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2012-05-11 23:40:42

+ やめられない ギャンブル地獄からの生還 【帚木蓬生】

テーマ:* 最近読んだ本。

「パチンコ台は、日本以外の国にはまずありません。

 外国にあるのは、スロット台とルーレットやその他のギャンブル台です。その統計は、日本を除く全世界で250万台です。なんと日本の半分の台数なのです。

 (中略)

 2004年度の高額納税者上位100人のうち、12人がパチンコ・スロット店や、その機器の製造メーカーの関係者でしめられています。p114


 他、脳内物質と依存症の関係などにも触れてあるが、パチンコは疎か依存症が知り合いレベルでも居なくてピンと来ないので、正直この本は、他の精神障害などに置き換えて読んでしまった。


 海外での自助グループの話がとてもいいなと思った。


 アルコールや薬物、ギャンブルなどの依存症について、「治すためには本人が心を強くして我慢するしかない」と思ってしまうのは国民性だろうか。


 海外では「ギャンブラーズ・アノニマス」というギャンブル依存症者のための自助グループがあるのだそうだ。 


 自助団体というと日本では聞き慣れないが、デスパレートな妻達、SATCなど洋ドラではちょくちょく出て来るアチラではメジャーな存在のようだ。 

 あれを見て地に足がついてるなと感じた。週一回しか会わないエリート医者や非・依存症の人に、あるべき論をされるのとは違い(そもそもそれが出来ないから依存症やってるのだ)、経験した人からサポートして貰える。

 上から垂らされる蜘蛛の糸を登るのは孤独だし筋力がいるが、横並びの仲間と一緒に登っていくのなら何だかいけそうだ。


 また、体験談を読んでいると、依存症患者以上に、その配偶者、親、子供の受けるダメージは大きく、自殺や人生を変えてしまうものも少なくない。 本人の「今度こそ止める」を信じ、裏切られ、本人の逆ギレを真に受け、自分を責めたりもするだろう。スリップされた時の裏切られ感もハンパないだろう。人間不信にもなるだろう。

 そういう人達が支え合う自助団体も存在する(自死遺族の自助団体に似ているように思う)。  「海外なんかでは」という言葉は嫌いなのだが、この辺りは羨ましい。どうして日本では自助団体というものが流行らないのだろう。


 一緒にするのは不謹慎だが障害者に対する受け止め方の差異に似ているのかも知れない。

 海外ではハンディキャップや罪を犯した、一般的に良くない状態にある人が努力することが普通に「カッコイイ」と受け入れられている。 日本では、そういったものはまだ建前上は「がんばってるね」「えらいね」と言われるだろうが、本音では努力以前に弱点をカミングアウトした時点で強く強くレッテルを貼られてしまう。もしくは「元、極道の**」のように変に過大評価した神話にして歪めて伝えてしまう。


 だから自分(自分の身内)が依存症患者である事を隠すのだろう。だから自助グループなんて言ってる場合じゃないのだろうな。

2012-04-10 19:43:06

+ 死刑でいいです --- 孤立が生んだ二つの殺人【真下周】

テーマ:* 最近読んだ本。
 母親殺し・姉妹殺人事件の犯人、山地悠紀夫を通して発達障害者の支援というテーマで書かれつつも、筆者自身も述べているように山地が本当に発達障害なのか環境による人格障害なのかがそもそも定かではない。彼の生育環境は、それほど特殊だ。

 だからこの本が発達障害に絞らずに
 「貧困・無縁・環境など様々な原因で、生きること・社会参加が難しい情況になっている人間を、孤立させてはいけない」という話であれば、とても納得いくのだけど。


 山地悠紀夫が母親を殺したのは16歳の時だ。

 母子家庭で貧しいのに買物依存の母親。借金でガスや水道さえ止まる日々。山地の母は未成年の被告が新聞配達をして稼いで貯めた金まで使い込み、出来たばかりの彼女に無言電話を続け。しかも口下手で、被告に対する謝罪どころか十分な説明や言い訳さえ禄にしなかったという。


