イギリス最後の日

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イギリス(ケンブリッジ)にやって来たのは、2004年の9月上旬でした。


来た当初は、知り合いも誰もいない、古い街並みがすべて一緒に見えてしまう未知の国でした。


↓街並み(お友達のお仕事場より撮影)
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漱石のイギリス滞在記-9445


↓最初は驚いた、名物?公園に普通にいる赤牛たち



漱石のイギリス滞在記-9392



あれから7年間の間に、


少しずつ友達を作り、


学位をなんとか取得し、


やさしいダーリン音譜と結婚し、


現地で就職し数え切れない洗礼パンチ!を受け、



と、日本にいたら経験できなかったような、たくさんの経験をここでし、

いつの間にか、未知の国は、自分の居場所となっていました。


イギリスはダーリンの故郷でもあるし、ケンブリッジは素敵な街だし、ここで出来たお友達とも離れがたいので、

ずっとここに住んでいたい気持もあるのですが、


ダーリンの仕事は、アメリカでの市場が一番進んでいるので、


2011年9月下旬、我が家はイギリスを去り、アメリカ(NY)に行くことにしました。


向こうでも、いつものように二人で仲良くがんばって行こうと思います音譜


↓ケンブリッジ最終日の夕日
漱石のイギリス滞在記-9389


ケンブリッジで知り合ったみなさま、仲良くしてくれて本当にありがとう。

いつかまた遊ぼうねん音譜



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イギリスを去るカウントダウンが始まりました(>_<)


今度はマジらしいという事で、送別会をして頂いたお友達から最後のお食事会あせるなどを開催して貰っています。

みなさま、何度も何度もありがと~&恐縮です(梨本さんガーン


そんな親切なお友達の中の一組、スペイン人カップルが郷土料理フルコースに呼んでくれました。


生まれて初めて食べた、前菜の「ゴマつきトマト」がめちゃめちゃ美味しかったので、

「レシピ教えてーービックリマーク」 とAちゃんに言ったら、

「旦那さんに送った方が良いよね~音譜」と分かった答え、さすが~!?


↓感動なゴマつきトマトの串刺し
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手作りコロッケにチーズ盛り合わせ、そして手作りパンまでも
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チェリーのハム巻き
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じゃじゃーんなパエリア
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美味し過ぎたデザート
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こういう手間隙かけた美味しいお料理を堪能すると、

日本の家庭料理と言いはり 「こくまろカレー」 ばかり提供していた私が少し後ろめたいです。

けど、きっとニューヨークでも同じことを繰り返すはずのわたし・・。



本当に去る日が決まったので、めんどっちい事務手続きも色々と発生してきているのですが、

忘れてはならないのが、今年度分払った所得税の取り戻し。


お給料から毎月差っ引かれている所得税は、来年の3月まで働くことを前提に計算されているので、

会計年度の途中で会社を辞めて、そうせきのように海外逃亡する人や、その後働く予定のない人は払いすぎた所得税が、手続きをすれば、取り戻せます。


ちゃちゃらんと用紙(P85)を記入して、P45と共に、HRMに送付し待つ事約1ヶ月。

所得税が口座に振り込まれてきました( ̄□ ̄;)!!


どうせ遅いんだろうな~と思っていたので、速さにびっくりしました。

担当者がポーランド人とかだったのかも知れません。


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我が家をほぼ毎日訪れるご近所猫のちびちゃん(仮名)の写真を、猫写真コンテストを実施しているカミン  に応募してみたら、

「猫めくりカレンダー 大判2012」  に見事採用されたとの連絡が入りました~クラッカー

ちびちゃんです音譜
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王道は、「猫めくり」
面白編は、「猫めくり番外編」

で、その他が「大判」になるかと思うのですが、ちびちゃんの写真がカレンダーになるなんてなんでもうれしいです。

思い起こせば、チェスター君でも何度か挑戦し、
そして決して採用される事がなかったこのコンテスト汗・・・(昔の記事はこちら です。)

コンテストだけあって、やっぱり見た目が大事なんでしょうね。

日本在住の読者のみな様、機会があったら本屋さんで立ち見ででも覗いて見てくださいビックリマーク



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内定の流れ

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日本からイギリスに戻って来たばかりですが、

ビザが下りてからは、物事が思った以上にスムーズに進んだので、

来週の月曜日の早朝にはアメリカに旅立つ事になりました。


ここでダーリンの就活から内定を貰い、さらにアメリカの労働ビザ(H1B)を貰うまでの、なが~~い道のりを時系列にて振り返ってみます。


2010年 10月下旬    ダーリン やっと めでたく卒業音譜   

          

      11月      就活準備     

               (四六時中、机に座って何やら準備)

