本当の自分に目覚める アルケミーヒーリング 菩提 サーシャ のブログ

心・体・メンタル面の改善や向上・自分を再発見する。潜在力の開発・内なる引き寄せの法則で本当のあなたの人生の扉を開ける。


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マインドの変容は肯定的な努力だ。そしてマインドの抑圧は否定的だ。その違いはこうだ。

マインドを抑圧している時、あなたはマインドに逆らう存在に肯定的に関わっている。

そしてマインドが変容される時、

あなたはマインドい逆らうものに、直接関わっていない。

あなたは何かに肯定的に関わっている。

その努力は何か逆らうためでなく

何かのためのものだ。

~略~

抑圧とは、エネルギーの自然な出口を遮る、自然な捌け口をまだ開けていないという意味だ。

それは1つのブロックになってしまうだけだ。

 

怒りの感情に逆らうのは、怒りをブロックすることだ。

では、そのエネルギーはどこへ行ったらいいだろう?

抑圧したエネルギーは、内側の複雑さを生み出す。

するとエネルギーは、今まで以上に倒錯したものになる。

だから自然であることは、倒錯よりもいい状態だ。

倒錯とは病気だ。自然であることは健康であることだ。

もちろん、ただ健康であるだけで終わりではない。

人は健康を超えていくことができる。

そこには、3つある。。

 

抑圧、自然であること、そして超越。

ただ自然であることは、ただ健康であることだ。

もしあなたが抑圧し、抑圧されたエネルギーのための建設的な捌け口をもたず、創造的な捌け口を持たなければ、倒錯してしまうだろう。

 

あなたは健康ではない、あなたは病気になる。

あなたは居心地の悪い状態になる。

だから、自分のエネルギーに否定的に関わってはならない。

エネルギーを、扉を、捌け口を建設的な方向に変える事。

創造的な変化があれば、セックスへと流れていたエネルギーは、もう流れなくなるだろう。

エネルギーのためにより高度な道を開ければ

 

エネルギーは常にそこを通って流れる。

いつであれ、あなたが自然そのものよりもいいものを作り出せれば、抑圧は存在しない。

その違いが理解されねばならない。

 

人間だけが、自然以下に降下し得る。

それは不運とも思える。だが本当はそうではない。

その可能性は、もう1つの可能性と共にやって来るからだ。

 

人間は自然を超えることができる。

どんな動物も、自然を超えることはできない。

あなたは自然より高くも行ければ、その同じ割合で自然より低く行く事もできる

すべての可能性が、二重の可能性になっている。

全ての可能性が正反対の2つの扉に開かれている。

そして、自然以下に下降し得ることがなければ

自然を超越することもまた、あり得ない。

 

それは、もしあなたに自然を超越する可能性あるとすれば、それ以下に落ちてしまう可能性もまたあるということだ。

 

動物は、ただ自然なだけだ。

彼らは倒錯もしていなければ、変容もされていない。

彼らは、決して動物以下になることもなければ決して動物であることを超えることもない。

かれらはただの動物だ。

 

人間は、どうにでもなる可能性がある。

人間は自然以下に落ちることもできれば倒錯することもあり得る。

狂ってしまうこともあり得る。

人間は自然を超えることができ、スーパーマンになることもでき、覚者になることもできる。

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観ることは、中心を定めるためのテクニックだ。それを踏まえて、このセンタリングについて話し合おう。

人間は2通りの生き方ができる。

人間は、自己の周辺から生きることもできれば、中心からも生きることもできる。周辺はエゴに属し、中心は実存に属する。もしエゴから生きるとすれば、常に他者との関わり合いの中で生きる。周辺は、他者と関わりあっている。

 