 ただ貧しいのではない。圧倒的な孤立と、母による裏切りの日々。


 この環境で育ったら、多くの人は普通には生きれないのではないだろうか・・・・・・


 寧ろ少年院の精神科医が、何度も何度も「母親殺しに対する反省」を被告に求める事に違和感があった。
 確かに普通なら「ああ、ここは反省してるって言うべきだろうな」と分かるだろう。しかし変な言い方だが人一人殺す気持ちと罪深さに比べれば、反省したフリで得られるメリットなんて軽すぎると思うのはノーマルな反応ではないだろうか?
 「反省したフリをすれば周囲の心証もよく、罪が軽くなるだろう。じゃあ反省したフリをしよう」「取りあえず反省したポーズを取っておくべきなんだろうな」なんて口先のウソで言い逃れしたい程度の覚悟で、人を殺せる方が恐ろしい。


 空気の読めなさや判断力のなさは、自分や周囲の人間や世界に対する未練や執着のなさと、特殊な育ちによる経験の少なさでもあるのだろう。
 上司に掌を返されたらダメになるのは、誰でもそうだろう。キレやすいのも「ちょっと我慢してみよう」と思える程の成功体験や信じる心がないなら当然だ。
 弱者ほど、守ってくれる人が居ない人間ほど、何かをされたら即やり返さなければいけないだろう。待てるのは恵まれた者、信じることが出来る者の特権だ。

 周囲に感心を持たない子供時代・・・。でも、教師や同級生に苛めを受けていたなら、周囲への感心を表さないのは寧ろ正常ではないか?


 発達障害とのリンクについては随所に「?」を感じながらも、社会や家族の目に見えない被害者が歪みや鬱屈を抱えて、ついに加害者になってしまう・・・という事について、考えさせられた。

 被害者にとっては関係のない事だとは思うものの・・・・・・。

2012-02-20 11:42:22

+ 東電OL症候群【佐野 眞一】

テーマ:* 日記。
 最初の半ページを読んで「あれ?」と思った。

 その後も「あれ?」は続いた。山田悠介を読んだ時の感覚に近い。宮部みゆきをを読んだ時、その感覚の10倍希釈を感じるアレだ。

 どうして初っぱなから、この事件と911事件をコッテリと絡めた私説が続くのか。世界貿易センター関連の単語が何度も繰り返されるのか。
「淫靡なネオンサインがきらめくこの町は、戦後のダム建設によって水没した飛騨地方の村の住人たちが東京に移住してつくりあげたものだった。
彼女はダム=電力=東電、ダム=水没=円山町という、現代史の光と影をはらんだ二つの連想の交差点にたたずみ、この謎が解けるものならといてごらん、とでもいうように私を手招きしているかのようだった(P9」
 これらはかなり飛躍した作者の見立てであって、ノンフィクションとしては本全体の信憑性や作家の姿勢を疑われてしまうレベルではないか。
 思い入れの余り「私にとっては実の妹のようなもの」という記述もあり、なんというか距離感がおかしい。
 それに文章や表現が無駄にセクシャルであるのも鬱陶しかった。
 売春婦が性交の後に殺された事件だ・・・・・・セクシャルになるのは仕方ないのだろうが、事実のエロと筆者のエロフィルターの差は読んでいるものにはハッキリと分かる。

 そして「(裁判中に)耳が勃起した(耳を疑った とか耳をそばだてたの意味だろう)P29」で、「ああ、読まなくていいな。この本」と勝手ながら思ってしまった。「今の私にとっては・・・・・・」かも知れないが。
 何だか出がらしのお茶を飲んでいる気分で、もう良い成分はないのに無理に熱湯で量を増して出そうとしてる。調べてみたらこの前に「東電OL殺人事件」というものが一作あり、そちらの評価が高いとのこと。 

 「東電OLシンドローム」なのは、誰よりも作者なんだろうな。
2012-02-15 23:32:46

+ 秋葉原事件―加藤智大の軌跡 【中島 岳志】

テーマ:* 最近読んだ本。
 秋葉原無差別殺傷事件の加藤被告を子供の頃から事件を起こすまでの家庭環境、友達、職場での振る舞い、ネット上での書き込みなど、とにかく調べ尽くした一冊で、とても興味深かった。

