時は歩みを止めず

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現実世界での繋がりが切れた途端に、
その人や物との関係は時間の流れから取り残される。

個人の記憶の中の住人になってしまう。
過去の出来事となり、思い出さなければ風化してしまう。

鮮明に残る記憶も全ては終わってしまった残像でしかない。

自分でセピア色にしたいのだが、出来ないのは、たぶん…
回想の再生頻度が高かったからだろう。

強制的にセピア色から、モノクロにまで出来る方法を知っている。
過去の経験よりも鮮明な画像を上書きして再放映すれば良い。

時は歩みを止めず進んでいる。
今の一瞬も、いずれは過去になる。

思い出にすがりたくなければ、新たな一歩を踏み出すだけ。
時の歩みに負けないだけの歩幅で、一歩を踏み出すだけ。




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いつ寝るのだろう

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息子が友達の家庭から小動物を預かってきた。
2泊3日の家族旅行をする間、当家で世話をすることになった。

それはラビットだった。

$響き渡る、言の葉

愛くるしい仕草に加えて、全く鳴かない。

ただ夜行性らしく、夜中にゲージ内でゴソゴソ、ガタガタ。
昼間は、子供達がかまってるから寝られない。

このラビット君は、一体何時寝ているのだろうか…
最近睡眠障害気味の私は、それが気になる。

臆病な草食動物なので、ぐっすり眠ることは無いのかもしれない。
居眠り程度の睡眠で十分なのだろう。

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装うのは

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人目を気にするからこそ、格好を気にする。
印象を良くするために、或いは個性を打ち出すために。

人目を気にするからこそ、生き方や対人姿勢を気にする。
印象を良くするために、或いは好意を得るために。

装うには、それなりの理由がある。
飾るうちに、それが当たり前になってくる。

最初のうちは洋服に着られていても、やがて着こなすようになる。
器を大きく見せていても、そうなりたいと願う内に器が拡がる。

装うのを悪く言う人がいる。

本性を隠し通すための粉飾はいただけないが、
成長する可能性のある装いは決して悪くない。




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手書き日誌

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最近、ビジネス手帳に簡単な日誌を残している。
そうし始めた理由の一つは、記憶力の低下である。

映像反芻するのは昔から得意だった。
お気に入りの思い出は何度でも再放映、再々放映を脳内で繰り返していた。

そのシーンの中での出来事はカラーで鮮明に録画されていた。
一昔前のを取り出して、画像の中にいた当事者に伝えると気味悪がられた。

思い出の中にだけ生きる、そんな過去ばかり振り返る人生ではないが、
忘れ得ぬそれは、言葉、音、あるいは香りなどが鍵となり、
それを挿し込んで記憶の扉を開けて、初めて甦る。

