ブログ移転しました。

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こんばんは、大将です。

前回書きましたとおり、ブログを移転しました。


http://spispiossan.jugem.jp/


その名もズバリ、


すぴすぴおっさんよ?????


変わってね-じゃんって? 

アハハン♪

移転する度に『すぴ』が増えるかもしれませんけどねぇ。

早速長くてうざい更新してます。

ご興味持ってくださる奇特な方、またよろしかったらご訪問下さい!

よろしくお願いしまーすm(_ _)m!!!!


大将

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真夜中更新とちょこっとお知らせ

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ミッドナイトにこんばんは、大将です。

なんか、もう9月も半ば以上過ぎちゃうって怖いわ?

皆様はいかがお過ごしだったでしょうか。。

私に関して言うと、ここ2日ほど朝から夕方まで

芋掘ってたわ。


もう、家中芋だらけです。 芋掘りイベントの秋ですね。

ってなんかどうでもいいことしか書く意欲もないわ。。


実はちょっと前ぐらいから思っておりましたが、

ブログを移転しようと思います。

今、新しいサイトのほうでごちゃごちゃやっていて、次の投稿でここでのブログ更新は終了しようと思います!

ぼやきブログから始まって思いの丈を綴ってきましたが、

今読み返すと自分でも

『っつーーーー。。』 


と何か色々あったけどごちゃごちゃ考えてるなぁ、あんた、みたいな感じで芋焼酎でも飲みたくなる記事ばっかしで、

でも自分の気持ちを何処かに書く、という作業で自分でも自分が理解できたな、と思います。

自分自身にとってとっても良かった、と思います。

誰が読んでるでもなく、そして不特定多数の人に自分の思いなんかを発信することってブログを始める前はちょっと抵抗があったのですが、

でも何か 『テーマを決めて書く』 みたいな作業って自分を整理するためにも、そして私は何を言いたいのか、を考えるためにもとても有効であると思います。

とは言え、新しくしたところで何かこう高尚な何かを書くでもなく、

相変わらず東方神起萌えつぶやきとかただの日記とかも書きたいと思いますけど、

ちょっと切り替えてみようと思います。

ではではまた。。。

アデュー


大将







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おはようございます、大将です。

さて。。

ウェットになったり空元気になってみたり。。と。
自分のブログ自分で読んで、

『あんた大丈夫?』

とエアーツッコミを入れてしまっている昨今ですが、

なんとなく一段落した気がします。

それもこれもぜ--んぶ自分の頭の中の出来事で、周りからみたらそれこそ

なんでそんなに不機嫌?

