かゆいところに手が届く!?

~自然素材の家 設計・コーディネーターブログ~


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こんにちは♪

本日の担当はまっちゃんです!

今日は先日の続き  「ダイニングキッチンの誕生」について、お話したいと思います。


今でこそ、ダイニングとキッチンがひとつになった空間を当たり前のように「ダイニングキッチン」と呼んでいますが、その昔、戦前までさかのぼってみると、この頃の日本にはまだダイニングキッチンという言葉も考えもありませんでした。

それまでの日本は食べるところと寝るところが同じ空間で過ごしていました。

食べる時はちゃぶ台で、寝る時にはそのちゃぶ台を脇に寄せて布団を敷いて・・・

こんな感じでした。


戦後、日本にはたくさんの海外の文化や生活様式が流れ広がりました。

その中のひとつに、寝るところと食べるところを分ける「寝食分離」という考えがありました。

そして、さらに食べるところと作るところを一緒にできないか・・・という考えも。


これまでの日本のキッチンというかお勝手は、土間にかまどや水瓶が置かれたもので家の北側の隅で暗くカビくさいジメジメ~とした位置にありました。

そしてそんな劣悪な環境で主婦達は毎日、働いてきました。

そんなジメジメとしたお勝手を食べるところに持ってくるためには、まずキッチンが清潔であることが必要不可欠な条件でした。

それを解決すべく誕生したのが、サンウェーブのステンレス流し台でした。(試行錯誤の上、当時の日本では珍しかった工業製品として大量生産も可能に)


戦後、土地も家もなにもない状況下、住むところを失った人たちのために国がせっせと各地に公団住宅を作っていました。家を失くした人たちはこぞって公団に移り住みました。

その時の標準プランが <51C 型> と言って「寝食分離」の考えを元に作られた間取り+ステンレスの流し台を採用したダイニングキッチンだったのです。


こうして、ダイニングキッチンが日本に定着していったのですが、それと同時に工業化製品の確立と、これまで北側にあったキッチンは南に面した明るく開放的な家の中心となる位置(=つまり、主婦のスペース地位向上)へと変化を遂げたのでした。


今でこそ、家の中心にある明るいダイニングキッチンは、この時代背景によって生まれ定着していったのだと思うと、もう少しサンウェーブと公団に感謝した方がよいのかなと思いました(笑)


お し ま い 。




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