弁護士作花知志のブログ

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ドイツのメルヘン街道は,フランクフルトに近いハーナウという街に始まり,北ドイツのブレーメンまでを結んでいます。



その出発地であるハーナウで生まれたのが,『グリム童話』で有名なグリム兄弟(兄:ヤーコプ・ルーヴィヒ・カール・グリム(1785-1863年),弟:ヴィルヘルム・グリム(1789-1859年))です。「ヘンゼルとグレーテル」「赤ずきんちゃん」「白雪姫」などの童話作品は,今でも世界中で愛されていますね。



メルヘン街道は,そのグリム兄弟にゆかりの深い街を結びます。二人が大学時代を過ごしたマールブルク,白雪姫の話が生まれた街と言われているバート・ヴィルドゥンゲン,いばら姫が眠っていた城と言われているザバブルク城。そして街道は,「ブレーメンの音楽隊」の銅像が置かれている最終地点ブレーメンに至るのです。




そんなグリム兄弟ですが,あまり知られていないことですが,実は法律と深い関係をお持ちなのです。



まずお二人の父フィリップ・ヴィルヘルム・グリム(1751-1796年)が法律家の方でした。父は司法官をされていた方なのです。



そして,グリム兄弟はマールブルク大学に進学し,そこで専攻したのが法律だったのです。彼らはその大学で,サヴィニーという法学教授と出会います。



サヴィニーは,ドイツを代表するローマ法の大家の方です。ローマ法の研究と,「パンテグテン法学」と呼ばれる法の体系化で著名な方です。



「パンテグテン法学」とは,共通項を総論としてまとめ上げる非常に抽象的・体系的なシステムを指します。古代ローマ法がその体系によっていたのです。ドイツ民法はそのローマ法を継受し,そのドイツ民法を継受した現在の日本民法も,その「パンテグテン体系」によっているのです(日本民法は,市民の生活関係を,財産法と家族法とに大別し,さらに前者を物権法と債権法に分け,後者を親族法と相続法とに分けています。そしてこれら全てに共通する通則として「民法総則」を設けています。この分類・体系もローマ法に由来する「パンデクテン体系」と言われています。)。



サビィニーは,ローマ法の研究により,その体系化を精緻なものとして完成させた「ローマ法の大家」と呼ばれる著名な方なのです(日本の法学部に進学すると,必ず耳にする方です)。いわば法の紙の上での体系性や美しさを重視する立場と言えます。



実際にある日本の民法学者の方は,サビィニーの打ち立てたパンデクテン体系につき,「美しく整序された体系的配置であり,人類の英知が生んだシステムである。」と評価しているのです。







グリム兄弟の兄,ヤーコプ・グリムは,サビィニーの教えを受けて,教授のローマ法の研究の方法論に感銘したそうです。



ただ,ヤーコプ・グリムは,やがてローマ法がどんなに体系的であったとしても,しょせんそれはローマで用いられていた法律にすぎないとして,サヴィニーの採る歴史法学の立場を批判するようになります。そしてヤーコプ・グリムは,ゲルマン民族の言葉や文化などを重視する,ゲルマニステン法学を唱えるようになったのです。



ヤーコプ・グリムは,かつてローマでもてはやされた「パンデクテン体系」を,壮大で美しくはあるものの,その体系そのものはあくまでも紙に書かれた活字にすぎない存在であるそれを重視するよりも,まさにドイツで今生きている人々の意識と思いに支えられている生きている法を重視するべきだ,それこそがドイツの社会をより良い姿へと変えていくための方法なのだ,と考えたことになりますね。



法学を通じてドイツの人々の思いと,それが込められた文化に興味を持ったグリム兄弟は,やがて民衆が生み出した昔話に興味を持つようになります。その収集の結果生まれたのが,『グリム童話』なのです。







このグリム兄弟とグリム童話のエピソードは,サビィニーの強い影響を受けている日本民法を用いている私達にも示唆的なものだと思います。



グリム兄弟は,どんなに体系化された法典でも,どんなにローマやドイツで評判の良い法典でも,それを日本語に訳して日本民法としただけで,即時に日本の社会が変わるわけではない,とのメッセージを送ってくれているように思います。



法を使って社会を動かしていく際に大切なことは,「○○国の法典だ」「この法律は非常に体系化されておりまさに芸術的な内容です」という法律の形式面ではなく,社会的因子としてその活字である法律を支えていく人々の思い,言葉,そして文化なのだ,ということですね。






グリム兄弟の晩年は,ドイツ語全てを集約したドイツ語辞典の編纂に当てられました。ドイツで受け継がれてきたドイツ語を集約した辞典です。



ところが,1838年に始まり,彼らが人生をかけたこのドイツ語辞典は,あまりに詳しすぎたため,編纂にとても長い年月を必要としたのです。



グリム兄弟の弟ヴィルヘルム・グリムは1859年に亡くなりました。「D」の途中まで辞典ができた段階でした。



さらに兄のヤーコプ・グリムは1863年に亡くなりました。「F」の途中でこの世を去ったのです。



そしてそのドイツ語辞典は,その後多くの学者達によって引き継がれ,1961年に完成したのです。



紙に活字として書かれた法律そのものは,何年たっても変化はしません。でも,その法律を支えて,その活字に意味を与えていく社会の意識と文化は日々変化し,それは世代を変えて受け継がれるのです。



グリム兄弟の生涯と,その人生の晩年におけるドイツ語辞典の編纂の様子は,現在の社会で法律を用いる私達に,「思いは受け継がれるのだ」という,とても大切なことを教えてくれているように思えます。

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