた試合運びではない。若さとパワーに任せて、強引に出て行っただけと、その将来には?マークが投げかけられた。


そして、それは現実となる。世界バンタム級王者としてオリバレスが勝ち名乗りを受けるのは、ピメンテル戦が最後になるのである。


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オリバレスに負けて名を上げた男、金沢和良(アベ)選手の被ったダメージも深刻だった。特に目がよくない。金沢選手サイドから取材され書かれた書物によると、「会長に半年間は休ませてほしいと頼み、承諾してもらったが、突然に試合が決まった」とある。


1972年2月13日メキシコ。東洋チャンピオン、世界ランキング8位を維持していた金沢選手の対戦相手は、メキシコバンタム級王者ロメオ・アナヤ。28勝(24KO)3敗1分。KO率は高いが3敗はKO負けと、打たれ強くはない。


オリバレスとの死闘を宇宙中継で観ているメキシコのファンは、金沢選手一行を殺人的歓迎ぶりで迎えた。これでは練習どころではない。(;^_^A


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試合は東洋王者がアナヤのスピードある左ジャブをよけられず、「3、4回はポイントを奪い返した」(阿部会長)ものの、第5ラウンドに入り強烈な左フックをもらい万事休す。46秒KOでメキシコ王者が勝利。


この試合はアナヤの出世試合となり、1年後、アナヤは世界王者となった。


金沢選手は限界を感じ引退を表明。しかし、様々なトラブルがあり阿部会長との話し合いはまとまらない。結局テンカウントゴングは鳴らされず、アベジム側からすると「破門」という形で金沢選手はリングを去った。


1972年、世界バンタム級戦線は新しい道を歩みだす。  = 続 く =


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1971年10月25日。愛知県体育館で世界バンタム級王座を賭けて繰り広げられた死闘、ルーベン・オリバレス(メキシコ)vs金沢和良(アベ) 戦は、協栄プロモーションのマッチメイク。TV東京系列で放映された視聴率は18.8%を記録している。


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ジョー・ルイチュ さん提供。


札幌の高校生時代にボクシングキャリアをスタートさせた金沢選手は、アマ全日本王者にもなった。憧れの選手は、”カミソリパンチ”の元世界フライ級王者海老原博幸(協栄)選手。金沢選手は海老原選手を育てた協栄ジムスタッフを尊敬していた。


中華料理のコックを目指し上京した金沢選手は、プロで戦うつもりなどなかった。しかし、青山に住む実兄宅で東京生活を始めた金沢選手は、「なんとなく」代々木にある協栄ジムを覗きに来た。


窓の外から見学していると、中から選手が出て来て「何だお前」と声をかけてきた。だが、怖くなった金沢選手は、一気に逃げ去ってしまう。以来、協栄ジムの門は叩いていない。


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元東洋バンタム級王者金沢和良(アベ)


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世界タイトル挑戦の大一番を控えながら、思うような練習を消化出来なかった金沢選手だったが、それは王者オリバレスも同じ。ただしそれは、慢心が原因。クーヨ・エルナンデスマネジャーは、「いくら言ってもトレーニングをしない」と、ボヤクことしきり。


試合前ロサンゼルスからは、「オリバレスと、マネジャーが喧嘩ばかりしていて、なかなか写真がとれない」とニュースが入る。


日本で真面目に練習に打ち込んだのは、それ以前のサボった分を取り返すための苦肉の策でしかなかった。ウェイトを落とすためにも、トレーニングに精を出す他はなかったというのが、戦後わかった真相である。


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『オリバレスの不調と、金沢選手の予想外の頑張りが試合を面白くさせた』


見ごたえ十分の熱戦は文句無く71年の年間最高試合に選ばれた。しかし、その戦いは互いに壊し会う結果となった。


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「オリバレスは慢心しすぎだ」


「パンチだけを頼りに、防御もコンディションも考えずにリングに上がったオリバレスが、タイトル防衛のために高い代償を払ったのは当然だ」


米国から派遣された特派員たちは、こぞってオリバレスの不摂生を記事にした。


1972年。金沢選手は再起戦でリングキャリアの終焉を迎える。眼疾が原因だった。オリバレスは王座から転落。この年は年間3試合を消化したのみに終わる。


そして、世界バンタム級王座は群雄割拠の時代を迎えることになる。  = 続 く =


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1971年10月12日、世界バンタム級王者”KOキング”ルーベン・オリバレス(メキシコ)は羽田空港に降り立った。想像していたよりも寒くはなく、「これならコンディション作りは楽だ」と直感。空港での記者会見で、「女性は好きか・」と質問を浴びせられた王者は、「皆さんは嫌いか」とやり返した。


日本でのオリバレスの評判は、「練習嫌いのプレイボーイ」で定着している。


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翌13日、新幹線で名古屋入り。午後3時からメキシコから連れてきたパートナー相手に日本初スパー。14日、日本側が用意した3人の相手とグローブを交えるが、チャンピオンの強打を怖がる3人は、全く打ち合う気配がなく、目ならし程度で終わった。


デパートのサイン会には300人のファンが群がり、世界バンタム級王者はモテモテだ。調子を上げたオリバレスは、1ラウンド4分で日に8ラウンドというスパーリングで、パートナーたちをコロコロ倒し、日本の記者連中を唖然とさせた。


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元東洋バンタム級王者金沢和良(アベ)


