LEO幸福人生のすすめ

幸福の科学一信者のブログです。
幸福の科学での学びを中心として、
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無神論者の述べる「神の不在」の証明というか、根拠にあげる例に、

 

神がいるなら、なぜこの世はこんな不幸で満ちているのか。

神がいるなら、世界の不幸など簡単になくせないとおかしい。

なくならないで現に不幸が満ちているのだから、神はいない。

 

 

こんな論法によって、自分は「神の実在」など信じない。神は存在しない、自分は無神論者だ、と言う人がいる。

 

他にも、神を否定する論拠には、その人なりに色々な主張があるのだろうけれど … 。

たとえば、

人間を創っておきながら、楽園追放する神など信じない、というのも似たような考え方で、旧約聖書の創世記の記述を自分なりに読んで、そのような結論を下して、この人は(旧約聖書的なる神は)信じない、といって拒絶しているわけでしょう。聖書を読んで作った、自分の神イメージでもって、真実の造物主がいるかいないかを即断している。

 

けれども、その神概念は、ほんとうに正しいのだろうか?

そう考える必要があるのではないだろうか。

 

 

要するに、こうした「神の否定論者」でさえ、その人なりの「神概念」を持っているわけですが。

最初の例で言えば、この人の持つ「神のイメージ」は、

 

全知全能の神ならば、世界の不幸を放置などせず、あっという間に解決できないとおかしい。そもそも、そんな不幸がはびこる世界を「創造」した神は、幸福を約束してくれる神ではない、ということになるから、わたしはそんな存在を信じない。もしいたとしても、そんな神は信じたくない。自分は自分で生きていく。

 

こんな考え方をしているのかもしれない。

 

 

その人なりに、神とは何かを定義していて、神が愛ならば世界に不幸は存在しないはず。世界の人々の苦しみを放ってはおかず、助けてこその愛の神ではないか。

しかし現実の世界には不幸や苦しみが存在している。神がいるならば、これはおかしい。

ならばやはり神は「存在しないのだ」。

 

などという思考によって、神の実在を否定、もしくは、自分の考える「神」に適合しないであろう、そうした存在を否定する。

 

しかし逆の立場から見たら、その人個人が、どんな神概念を持とうが、否定しようが、

世界の創造者があるのならば、その創造者の在り方を純粋に探究するのが、神に近づく道であるべきであって、

自分個人の勝手な神解釈や、自分の抱く神イメージを先行させてしまって、それに適合しない世界創造者としての「神」などはありえない。もしいたとしても、そんな神など自分は信じない。

などと主張して憚らない人は、あまりにも、あまりにも傲慢な人間ではないだろうか。

 

なぜなら、自分の未熟なる「神概念」すなわち、神さまに関して知っている知見を優先して、

それに適合しない造物主など、自分は認めない、と言って、神を裁こうとしているのだから。

 

自分の考える概念に合わない存在は、神として認めない、と言うのなら、これほど傲慢な態度はあるまいと、わたしは思う。

 

人間の立場というのは、そんなエライものではないのであって、立場が完全に逆ではないかと、わたしは思うのだ。

 

 

神とはいかなる方であるのか、存在であるのか。

愛であり、叡智であり、信仰の対象であり、世界の創造主であり、生命を育んでくれる大いなる宇宙意識であり … 、

などなどの、古代から伝わるさまざまな<神を表現する定義>でもって、もっと深く深く思索しないと、いけないのではないだろうか。

 

愛である神が、世界をこのような形で生かされているのは何故か、と考えるのが、神と世界の関係を知るための、正しいアプローチの仕方であって、

 

世界がこうだから、神はいない、と考える短絡思考は、あまりにも単純なモノの見方でもって、世界の創造主を否定している、傲慢の罪そのものではあるまいか。

 

 

宗教否定論もそうですね。

 

宗教どうしの戦いが延々と繰り返されている。だからわたしは宗教などは信じない、という人がいる。

宗教が愛であり、たがいを認め合うものであるのなら、なぜ宗教戦争があるのか。おかしい。

戦争をやるような宗教はおかしい。だから宗教などにはまるのは間違いだ。自分は宗教など信じない、という人がいる。

 

この人もまた、先の「神概念」と同じような思考パターンによって、宗教を否定している。

 

自分の勝手な「宗教イメージ」でもって、宗教が愛ならば戦争などしないはず、といった決めつけでもって、宗教を自分勝手に定義づけている。

それに合わない宗教がたくさんある以上、宗教というものそのものがおかしい、という結論をこの人はして、無宗教に陥っているわけだが、

果たして宗教というのは、そんな一面的な判断でもって否定してよいもの、なのだろうか?