      12月      準備を続けながらも、ついに就活開始ビックリマーク

               まずは狙いを定めた3社(全てアメリカ)に連絡を取ってみる


               1社からは、今の所、募集の予定はないとの悲しい連絡を貰う ガーン



2011年 1月       他の2社より、電話&スカイプ面接の依頼が来たので、

               自宅にて遠隔面接を数回実施


      2月上旬    その2社(仮にA社・B社とします)より、現地面接に呼ばた為渡米

               A社面接から戻って来て、数日後にB社面接に行く、

               というハードな予定をがんばってこなす


               ちなみに現地面接でどんな事をするかと言うと、

             丸々2日間に渡り


               ・プレゼンテーション&厳しい突っ込み付きの質疑応答

               ・数学のテスト 

               ・合計23回にも及ぶ面接

               ・ランチもディナーも予定として織り込まれ済み

               

               をこなしてきたそうです、聞いただけでも痩せちゃいそうです。


               ちなみに、どこの会社の面接でも奥さんの職業くらいまでは、

               UnOfficial な場所(ランチとかディナー)で、

               きっちり聞いてきたそうです。

              

               ヨメの本命!?のB社以外には、

               ダンサーとかマジシャンとか答えてくれても良かったのですが、

                 どこでも本当の事を言ったそうです。



      3月      良いポジション(C社とします)の公募があったので、応募してみる

              C社に応募した直後、A社からめでたく内定を貰うクラッカー



              ただし、ヨメ(わたくし)が行って欲しい、B社からは何も連絡が来ず・・・ 

              ヨメ、結果を待つことにストレスがたまり始めるΣ\( ̄ー ̄;)

              

              なぜB社が良いかと言うと、B社がニューヨーク勤務の会社で、

              そうせきが昔から応募したかった仕事がニューヨークにあるからです。         

             

              その間、ダーリンは黙々とC社とのスカイプ面接を何度もこなす。


     4月上旬   C社より面接に呼ばれた為、渡米。 

             

             待ちに待ったB社より内定クラッカークラッカー

           ヨメ(わたくし)大喜びラブラブしながら喜びの舞アップ



       下旬   C社より、仮内定のようなものを頂く。           


             先に内定を貰ったA社も魅力的な会社だったのですが、優しいダーリンが 


             夫婦で考えた時のベストチョイスはニューヨークだから

             と泣けてくるセリフと共に、B社のオファーを受ける事にし


             A社とC社にものすごく丁寧なお断りの連絡を入れてくれました。


     5月      内定先が労働ビザの手続きをしてくれ、アメリカ政府に必要な書類を提出


             ビザはまだ?とやきもきしながら、特に何も動きのない日々がず~っと続く・・

  

     8月末の末 ついにビザに動きがあり、ロンドンのアメリカ大使館に面接の予約をする


     9月      大使館での面接終了と共に労働ビザを貰えるお知らせを受ける

             数日後、ビザ付きパスポートが郵送されて来た。


             渡米(予定)


     10月上旬  お仕事開始(予定)


こう書いていくと、1年がかりですねー。

ダーリン本当に良くがんばったと思います。


次は、私ががんばる番です。

ダーリンのアメリカでの労働ビザ(H1Bビザ)とその奥さんであるそうせきに与えられるビザ(H4ビザ)を貰うために、ロンドンにあるアメリカ大使館まで、面接に行ってきました。


書類を読むと、大使館には携帯電話を始めて、すべての電子機器が持ち込み禁止と最初のページに堂々と書いてあったので、

駅の手荷物預かり所に「携帯電話・デジカメ・車の鍵」を預けて行きました。


が、世の中には書類を読まない人たち、というのは確実に存在しているようで、携帯電話片手にどうしようY(>_<、)Y

とあわあわしている人が7人に一人位いました。


(そういう人の為に、大使館近くの薬局が、電子機器を預かってくれる商売をしています。)


テロ対策の一環だと思うのですが、物々しい世の中になりましたね・・・。


朝9時頃大使館前に着き、30分ほど館内に入場する為の行列を並び、そして館内で2度ほどかる~い呼び出し&指紋採取があり、ついに無事


ビザが許可されて音譜


出てきたのは12時前でした。


ダーリンが内定を貰ってから労働ビザを貰うまでけっこう長かったですが、

これでもう本当にアメリカ行くんだなぁ、という気がして来ました。


ダーリンの内定先にビザが無事に下りた連絡をした所、それからは、


・内定先お抱えての引越し業者がすぐにコンタクトをして来て、パッパッパッと引っ越す日を決め、


・飛行機のチケット&前日に泊まるホテルを押さえてくれ、


・社割の効く、しばらく住むホテルとしばらくレンタルする自動車を程よいレートで押さえ、


と、すべてが迅速かつ順調に動いています。


今は、引越し業者から言われた、「50ドル以上の価値があるもの全て」を、書き出しています。


一人、400キロの荷物までは航空便、

それ以外は、船便で運んでくれるそうです。


そうせき、どうがんばっても400キロも荷物持ってません・・

しいて言えば私が持っている中では、私自身が一番重いんですが( ̄_ ̄ i)

私は荷物便ではなくて、ちゃんと席があるはずです。