なだけだったと思いますが、もうそれも空元気オーラで覆い尽くせなかったです、はい。

私は何かネガティブな意識が自分のなかにあると、

どうしても何をするにもその気分に引っ張られ、あーでもない、こーでもないと考えてしまいます。

そういう時は完全に思考過多の状態で、とてもじゃないけど『嬉しい気持』とはかけ離れてしまいます。

そういう時は意識的に 『思考をオフ』 にすること、とみちよさんの著書にもあります。

頭で色々と不安なことを考えるのを潔くやめて、自分の感覚、つまり五感みたいなものに集中するということですね。

食べてるものの味を確認するとか、匂いとか、呼吸とか、自然とか太陽の光とかを自ら意識する。。みたいな。

それも色々実践してみたんですけど、私にとってはこの 『意識的に』 ってところも非常に難しい。

基本的に私は考えること大好き、裏を返せば悩むの大好きですから、そこから離れて意識的に自分の感覚に目を向けるってなかなか訓練?みたいなのがいるような気がして。

例えばすっごい嫌なことがあった後に、大好きな歌手のコンサートとか行ったとしても、

全然楽しめないんですよねぇ。。これが。 

そこでカチッと喜びスイッチに切り替えられる人ってのもたくさんいて、

『それはそれ、でも今はこの瞬間を楽しむ!』って出来る人正直うらやましいです。
スポーツ選手とかはこういうのメントレできちんとやってるかもしれないですよね。

さっぱりくっきりしているようで、とてもそういうところがジクジクとしているのが自分の実存の気がします。


そんな風にいまいちこの思考をオフにするのが苦手な私ですが、私にとってはどうもこれが有効らしいという方法が少しわかりました。

まず、

ドラマ鑑賞大作戦

ここで私が利用するのは 『韓国ドラマ』 ですね、はい。
私それほど実は韓流趣味ではないんですけど、(東方神起好きじゃん?って、はい、それはそうですね。。)

でも韓国ドラマでもこういう時に見るのは、昼メロとか執念ドロドロ系とか時代劇ものじゃなくて、

『ありえねーラブコメ』
限定よ。

日本でも 『花より男子』 とか、執事系とかもちろんありえねー設定のラブコメはありますが、
韓国ドラマのそれはもう超ありえねー、そして決まったパターンがあってまるで水戸黄門の印籠レベルの 『きたきたーーー!』 的なお決まりがあって、

観ているとすっごいスッキリする

んですよ。

よくある設定として、

・主人公の男性がたいがい財閥系の御曹司で、女性の方は一般的家庭で苦労しながらもたくましく育った女性。

・女の子が自分の性を 『男の子』 として偽らずを得ない状況があって、超ドタバタが起こる。

・主人公の男性が超ツンデレ。もしくは男女両方共超ツンデレ。

・偽装結婚をせざるを得ない状況⇒その後本当の恋愛に発展

・恋敵はだいたいドラマ終盤で海外に留学

・最終的には結婚の話になるが、男側の祖母が反対する⇒でもその後理解を得てハッピーエンド。

と、だいたいおおよその流れは決まっているので、非常に安心しながら観られて、またそのお決まりな感じと非現実的な設定、そしてラブシーンとかもMAXでチュー止まりなところが、

なんかこう少女漫画を読んでるような感じがして、観ている間はちょっと私リラックスできるっぽいです。

この夏Youtubeで観てたのは、『コーヒープリンス一号店』 よ。

上記の条件がほぼ全部入ってるわ。 男性主人公のコン・ユも思っクソタイプで言うことなし。
癒されました、ありがとう。


もう一つは、

サウナ⇒水風呂大作戦

これはもう言わずもがな、ですね。
体調の悪い方、心臓の弱い方、水風呂嫌いな方はNGですけど、

このマックス暑いからの水での冷却ってもう『みそぎ』そのものよ。

何をどう頑張っても水風呂に入った瞬間、

『はぁ~。。。。。♡』 ってなって、頭のなか一回全部パッカーンとフリースタイルになります。

。。。。。。

とまぁ、こんな事を続けてももちろん我に返るとまた思考の波に巻き込まれてしまいますけど、

でもすこ~し前より楽になります、少なくとも私の場合は。


とは言え、気分転換しなきゃしなきゃ。。と思うのも修行で自分を苦しめてしまうので、

『寝る』 のも良いと思います、例え寝れなくても、じゃぁ今日は布団から出ないで何時間いられるか、とかチャレンジするとか。。

でも、多分誰に対しても言えることだと思いますけど、

『いつまでもこの状態は続かない。いつかなんとかなる。』 ということ。

今までも何とかなったから、多分なんとかなるんですよ。 

そう根っこで信じていることが一番救いにもなるし、真実なのかも、とも思います。

しばらく鬱屈してましたけど、ブログ更新もがんばろ♡

では

アデュー


大将












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本当の願いと葛藤

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こんばんは、大将です。

さて、

ダラダラと読みながらもしっかり読んではいなかったみちよさんの新刊。

夜な夜なここ数日しっかり読んでみました。

相変わらず色々と考えさせられていますが、

30ページからの 『本当に願っているようで『矛盾』に向いている意識』 という項目でしばらく詰まっておりました。

サラッと読んでしまうとふーんって読み進んでしまうけれども、
でもこの部分って死ぬほど深い、と個人的には思いました。

本の中では例として、

結婚を切望しているクライアントさんが居らっしゃって、

でもリーディングを進めていくと、彼女が本当は欲しているものは『自由』で、じつは親から離れて自由になりたい、でも離れてはならないと自分でも制限をかけていて無理だと思っている、そこで一番説得力と正当性のある『結婚』という道を選んで親を納得させた上で家を離れ自由になろうとしている。
 