何であれ、あなたがすることは行為でなく、いつも反応だ。

あなたは自分にされたことの反応として、あることをする。

周辺からの行為は存在しない。

全てが反対だ。

何1つ、あなたの中心から反応はやってきていない。

ある意味で、あなたはただの環境の奴隷だ。

あなたは何もしていない。

そうするように仕向けられていると言った方がいい。

だが、中心から行為すれば、それは正反対だ。

中心からその行為がやってくることで

あなたは行為し始める。そうして初めて、あなたは関わり合いとしてではなく

自分自身の権威より存在し始める。

 

~略~

 

あなたがあまりにも外側のことで心が動かされるのは

それが中心に触れるからではなく

ただ、あなたに中心がないからだ。

あなたhただ周辺にいて、その周辺に同化している。

周辺はあらゆる物事ーーー起こるすべてのことに、心動かされる。

それは、あなたの境界での出来事だ。

だから何が起ころうと、その周辺に触れることになる。

そして、あなには何の中心もない。

あなたが中心を持てば、自分自身から距離をとれる。

あなたは自分の周辺から距離をとる。

だれかがその周辺を罵ることはできる。

 

だが、それはあなたではない。あなたは傍観者のままで、そこから離れている。

あなたとあなた自身の間には、距離がある。

周辺としてのあなたと、中心としてのあなたの間には距離がある。

その距離は、誰か他の人に壊されることはないーーー

誰ひとり、あなたの中心にまでは入り込めないからだ。

 

外側の世界は、周辺でしかあなたに触れられない。

~略~

 

行為と反応の区別を、はっきりと理解しなさい。

あなたが誰かを愛するのは、その誰かがあなたを愛するからだ。

ブッダもまた、あなた方を愛する。

だが、それはあなたが彼を愛するからではない。

それは関係ない。

あなたが彼を愛そうが憎もうが、それは関係ない。

彼があなたを愛するのは

それが反応ではなく行為だからだ。

行為はあながからやってくるものであり

反応はあなたに仕方なくやって来るものだ。

そしてセンタリングとは

今やあなたが行為し始めたということだ。

 

もう1つのポイントを、心にとめておかねばならない。

あなたが行為する時、その行為はいつも全一だ。

あなたが反応する時、それは決して全一ではありえない。

それはいつも部分的で断片的だ。

私が周辺から行為する時ーーーそれは私が反応する時ということだからーーー

それは全一ではあり得ない。

 

なぜなら私というものがその中に

実際には深く関わってはいないからだ。

ただ、私の周辺だけが関わっているので

その行為は全一ではあり得ない。

 

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話の流れで…初めて生でこのような地上最も過激な格闘技を見に行く事になりました。
2.16日 ミャンマーVS日本 後楽園ホールにて!

 

上の写真は女子の対戦 日本VSミャンマー
下の写真はトゥン トゥンミンという王者を倒したカナダの男VSミャンマー

戦い始まり、私は彼らをリーディングさせてもらいました。

女子は引き分けとなりましたが、日本のプロレスラーである奈七永選手の意気込みは、顔面打たれ頬が真っ赤になってさえもプロレスラーとしてのプライドが彼女の心に火をつけ

「絶対負けてたまるか!」

怒りに近い思いが、たとえほほが打たれて真っ赤になろうとも…
(痛みなんかどうでもいい!…)そんな声が聞こえました。まるで根性だけで戦いに挑んでいるようでした。

 

お目当てのミャンマーの英雄を倒した男カナダのデーブ・レダックは長身で手足の長さもありますが、おそらく無敵とされたトゥントゥンミンを倒したその自信が彼を支えていたのでしょう。ブレがない、ゆとりの勝利で終わりました。

共通して言えることは、それぞれ勝者の選手たちは、技術力もさることながら自己への絶対的信頼があるのです。そのエネルギーたるや確たるものが内部にありました。

 

私が言いたいことは…自分の望みを実現させるのも
確たる自分への信頼が必要だ…ということです。内部のチャクラの状態をここでは細かくお話しませんが…当然ながらリーディングさせていただきました。(笑)

 

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