 掲示板で煽られたから抗議のつもりで犯行に及んだとか、作業着がなくなっていたからキレて仕事を辞めたとか・・・・・・それは飽くまで引き金であって、もしその日作業着が無くなっていなかったとしても、ネット上のトラブルがなかったとしても、同じ程度の事で、いつかは犯行が起きただろう。掲示板や作業着に罪はない。そのことを筆者は
 「引き金と弾は別」
 と表現していて、とても的確だと思う。
 加藤という人が、常時弾が装填された状態にあったという事が問題なのだ。

 思っていた加藤像と、この本の中のそれとは少し隔たりがあった。
 丁度社会的にも非正規雇用者の問題が上がっていた時期で、加藤が非正規雇用で弱そうな風貌だった事から、"元ガリ勉、友達も居ない変人弱者が派遣切りに遭って、大量殺人をしでかした"という視点からの報道さえあった。

 でも実はこの加藤は体育会系と言っても良いんじゃないかと思うほど運動神経も良く、どの職場に行っても取りあえず真面目さを評価されて職位を上げていく。
 子供時代の学力は教育ママの賜物としても、運動神経は持って生まれたものだ。少し変わり者ではあったようだが、その後の人生を見ても基本能力の高さが伺われる。


 苛められっ子というわけでもなく、親友も数人、行く先々でそれなりに友達も出来る。この年齢の男性なら十分恵まれている数だ。か弱いオタク青年ならキレても多分ひっそりと自殺して終りだっただろう。行動力が高かったから大量殺人になったってしまったのかも知れない。



 酒鬼薔薇聖斗の親が本を出した時に「これなら仕方ない。彼は家庭環境が異常だったんだ」と言った人が居て、私は全く意味が分からなかったのだが(ごく普通の家庭に思えたのだ)、加藤の家庭環境は分かりやすい。加藤の母は虐待の負の連鎖を解消しきれていない人だった。


 「不満が溜まると直接言葉で相手に伝えるのではなく、不満を持っていることを相手に知らせる為に行動を起こし「アピール」することを繰り返してきたという(p13)。


 これは彼の母によって育てられた社会スキルなのだろうな。
 こちらの言い分を絶対に聞いてくれない人、ごり押しする気満々な人・・・・・・というか関係性は確かにあって、幼い頃からその下だと「自分の意見を言ってみる」「相手を理解する」「相手に理解して貰う」という発想そのものがなくなるのだろう。
 一方的に言う事を聞かせるだけの相手の下では、態度で「アピール」し、発破をかけるしかないのだろう。
 ・・・・・・これって誰もが少しは身に覚えがあるのではないだろうか?


 ただ、加藤のアピールは「伝える手段」から一人歩きしてしまって、意味をなさないものも多い。
 たとえば交通整備のバイトで、トラックが自分の指示に従わなかったからといって「それなら交通整備は要らないだろう」と持ち場を離れてしまう。
 トラック運転手はその場にはもう居ないのから、相手にアピールが伝わる可能性はゼロだ。
 本人でさえ、その「アピール」を伝える手段だとは思っていなかったのではないだろうか。そもそも相手に自分の気持ちが伝わるとさえ、信じていなかったのではないだろうか。


 本の最後の方、犯行の日に近づくにつれ、彼はひとつひとつ関係を、自分の選択肢を、自分で潰していくように見える。
 顔を合わせづらい人が増えて、帰る場所がなくなって、出入り出来ない場所が増えていく。
 そうこうするうちに、多くの「普通の生活をしていたら成長していた筈の部分」が出来てしまい、さぁ普通に生きていこうと思った時、ハードルが上がりすぎて復帰出来なくなってしまっていたんだ。
 どこかで終わりにして、帳尻を合わせたかったのだと思う。



 第二の○○を出さない為に・・・・・・などという動機で、この手の犯罪の手記を読んだ事はない。
 それはとても深い理解が必要で、可能だとは思わないからだ。
 寧ろ表面的な「加藤モドキ狩り」という陰湿な遊びが出来上がってしまったり、潔癖症な人達が歪な世の中を作りそうで。