しかし本当の願いは『自由』で、結婚することはあくまで仮の願望であり、事実男性との縁がなかなか築きにくい状態にあり、結果『結婚』は引き寄せられていなかった。

という節があります。

確かに蓋を開いてみたらその通り、なんだと思います。

でもこれって現実的に考えると、きっとこのクライアントさんはこのことに気づいた時、ものすごく深い葛藤があったろうな、と思ってしまいます。

だって今まで見ていた景色ががらっと変わりません?

多分結婚したい!結婚さえすればってずーっと前から思っていて、それがゴールだと信じて疑ってもいなかったはずです。 

もちろん自分の本当の願いがわかって、それはとても大事なことだし、そこまで気づけるまで自分を変えていこうと果敢に臨み、そして勇気を振り絞って自分を掘り下げたことはとても素晴らしいことで、そして安易に本当は望んでもいない結婚をしなくて済む方向に行けたことは結果としては良いことであり、そして本当の意識に気づくまで、気づいてからの葛藤は必ず通らなければいけない道ではあると思いますが、

でも、それが分かった瞬間って、

『そうかーーーー!!!やった!!!そういうことか!!分かったーーー!!』
 

ってなるというよりは、

多分、

『えっ。。。。??』 って固まると思うんです。

ショック状態というか。

私は親元から離れたかったの? 結婚じゃなくて自由が欲しかったの? 

多分。。そう、その通り、でも。。

って納得しながらもなかなかこれは人間心理としてはすぐには受け入れがたいですよ。

気づけて良かったんだけど、でもその時の一時的なショックは大きいと思います。

いわゆるスピあたりして寝込むかも知れません。 
いろんな今までの疑問に対して違った確度からの解答が押し寄せてきて受け止めきれないかもしれません。


この夏私は様々な恐怖体験をしたのは以前の投稿でも書きましたが、

私はどうやらこの『本当の願い』というものがわかっていながら、でもそこに向かうのをどこかで拒んでいて、自分を元の通りに引き戻そう、引き戻そう、としていたようです。

私はこれがしたい。やって行きたい。でも、それをするには『今までの自分』のあり方を変えて行く必要がある。

でも様々な鉄板の作用で今まで 『自分らしく生きられなかった自分』 というものの自己主張は根強く、例え本望が分かったからって、

あー、そうか、私のエゴと鉄板のせいでこんなふうに矛盾した想いを持ってたのね!でも間違ってたからもう捨てよう!!

とカジュアルに捨て去ろうと思ってもなかなか捨てらんないですよ。

だって、そうやって自分軸ではなく他人軸で苦節40年生きてきたんだもの。
一生懸命今までの自分も信じて頑張って貫いてきたんだもの。

その苦悩の日々も今後の糧になる、無駄なことなど一つもないことは頭ではよーくわかっているけれども、

『でもあの時のしんどい気持は自分で自分を苦しめてただけだったの? もう全部に折り合いつけてさよならでいいの? 苦労は宝、と思い込ませて終わらせるの? 苦労の原因を作った人をギャフンと言わせないままでいいの?』 という意識がまだ残っていたんだと思います。


