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9月10日(金),岡山市内にある山陽新聞社さんた記念ホールで,足利事件で再審無罪となった菅家さんをお招きして,裁判員裁判を考えるシンポジュウムが開催されました。



シンポジュウムは,前半と後半に分かれ,前半ではまず,菅家さんと弁護団の泉澤弁護士(東京合同法律事務所所属)に,インタビュアーからインタビュー形式で質問を行い,足利事件の経緯と,それが今後の裁判員裁判に対して与える影響や提示した問題点について,お話を伺いました。



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菅家さんからは,逮捕された日,警察官がいきなり家に来て,殺害された女児の写真を出して「この子に謝れ」と言われたこと,警察に行き,長時間の取調べの後で,とうとう犯行を認める自白をしてしまったことが,まず話されました。



インタビュアーによって,その夜に警察官により作成された自白調書の一部が読み上げられました。当日は約220名の方がシンポに参加してくださっていたのですが,皆さん「無罪の方がこのような具体的な行動を表現した自白調書を作られるなんて信じられない」という表情で,その読み上げを聞かれていたように思います。



取調べの際には,警察官から「絶対的な証拠があるんだ」と言われたということです。それが裁判で最大の問題とされたDNA鑑定でした。



その後,第一審の弁護人からは接見の際に「(当時栃木県内で発生していた女児殺害事件の)3件の内,1件もしていないなんてことはないんだろう」と言われたこと,家族に自分は無罪だということを伝える手紙を書いたところ,裁判の公判で打ち合わせもなく弁護人から,その手紙の内容の意味を問われ,自分はやっていないのだ,と答えたこと,その後再度犯行を認める書面を裁判所に提出したものの,結審前には再度犯行を否認したこと,それでも無期懲役の有罪判決となったことなど,菅家さんからは,信じてほしいと必死になっているのに,誰も信じてくれなかった当時の様子が,淡々と語られました。



私は菅家さんの著書を拝見して,2つショックだったことがあります。1つは,菅家さんは第一審の公判段階では,弁護人がついていたものの,そもそも弁護人とは何をしてくれる人かということが,よく分からなかった,と言われていることです。



私たち弁護士は,自分たちの役割を被疑者や被告人の方々が理解してくださっていることを前提として,様々な活動を行っているのですが,今後は法曹三者制度,その中でも弁護人とは何をする役割を担っているのか,弁護人は被告人に最も良い光を事件に当て,それによって事件が最も適切な形で解決されることを,これまで以上に伝えていく必要があると感じました。



もう1つショックだったことは,菅家さんは弁護人から「本当にやったのか」と聞かれたので「やった」と答えたけれども,「本当はやっていないのではないか」と聞かれたら「やっていない」と答えただろう,と書かれていることです。



刑事訴訟では,自白だけでは有罪とすることはできず,それを補強する証拠が存在していることが必要とされています。とすると,弁護人としても当然,自白をしていてもそれと証拠が合致しているのか,をチェックしなければなりませんし,裁判所としても,当然それを行わなければなりません。しかし,例えば今の刑事裁判では,被疑者・被告人が犯行を認めると,いわゆる「自白事件」として扱われ,有罪であることを前提として後は量刑の問題に訴訟関係人の関心は移るのが実情です。私達は,もう一度刑事訴訟法の原理を見直す必要があると思うのです。



さて,足利事件では,第一審の公判が行われている際,検察官はもとより,弁護人も自白をしている以上菅家さんは犯行を行ったのだ,と考えていましたし,裁判所も有罪の判決を下しました。ところが,その第一審の公判中に,ある市民の方が,菅家さんは実は無罪なのではないか,と考えていたというエピソードが菅家さんから紹介されました。



その方は菅家さんと同じバスの運転手をしていた女性の方で,菅家さんに手紙を書き,面会を求め,面会では「本当はやっているのならやったと言ってほしい。でも本当はやっていないのなら,やっていないと言ってほしい。」と菅家さんに言われたそうです。



菅家さんはその方に,「やっていないのです」と答え,その後その女性は,菅家さんの支援活動を始めたのでした。



法律の専門家が皆菅家さんを有罪だと考えている中,市民の中に,菅家さんは無罪ではないかと考えていた人がいた。これは,足利事件から裁判員裁判を考える上で,最大のポイントとなるエピソードだと思います。



裁判員裁判は,これまでの法律の専門家だけの裁判にあったさまざまな問題を,裁判員として裁判に参加していただく方の感覚を,裁判に反映させようという制度です。



足利事件で,菅家さんは無罪ではないかと考えていた方がいたことは,今後の裁判員裁判が良い形で動いていく,大きな力となるように思うのです。



さて,シンポでは,泉澤弁護士により,特に第二審から作られた弁護団が,どのようにして菅家さんの無罪を勝ち取ろうとしたのかについて,力のこもったお話がありました。



弁護団の方々が,東京高裁での第二審,最高裁での上告審でどのような活動をされたのか,それにもかかわらず,菅家さんの有罪(無期懲役)が確定した後,さらに再審請求を求め,その後東京高裁によって,DNAの再鑑定が認められ,その結果DNAの型が一致していないことが明らかとなり,菅家さんが再審開始・無罪判決を得るまでの経緯などについても,ご説明がありました。