気に留めないことは何一つ覚えてなかったりするけれど、
そんな、部分的な記憶力には絶対の自信があった。

それがどうだろう。
ここ、最近は忘れてしまうことが多すぎる。

簡潔に、自分の文字で気にとまった何かを書き残している。
そうし始めて、ブログへの記述は格段に減ってしまった。

本音を言えば、日誌や日記は第三者の目に晒すものではない。
密やかに楽しむものなのだ。

手書きにしているのも、その日の気持ちによって文字が違うから。
踊るような筆跡の日もあれば、鈍重なそれもある。

第三者に読ませないそれは、自分の記憶と当時の気持ちを確認するため。
これも、先ほど述べた鍵の一つになる。

偉そうに記事にしながら、その手書き日誌にすら本音を赤裸々に書き綴れない
気の小さい自分がいる。

自分の存在がこの世から消え去る瞬間、
一緒に灰にすべき物をたくさん背負いすぎたせいか…


道なき道を進む

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道なき道を進む時、あなたなら何を思う。

アスファルトで舗装された道を進むのとは違う。

足を踏み入れた瞬間から、先の見えない不安はつきまとう。

そして、道が無いからこそ迷うこと必至である。

それでも進むには理由がある。

きっと、何かを見たいから。

道なき道の先に何があるのかを見極めたいから。

愛でも、勉学でも、何でも共通する。

その先に、何があるのかを見極めたいから。

モチベーション

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行動には動機がある。
それが無意識でなければ。

そうしようとする意思や意志。
何かを為しとげようとする信念。
或いは誰かの為、自分の為だって良いと思う。

その気持ちがあって、モチベーションは保たれる。
自分にもそれがあったと思うが、足りなかった。

つぎ足そうとするが、年齢とか時間とかを言い訳にしている。
そうすると、自然とブレーキを踏み走れなくなる。

そんな、行ったり来たりを繰り返してはいるが、
それでも、心の中で何かをやり遂げようとする自分がいる限り、
きっと前に進めると思ってるんだ。

空を飛んだ

テーマ:
僕は、確かに空を飛んでいた。
羽は生えていなかったが、宙に浮いていた。

そして、いきなり落下した。

ビクっ!
足が動き、飛び上がった。

そう、布団から飛び跳ねて起きた。
全ては夢の中のできごとだった。

でも、あの空の青、、、群青? は綺麗だったな。


次は魚になって海を泳ぎまわりたい。
希望通りの夢は見れないか。。。

見て見ぬふりを自然に…

テーマ:
自分はスキンヘッドである。
毛根は、まばらながらも存在する。

しかし、密集地帯は一部に限られて、
密度の低いところが前頭から天頂にかけて広がる。

だから、十数年前に思い切って剃髪した。
しかし、多くの欲に支配されているので生臭なままだ(笑)。

遺伝と、IGA? なにやら病気らしいが、
それが相まって、薄毛ってのになり始めたのが20代後半。

なり始めは、そりゃぁ辛かった。
血統ってのを呪いもしたし、ブラシで頭皮を叩いたりもした。

ある時期から、気にしないように意識した。
で、残り少ない髪を削ぎ落とした。

自分は男だからマシだ。
それに、割と頭の形が良いとの事で好評だ。

隠したりしないから男らしいってことで。ホントかな…


街を歩くと色んな女性がいる。
思わず目を奪われ、すれ違った後で追ってしまう美形もいる。

存在感のいない無難な容姿の方もいる(放っとけって!)。

全ては、テメエの顔を鏡で見て言えといわれることだが、
気の毒なのは、何らかの理由で薄毛な女性である。

それでも、カツラを被らないだけ潔いのだが、
直視も、あからさまに目を背けることもできない。

銀座線で度々同じ車両に乗車する方に対しては、
もちろん気づきはするが、景色を見るような透過視線を心がけている。

目に入る物は目に入る。
しかし、可哀想にといった無用な感情も持たず、

ただ、その姿をすかして広い視野を持つ。
見て見ぬふりを自然に行っている。

男の自分ですら、薄毛を気にした時期は自意識過剰だった。
まして女性が気にならない筈はないのだ。

だからこそ、何の感傷も感情も持たない視野で対応しなければならない。

変な好奇心に満ちた視線を無遠慮に送っていたバカな男には、
スペシウム光線ほどの侮蔑を含んだ視線を送ってやった。

僕には関係の無いことだが、こちらのバカは看過できなかったんだな。



洋上研修

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釣りに出掛けた。
唯一、一生涯を通しての趣味になりそう。

その時々、激しく格闘の如きゲームフィッシングから、
防波堤の上で昼寝+ビール片手にやる軽いもの迄、広くこなしてきた。

そんな釣好きなのに、我が息子を連れて行くことは無かった。
メーター以上の魚との出会いを追求してたからだ。

昨日、12歳の誕生日を迎えた息子に、釣竿とリールを贈った。
6フィートのバスロッドとスピニングリール。

今日は、息子を伴って片瀬江ノ島海岸に釣りに出掛けた。
息子にとっては初釣行であり、軽めで釣果の上がりそうなのを選んだ。

キスの午前釣り。
時間も短く、坊主は考えにくく、釣ってハズれ無し。

それに梅雨とは思えぬ晴天に恵まれた。

$響き渡る、言の葉

江ノ島を掠めるようにして、もう少し沖へと



$響き渡る、言の葉

釣り人達の魚信、釣り上げる魚の様子を見ながらポイントを移動する。
湘南海岸沖でロングボードに乗ってオールかきで移動するサーファーの姿を発見。

$響き渡る、言の葉


午前中だけで陸に戻れる。
短時間の方が密度の濃い楽しさがあり、色んな負担も減る。

帰港して、湘南海岸の方を眺めて吃驚。
太陽を求めて、たくさんの人が海岸に出掛けて来ていた。



$響き渡る、言の葉

超ビギナーの息子のケアをしながらでは数釣りはできない。

餌のゴカイですら、初であれば気持ち悪い生物でしかない。
ウネウネ、くねくね、ネバネバのそれを無造作に掴み針に刺す。

その横で、眉間にシワをよせて顔を背ける息子。
結局、最後まで自分一人でつけることはできなかった。

それでも、まあ、晩飯のおかずぐらいは釣り上げた。

キスとヒメジ(オジサン)は塩焼きに。

$響き渡る、言の葉

外道のメゴチ(美味しい魚なんだけどな…)
ちょっと炙って、お澄ましの具に。


$響き渡る、言の葉

超外道のヒイラギ(殆どの釣り人がリリースしてた)は煮つけに。




$響き渡る、言の葉

ちょいと大型のキスは薄造りにした。
これは絶品でした。

$響き渡る、言の葉

楽しく遊び、奪った命は感謝して食した。

血がそうさせるのか、息子は釣りにはまりそうだ。
じゃあ、次回はもう少し大きい魚でも釣らせてやるかな。

肩こり、こりごり

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久しぶりに集中して書き物をしている。

何かをするには、『するぞ!』という行動が必要であり、
『成し遂げよう』とする意志も不可欠である。

ただ、あまり若くも無いのに睡眠時間を削って書き物をすると、
どこかに無理が祟ってくる。

今回は肩と背中に来ている。
肩は痛く、背中にかけては広範に痺れた感覚が残っている。

来る26日(日)に、短期決戦の全ては終わる。
題を書き込み、趣旨を補足して記述して、封筒に封入して送付する。

これで応募締切には十分に間に合う。
手書きに拘ったからだろうか、実にしんどい作業だった。

一つだけ感謝しなければならないものがある。
それは、ある深夜番組である。

中塚何某先生(女性)が審査する、美文字云々の番組だ。
手書き原稿に拘るに当たり、美文字を意識した。

いつもならば、文章だけ認めればいいだろう。
そんな風に高を括るところを、美意識を持ってみた。

文字に音の響きを持たすには、
その躍動感や、滑らかさを出す演出が必要不可欠だった。

美文字こそが、最高の演出だと教えてくれた。

まだ成し遂げてはいない。
でも、言うならばゴールまで数メートル。

ここでは、いかに力を抜くかが肝要だ。
ゴールが綺麗に決まれば、評価されなくても気持ちいい。

ブログを書こうって気持ちが出てきた分だけ、
たぶん、リラックスして力が抜けてきている。

でも、肩凝りは、もう、こりごりだ。
整体師に、ゴリゴリしてもらいにいこうかな。。。

いや、正確に言えばグリグリやられて苦しむのだ。
ドMではないが、今回は行かねばなるまい(涙)。