サウンドレゾナンス『観て聴いて感じて扉を開けて』ありのままの私

サウンドレゾナンスというツールで自分の声から自分を知っていく生活の中から共振共鳴したこと、ただただ思ったこと暮らしの中でみつけた小さな喜怒哀楽などを書き綴ります。福井県にてサウンドレゾナンスコンサルタントとして日々響きとともに在ります。


テーマ:

福井県勝山市 かつやま子どもの村小中学校

プロジェクトの発表 体育館にて
観て 聴いて 感じて扉を開けて サウンドレゾナンス的生き方-はっぴょう


かつやま子どもの村小中学校に転入させてよく聞かれること


「そんな小さい子を親から離して、どんな気持ちなの?」

コレは、有る意味、子どもを育てる気がないのか?というちょっと斜めに物事を観た感じの質問だなーとこういうニュアンスの質問の時には私は正直感じました。

3歳児神話ではないですが、例えば、「病気の時ぐらい子どもの面倒を母親が見なければならない」といった根拠がどこからくるのかわからない、スタンダードな考えからくる質問とか言葉がけなどというものでしょうか?


学校の理念をここに書きます


自己決定 個性 体験を尊重する生活と学習により、一人ひとりが感情的にも知性にも社会的にも自由な人間へ成長するのを援助する


これが学園の理念ですこの理念のもと

☆きのくに子どもの村小学校

☆きのくに子どもの村中学校

☆きのくに国際高等専修学校

☆かつやま子どもの村小学校

☆かつやま子どもの村中学校

☆南アルプス子どもの村小学校

☆姉妹校として北九州こどもの村小学校(平尾台にあります)

☆キルクハニティ子どもの村スクール

が運営されています


この学校の理念をしっかりと親である大人、学校で子どもと共に生きる大人達が理解し共鳴しあっているからこそ、この学園を選びそしてそこで親も共に学んでいるのだと思っています。

この理念を知らないと、「何故こんな小さい頃から寮生活をさせてかわいそうじゃないか?」という内容や目的も知らない所から来るジャッジのエネルギーを含んだ質問になっていくように思えます。


正直私自身が受けた教育では、この学校で育っていく子どもの姿を想像することは不可能です。だって、私自身経験していない教育形態なんですから。自分のそれと付け合わせると、全然解らない状態に陥って、親でさえ不安にかられると思います。知らないから。


私が感じていることなんですが、私自身の自由とか私自身の生き方ってこれって、自分でみつけたものなんだろうか?と思うのです。

親にすり込まれて、社会にすり込まれて、学校にすり込まれて、地域にすり込まれて、こういう人だったら評価される。こういう生きかたをしたら、親は安心する、こういう行動をしたら地域では浮かばす色々言われない。などと、何か保身にはしってしまったり、枠というものをいっぱい育った過程で知らず知らず社会や大人からわたされてその枠をはみ出すこと=いけないことなどという、思いこみが出来上がっているのではないでしょうか?

その訳のわからない信念が自分の内側から沸き出でる信念ではなく、自分の外側から押しつけられた信念だったら・・・・。苦しいですよね。

自分を信じること、愛することも出来なくなる。親が微笑んでくれないと「私ってコレじゃ駄目なの?」先生に好かれなかったら「私は勉強ができないから、運動ができないから駄目な子なんだ」なんてこんなこといっぱい私は体験してきました。


なので、寮生活をするというのは寂しいと言う前に、チャレンジなんです。悲しいとか寂しいとか言ったらみんな寮生活をさせている親御さんはみんな寂しいと思います。不安だと思います。じゃあ、なんで寮生活をさせるのか?私なりの解釈ですが、親のスタンダードな考えや社会や今の教育現場での「こうでなければならない」という金型にはめない為だと私個人は思っています。


寂しいときは、誰もいない部屋で「ママは○○ちゃんにあいた~い!」と叫んでいたり、一週間分の洗濯物を干して居るときに、その洋服達は息子の5日間を知っている。全部この洗濯物が教えてくれたら・・・と、洗濯物に「今週は○○ちゃんはどうだった?楽しんでたかしら?」と語りかけることもあります。


なので、「子どもを寮に入れて寂しくないか?」と聞かれたら寂しいですよ?だから?なに?と響きのギャクギレキャラみたいになっちゃいます。むっ


子どももそこに入れる親もそれそうとうな覚悟とそして柔軟性をもって寮生活をしています。


寮に入れたから育てていない?そんなことないです。

ここに入れた親は 見守る育児 見守る子育て手や足や口は出さないけれども、子どもの変化をいちはやくキャッチする集中力と寮から帰ってきたときに包み込む包容力そして家族としての絆など自分の内側の葛藤と共にお互いに成長するそんな育児、子育てのステージに立っているように思えます。


正直この学校で息子達が将来どうなるかは、私がこの学校の卒業生でもないですし、この学校で暮らしたわけではないので皆目検討がつきません。その見当が付かないところで不安になって、自分の恐怖や怒りや不安を外側のせいにしてグチャグチャになっていくそこを選択するか、信頼して、息子達の人生を彼らのものだからと見守っていくか?(自分の内側の葛藤を自分自身が理解しながら)だと、思っています。


まあ、興味半分、冷やかし半分、ジャッジ満タンで

「子どもを寮生活させるなんて!」とその人のスタンダードな思いで言われたくない!というのが本音です。


人のこと言ってる場合じゃないでしょ~って(爆笑)


最近はそう言われても、「さみしくないですよ」とさらっと言うようにしています。






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