 加害者の人権を守る会や死刑制度廃止団体の類で、「加害者だって社会の被害者だ」などの主張がある。
 私は短絡的な人間なので、「被害者にだって人権はあったんだよね」と、加害者に制裁を加えたがる方だ。
 でも、なんだろう。
 遊ぶ金欲しさの殺人や、快楽犯罪、見苦しい裁判をする人達に比べて、加藤被告の生きにくさが伝わって、そこまでの憎む気持ちが生まれなかった。

2011-10-27 21:14:27

+ 日本人の一大事【佐藤愛子】

テーマ:* 最近読んだ本。
 祖父母世代と近くで暮らしたかったなぁと思った。

 こんなおばあちゃんが近くに居て欲しいなぁ。
 親だって実はそれほど多くの事を知っているわけではない。
 自分が知ってる全ては更に狭く、たかだかここ30年の経験・善悪だ。
 賢者は歴史に学ぶって言うもんな。

 「佐藤愛子から現代人へ、歯に衣着せぬ一言」

 そうそう!と超同意が1/3、そうなのねと素直に聞けることが1/3、そりゃ違うよと意見したくなる事が1/3。
 「そうそう!」と思う事は、既にみんなが「そうそう!」と言ってる事かな。2004年の本だけど、2004年にだって斬新ではなかったと思う。
 たとえば子どもの自主性を大事にする!と言って、3つ4つの子どもに親がお伺いを立てるのは変なんじゃないかとか。何故殺してはいけないのかが分からない子どもに対する苛立ちとか。

 今となっては寧ろ、万人が「そうそう!」と思える事が、何故そうならないかの方が問題だし、気になるのよね。
 それこそ、愛子さんの言う「日本人をダメにしようとしている勢力が働いているに違いない」というのは大いに同意。
 と同時に。

 以前「他人を見下す若者たち【速水 敏彦】 を読んだ時も思ったけど、大学教授や執筆家などその道の専門家でさえ、時代に付いて行くというのは大変みたいだ。自分の産まれた時代から自由で居るということはとても難しいみたいだ。

 佐藤愛子でさえ、現代を理屈で評価する割には自分の世代にはたっぷりの思い入れと愛由来の偏見を以ってアンフェアな評価をしているように思う。
 世の中は変わっていくから、昔の良い風習と悪い風習が忘れ去られて、新しく良い常識と悪い常識が発生する。
 だけど年齢がいくと、新しい良い常識にはついていけない。そのくせ昔の良い風習が通用しなくなっているのは感じる。新しい悪い常識は嫌でも目につく。

 例えば携帯電話を、パソコンを「今のものにはついていけない。電話で十分」と言っちゃえる人には、それがあって当たり前、それがないと生きていけない今の時代を昔と比べて、意味のあるジャッジをすることは出来ないと思う。

 「昔は良かった」「今の若いものは」というのはそういう事なのだろう。
 私は20代の頃から「今の若いものは」が口をついて出ていたが、それはあまり口に出す言葉じゃないのかも知れないなと思った。

 経験則でしか言えない事もあるから「だってそういうものだもの」という言い方も分かる。でも彰かに理解不足な事も多いもの。
 だけどそれだって、言ってもらわなければ気付かない事で。
 そんなこんなを含めて、今理解出来なくてもそのうち理解出来る日が来るかも知れない事も含めて、とても納得出来る残りの半分も含めて、やっぱり上の世代の人の言うことは大事なんだよな。

 あー、おばあちゃんたちともっと一緒に居ればよかったなぁ。

 色んな世代の人が交流する場というのは大事だよね。

2011-10-19 18:05:22

+ ばいばいWindowsXP

テーマ:* 日記。

 2010年の8月に自宅用PCをwindows7にして。

 仕事先で使うMyPCも徐々に7になっていき。


 今日、ついに最後の一台がXPからwindows7に。


 なんだか寂しい。

 ホンマお世話になりました。

2011-10-12 22:19:50

+ Colorful【森絵都】

テーマ:* 観たもの。
「ぼくは、ひとを殺したんだね」
 
自分視点の始まり方・・・・・・券売所のような、職安のような場所で周りを見回したり、少しふらつきながら歩く視界に引き込まれる。
 最近の作品だからか「生まれ変わるのもなんだか面倒くさいってゆーか」とか、自殺の動機が母親の不倫や初恋の人の援助交際だとか、リアルとゆーかセキララだ。どの世代の子が見に来るのだろう。

