サウス・マーシャル・アーツ・クラブ(南風武術倶楽部)のブログ

気持ちよく生きるためのライフスタイルとしての南派拳法(カンフー)蔡李佛拳とエスクリマを横浜、湘南で練習しています。グループレッスンは\2500プライベートレッスン\5000です。お問い合わせはこちらです。southmartial@yahoo.co.jp

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昨日書いたように、最近また定力が強くなっている感じがあります。

これは勁が強くなっているのみならず、軸の集中が強くなっているからだと思われます。

以前、170センチくらいの女性を推したところ、目にも止まらないくらいの速さで飛んで行ってしまって自他ともに驚いたことがありました。

彼女はヨガの先生だったのである程度中身が強いかと思っていたのですが、初めての体験で勝手が違ったため、うまく軸がつかえていなかったようでした。

この、軸の集中というのが大切です。

というか、集中したのが軸です。

もう少し詳しく説明いたしましょう。

上記の女性は身長は高い物のやせ形でした。体重は40キロ台くらいかもしれません。

最近の調査によると、小学校六年生の平均体重は39キロだそうです。

ちなみに平均身長は146センチ。

つまり、見た目の大きさは170でも、中身は子供と変わらないのです。

子供に発勁してはいけません。それは大変に危険です。

とはいえ、あるいは170センチあるからこそ、その女性は飛びやすかったのかもしれません。146センチなら、逆に中身が詰まっていて飛びにくかったかもしれない。

そのようなことを、一般に重心が低いとか安定しているなどといいます。

オートバイなどのデザインをする人は、重心を低くし、かつ倒しやすくしてよく曲がれるようにすごい計算をするそうです。

この、重心が低い、というのは、重心が下に集まっている、と言い換えてもよいと思います。

この下に集まった重心が、まっすぐ柱として上まで通っていることを指して軸と言います。

つまりこの軸というものは、全身に分散している体重を集めて作ったものだと言い換えることも可能ではないでしょうか。

自分の中にある重心を集めて足の裏から頭まで一つに徹す。以前に書いた、勁によるパイプの製造、整勁です。

このパイプを、どれだけしっかりと地に突き刺し、詰まりなく地面の力を通せるかが発勁の良しあしに繋がります。

パイプは太く、頑丈で、滞りがなく出来ているほど強くキレイに勁が通ります。

定力が強くなっている、というのはこのパイプの精度が上がっているということですね。

特別な訓練をしたわけではありません。

平素からきちんとパイプを作って日常生活を送っているだけです。

そうしたら日々強化されて行き、そして今朝目覚めたとき、すごい疲労感が……。

足首の関節と左の股関節に違和感があります。三月の時と同じ、大幅な工事、さらなる強い換勁が行われている最中のようです。

もちろん、性質の悪い違和感ではありません。関節自体は柔軟になって安定感も増しています。

これが、功夫は日常の中にあるという奴です。

特別な場所に行って特別な服装に着替える必要はありません。正しく日常生活を行っていれば、自然に功が積まれてゆきます。

先人の話を聞いても、ただ暮らしていただけで強くなっていたというものをよく聞きます。

ある中国の拳士は銀行に勤めていたのですが、ひったくりにあったときに夢中で身を振りほどこうとしたら相手を打ちのめしてしまったと聞きます。

本人はまるで武闘派ではなく、一見ひょろひょろで健康のために武術をやっていただけで自分が強いと思ったことなど一度も無かったと言って、自分でも驚いたとのことでした。

このような話はたくさんあります。

何気なくちょんとつついたら予想もしていなかった大きな威力が出てしまった、というのは我々の間では普通のことです。

なので、その気はなくても大事になる可能性もあるので、稽古の時もとにかく安全に気を付けるよういつも注意しています。

このような、意味のある日々を送れるようにすることがライフスタイルとしてのカンフーであると思っています。

日々の浪費でも命の消耗でもなく、養生とさらなる好転を当たり前に送れるからこその、新生の中国武術の真価があるのだと思います。

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 大切なのは、オタク的に知識を求めることではなく、行うこと、真理とつながること。
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 私の道号、翆虎というのは、師父になったさいにから賜ったものです。

