BOXING MASTER/ボクシング マスター

輪島功一選手の試合に感動、16歳でプロボクサーを志し、ボクシング一筋40年。ボクシングマスター金元孝男が、最新情報から想い出の名勝負、名選手の軌跡、業界の歴史を伝える。夢と勇気と感動を与えるブログ。


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中学1年で協栄ジム入りして以来、高校1年で具志堅用高(協栄)氏と同じインターハイに出場。プロ転向後はSフェザー級4位。引退後、宮下 功 先生(元沖ジム会長)の強い勧めで、若くしてマネジャーに就任。協栄ジムの現場を支えてきた大竹重幸氏が離職された。


お世話になった帝拳ジム・長野ハルマネジャーへの報告には、「ようやく、協栄を卒業させていただくことになりました」との言葉を使った。


私が代々木の協栄ジム道場で、「お前、ちょっと来い!」と大竹氏に声をかけられ、恐々と後について行ったのは37年前のこと。以後、齢は若いが「大竹ちゃんの方が俺より先輩だから」という年上の後輩の皆様とも、お付き合いが出来る関係にさせて頂いた。


まさか、大竹さんまでが協栄を去ることになろうとは思ってもいなかったというのが、正直な気持ちです。私も驚きました。(^_^;)


そんな大竹氏の、『慰労、そしてこれからの会』が昨日東京渋谷で開かれました。(私は残念ながら仕事)(>_<)


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元世界王者佐藤 修 氏、同じく坂田健史氏。元日本ランカーの平丸勝基氏。元協栄ジムトレーナーで、現在は白井・具志堅Sジムで選手を指導する晝間貴司氏。そして、元世界王者らのヘアを担当するカリスマ美容師小倉さん、アシスタントの堀さんの参加者の皆さん。


アッというまの5時間。暖かい励ましの言葉に、大竹氏も「感激でした!」


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佐藤氏と坂田氏にとっては、絶対的な師匠である大竹氏。彼らにとっても、”協栄ジム”は大切なもの。


「先輩たちが一生懸命汗を流して歴史を作って来た協栄ジムは、いつまでも協栄であってほしい。頑張ってもらいたいね」


またOB会で、みんなで集まりましょう。(^-^)/


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「本日のお買い得は、”沖栄フーズ”の美味しいもずく。3個入りパックが98円・・・・」


沖栄フーズ?


いつも買ってるもずく。安里の会社だったのか!(^-^)/


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沖栄フーズのもずく


元日本Sフェザー級チャンピオン安里義光(協栄)氏は、現在、沖縄もずくを広く扱う㈱沖栄フーズ の社長さん。同社ホームページでは、先輩の具志堅用高(協栄)氏が、「うまいっちゅねぇ~」と迎えてくれる。('-^*)/


沖縄・美里工業でアマ経験を積んだ安里選手は1979年11月のデビュー戦が、いきなり東日本新人王戦フェザー級準決勝(不戦勝による)。同じくアマ経験のある河井 英幸(金子)選手と引き分けるも勝者扱いで決勝進出。


小森 晃 (草加有沢)選手を破り東日本新人王獲得。翌年2月、大阪で行なわれた全日本新人王決定戦では渡辺義治(OM森岡)選手に勝ち、3戦目、プロデビュー3戦目でランキング入りを果たした。



第26回全日本新人王からは4人の世界王者が出た。安里選手(左から5人目)と、渡嘉敷勝男(協栄・左端)選手は、昭和35年生まれの同い年。


81年8月、伏兵フレディ・メイスン(神林)選手に初黒星を喫するも、”としまえんプール”でリフレッシュ。('-^*)/


友成 光 (新日本木村)選手の王座返上により、10月の再戦は日本Sフェザー級王座決定戦となり、今度は安里選手が10回KO勝ちで王座獲得。勝負強い選手で、運もあわせ持っていたと思います。


前王者友成選手を含め4度の防衛に成功した安里選手は韓国遠征に出る。世界ランク入りを狙ったホープ 楊 一 (韓国)との対戦で4回KO勝利。とみぃさん から頂いたDVDを見ると、敵地もなんのそのの圧勝です。


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安里選手(中央)。


イサヤ・イコニ(ヨネクラ)選手との初戦に勝ち世界ランク2位まであがった安里選手は、再び韓国へ遠征し世界1位 文 泰鎮(韓国)とWBA世界同級王座挑戦権を賭けて戦う。しかし、文の突貫スタイルに苦しみ肋骨、胸骨など数箇所を傷つけられた末に10回判定負け。


世界への夢は遠のいてしまった。この試合が運命の分かれ道でしたが、勝負に行った結果ですから仕方ないですね。


世界2位なんだからあんなマッチメイクはしないという意見もありますが、文戦は安里選手の強い希望で実現しています。いや、たくましい!