 

あまりにもこれは、宗教に関しての知識の不足、無知ゆえの短絡思考ではあるまいか。

 

宗教は戦争をしない、などという決めつけでもって、宗教そのものを否定しさる権利が、たかだか人間一個人にあるのだろうか。

人生観は勝手だからといっても、宗教そのものを否定するだけの論を発表する資格が、果たしてこの人にあるだろうか。

仏陀やイエス・キリストに脱帽敬礼してから、その言を吐き給え、と言うしかないように、わたしには思えて仕方がない。

 

人類の歴史と、宗教の歴史、あらゆる宗教の教える教義を、どれだけこの人は知って、宗教そのものを否定しているのだろう。

 

あまりにも貧弱で、単純な論点のみによって、すべての根本とも言える大いなる理念存在を、否定する暴挙に走ってはいないだろうか。

 

 

神と言い、宗教と言い、根源的なるものほど、その中に含まれる理念・概念は精妙で複雑で、かつ、あらゆるものを内包しているものだ。

それゆえ、高次の概念ほど、それを真に深く知ることは極めて難しく、単純な思考では到底、その本質には肉薄できない。

 

白か黒か、AかBか、なんていう単純な二分法で結論を出せるような、低レベルの話ではないんですよね。

 

世の中に不幸が満ち溢れているように見えても、神が大いなる愛であることとは、まったく矛盾していない、という理解があり得るんですからね。

宗教の教義を奥深く理解し、信仰と愛、霊的世界の秘密、転生輪廻と永遠の生命の神秘を知れば、この世の不幸は、神さまが放置しているわけでもないし、愛の欠如でもないことがわかります。

 

さらには、宗教同士が戦争をすることは、宗教が平和や愛を謳っていることと別に矛盾しない。

これまた、地球に生きる生命の多様さを真に知れば、その魂のルーツの違いから、さまざまなぶつかり合いや切磋琢磨が生まれていることが、理解できるようになる。

戦争という表面の争いのみをみて、その奥にある精神の煌めきを見ないでは、宗教そのものを否定するには、早計すぎる判断でしょう。

キリスト教とイスラム教の戦いにしても、双方の教義を本当に深く知ったうえでなお、なぜ争いが起きるのかを、あなたは解説することが出来るだろうか。そこまで深く宗教を知っているだろうか。それを知らずに、武器をもって戦っているという面だけを見て、単なる世俗の戦争と同じか、あるいはそれよりも下等な争いのように見るのは、これまたあまりにも短絡的な判断と言うしかないでしょう。

 

宗教という理念もまた、もっとも大いなる高次概念のひとつですからね。それを極めるほどに深く知悉して、判断をしているのかどうかを自らに問わないといけない。

 

世界の果ては、滝のようになって、海の水が流れ落ちていっているはずだ、という世界観を持っている人が、

 

いや世界の果ては、滝ではないよ、ずっと海が続いていて、その先をずっと進むと、ぐるっと回って元の場所に船は戻ってくるんだ。地球は丸いんだよ。

と主張する人の話を聞いて、

 

そんな世界観は信じられない。お前の主張するのは、妄想の世界観だ、といって否定したとする。

どちらが正しい世界を見ているのだろうか。今となっては明らかですね。

 

 

最初の人は、世界の果ては滝のようになっているはず、という概念を固執していて、

 

滝のようになっていない世界の果てなど有り得ない、信じられない、妄想だ、といって否定しているわけですが、

世界の不幸を放置している神など有り得ない、信じられない、といって否定する人間は、これと同じような思考パターンに陥っているのだと、わたしには思えます。

 

もっと謙虚になって、

神とは何か、宗教とは何か、真実そのものを探究しつつ、それを学ぶことが大切なのだと思います。

 

自分の考える神概念、宗教概念に固執して、それに合わない神など認めん、宗教など要らない、という人は、とてもとても傲慢な、そしてまた、短絡的な判断に陥っていないかどうかを、深く反省する必要があるのではないか。

霊的に言ったら、そういう魂はひじょうに危うい境涯にあると、わたしは考察する者ですね。

 

 

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