 よく勘違いされるのですが、翠ではなくて翆です。

 これは中国によく見られる、陰陽を合わせた二語を合わせて一つのくくりを表現したものです。

 例えば蟋蟀などがそうで、雄が蟋、雌が蟀で合わせて蟋蟀です。

 翠翆と書いてカワセミのことだと言います。

 意味は光輝く羽ということだそうで、カワセミの羽が美しいところから着いた名前のようです。

 つまり、光る羽のある虎、という意味で翆虎となった訳です。スカジャンの図柄などにもよく翅の生えた虎が刺繍されている印象があります。

 虎に翼というのは中国のことわざで、強者にさらに勢が加わるという意味で、日本で言う鬼に金棒のような意味です。

 また、虎に翼を付けて野に放つという故事があることから、一度は地についた者が巻き返すという意味もあるようで、人生転落していた私を立ち直らせてくれた師父の想いも忍ばれます。

 ちなみに、飛虎というのはモモンガのことであったりします。

 さて、こんな空を飛ぶ虎ですが、蔡李佛は実はよく飛びます。

 基本の套路ではあまり飛ばないのですが、兵器を学ぶと途端に飛び回ります。

 定力を旨とし、震脚をしない浮かない拳法なのに、ものすごく跳躍して回ります。

 これは一つには、兵器の間合いが関係があるのでしょう。

 自分が兵器を持っている時は、相手も武装していると想定されます。そのため、互いに間合いが遠いので、それを一気に詰める機動力が内包されているのだと思われます。

 初め、これはちょっと基本が徒手と兵器では違うのかなあと思ったのですが、最近いろいろ分かってきました。

 動画などを見ると、うちと同じ套路をしていても、跳躍を入れているさまがよく見られます。確かに見栄えがよくて格好良くも感じます。

 しかし、何かちょっと軽薄なようにも感じていました。

 ですが思い出してみると、ずっと昔に師父から基本套路を習ったときに「これはこう、跳んでもやってもいい」と跳躍で教わったことがありました。

「でも別にやらなくてもいいです」と言われたので、性格的にも運動神経的にもあまり飛ぶタイプではない私はそのことは記憶の引き出しの下の方にしまったきりにしていました。

 ここのところ、学生さんたちに跳躍を含めて練功してもらっているのですが、これをやると軸が明確になります。

 おそらく、北派における震脚と同じような効果があるのではないでしょうか。

 跳躍しての軸の入れ替えをすることで、体内での縦軸の陰陽が大変明確になります。

 これをしていると、大変に定力が強くなりました。

 当然勁力は強くなります。

 動作は同じでも発勁の威力は増す。いつも言っている、功とは技ではなくて術である、というところなのです。結局、私たちのしていることはひたすらに基本なのです。奇をてらった技を求めるのではなく、ひたすらに基本、立つことを追及する。そのために跳んでいたのです。

 始め世界は混沌であったが、やがて重い物が沈んで地になり、軽い物が浮いて天となった、という陰陽の気(エナジー)の始まりの故事が体内で働いたと言える気がします。

 やはり、中国武術というのは思想の体現であり、ライフスタイルなのです。

 自分自身の力ではなく、思想の体現が直に功に現れます。

 となると、よほどの天才は別として、私程度の物であるなら、自我が薄く澄んでゆくほどに体現の度合いはスムースになるため、個の強弱などと言う概念はなくなってゆく気がします。

 それぞれに自然の一部としてただそこにある拳士同士のどちらが優っているかなど、あちらの松とこちらの岩のどちらが優れているかという問答のように感じます。

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前に、ある現代武道の人が言いました。

「うちの先生が言ってたんだけど、うちは発勁と同じ力を発しないで誘導するんだ」

嗚呼、全然駄目です。

ダメダメです。

こういうことを平気で言う先生がいるから嘘や自己流が世間に広まってしまうのです。

あたかも自分が色々な流派を教士や師父レベルにまで体得したかのごとく軽々しく言ってしまって「●●流のやり方はこうだよ。××拳はこう」などと生徒に教えてしまうインチキ先生が。

