民法は,全体で1044条で構成されているのですが,その内の709条から724条では「不法行為法」について規定されています。



「不法行為」という概念で分かりやすいものは,交通事故だと思います。契約関係にない当事者の間で注意義務違反のような違法行為がされて,車が破損するなどの損害が生じるのが,「不法行為」です。



「不法行為」には上で申したように,709条から724条の全体で15条の規定があるのですが,それを貫く理念は「損害の公平な分配」です。



社会で発生した損害を,誰がどの程度償うべきなのかを,「公平」「正義」の理念から具体的な規定をしたのが,「不法行為」の規定である,ということになるのです。






その「不法行為」について,近時最高裁判所で,注目される新しい判決が出されました。最高裁判所平成27年4月9日判決です。



事案は次のようなものです。小学生が,小学校の校庭でサッカーボールを蹴り,校庭から蹴り出されたボールが原因で交通事故が起きました。



交通事故の被害者は,そのボールを蹴った小学生の両親に対して,交通事故で生じた損害の賠償を求めたのです。



その裁判で,最高裁判所(第一小法廷)は平成27年4月9日,「子供の日常的な行為のなかで起きた,予想できない事故について,親は賠償責任を負わない」との判断をしました。






判決が出た後から,マスコミなどで大きく扱われているこの裁判ですが,問題とされたのは,次の2つの民法の条文です。



民法712条「未成年者は,他人に損害を加えた場合において,自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは,その行為について賠償の責任を負わない。」



民法714条1項「前2条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において,その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は,その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし,監督義務者がその義務を怠らなかったとき,又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは,この限りではない。」



民法712条は,未成年者の内,「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかった」場合にのみ,未成年者は,自らが起こした損害について,賠償責任を負わない,と規定しています。「責任無能力者」という概念でありまして,判例上は,中学1年生くらいまでは,その「責任無能力者」に当たる,とされることが多い,と言われています。



とすると,その未成年者である「責任無能力者」によって損害を受けた者は,自らは責任がないにもかかわらず損害を受けているわけですから,それを被害者自らが負担しないといけない,とされることは,あまりに正義に反し,あまりに不公平です。



そこで民法714条1項は,そのような場合には,「責任無能力者」である未成年者に代わって,親権者など,法定の監督義務者が責任を負う,としているのです。



上でも引用している民法714条1項は,その後段において,親権者などの「監督義務者がその義務を怠らなかったとき,又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは,この限りではない」と規定しています。これは親権者(監督義務者)が子供の監督を十分に行っていたならば,損害賠償の責任を免れる,という規定なのですが,その免責が認められることは,まずない,と言われていたのが,これまでの民法学であり,実務の立場でした。私も大学時代にそう教わった記憶があります。



冒頭でも申しましたが,これらの規定は,民法の内でも「不法行為」と呼ばれる分野に属するものです。「不法行為」とは,社会で発生した損害を,誰が最終的に償うことが公平か,という問題を扱う分野です。



とすると,民法は「責任無能力者」である未成年者は,通常は発生した損害を償うだけの資力がないため,その親権者(監督義務者)に代わりに損害を償わせることが公平であり,また正義である,と考えたことになります。ですので,上で御紹介したように,親権者(監督義務者)の免責は容易には認められていなかったわけです。



しかしながら,今回出された最高裁判所の新しい判例は,「責任無能力者」である未成年者により発生した損害でも,被害者が親権者(監督義務者)に対して損害賠償請求できない場合がある,ということを認めたことになります。






そうなりますと,被害者からしますとまさに「台風」のような自然災害にあったような結果となります。落ち度のない被害者が,誰に対してもその損害の償いを請求できないことは,はたして公平であり正義に合致するのか,という結果となることは,とても難しい問題を私達に突きつけるものです。



社会が社会である以上,必ずどこかで損害は生まれるわけです。それを私達はどう社会的に分配すべきか,という法律学の基本であり,永遠に解決できないテーマなのだと思います。



ちなみに,1つの解決案を採用している国があります。それがニュージーランドとオーストラリアです。両国はいずれも,交通事故についてですが,発生した損害について,被害者が加害者に賠償を請求するのではなく,税金から賠償を受ける制度を採用しているのです。



それはある意味で,「交通事故は社会が社会である以上,当然発生するものなのだから,その損害を償う費用は社会全体で税金という形で分かち合うべきだ」という思想の現れなのだと思います。2国においては,それがまさに正義であり,公平である,と考えられていることになります。



先日出された最高裁判所の新しい判決は,「公平」や「正義」という概念が,社会の意識や時代の変化に伴って与えられる意味も変化する,ということを示唆するものです。



この日本において,どのような制度こそが「公平」であり「正義」なのか。私達はその問いかけと解決を,永遠に行っていくことになるのだと思います。

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