2008-10-10 18:34:17

+ あっさりと告知される

テーマ:* 父が食道癌

 3月中旬。女友達と二人で城之崎へ旅行に行く。
 温泉巡りの最中、母から電話がある。
「今どこに居るのん」「城之崎ー♪旅行中」「じゃ、良い」「どしたん」

 聞いていくと、私の家に届いている資料が必要とのこと。
 「捨てたかも知れんけど、家帰ったら見てみる」ということで電話を切る。今思えば本当は父の話をしようとしていたのかも知れない。

 確かにこの時話されていたら、私は旅行どころではなかったと思う。
 実際、父が入院してからは旅行どころか遊びに行く事も殆ど出来なくなってしまったから、最後の「何の悩みもない脳天気な旅行」だったかも知れないのだ。
 母の気遣いの気持ちは嬉しかったし、流石だと思った。そして、この歳になってもこんな事態になっても、守られている自分を厄介者に感じた。


 帰ってから母に電話をする。実家にお土産を持って行こうと思う。
 折角帰るのだから、退職後に不定休で再就職した父の休日に合わせようと予定を聞くと母は「うーん」と言い渋る。


 そして「お父さん、ガンなんよ」と。


 その時、最初に思ったのは「やっかいな事になったな」。
 オオゴトだけどどこか余裕の気持ちだったのだ。

 私のイメージではガンは一昔前の結核と同じく、「一昔前は死病だったけど、今では十分に治る病気」だったからだ。
 しかも食道というと普段は殆ど意識しない場所。食道には失礼だが、胃腸ほど体調に応じてアピールしないし、肝臓や腎臓ほど重要なイメージがない。
 「暫くは大変だろうけど、節目節目の厄みたいなもの」
 そんな間違った先入観があったのだ。


 3月の始めのパーティの数日後、とうとう食べ物が喉を通らなくなってしまい、母に「病院に行け」と言われたそうだ。
 病院では初診のその場で内視鏡検査をしてくれて。
 内視鏡の画面をディスプレイに映して見つつ、内科の40前後女医さんに
「あーーこことここ、癌ですね。大丈夫、このくらいなら治りますよ。早めに入院して治療を開始しましょう」と軽く告知されたそうだ。


 父は病院から一人で帰り、母に「僕、癌やねんて」と言ったそうだ。

 年末に健康診断を受けていた筈なので「いつごろ出来た癌ですかね?」と聞くと「ここ3ヶ月でしょう」と言われる。
 その後手術の為に外科に移ってから外科の先生に尋ねた所、「3ヶ月は有り得ない。2年前後経ってる筈」との事。
 後から分かった事だが、ステージ4。


 出来て2年目の癌と、3ヶ月の癌では治療方法も違うと思う。医者って、病院ってこんなモンなのかな?女医先生に対する不信感を感じる。

 数日後、女医先生の上司と思しき医師から別の用事で電話があり、ついでに「治る治ると言ったようですが、一応覚悟はしておいて下さい」と言われる。


 インターネットで調べて愕然とする。
 食道癌は、癌の中でかなり難しい部類に入るそうだ。
 5年の生存率が何パーセントであるとか。5年?すぐじゃないか?

 病院嫌いの両親の事だから頼みの綱の「早期発見」からはほど遠い。

 
 父と言えば酒と煙草の人で、だから私や母は肝臓と肺の心配しかしていなかったんだ。


 酒と煙草というと、食道癌、ドンピシャだ。
 だれか身内に食道癌経験者が居れば、「酒と煙草がダメなんだって」という知識があれば、「のどが痛い」と言われた時に、即対応出来たのに。
 「また御飯を食べたくないだけなんだ」「どうせ検査に行けと言っても、絶対に行かないだろう。逆切れされるだろうから言わない」と流してしまっていたんだ。


 その1週間後、病院のベットが空くのを待って、初診をして貰った大学病院に入院。治療を開始する。

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