2012-08-31 22:29:34

+ 教師はなぜぼけるのか 他 【三好春樹】

テーマ:* 最近読んだ本。
・・・・・・失礼。読む前は、タイトルを全く違う意味で納得していた。

 社会人として「あなたはありのままで良いの。生きてるだけで素晴らしい事なんだよ」は勿論通用せず通用させず、他人や自分の能力を比べ、成長速度を比べ、どれだけ会社の役に立てるか、自分の付加価値を高めるかが生活の大半で。
 私はアレが出来る、コレが出来る、だから世間的にどのくらいの価値がある。そういう考え方をしていると記憶力も体力も意欲も下り坂になる老年期、いよいよ何も出来なくなったらどう生きていけばいいのだろう?
 私はハード面はお金でなんとかしようと、ソフト面での答が見つからないままだった。


 特に小学校の先生がよくぼけているのです。どうしてだろうかと考えてみますとね、教師って何をやっているかというと、人間が生きて誕生して、発達しますね。発達過程を経て成人になります。それから長い長い老化過程、そして死、こういうことになりますね。学校の先生というのは発達過程に主にかかわっている。早く発達するのはいい子なのですね。遅く発達するのはよろしくないのです(略)
 発達するのはいいことだ、逆に止まってたり下がったりするのは悪いことだという価値観が教師の中にあるからそれができるのですね。(略)発達するのも老いるのも、全部自然過程ですから、いいとか悪いとかいう価値判断以前の問題ですね。(略)
 人間というのは昨日より今日、今日より明日、どんどんどんどん進歩していくものだ、進歩しなければだめだと思っているのが、お漏らしするようになって、物忘れするようになっていくのですから、自分を許せなくなるのですね。自分とつきあえなくなるのです。ですから劣等生に厳しい先生ほどよくぼけるという、ザマミロ的法則が成り立つはずなんですよ。P72-P75


 「あなたが役に立たなくなった時、大切にされるような人になりなさい」というような記述もあるが、まだまだ社会を支えているのは、能力の研鑽に努力と情熱をかけている人達だろう。それとこれとは両立が難しい。
 この事に関しても良い答えが書かれてある。


 人間てものを広くとらえて、ぼけても人間、人間から援助を受けていても人間。あれも人間、これも人間。(略)
 広い人間観をもつことです。たとえ狭くても、例えば「人間というのは人のために頑張らないとういけない」と思っていても、イザ自分が障害を負ったとしますね。人のためどころではなくなったとき、「ああ、そうか」といって、ぱっと広げてしまえばいいわけです。



 ひとりの老人がぼけていったと言うときに、私たちはその事態をどのようにとらえたらいいのかというと、この世界には耐えられなかったということです(中略)
 ですから一種の、私たちとしては後ろめたさのようなものを感じるべきではないでしょうか。たとえば知った人が自殺をしたというときに感じる、あの後ろめたさですね。P124


 「痴呆は社会・家族・自分自身との関係障害だ」という言葉は真理なんだろうな・・・・・・



 ママン有り難うラブラブ!

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