そこでこの夏、私の中のエゴちゃんが変わろうとする私に仕掛けた過去の自分に引き戻すためのトリックは、

『あんたらしく生きてもいいこと無いよ? ほら、そんなことするとこんな怖いことあるよ、やめときなよ、おとなしくしてりゃいいんだよ。。』

というトリックで、つまり、

何をやるにしても全部 『ほらこんなことになっちゃうよ?』という恐怖で返ってくるという現象。

最もわかりやすいもので言うと、私は普段からいわゆる 『
視える人』 ではないんですが、

今年の夏に限ってはいろんな物に朝昼晩問わず、遭遇してました。
霊界チャンネルに自分の波長があってしまったんだと思います。

目に見えない世界を追求するのはやばいよ、って視覚的、感覚的に感じようとしていたのかもしれません。

こんな自分を変えたい、でも変えさせない自分。 

悲しみ、怒りを吐き出し切れていないから。。という表現よりも、

『自分の中で折り合いがついてない』 ような状態。

自分軸で私らしくありのままで、他人を優先するんじゃなくて自分をまず大事にすること 

わかってます、重々それはわかっているけれども、

でも物心ついた頃から他人軸で生きてきて、臆病なのに大風呂敷広げて自己顕示しながら必死で生きていくやり方しか実践してこなかったわけです。 

今までそうやって自由奔放に生きてはダメだ、そうなってしまったら認められないんだよ、と自分に刷り込みそうならないようにそうならないように自分を抑えこむことで自分を縛り、その苦しい様、頑張ってヘトヘトな自分をアピールすることで訴えたい相手に対して反抗をしてきたわけですから、

今までとは真逆のコンセプトを生きろ、それが本望なんだよと自分で気づいたからって、

人間ですからなかなかカチカチっと一瞬で変えられないですよ。
じっくりと時間をかけて意図し、意識改革して行かないとならないと思います。

ワクワクと恐怖って実はとても似ている、と思います。

どちらも 『感情が動く』、感動する。 胸が高鳴る、平常心ではなくなる。

ただ、その感情の根本が 『喜び』 か 『恐怖』 かが違う、でも心の揺れ幅、周波数は同じ、みたいな。

なので、何か前に進む自分と自分を引き戻そうとする自分のバランス具合によっては、『気づき』 の後に続く気持ってどっちにでも転んじゃう気がします。


私は今回 『恐怖』 を自分で引き寄せて、自分を元の自分に引き戻そうとした。そして、『やっぱり変わらないほうが良いよ、そのほうが楽だよ。』という変わらないための都合の良い結論を導き出す様々な事象をを身の回りに起こして、自分を納得させようとしたと思います。
 