一方の挑戦者金沢和良(アベ)選手は、ビジネスで多忙な阿部会長との感情的もつれから、満足なトレーニングが出来ていない。「ロードワークだけはやってましたけどね」。試合10日前に覚悟を決めた挑戦者は、ようやくジムへ顔を出す。


「試合前は1回で寝ようと思っていたんですよ」(BOXER PARTⅠ 1992年刊)


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ジョー・ルイチュ さん提供。


そしていよいよ10月25日を迎える。午前10時計量。色白の挑戦者の顔は、「異様なほど真っ青」。減量と65勝(61KO)勝ちの王者と戦う恐怖。しかも、一度倒されている(69年1月)相手である。夜までにどれだけ回復出来るかが勝負だ。


オリバレスの不快指数は頂点に達していた。試合5日前から、ジュース、水などを含めた全てが制限され、イライラは募り、ご機嫌斜めな状態が続いていた。それでも計量を1回でクリアすると、「アリガト、アリガト」を連発。もう試合はもらったものと、途端に機嫌を取り直した。


愛知県体育館。主催者から発表された観衆は5千人。やや寂しい入りである。TV放映はTV東京。


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初回。挑戦者は王者の左フック対策として、ガードを極端に高く構えた。それでもオリバレスは強引に左フックを振ってくる。しかし、これは当たらない。大半がブロックされ、また空を切った。「初回で寝ようと思っていた」金沢選手だが、戦いが始まると激しい闘争本能に火がつく。


2回、今度は挑戦者が打っていく。左ジャブ、というよりもストレート。肩を入れた長い左がオリバレスを襲う。第3ラウンドもこのパンチが冴え、金沢選手が連続してポイントを奪った。


勝手が違うぞ。「年内にあと2試合やる予定で仮契約してきた」という王者は金沢選手のことなど眼中にない。2試合というのは1位ピメンテル、2位エレラを相手にするのだというのだからあきれる。金沢戦は勝負に時間を
かけるわけにはいかない。


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4回、金沢選手の左フックを受けた後、うっかりスリップダウンを喫したオリバレスは、ダウンを取られたと勘違いしたか、立ち上がった直後猛然と打ってきた。まさにケンカ腰。王者が生まれ付いて持つ、異常なまでの闘争本能が呼び起こされた。


両者譲らぬ戦いは続く。そんな中、戦法を変えてきたのはチャンピオン。6回から的を挑戦者のボディに定めると、あらゆる角度から強烈なボディブローをぶち込みポイント挽回。苦しい金沢選手。9回にはついにフットワークが止まった。この回、猛烈に打ち合った後コーナーへ帰る金沢選手はフラフラ。


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10回を終わって、日本の藤井副審は49-49のイーブン。メキシコのエスカレラ副審48-47、エドソン主審(米)48-46で、僅かにオリバレスがリード。しかし、オリバレスの被弾も多い。両選手の形相は試合前とは別人だ。


11回、金沢選手の左ストレートを受けたオリバレスの右マユから赤い鮮血があふれ出た。12回、ジョージ・パーナサスプロモーターが、思わず赤コーナーに歩み寄る。そして第13ラウンドを迎える。


王者のしつこい左が挑戦者の顔面、ボディを襲う。続けて強烈な左ボディを喰らった金沢選手は今にも崩れ落ちそう。オリバレスはすかさず止めを刺そうと前に出る。そこへ金沢選手の右アッパーがクリーンヒット。腰を落とした王者にさらに追撃の右アッパー。今度はオリバレスがピンチ。


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「行け、金沢!」


場内の熱狂は最高潮に達した。挑戦者はありったけの力を振り絞って左右のパンチを振りかざす。必死に逃げるチャンピオン。逆転KOまであと一発だ。だが、挑戦者のスタミナは限界に来ていた。大きな右をミス。バランスを崩した金沢選手はリングに倒れこむ。


攻守交替。立ち上がった挑戦者に王者が襲い掛かったところでゴング。「1ラウンドがあんなに長く感じたことはない。もう一発もらっていたら、おそらく夢の国へ行っていただろう」と王者に言わしめた13ラウンドが終わった。挑戦者に残っているのは、もはや気力だけ。


第14ラウンド。王者のボディ連打に対抗する術はない。ダブル、トリプルと左フックを打ち込まれた挑戦者はついにダウン。8カウントで立ち上がるも、またもや同じように崩れ落ちる。消耗が激しすぎる。もう限界だ。だが恐ろしいことに、金沢選手はまたしても立った。そして大きく叫ぶ!


「このヤロー!」


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最後は玉砕という言葉がピッタリ当てはまる。何も残っていない。死闘は終わった。KOタイム14ラウンド2分。キャンバスに大の字に横たわる挑戦者。


勝ったオリバレスも疲れきっている。


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「頭を叩かれると足の先までしびれた。ブロックしても手がマヒするほど強かった」


試合後の挑戦者はこれだけ語るのが精一杯。まれに見る激闘は、「年間最高試合間違いなし」の声があがった。


「試合のビデオ見てね、バカだなァって思ったよ。さっさと1回で寝ればいいのに。あんなに必死になってさ」


数年後、冗談交じりに語る金沢氏だが、本当のところ、なぜあそこまで闘ったのかは本人にもわからないという。


「本能というのは、無じゃないないかな」


引退後、金沢氏は僧侶になられた。協栄ジムで、あの肩を入れた左ストレートの打ち方を教えてもらったのはいい想い出です。  = 続 く =


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