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2012-02-13 20:19:59
わたし美人ですか?
テーマ:ブログ
だ~いぶ前に岐阜で
出没してましたね‥
これは、おこぜのお刺身です。
美人じゃないけど美味い!
2012-02-11 16:29:35
火をつける男のセミナー
テーマ:ブログ
今日はイーコマース事業協会での
栢野克己さんのセミナー‥
さらに火をつけよ~か(笑)
2012-02-05 20:40:03
渡辺謙さんの真意を伝えたい!
テーマ:気づき・学び・発見
こんにちは!
ギンギラギンにさりげない
オーダーキッチン会社社長のフルカワです。
出会いたい人に会う!
見たいものを見る!
実現したいことを実現する!
ふだんから
小さなことでもしていると
いつか大きなことも出来そうな気がします。
渡辺謙さんって素敵ですね?
じつはフルカワと同い年なんです。
キャラは正反対ですが..爆
ところで
ダボス会議ってご存知ですか?
世界的に活躍する政治、経済、文化など各界の
リーダーたちがスイスのダボスに集まって
地球規模のさまざまな問題について話し合う会議。
先日、
渡辺謙さんがダボス会議でスピーチしたんですよ..驚
そのスピーチが
ほとんどの新聞やテレビでは部分的にカットされ
真意が伝わらないことがフルカワは辛いのです。
政治を拒否したり非難したことはありません。
一部の企業やマスコミを否定する気もありません。
大切な日本の国やここに住む人が一緒になって
いいふうに国づくりをしたい!
間に合わなくなる前に..
今、フルカワに出来ることは
唯一、全文紹介された1月26日の東京新聞より
さっき知ったこの真実をブログに書くことと思いました。 初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。
まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージを
いただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんから
の力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。
私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時
代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、
そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。
その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化
してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さま
ざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の
皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。
その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。
19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。
260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて
来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧し
かった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは
皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。
私は教科書でそう教わりました。
しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章には
こう書いてあります。
人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。
しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見
守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふ
れた国は見たことがないと。
それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の
果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。
私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農
村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、
学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、
決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優
と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は
激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころ
のSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようにな
りました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。
文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は
飛び出すようにもなってしまったのです。
そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美
しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活
のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話
やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。
そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。
しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。
それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかった
のです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。
「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰
かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助
ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当た
り前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しま
せんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。
絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、
でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてし
まった荒野に残された光だったのです。
いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を
頼りに前進しようともがいています。
国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人
は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を
見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。
日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な
物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物
質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても
人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後
までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わ
った今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たち
に未来を手渡すことはかなわないと感じています。
私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」という
ものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た
私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと
切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来た
ことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今や
らなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合
いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力し
ようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつ
ないで行きたいと思っています。


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2012-02-02 21:15:32
魚系ラーメン洛ニ神(大阪 天五中崎商店街)
テーマ:感動の店・おいしい店
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