 プラプラの棒読みが、キノのエルメスみたいだ。ヘタウマじゃないが「棒読み」というジャンルってあるのだろうか。


 父子で釣りに行って、中学生らしく「僕は人間なんて嫌いだ」と嘯く主人公に「父さんも人間は嫌いだな」としみじみと返すシーンが面白い。


 プラプラの「フライドチキンと肉まんだけであんなに幸せそうに笑いあったり、よくわからないけど正直ちょっと羨ましいです。明日があるって良いものですね」がちょっと可哀想で可愛い。


 美化されずに、寧ろデフォルメされた女性キャラも容赦ない。
 ビッチの方は絵に描いたように中身のないフワフワしたビッチ、ブスでオタクっぽい(むしろ障害者が入ってそうな)方は最後の見せ場の笑い声までゾっとするほど気持ち悪くてイライラさせられた。吃り方といい宮崎あおい、演技上手いなぁと思った。


 それにしても主人公の真みたいに顔立ちが整ってて、一芸あって、普通体型でも苛められるものなのだろうか。

2011-10-07 22:28:11

+ その時がきた【佐藤愛子】

テーマ:* 最近読んだ本。
 その時→女性が女性でなくなる時。
 それは医学的な「女性でなくなる時」(閉経)ではなく、男性から「女」として扱われなくなる時。
 女は何とかして「その時」を超えなければいけない。
 ある者は死を選び、ある者は美容整形の常習になり、ある者はその時に直面しないで済むよう10年前から年寄として生きる。
 「その時」との戦いは、なんだかとても壮絶なようだ。

 その足掻きを滑稽で無意味だと捉える主人公は、45才。飾り気のない美形美容整形外科医。
 まぁその鉄壁の主人公が自分の娘と同じ相手・・・30代の外科医に恋をした所から、老いを恐れる普通の女に転落してしまう・・・・・・という話。


 多分私も「その時」を過去に飛び越えたのだろう。だけど衝撃は「その時」じゃなかった。


 女でなくなる自分に恐れを感じたり絶望したりするのではなく、自分は自分なのに、まるで女としての価値がなくなれば自分という人間の価値さえなくなりそうな世界に絶望した。今もその絶望のような怒りのようなものは燻っている。


 だからこの本は少し斜に構えて読んでしまった。「女」は結果であり属性であり一面でしかなく、しがみ付くものではないと私は思ってる。


 ・・・・・・あ!恋愛してない女性(前半の主人公)は私サイドで、恋愛をしている女性は後半の主人公なわけか。

 自分がいくら「10代みたいにピチピチな体じゃなくなっても私は私」と言い張っても、恋愛は相手ありきだもんな。すっかり忘れてたにひひ

 はぁガーン

2011-08-22 23:15:48

+ ムカついたから、やっただけ 【日垣 隆】

テーマ:* 最近読んだ本。
 自分の大切な人が、ある日突然、誰かに殺される。
 その時、加害者が未成年だったというだけで、遺族は「あなたの子供が未成年者に殺されました」という情報以外は得られなくなる。
 手を下したのが誰かは疎か、被害者がいつ、何処でどうやって殺されたのかさえ知ることが出来ない。

 取調べの方法も意図して犯人を逃がしているかの如く、隙や口裏を合わせる余裕がたっぷりあって。


 なんだか誰が考えても変で、時代にもそぐわない事ばかりなのに、未だにこんな現状なのは「身内が少年犯罪で帰らぬ人になる」のがとてもレアな事で、それゆえ放置されてしまっているだけの理由なのだろうか?