印象的だったのは,弁護団としてはDNA鑑定の信用性を争ったのだけれども,当初の争い方は,「仮に被害者の女児の服に残された体液のDNAの型と菅家さんのDNAの型が一致したとしても,当時の科学の水準からすると,DNAの型が一致するであろう人間は,足利市内だけに限っても,数百人はいる計算になる」というものであった,というお話でした。「そもそもDNAの型が一致したという科学者の判断が誤っている」という争い方になったのは,最高裁の段階になってからだったそうです。



弁護士という法律の専門家であっても,科学の専門家によりDNAの型が一致した,という意見が出されてしまうと,それを根本的に疑うということが難しかったことを意味しています。これは,今後の裁判における科学的鑑定の証明力が争われた場合,特に裁判員裁判でそれがなされた場合の困難さを物語るものです。



泉澤弁護士からは,科学的鑑定の証明力の判断の困難さ,さらには捜査段階で自白し,自白調書が作成されている,とされ,その自白の証明力が争われた場合の判断の困難さが指摘され,足利事件は,裁判員裁判に大きな教訓を残したこと,これから裁判員裁判に裁判員として参加される方々は,ぜひその難しさを意識して,審理に臨んでいただきたいこと,そして,その判断においては「無罪推定の原則」「疑わしきは被告人の利益に」の法原則を忘れないでほしいことについて,お話がありました。



また,弁護団が何度もDNAの再鑑定を求めても,裁判所がそれを認めなかった経緯のお話からは,アメリカでは2004年10月に成立した「イノセンス・プロテクション・アクト(無実を守る法律)」に基づき,すべての死刑囚や懲役囚にDNAの再鑑定を受ける権利を認めており,200名以上の方が再審無罪判決を得ていることを思い出しました。「裁判所が過ちを犯すはずがない」という日本の裁判所と,「人は過ちを犯すものである」というアメリカの立法の立場。日本は外国法を継受したにもかかわらず,その動かし方に大きな隔たりがあることを,改めて感じました。



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シンポの後半では,菅家さんと泉澤弁護士に加わり,岡山弁護士会で裁判員裁判を経験した4名が壇上に上がり,計6名による裁判員裁判についてのディスカッションが行われました。ディスカッションは,会場からいただいた質問を検討しながら,進められました。



冒頭に,「裁判員裁判が始まった理由は何ですか」というご質問に対して,「これまでの刑事裁判は,調書裁判と言われていて,それが冤罪を生み出しているとの指摘があった」などという話がされました。



そしてその後,「裁判員裁判は逆に冤罪を多く生む可能性はないか」とのご質問について,インタビュアーが泉澤弁護士に対し「仮に足利事件が裁判員裁判で裁かれたとして,確実に無罪となったであろうか」との質問を行い,泉澤弁護士から「現在の裁判員裁判の運用だと,有罪になる可能性はある」との回答がされました。



泉澤弁護士,そして他の岡山弁護士会の弁護士からは,現在の裁判員裁判の運用の問題点として,①捜査段階では,捜査が密室で行われており,全面的な可視化がされていないこと,②公判前整理手続では,検察官からの証拠開示が,類型証拠開示請求など法律の要件を充たした場合にのみ認められており,冤罪を防ぐためには全面的な証拠の開示が必要であること,



③公判では,尋問の時間が制限されていることが多いなど,ラフな事実認定にならざるを得ないような証拠調べが行われていること,その上で冤罪を防ぐには,無罪推定原則を厳格の適用するべきこと,④評議・判決の段階では,評議の秘密が刑罰により守られる法律の規定になっており,行われた評議の内容・プロセスにどのような問題があったのかを検証することができないこと,学者や法曹などによる研究の場合には守秘義務は解除される,というような法改正が求められること,などが議論されました。



シンポの最後には,「弁護人はどうして悪い人を守るのですか」というご質問を,皆でディスカッションしました。



私の考えは,法曹三者制度は,司法権の行使を裁判官,検察官,弁護人の3つの役割に分け,事件に対してそれぞれの立場から光を当てることで,最も社会が求める事実認定,量刑の判断に至る制度であるというものです。つまり,弁護人が被告人の良い面,そして事件を起こしたとしてもどのようなやむを得ない事情があったのかについて光を当てないと,その事件の解決がかえってゆがむのでしょう。



本当は,1人の人が判断をした方が早く解決するのに,それをあえて3つの役割に分けるのは,「完全な人間はこの世にはいないのだ」ということを前提としているものです。弁護人の役割は,そのような観点から説明をすることができると思うのです。



シンポは,参加してくださった皆さんが最後まで熱心に話を聞いてくださり,大変なご好評をいただきました。菅家さん,泉澤弁護士,そして岡山弁護士会の4名の弁護士の方々のご協力により,弁護士会として社会の皆さんに考えていただきたいことが,お伝えできたのではないかと考えております。



シンポの後には懇親会が催されました。多くの方に囲まれて,食事をされている菅家さんの姿を見ながら,その菅家さんが17年半にわたって,身柄を拘束されていたのだ,と考えると,この世には,色々な思いをされている方の人生が重なってできているのだ,ということを感じざるをえませんでした。



私たち司法権の担い手は,喜びと悲しみに満ちた人生を送られている方々の人生に直接影響を与える仕事をしているのだと,改めて感じた夜となりました。

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