こういう先生の下で嘘ばかり振り込まれても、効率的に実力が伸びることはまずないでしょう。ちゃんと物を教えられる先生のところに転向することをおすすめしたいです。

昭和の体育会系の先生方にはこういう方が多かったですね。「ボクシングなんて弱いんだよ、あんなもんバーンってやってドーンで終わりだよ」みたいなことをビール片手に平気で公言できるような人が。

大変失礼だし品性芳しくないと思います。

そして何より、指導力に問題ありです。

嘘や真実が伝わりにくい方法で人に物を教えて道を惑わす先生は有害です。

魔境にいざなっているに過ぎない。野狐禅です。

発勁は、必ずしも発しません。

前に書いた通り、少なくともうちの発勁は生の勁力で打ったりするものではありません。

とはいえ、実際のところ、動きとして瞬発する勁とそうでない物はあります。

これは単純に動作の問題で、開合を伴うか、震脚などをするか、という意味での瞬発です。

私がよそから見ている分では、ほとんどの門派が開合や浮沈を用いるようです。

ごく一部の門だけがしない。

うちや洪拳ではまずどのグループもしない。北の門では、同じ拳でも指導者のグループによってはしたりしなかったりというのがあるようです。

明勁から暗勁への転化というのが一部の門では語られていて、勁はやがて動作が見えなくなる、ということのようですが、実際のところこれは動きが小さくなってゆくよ、ということが多いようで。

うちで言えば初学のうちにやる重勁というのがわりに見える勁なのですが、これは一定の段階で重勁での打ち方を辞めるので、実際に重勁を続けているうちに質的に転化して暗くなるということはありません。

暗は初めから暗です。まったく違うシステムのものです。

なので、空手やボクシングをしている人が、チャンピオンクラスになったからと言って突然パンチの打ち方がまったく違う何かになるということはまずないと思われます。

チャンピオンのパンチは大変に上手なパンチであって、それは発勁にはなりませんしその必要はありません。これはチャンピオンにも我々にも大変に無礼な物言いです。もちろん我々はパンチは打てません。両者はまったくに、紅茶とコーヒーのごとくに違う物です。

パンチと勁が違うように、開合を伴う勁と伴わない勁もまったく違います。

爆発する勁と、爆発しない勁。

火薬には火薬の、鉄球には鉄球の威力があります。

鉄球が砕け散ってしまったら、速度は増すかもしれませんが力積が落ちます。

可能な限り誠実に、優劣のような物があるのかないのかで考えてみたのですが、どうしても見つけられませんでした。

どちらも伸びしろが大変大きく、功夫を積めば同じように人を打つには十分すぎる威力があります。

習得の容易さや疲労度の強弱、連打のしやすさや多方向性などは差異があるのだろうとは思うのですが、現状私は爆発する勁がしない勁と同程度まで理解できていないのでいかんともわかりません。同じレベルまでこの二種を体得した人なんているのでしょうか。そもそも、どうやって練度の計測を?

時々、テンポのある爆発系のグルーヴもいいなあ、なんて思うこともありますが、やはり私は静かな爆発のしない勁が好きみたいです。

優劣よりも、どちらが自分を自由に気持ちよくしてくれるかが大切な気がします。

本当の自由と言うのは、正しさに裏打ちされています。ただの思い付きではない。

開合してもしなくても、どちらも正しいのだからそれでいいのだと思います。

大切なのは、真実を正しく理解して身に着けるということだと思います。



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6.19日の関内ワークショップの内容が決定しました。

二軸の特集です。

これまで色々とやってきましたが、原点に返った特集をしたいと思いました。

特に、腕の勁が出来ていない方、腕の腺はわかってきたけど拙力ですぐに切れてしまう方、そして腕の勁はできてきてるのだけど発勁にならない方々に向けて、身体の軸への繋げ方をお送りしたいと思います。

それによって全身を徹す勁についてまるっと一気に理解を推し進めてしまいたいと思います。

各臓器に対応した勁について理解を深めて、四肢と体幹の勁を繋げて整勁の把握を目指します。



 時間はいつも通り18時より20時。

 場所もいつものフレンドダンス教室さんです。

  

 エントランスは以下となります。

 

 一般       2500

 会員、準会員 2300

 事前予約    2000

 外国人割引   500



  よろしくお願いいたします。

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