怖い思いをしたくない!と言いながらも、玄関掃除して三つ指ついて
『恐怖さん、いらっしゃ~~い!』ってしていたようなもの。

で、じゃぁ変わらない自分に引き戻されたところで納得したかといったら、やっぱり納得してないんですよね。

モヤモヤ、ヒヤヒヤ、イライラが残る。

実はここ数週間あんまり寝られなくて、普段はお酒を飲みませんが一杯引っ掛けないと寝れなくなってしまったり。

みちよさんには、

『そういう状態に陥っている時は絶対に自分のエゴのトリックに引っかかってます。』 と言われたけど、まさにこれがそうなのかな、と思います。

色々と考えながらもでも何か分かったようなわからないような。。みたいな日々だったんですが、

そして最近も色々な出来事があり、

母から、

『あんたのことは理解できない』 というような主旨の言葉を投げかけられました。

でも、

今までだったらまた私もきぃーーーっとなって、涙ながらに、この人まだこんなこと言うのか、このやろーと憤ってたと思うんですけど、

なんかあんまり腹が立たず、妙にスッキリしてしまいました。

なんでかな、と思ってしばらく考えたんですけど、今のところ結論としては、

『自分が行きたい方向に行っても行かなくても、他人はコントロールは出来ない』 のだ、と感じたからです。

つまり、

元通りの自分にもどって何一つ変化を起こさず自分を殺して生きても、

母が今よりも私を認め称賛してくれるかというとそうではなく、今までと変わらない、そして自分も変わらない。

そして私がいくらこのまま被害者意識を続けて 『いい加減に理解してよ!!』と彼女に何かを突きつけても、

『今まですみませんでした。 私が間違ってました。』 とは思わないだろう、ということです。

だって、母も悪くない。 母は自分の人生の考え得るオプションの中で必死で生きて、他人思いながらやってきた結果であることは鉄板分析でわかってきてます。

でも私が彼女のコントロールから最終的には逃れようとしたように、

私も彼女をコントロールは出来ない。

私が今までごちゃごちゃと自分を掘り下げ様々な意識の変革を必死で行い、自分をまず理解しようと思ってやってきた課程や思いを母や家族に一から説明して理解してもらおうと思っても、

それには大変な時間がかかるしどこまで相手に伝わるのかもわからない、またそれを突きつけて理解してよ!と押し付けたとしても思ったような反応が得られるかどうかはわからない。

それこそれは、『わかってもらわなければ困る』というような恐怖に基づいた願望ですから、多分恐怖や怒りを増長する反応が返ってくる、と思います。

何かわかってくれる日が来るとしたら、私が自分の喜びに従って幸せに生きているのを見て、周りの人があぁ、ああいう生き方もあるのだな、と認めてくれるかどうか、でしか無い、ということです。

でもそれも必ずわかってもらえるとは限らない。人には人のタイミングと人生があって、それは私がどう頑張ってみたところで相手が理解するしないはコントロールできないと思いますし、そんな権利も無いんだと思います。

だったら、もう自分軸になることの怖さや、理解してもらえないんじゃないか、みたいな怯えとか、自分が変わっていくことによって他人を傷つけるかも知れないみたいな自分を元の自分に引き戻すエゴを一回全部無視して、

とりあえず恐怖に引っ張られるのはもうやめて、思い切って踏ん切りをつけて行きたい方に突っ走って見たほうがいいかも、と思いました。

それでもこれからも疑問や不安な出来事は色々起こるでしょう、でも私なんかはそこに思っクソ頭ぶつけないと本当のところを理解しないし、自分にきちんと落とし込めないんだと思います。


なんかまとまらないけど、

自分の本望に気づいてワクワクを引き寄せる。。って言うと簡単に一文にできちゃうけど、

それは真実で疑いの余地も無いことだけれども、

でも自分の『本望』にたどり着き、『本当のワクワク』を発見できるようになるまでには、いろんな葛藤があるんじゃないか、と思います。

時には私のように何がなんだかわからなくなっちゃうこともあるだろうし。

皆それぞれタイミングがあるんだろうな、と思います。

なりたい自分に変わることは勇気がいるし、痛いことも多い。

でも本気で変わりたかったら掘り下げて掘り下げて向き合ってみる、そしてその向きあう勇気こそ自分を愛することなのだろう、と思います。


あぁ、なんか書いたら落ち着きました。。


ではまた


アデュー



大将



徒然更新

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おはようございます、大将です。

一言、


つかれたわ ( °д°)



Highly スピリチュアルな日々が8月からどーーんと来て頭ぱっかーんライフが続き、

どんどん内に篭る日々が過ぎ、9月に入ってからもいろいろとあって個人的にしんどかったんですけど、

もうええわ、日常生活を大事にして足元を地面に根付けしようと思ってしばらく雑多な日常に集中してましたけど、

9月から10月の半ばまでは週末全部が学校行事とかお祭りとかバザーとかで埋まっていて、それだけならまだしも保護者会とか運営とか何やらで毎日どこかにしょっぴかれて何やかやと準備したりで、


よくわかんないけどすっごい忙しい、という。


私が子供の頃もこんなに親って行事とかに参加していたんだろうか、それぞれの行事運営に。

またしてもあんたどうせ余計に首突っ込んでるんじゃないの?と思われるかもしれないですけど、
そうでも無いんですよ、ノルマだけ果たしてるだけで、もっともっと積極的にやってる親御さんが一杯いるんですけどね。 シンプルにえらいな、と思う。

