【2~3期幕間】
前項でも触れた通り、3期は泰山呉にとって実に厳しい戦いとなることは容易に想像できました。
引退者・休止者の続出は全サーバー全勢力でみられたことですが、泰山呉では2期に最下位からのグランドスラムという偉業を達成してしまった満足感が高かったため、気持ちよく引退していくプレイヤーさんが特に多かったように思いました。
これは単に合戦人口が減少したというだけではなく、呉軍の主力連合に参加していた熟練の戦士たちが引退・休止してしまったことにより前線戦力が大きく低下してしまう結果となり、事実、規模縮小・解体を迫られる連合が多数ありました。
呉軍の前線戦力という点ではさらに巨大な損失があり、赤連の中心部曲であったとらぶるめーかー部曲の魏への移籍、韋駄天連合盟主・虞姫さんの盟主引退、白十字連合盟主・魔窟堂さんとその中心部曲であった十字砲火メンバーの休止、盧山部曲によるお断り連合の解散、これらは泰山呉軍を牽引してきた前衛戦力の大部分が消滅したに等しいものでした(さらにみんみんさんたちが魏に移ったことで対魏戦の条件が厳しいことになりました)。
この時期、自分としては新しいフル連合創設を目指して孫の手を離れることも真剣に考えましたが(盟主をできる人材は他にもいましたし、紅焔は事実上ソロ部曲だったので自分ひとりだけ離れても基礎構成人数に大きな影響はなかろうという判断でした)、しかし孫の手構成部曲内にも引退者・休止者が相次ぎフル連合編成が困難になってしまったため、新たに部曲を建て孫の手連合に協力してくれる人材を求めるに留めました。これが部曲「不撓不屈」で、明らかに苦しい戦いとなるであろう3期呉にあって、勝利を諦めず前と上とを向いて自己を磨いていきたい、そういう意味を込めて名付けました。
不撓不屈は幸運に恵まれ多くの部曲員を迎えることができ、アクティブ20人以上と新興部曲としては珍しいほどの人数となりました。参加の是非は自由でしたが孫の手連合に参加してくれるメンバーが多かったため、フル連合を維持することができるようになったことは僥倖でした。
もちろん連合人数補強の点だけでなく、様々な職能に通じた人材と巡り会えたことは同じ一プレイヤーとして嬉しいことでした。初夏ごろからリアル事情のため自分のイン時間が激減し、更には11月に休止するなど、部曲の皆となかなかコミュニケーションを取ることができなくなってしまったのは本当に悔やまれることです。
2期にあった呉民の団結心を失わないように、と王葉さんのイベント活動に参画したのもこの頃でした(クイズ大会、宝探しイベント、定期バザーといくつものイベント運営に参加してきましたが、後にリーダーである王葉さん多忙のためイベント実行が困難になり、バザーのみ壁際連合さん主催で引き継がれることになりました)。
【制覇3期】
想像通りと言うべきか、制覇3期開始当初から呉軍は苦しい戦いの連続でした。
孫の手を含めフル連合を期待できる連合は片手で数えられるほどであり、やはり連合数・連合規模が強大化、戦力集中を行っていた魏蜀両軍に対抗するには前線兵力不足と言えました。盟主が代変わりした連合も多く、全体的な連携精度も低下していました。2期の頃は独立起動型連合の数があり連携を意識した部隊配置を行っていたので、前線に近い地点であれば従属型(ぺったんこ)の中小連合も祝福・護りを受けることができていたのですが、3期はなかなかそれが実現できず、従属型連合が独立起動型連合の+αの火力となりえない状況が多々ありました。
結果祝福と護りなく危険な突撃を行う中小連合が潰され、火力不足の突撃連合が崩れ、突撃連合がないから祝福と護りを得られない中小連合が壊滅し…という悪循環に陥る、そして合戦に敗北してしまい、適切な戦術を全体で体感できず進化のきっかけを失ってしまう、というマズイ流れが続いていました。連続して勝利する機会があれば皆の考えも変わったのかもしれませんが、散発的な勝利がいくつかあったという印象で、連合同士が連携を意識することを確認するのみでそれ以外の中小連合さんたちを引き込むことができなかったことは非常に残念なことでした。
3期は自分にとって反省すべきことがたくさんありました。
大きな1点は連合運用のこと。キーになる連合が少なかったので、孫の手はもっと攻撃寄りな立ち回りをすべきでした。火力連合であったモジャルドさん盟主のママ連が存在していたときは手慣れた補助的運用がうまくはまるケースがありましたが、ママ連解散の後は特にオフェンシブな運用を心掛けるべきでした。そのためにも連合の火力向上のためのミーティングをもっとすべきでしたね。
もうひとつは前線戦力を大きくするための提案をあちこちに持っていくことができなかったこと。合戦後の反省会などで言及することはありましたが、それは中小連合さんに考えてほしいなー、と呟く程度のもので、きちんと個別に対応して背中を押すことができていれば状況は多少なりとも好転していたのかもしれません。自分は3期を通してイン時間に余裕がなかったため、そういった水面下の活動が思うようにできなかったことが個人的には非常に残念なことでした。
11月末に休止した後は、泰山呉のみなさんの書くブログやSNSで呉の状況を知るのみでした。
休止する前にもっと精力的な活動ができていたら…と考えると、やり残し感が半端ないものでした。自分個人の活動だけで泰山呉を勝利に導ける、と増長しているわけではありませんが、勝利に数パーセントでも近づけたのではないかと考えると非常に申し訳ない気持ちです。
4期のことについては語ることができないため割愛します。
えらく長文となってしまいましたが、宋個人の回顧録でございました。
とっぴんからりのぷう。