 この犯人の母親の隠蔽に向ける行動力と信念は、なんなんだろう。
 それにしても、女子高生コンクリの犯人にしても、この犯人にしても、繁殖力だけは高い。世の中って意外と捨てたものなのかも知れない。


235ページから
 各地の少年事件を取材しながら、いつも私の頭の片隅にあったのはポーカーのことでした。
(ルールの説明中略)
 ここでやや俗っぽいルールですが、何にでもなれるジョーカーを混ぜることにしましょう。このジョーカーは残念ながら、少年犯罪に見立てるときは「男であること」の比喩になります。障害では七対一、障害致死なら百対三くらいの男女格差があるからです。
 アルコールを飲んでいると、3や4ではなく、絵札になります。シンナーや麻薬や動物虐待や殺傷用ナイフ所持は、文句なくエースです。
 個室の溜まり場がある、夜中に家からいつでも抜け出せる、バイクか車がある、暇をもてあましている、親が甘い、携帯電話をもっている、セックスが日常化している、というような要素も絵札と考えていいでしょう。アクションTVゲームがやめられないとか、禁止されているバイトで四万円以上稼いでいるとか、そのために部活をやめたとか。父親との会話がない、といったような要素は、7から9くらい、まぁまぁ高い数字です。
 超暇で、その原因が高校中退+無目的状態にあるとしたら、これはもう立派なエースでしょう。この状態ですとアルコールや深夜の溜まり場、援助交際といった絵札がどんどん引き寄せられるように集まってくるはずです。超暇ということは、たいてい年齢に不相応な消費をともなわざるをえなくなります。それがまた、ユスリタカリの温床にもなる。男の子ですと万能ジョーカーがありますから、それだけで結構「いい役」に近づいてしまうわけです。
(中略)
 逆に、夜七時以降に出歩くことは厳禁という女子高生なら、かなり低い数字でのスカとかブタである可能性が高く、そうすると事件に巻き込まれることはありません。嫌なことは嫌だと言える、夕食は原則として家族が揃って食べる、というような場合は、少年事件に関する限り、どうしても手持ちのカードの数字はかなり低くなります。
(中略)
 高い数字でのフルハウスや、とりわけストレートフラッシュやらロイヤルストレートを避けること。これ以外に重大な少年事件の加害者となることから自分の子どもを守る発想は、私には思いつきませんでした。
(中略)
取り返しのつかない悲惨な犯罪の加害者にならないためには、強い組み合わせを早く崩す必要がある


 ピンと来た。

 誰もが自伝的文章を公開出来る時代、ある環境の元にだけ、「死が多い」。お約束のように彼氏や兄弟、近しい人の死がある。虚言や語りたがりな性別を差し引いたとしても。


 似た環境でも真っ当に生きる子と、犯罪を犯してしまう子。有事の際「どうしてこの子だけ」は、誰もが思う事。

 そんな時、大体においては環境ありきで、明暗を分けるのはトランプの最後の絵札が揃ってしまうかどうかの問題なんだというと、何だか納得がいく。


 最後の1枚が揃うかどうかは、運でもある。

 だけど、そもそもリーチまで行かせないという防ぎ方は、確かにあるのだ。

2011-08-19 23:41:44

+ 久々に前の仕事仲間と呑みに行く

テーマ:* 日記。

around the secret
 独女3人、それなりに仕事が充実している年齢で。


 普段よく遊ぶ友達は学生時代からの友達。

 こちらの友達は主婦だったり親同居だったり生活スタイルが全く違っても、感性がピッタリ合う。

 だけど仕事先で知り合った友達は、生活スタイルの方がピッタリ合って、なんだか可笑しかった。


 テレビで見るものがなくて、洋ドラをレンタルしまくってるとか。

 最近は高架下の土手焼きが美味しい飲み屋によく行くだとか。

 利用し始めた公共サービスの事、やり始めたボランティアの事。

 3人とも偶然前日まで出張でニアミスしてた事とか。

 新幹線の中で呑むビールとオツマミの考察とか駅ナカの美味しいお店とか。


 ちなみに昨日のメンバーの最年少アイちゃんは最年少らしく、「500ml缶買うの恥ずかしいんですよね~。いいんですかね?買っても」と言う姿が初々しく。

 だからといって350缶を2本呑んでたら一緒なのにねにひひ

 

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