激闘を演じた金沢和良(アベ)選手との試合から2ヶ月足らず。世界バンタム級王者ルーベン・オリバレス(メキシコ)は、世界1位ヘスス・ピメンテル(メキシコ)を力でねじ伏せ11ラウンド終了TKOで王座防衛に成功。しかし、この試合は世界バンタム級王者として最後の勝ち名乗りとなる。
72年3月19日。通算5度目の防衛戦相手に選ばれたのはラファエル・エレラ(メキシコ)。ボクシングキャリアは既に9年。途中3連敗も経験するなど、よく負けた。69年はチューチョ・カスティーヨに3回でKO負け。ラウル・クルス(柴田国明選手に初回KO負け)にも敗れた。
しかし、その後オクタビオ・ゴメス、ロドルフォ・マルチネスを撃破。エレラは負けを肥やしに苦労の末、世界のトップに躍り出てきた。ここまで13敗。まさにメキシコ版”雑草の男”
である。
「エレラじゃ勝てないだろう」
「いや、エレラは力をつけてきた。真面目な男だしチャンスはある」
メキシコシティ、エルトリオ闘牛場で行われたタイトルマッチはエレラの独壇場となる。
ボクシングスタイルは全く地味。派手なKOパンチもない。だが、エレラは最高にレベルの高いメキシコ・バンタム級戦線でもまれるうちに、体で覚えたテクニックを身に付けていた。中間距離から放たれる正確なパンチがオリバレスをことごとく捕らえる。
挑戦者のパンチで顔面を切り裂かれたチャンピオンの上半身は血だるま。
7ラウンドまでエレラのフルマークという一方的展開で迎えた第8ラウンド。エレラの見事な右ストレートがオリバレスを捕らえると、王者はそのままキャンバスへダイブ。血の海の中、キャリア初めてのテンカウントを聞いた。
ジョフレを越えるといわれた圧倒的強打は、練習不足ですっかりさび付いていた。
ミスターKO。怪物。天才強打者。スーパーアイドルが、地味な苦労人ボクサーエレラに、その王座を取って変わられたのは、なんとも皮肉な運命である。金沢選手が練習不足でなかったなら。ピメンテルがボクサー業だけに専念していたのなら・・・。
メキシコのファンは27歳の新王者に大きな賛辞を送った。しかし、ボクシングは簡単にいかない。
エレラは初防衛戦であっさり王座を手放してしまう。9年かかって手に入れた王座を、たった4ヶ月で失うことになろうとは・・・。
パナマシティに出かけた王者は地元のエンリケ・ピンダーの挑戦を受けた。ピンダーは大場政夫(帝拳)選手に挑戦した”無冠の帝王”オーランド・アモレスのスパーリング・パートナーとして来日したばかり。
試合は判定までもつれ込んだが、メキシコ人ジャッジも3ポイント挑戦者の勝ちとスコアし、最大11ポイント(10点法)差がつくエレラの完敗だった。
世の中、なかなかうまくいかない。しかし、これで落胆するエレラではない。雑草の男は、後日再びバンタム級王座に還ってくる。
新王者ピンダーは、WBCからロドルフォ・マルチネスとの対戦を義務つけられた。だが、ピンダーはこれを履行せずWBC王座は剥奪。ついにバンタム級王座はA、C分裂の時代を迎えることになる。 = 続 く =
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