写真左から安里氏、多田浩幸(元日本1位)氏、渡嘉敷氏。


古いファンの皆さん。沖栄フーズのこだわりの”もずく” 。ぜひ、食べて安里選手のボクシングなんか思い出してくださいね。('-^*)/


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協栄ジムの初代世界王者海老原博幸選手。恵比寿のとんかつやのオーナー金平正紀氏(協栄ジム創設者)、コックを務めていた山神淳一氏(山神ジム会長)、出前持ちの海老原選手のトリオが、繁盛していたとんかつやを売り払い、そっくりジムに変身。海老原選手の才能に賭けたというのは有名な話。


ボクシングを始めてすぐにスパーリングをやらせたのは、「早くあきらめて店に専念してもらいたかった」は本音だろう。


未設定


金平会長(先代・以後同)は練習開始3日目のスパーリングの感想を、自らの師であった野口ジム・野口 進 会長に恐る恐るたずねた。


「ウーン、土方と魚屋のケンカだね」(~~)

そして続いた言葉は、「お前、新人王に出ろ!」


海老原選手は初めてグローブを握って20日間の練習でプロテストに合格。東日本新人王決勝戦では、原田政彦(ファイティング原田・笹崎)選手に敗れたが、素人からボクシングを始めて4年目に、ポーン・キングピッチ(タイ)を初回KOし、世界の頂点を極めた。



この王座はタイでのリターンマッチで奪い返されるのだが、海老原選手は「このままおめおめと日本のリングには上がれない。再起戦は海外で強いのとやらせてくれ。それでなかったら、このまま引退する」と、金平会長に懇願。


誇り高く、気の強い大先輩でした。しかし、茶目っ気もたっぷり。


「海老原さんがわしに言うんよ。会長のところへ行って、もう、海老原がもうボクシングやりたくないって言って困ってると」(;^_^A


「わしも困ったふりをして会長のところ行って、じつは海老原さんがって言うたんよ」


「そしたら会長もビックリしてのう」


「山村、これで何かうまいもの食って元気出させろって、こずかいくれたんよ」


「うまく行ったなァ、山村」(^O^)/


「それからも、ちょくちょく海老原さんが・・・って会長のところに行かされてのう。だけど、会長もだんだんわかって来て、相手にしてもらえんようになったわ」


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海老原vsチャチャイ戦後の記念写真。


お話ししてくれたのは、1962年の大晦日のチャチャィ・チオノイ(タイ・後の世界王者)戦後、海老原選手と一緒にファイトマネー全てを競馬ですられてしまったという思い出を持つ山村若夫大先輩。


「フィリピンあたりの選手とやってもギャラは100万円あった」(海老原選手)という、古き良き時代でした。


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「スタンレーさん、昔は金平会長(協栄ジム先代)と、米倉会長は仲良かったんですよねェ」('-^*)/


「ソ、ソウネ」(;^_^A


協栄ジム金平正紀先代会長(以下同)と、ヨネクラジム米倉健司会長は共に1934年生まれ。オリンピック選手からプロ転向。東洋バンタム級王座を獲得した米倉選手が引退しジムを創設。目標としたのが同学年の金平会長である。


米倉会長がジムを開設した1963年。金平会長は海老原博幸選手を世界フライ級王座に押し上げた。プロボクシング協会が二つに分裂した時も二人は行動を共にし、リカルド・アルレドンド(メキシコ)の持つWBC世界Sフェザー級王座挑戦権は、ノンタイトル戦で勝った上原康恒選手がタイトルマッチを確約されていたにもかかわらず、柴田国明選手に「どうぞ!」と譲られた。


「あの時、僕、困ったのよ!」(^_^;)


イトウ先生とお話していると、時代の流れがよく見えてきます。(^o^;)



1970年4月15日、後楽園ホール。日本フェザー級王座決定戦は、同級1位柴田国明(ヨネクラ)選手と、前年のハワイ遠征でたくましく成長してきた2位桜井保男(協栄)選手の顔合わせ。プロモート権を持つのはランキング上位のヨネクラジム。


提示された桜井選手のファイトマネーは30万円。決定戦が決まったのが1ヶ月前。金平会長はあいにくと渡米中である。しかし帰国すると、「それでは安すぎる。もう少し色をつけてやらないと桜井がかわいそうだ」とクレーム。


