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猿の惑星:新世紀
『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』の続編。新世紀と書いてライジングと読む。人類自らが生み出した猿インフルエンザのウィルスで90%が死滅した2020年代の地球を舞台にしたSFだ。監督は前作のルパート・ワイアットから『モールス』や『クローバーフィールド/HAKAISHA』マット・リーヴスに引き継がれた。主人公の猿シーザーは引き続きモーションキャプチャーの神様アンディ・サーキスが努め、他にもジェイソン・クラークやゲイリー・オールドマンらが出演している。
猿の惑星:新世紀01
前作ではその動きがあまりに人間らしく、その表情が実に情緒的だった猿達。今回は文字通り、更に進化を遂げていた。人間らしい猿というよりも、むしろ猿らしい人間といったほうが良いかもしれない。何しろ彼等は森のなかに家を築き、家族を持ち、狩りをし、学校で文字と言葉まで教えているのだから。しかも普段は言葉は使わず手話で意思疎通をしているらしい。曰く「Ape no kill ape.」(猿は仲間を殺さない。)これはシーザーの思想なのだが、これが正に今回の作品のテーマと言える。
猿の惑星:新世紀02
知能を持ち自らのコミュニティを築き上げていく猿達は、正に人類進化の過程に等しく、しかしだからこそ諍いは避けられなくなっていくのだ。人間に育てられ、人間によって知能を与えられたシーザーは人間の汚さと同時に優しさを知っている。そしてそれ故に仲間を信じ人間を信じていた。人間に虐待を受けたせいで人間を憎んでいる仲間のコバに対してシーザーは「コバは人間から憎しみだけを学んだ」とつぶやくが、逆に彼は人間から優しさだけを学んでしまったように思える。
猿の惑星:新世紀03
そのことが原因でシーザーは瀕死の重傷を負い、人間と猿達の戦端が開かれてしまうのだから皮肉としか言い様がない。最終的にシーザーはコバと雌雄を決する事になる。それはシーザーの成長であり、同時に猿達が次の段階へと進化したことを意味するのだが、この様子を観ているとまるで知能が高いことが良いことなのか解らなくなってくる。猿達は猿達のままだったほうが幸せだったのではないかと思うのは俺だけだろうか?

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1『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』

ストーリー:自らが生み出したウイルスによって、人類の90パーセントが死滅した2020年代の地球。サンフランシスコでは、かろうじて生存している人類と驚異的な遺伝子進化を遂げた猿たちのコミュニティーがゴールデンゲートブリッジを挟んで存在していた。人類のコミュニティーでは、衰退を食い止めるためにも、猿たちと対話すべきだとする者、再び人類が地球を支配するべきだとする者たちが、それぞれの考えに従って動き出す。一方、猿たちを率いるシーザー(アンディ・サーキス)は、人類と接触しようとせずに文明を構築していた。(シネマトゥデイ)

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