私のお母さんのお母さん。


つまり私のおばあちゃんはお母さんが12歳の時に亡くなった。


お母さんの家は赤貧で。


おじいちゃん(私のお母さんの父)は、お酒を飲んでは暴れた。


おばあちゃんは体にムチ打って、働きに出たり、それでも追いつかなくて家で内職をしたり。


子供達を育てるために働きづめだったらしい。


絵に描いたような苦労人だった。



お母さんが12歳の時、おばあちゃんは風邪を引いた。


それでも仕事は休めないからと、コンコン咳をしながら働き続けた。

そうしたらどんどん風邪が悪化して、とうとう肺炎になった。



おばあちゃんはすごくすごく気丈な人で、救急車に乗り込むときも、自分の足で歩いた。


乗り込む直前、家を振り返って


「帰ってこれるかなぁ・・・。」


と一言つぶやいたらしい。


それから3日も経たない内におばあちゃんは亡くなった。



その夜、親戚のおじさんの夢枕に


「子供たちが心配・・・どうかよろしく・・・」


と立ったらしい。


お母さんはそれを聞いても


「おじちゃん夢見たんかなぁ」


程度にしか思わなかった。



おじいちゃんは、おばあちゃんが死んでからとても後悔しておばあちゃんの位牌に話しかける毎日が続いた。


過去は返らないのに。


そしておばあちゃんが亡くなってから一年も経たないうちに、後を追いかけるようにおじいちゃんも脳溢血で亡くなった。




両親を立て続けに亡くしたお母さんは中学を卒業してすぐに働きに出た。


とにかく生きるために食べるために住み込みで必死に働いた。


まだ15、6歳の女の子だったのに。



身を粉にして働く日々が続いたある冬の夜。


その日も一日の仕事でクタクタに疲れたお母さんは、薄い布団で一人眠っていた。


古い木造の二階部分。


ギシギシ・・・


夢の中?


ギシギシ・・・


廊下を歩く誰かの足音が聞こえる。

「お母ちゃん・・・?」


お母さんが何故か直感的にそう感じた瞬間、体がピクとも動かなくなった。


ガチャ・・・


人の気配が部屋に入ってくる。


でもお母さんは全然怖くなかった。



目を薄く開けると、おばあちゃんが、お母さんを優しい顔で覗き込んでいた。


「布団はいでもうて。風邪引くで・・・。」


そう言いながらおばあちゃんはお母さんの寝ている布団を、肩までかけなおした。


甘い懐かしいおばあちゃんの匂い。


お母さんは動かない体でポロポロ涙をこぼした。


おばあちゃんはそんなお母さんの頭を優しく数回撫でるとスゥッと部屋を出ていった。


「お母ちゃん、お母ちゃん!」


体が自由になったお母さんは、わんわん泣いた。



この話は私が小さい頃から何度も聞かされた話。


おばあちゃんの話を聞くたびに、お母さんにもお母さんがいたんやーといつも不思議に思った。




先日。


私が


「お母さん、今でもおばあちゃんのこと好き?」


と聞くと


「当たり前やろ。何歳になってもお母ちゃんの思い出は消えへんで。逆にどんどん強くなるわ。」


と笑った。


私がお母さんを心の支えにするみたいに、お母さんもおばあちゃんを支えにしている。



お母さんの布団を直しに来たおばあちゃんは、まだ子供だったお母さんの作り出した夢・幻だったのかもしれない。

それでも。


残された者が作り上げた「あの世」だとしても、人が人を思う気持ちは強く、深くこうして何十年も続いていく。


こんなに複雑で、たくさん笑って泣いて愛して懸命に生きた命が、死んだそのあと何も残らないなんてことがあるだろうか。


逝った者の思い、残された者の思い。


それらが重なりあう人知の及ばない瞬間があるんじゃないだろうか。



私は親不孝だから、亡くなった後、お母さんもおちおち安らかに眠れないかもしれない。


「お母さんに会いたいから、毎日出てきてくれてええよ。」


私はそう言いそうになったけれど。


生きている限り、いつか確実にくる「お母さんとのお別れ」に、胸がギュウッとなって鼻がツンとしたから何も言えなくなった。







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