だが、交渉はまとまらない。米倉会長は万一に備え、ピンチヒッターの韓国人選手を用意していたほど。


そして迎えた当日計量。結局、金平会長の押しがものをいい、折れた米倉会長は桜井選手のファイトマネーを倍額の60万円に上げることで落ち着いた。ちょっと今ではありえない話しですね。('-^*)/


試合は両選手ダウン応酬の好ファイトの末に最終回、柴田選手がKO勝ち。早くも「今年のベストファイト!」の声が上がったほどのスリルある戦いとなった。大喜びのファンは、「入場料が安いと思ったのは初めてだよ!」。


敗れたとはいえ、桜井選手の頑張りは大いに称えられ、直後のランキングでは1位に押されている。


これは試合内容を考慮されてのもので、現在のようにタイトル戦で敗れれば一気にランク転落というスタイルとは違います。さらにこの日は、プロテストが観衆の前で公開され好評を得ている。


さて、試合前大いにもめた金平、米倉両会長であるが試合後は、「いやー、いい試合だった。もう一度やろう!」とガッチリ握手。


「だけど桜井っていうのは、すごい根性してたなァ。こんなにスカッとしたのは久しぶりだ!」


試合直前にファイトマネー倍増。タイトルへの執念もさることながら、桜井選手は「ここまでしてもらったら」という気にはなりますよね。金平会長はその辺のところが最高にうまかった。



柴田選手にグローブをつけるイトウ先生(ハワイ・リング)。


その後、米倉会長はスタンレー・イトウ=サム・イチノセのラインで、柴田選手、ガッツ石松選手の世界王者を誕生させていく。


柴田選手の世界戦には金平会長もハワイまで応援に行くほどでしたから、「昔は仲良かったんですよねェ」。


昔は・・・のことは、機会が出来ればということで、お待ちください。(^^ゞ


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3月31日。神戸サンボーホール。我が弟子、白石豊土(協栄)選手は満を持して日本Sフライ級王者帝里木下(千里馬神戸)選手に挑みましたが、敗れました。2回の思わぬダウンで、ちょっとあせってしまったようです。残念です。しかし、帝里選手は良いチャンピオンでした。気持ちが強かった。


当日は、WBC世界Sフライ級王者佐藤洋太(協栄)選手も、「白石君からチケット買って応援行きますよ」で、後輩数名と共に応援に駆けつけてくれた。ジムの新井、萩原の両トレーナーも「白石の試合、見たいんで」と自腹で試合場に。ありがとう。


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そして、長年白石選手に胸を貸してきた元世界王者坂田健史氏も来てくれた。


「坂田先生、ありがとう!」(^O^)/


また、尼崎在住の元フライ級ランカー冨久窪村先輩には大変お世話になりました。(中島成雄戦がラストファイト。具志堅用高選手のスパーリングパートナーを長く務めた)ありがとうございました。


広島から駆けつけてくれた協栄ジムの大先輩、山村若夫氏。そして、立教大学では山村氏の先輩に当たるアイク田川氏も、スタンレー・イトウ先生の著書執筆中の合間を縫って、応援に来ていただきました。ありがとうございます。


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山村若夫選手。


他、応援に来ていただいたジムの練習生の皆様。本当にありがとうございました。この場を借りて御礼、申し上げます。


さて、試合前の控え室。山村先輩から貴重な写真を見させていただいた。


「これは凄い!」


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「これが例の、海老原さんがチャチャイに勝った後の写真よ」


「試合は海老原さんも、わしも、宮下も3人とも勝ったんだがのう」


「ファイトマネーは全部競馬でやられてしもうて・・・」という、京都の思い出が付いてきます。


リングアナの酒井さんも若い!


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上は、1964年、 関 光徳(新和)選手との防衛戦で来日した世界フェザー級王者シュガー・ラモス(米)と山村先輩。


世界王座を獲得したデビー・ムーア(米)戦では、ムーアを死に至らしめ、当時は無敗の殺人パンチャーとして恐れられていた。


下写真中央は、後の世界ウェルター級王者ホセ・ナポレス(メキシコ)


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そして左は、今は亡き歌手ジョー山中こと、山中 明 先輩。


「明の写真見ると、涙が出てくるよ」


「協栄は今も世界チャンピオンおって、みんな仲良く頑張ってるからの。また、OB会やらんといけんよ」


数々の面白いお話を聞かせて頂いた。


全国からOBが集う協栄ジムOB会。またの開催が楽しみです。


ぜんまい白石は再出発!


また、頑張ります。ありがとうございました!


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