私立とかのほうがもっと親同士の関わりがあって大変なんだろうか。
学校のカラーにもよるとは思いますけど、逆に私立のほうが先生達の活動量が多くなってPTAの関与率が減るのだろうか。 わからないわ。

そしてそろそろ運動会もあります。


運動会。。。ねぇ。


なんか運動会ってダンスとか全体競技とか色々あるけど、

私に関して言うと、最初から最後まで 『かけっこの呪縛』 だわ。

練習する時点から本番始まるまでもうこのかけっこのことで頭一杯だった気がします。

要するに走るのが遅い、って言うことなんですけどね。

で、かけっこの順番ってだいたいクラスの背の順だったり、場合によっては名前のあいうえお順だったりだと思うんですけど、

子供の頃私は女子のなかでは背が高かったし、旧姓も『ま行』だったのでいずれにせよ後ろのほうで、(わたなべさんとかやまもとさんが多いとホッとするという。) 

そうなると、よくあるパターンが、

通常6人で走るのに、後ろの方は人数が足らなくて3人で走る、とかね。

そうなると人数が少なくて目立つ上に走るのが遅いのでさらに目立つ、という。

リレーなんかも、なにこれ公開処刑?みたいな気分でやってました。

ま、今考えるとそこまで周りは誰も一人ひとりの走りなど見てないだろうし、親もあぁ、また最後のほうね、くらいの感じでどうってこと無いんだと思うんですけど、グジグジと当時の自分は気にしていたんだと思います。

子どもの頃、特に幼少期から思春期にかけてはこの 『運動能力』 で秀でている子どもってのはやっぱりスターですよね。 
そういう自分もブツブツ言いながらも足の早い男子ってカッコイイな♡と思ってました。

でももうこれからは見る側、応援する側でしか運動会も参加しないということで、自分の子どもに関しては気負わず楽しんでくれたらな、とだけ思います。

そんな中、

岡村ちゃんのライブチケット、渋谷公会堂分の抽選に当たったわ!!

何着ていけばいいかしら。。。やっぱり色はパーポーよね、いっそ全身ベルベットとか、黒エナメルのピタパンとか。。(妄想するだけでかなりギリギリ&デンジャラスな自分。)

。。。しかし、現時点で岡村ちゃんのライブは先行抽選しないとならないようなハードなプラチナ・チケットなのかどうか。。についてはちょっと?ですけど、でもトータル今のところ5日間だけのライブで東京エリアは3日間しか無いらしいので、確実に取れてやった!って感じ。

11月22日までお楽しみがひとつ増えたわ。

てか、11月22日ってもしかしたら 『いい夫婦の日』?って今気づきましたけど。。

『いい夫婦の日』 に渋公で岡村靖幸のライブに1人で全身パーポーで渋公まで行くっていう、この背徳感プラス、アゲインストな感じ、ものっすごいな、と自分でも思いますけど、

ごめんなさい、何があっても行きます。



が今のところ本心です♡。 旦那、すみません、よろしくお願いします。


幼稚園のバザーとかもねぇ。。なんかお菓子焼いて持ってく係になってしまったんですけど、
こういうの得意なお母さん羨ましい。。 ラッピングとかも安くても可愛くして素敵に仕上げるんだろうなぁ。。

But, 正直、私の今の本音としては

材料費プラス”なんか良い物”付けますからどなたかに発注したい。。

が、ここは娘の面目を保つ為に、頑張って図書館で借りたお菓子の本を見て、

難しくないながらも、ああ、それってよくあるよね~ (σ・∀・)σ的な感じの物を作ろうかと思います。


そんな感じで。。 また気が向いたら更新したいと思います。


アデュー


大将